8-1 姫と従者
ライラヴィラが人界から魔界に戻って二日。
魔王の執務室に臣下達が集まった。今日は戴冠式前の顔合わせである。
魔導城郭都市スペランザの復興事業を最優先にしているため、次期魔王が主な役職の者たちと、揃って対面するのは初めてだった。
侍従長ベルントから紹介され、侍女長ミリィ、兵士長アレックス、衛兵長ノーラ、財務官長コルネリア、調理長オイゲン、城直属鍛冶師マウニ、といった者たちが勢揃いする。
全員の挨拶が終わった後、手合わせ願いたいという臣下たちの声を受けて、城の大広間で剣技を披露することになった。
「兵士長アレックス、参ります」
スペランザを魔物から守る防衛兵団の長で、戦斧の使い手である。
二剣を握るライラヴィラは彼の力を見極め、たった三撃で勝負が決まった。
「これ程までとは、恐れ入りました」
アレックスが礼をして下がった。
自分の臣下となった皆が自分の力を見定めようとしてるのとだと、ライラヴィラは気を引き締めた。
強き者でなければ、次期魔王たる資格など無いのである。
彼ら全員に圧倒的な強さを示して勝たねばならないと、自らの武芸の技量を示しにいく。
「衛兵長ノーラ、お願いします」
城郭都市の治安を守る衛兵の長で、長剣の使い手だ。
彼女とも二撃でライラの勝利だった。
「皆、姫様に簡単にあしらわれておしまいとは、情けない」
侍従長ベルントが渋い顔を見せた。
「そういえば、ベルントに手合わせしてもらったことはないけど、どうかな?」
ライラヴィラは侍従長の顔色を見て、声をかけた。
「姫様に向ける剣は持ち合わせておりませぬが、仰せでしたら」
ベルントがスーツの上着を脱ぎ、漆黒の大剣を召喚して構えた。
魔王レグルスから、彼が『月影の魔剣士』という二つ名があるほどの手練れだと聞いていたので、内心楽しみだった。
——あまり弱い人をたたきのめしても面白くない。
手応えのある相手と向かい合い、そして勝つ。
それが武芸のやりがい、醍醐味である。
ライラヴィラも二剣を構えると、一瞬、場が凍ったような緊迫感が生まれる。
そして一対一の剣技試合が始まった。
大剣を易々と素早く振るベルント。
二剣で華麗に舞うライラヴィラ。
その場に居合わせたものは皆、声を発することも出来ず、ただ息を飲んだ。
ベルントが踏み込むとライラヴィラは飛び上がって、振り向きざまに二剣を交互に斬り下ろす。
初老の魔剣士は大剣を両手で構えて初手を避け、次手は受け止めて押し返す。
その隙に若き女剣士は右の剣を差し込む。
漆黒の大剣がぶん回されるのを、女剣士は飛び上がって避ける。
左の剣を上方へ放り投げ、右一本で駆け込む。
ベルントは落ちてくる剣を避け、大剣を振り下ろす。素早く避けてタイミングを計る。丁度、左の剣を受け止めたライラヴィラが下から彼の喉元へ突きつける。
互角に見えたが、ライラヴィラがベルントの隙を見破り、勝負は決まった。
「姫様に手抜きされるとは、私ももう歳ですな」
ベルントが苦笑いすると、その場の皆がどよめいた。
「手抜きなんてしてないわ。あなたとは魔眼の力を使わず、真剣に、剣術の技能だけで勝負したかったの」
「それを、手抜きというのです」
ベルントは大剣をしまい、上着をきちんと整えて普段の侍従らしく戻った。
「魔眼って生まれつきだから、卑怯な気がして」
ライラヴィラはつい本音を漏らす。
——武器を手にするときは、魔眼に頼らないようにしてきた。この瞳の力が無くとも勝てる、本当の武芸の実力を身につけたかったから。
「持てる力を全て活かすのは、当たり前でございます」
またベルントに諭されてしまった。
でも彼の言うことはもっともだ。頭が上がらない。
非常時にまで妙な拘りを持っていては、足元をすくわれる。常に最大の力を発揮出来るように鍛錬をするべきだと。
◇ ◇ ◇
魔王の玉座の間の改修が終わったとの連絡を受けて、ライラヴィラは初めてそこへ足を踏み入れた。
——かつてここに父が座していた。
父はどんな気持ちでここに居たのだろうか。
スペランザは小国とはいえ、魔王とは全ての国民の命を預かる立場である。どれほどの重責か。
「魔王ランダステン様は、あまりここにお座りではありませんでした。常に民のために外に出て、動いておられましたから」
付き添っていた侍女長ミリィが、思い出話を聞かせてくれた。
「魔王様はお生まれになったばかりの姫様を抱かれて、次はそなたが座るんだぞと、姫様をあやしておられました。お妃様も気が早過ぎますよと笑って、姫様の様子をご覧になられて……」
「次は私が……」
ライラヴィラは父が座っていた姿を思い浮かべた。彼女の魔眼では二十年も前の過去は見えないので、想像である。
「ええ、きっとお喜びだと思いますよ。しかも今度は大魔王の座にもなりますから。大変誉れ高きことです」
「私はあくまでスペランザの魔王としてここに居たい。大魔王は降って湧いたオマケかな」
「それでも姫様はいずれ大魔王と世界中で呼ばれます。それは深淵と精霊の定めですから」
ミリィの言葉が胸に響く。
——私は父のような、人々を護り導く立派な魔王になれるだろうか。
玉座の間から戻り、ようやく時間が取れたので、ライラヴィラは城内の私室で人界の賢者の家から持ってきた物の整理を始めた。
最初に少年の絵の梱包を解いて、壁に掛けた。
魔術書ほか多様な書物を棚に収め、収納箱に画材を片付けた。
人界の景色を描いたスケッチブックを立て掛けた。
服は持ち帰らなかったが、新しい魔王のための私服がタンスには納められていた。式服や正装は別の所にあるらしい。
ライラヴィラは動きやすいからと、人界から戻った後も旅する冒険者の格好のままだったが、タンスに納められていた服から選んで着替えてみた。
黒と群青色の生地に金線がポイントで入っており、派手過ぎず品格高くといった印象だった。しかも動きやすく横にスリットも入っており、剣で戦うことも問題なさそうだった。自分のことをよく考えて作ってくれたのが分かる作りだった。
◇ ◇ ◇
人界から魔界へ戻って七日が過ぎた。
魔王レグルスは自国の方で忙しいらしく、一緒に魔界に戻ってからスペランザには一度も顔を見せてなかった。
ライラヴィラは少し気持ちに余裕が出てきた。臣下たちとフランクに食事したり、時には武術の鍛錬を一緒にしたり、城の中での交流は欠かさなかった。
魔界の一般常識は侍女長ミリィから教わった。
その中には転移魔法についての魔導書があったので、ついにライラヴィラも転移魔法を覚えることができた。
「姫様に転移魔法が無かったとは、意外でございました」
ミリィにはかなり驚かれた。
魔界では転移魔法は複数の属性魔力がある者には、使えて当たり前だった。
普通は自分一人にしか使えないが、ライラヴィラが試してみると、他人も含めて大人数を同時転移したり、他人だけを複数転移させることも可能であることが分かった。
「姫様の手にかかると、どの魔法も威力が増しますね」
そう言われて、ライラヴィラは気づいた。翁が転移魔法を教えなかったのは、きっと村での修行に不都合だったからだ。
簡単に移動できてしまうと体力作りの機会が減るし、他人だけを転移できるとなると、乗合馬車代わりにと人に使われかねない。それに賢者はダークエルフを村の外に出したくなかったのだろう。
「転移魔法で、人界と魔界を行ったり来たりできるといいのに」
「それは亡き大魔王ザインフォート様が出来たらしいですが、他は聞いたことがありませんね」
「なるほど、きっと彼の『遠望の魔眼』の力の影響なのね」
そんなに都合よく移動できれば、既に魔界と人界の歴史は変わっていただろうと、ライラヴィラは素直に諦めた。
◇ ◇ ◇
魔界へ戻ってきて半月ほど経った。
魔王の戴冠式の日取りが七日後に決まった。
式で着る鎧装束とマントがほぼ出来上がったとのことで、今日は侍女に囲まれて試着をさせられた。
——着慣れなくて、重い。
「私は戦士や騎士じゃなかったから、鎧は全く慣れてないの」
「女性で鎧を着られるのはごく限られた方でしょう。でも姫様はその限られた方です。慣れてくださいませ」
ミリィにあっさり言われて黙るしかなかった。
鎧とマントの試着が済むと、今度は普段着や身の回り品に大魔王の深淵の紋章をつけることになった。
武具と同様、常闇の力とやらへの耐性強化らしい。これが無いと、大魔王の常闇の力を使った時に布地が闇に溶けてしまうことがあると聞いて、縫製職人と共に真剣に作業をやった。
——人前で裸になるのだけは絶対避けたい。




