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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第七話 帰郷そして別離
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7-4 暴露

 村のはずれの高台にある、賢者の家の前にライラヴィラは立っていた。


 ここを旅立ってから二月(ふたつき)が過ぎた。

 家を出る前は、ただのダークエルフだった。

 今は魔族で、スペランザの次期魔王で、魔界の大魔王。

 すなわち、勇者たちの仇敵。

 真実を賢者に告げるか迷ったが、多分直ぐに見破られる。

 ライラヴィラは腹を(くく)って扉をノックした。

 

「帰ったか」


 フォルゲルの声が耳を通り抜ける。

 その声を合図に扉を開けた。玄関から見える部屋の奥で、背中を向けて座っている白髪の老エルフの姿が目に映る。

 ライラヴィラは(つば)を飲み込み、静かに足を踏み入れた。


「ただいま、戻りました」


 そう言うだけで精一杯。手が震えて汗が(にじ)む。

 賢者はライラヴィラのほうへ少し振り向いて見たあと、何事もなかったかのように机で魔術書を広げ、研究の続きを始めた。

 何も聞かない(おきな)の優しさに感謝しつつも、話をしなければと決意する。

 



(じい)さま、今日でこの村を出ます。今までお世話になりました」

 



 ゆっくりと深く、賢者に向かって礼をした。

 フォルゲルは振り向くこともなく、何も言わない。

 

 ライラヴィラは自室に入り、魔界へ持っていくものの分別を始めた。

 人界の衣類は捨てていく。

 食器も置いていくことにした。

 育てていた花は持っていけない。

 書物は魔術書や武術指南書を手にした。

 人界の文字を忘れないために辞書や文学書を持つ。

 コツコツ買い貯めた画材セットを魔導カバンに入れた。

 人界の景色を描いたスケッチブックを数冊選んで収納する。

 壁にかけていた少年の絵を丁寧に梱包して、一度抱きしめてからしまった。

 

「意外と少ないものね」


 ライラヴィラは独り言を(つぶや)いていた。

 紅い瞳からはポタポタと透明の雫が落ちていく。

 ゴーグルが曇るので外した。

 

 荷物の整理が終わった。部屋から出て扉を閉める。

 ライラヴィラは座ったままのフォルゲルの方へ向いた。


「私は、亡き両親から継いだ国を守るために、魔界で暮らします」


 ライラヴィラはもう、(こら)えられなかった。


「もう、ここに……帰って、くることは……」


 (うつむ)いて、震えた。

 フォルゲルは全ての書物を閉じた。

 椅子から降りて、ライラヴィラの真向かいに立って、見つめた。

 



「しっかりせい! 大魔王ライラヴィラ!」

 



 ライラヴィラは顔を上げ、息を飲んだ。

 

「まだ悪鬼(アモン)になると決まったわけでは無い!」

 

 その言葉を聞いて、もう限界だった。

 賢者に思いっきり抱きついた。

 涙が枯れるまで泣いた。

 白き老エルフはライラヴィラの背を、ずっと手で優しくさすった。

 

「よく聞け。

 過去の大魔王のうち、何千年も生きた者がいるという。

 悪鬼アモンへ()ちることは無かった。

 人界とも友好を保ち、魔界を平和に治めたという。

 可能性はある。諦めるな」

 

 そう告げると、フォルゲルはライラヴィラから離れた。

 再び机に向かって、書物を一面に広げる。

 ライラヴィラは(おきな)のいつもの姿を眺めた。

 その姿を見納めて、荷物を収めた魔導カバンのリュックを背負った。

 

「では、いってきます」


 ライラヴィラは賢者の机から離れ、玄関の扉を開けた。


「もう二度と、会うことはないです」

「うむ」


 フォルゲルはいつもの無愛想な返事だ。

 今は、それが嬉しい。


「これまで育ててくれて、ありがとうございました」


 そして二十年にわたり住んだ賢者の家を後にした。

 



 賢者は振り向いた。

 彼女が家から居なくなったのを確認した。

 声を上げて、机に伏せて泣いた。



 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラは紅葉の道を下った。

 空からひらひらと黄色や赤色の葉が落ちた。

 日が傾いてきて、(だいだい)色の光が空気を埋める。

 振り返ると樹々の間に(じい)さまと暮らした家。

 この景色を見るのもきっと最後。

 目に焼き付けておこう。

 時々足を止めて振り返り、景色を眺めつつ、賢者の家から遠ざかった。

 

 向こうから知った顔が見えた。猫耳とフワフワの尻尾。

 目が合うと、思いっきり駆けてきた。


「ライラっ!」


 いきなり抱きついてきたのは、親友アイリーンだった。


「おかえりっ!」


 ライラヴィラから身体を離したアイリーンが彼女の顔を見つめる。


「って、どうしたの? なんで泣いてるの?」

「ああ、大丈夫、目に(ほこり)が入っただけ」


 うっかり魔眼を隠すゴーグルを着けるのを忘れていた。

 慌ててハンカチを取り出して目元を拭いた。


「やっと帰ってこられたのね」

「うん」


 ライラヴィラはそれ以上何も言えず、ただ歩き続けた。


「ねえ、その大荷物、何?」


 アイリーンはライラヴィラの後をずっとついてくる。


「またしばらく、出かけるから、それで必要なの」


 ライラヴィラは足を止めなかった。

 ——リーンには言えない。

 大魔王になったからもう村には帰ってこないなんて。

 言うと、私に関わると、リーンが裏切り者にされてしまう。

 私はもう、サンダリットにとって仇敵なのだから。


「なんか、あったんでしょ」


 彼女も足を止めずライラヴィラを追いかける。


「ライラ!」


 アイリーンが彼女の手を(つか)んだ。


「離してっ!」


 ライラヴィラは勢いよく手を引いたが、グローブが取れてしまった。

 黒く尖ったツメが()き出しになる。

 



「なに、この黒いツメ」

 



 アイリーンはライラヴィラの手を再び握りしめた。


「魔界で何があったのよ!」


 ライラヴィラは無言のまま、強引に手を振りほどいた。

 

 その時、上空に魔物の気配がした!

 空を見上げる。

 村の中心にある広場から悲鳴が聞こえてくる。

 上から次々と翼竜のようなものが人々に襲いかかっていた。

 ライラヴィラは無意識にそちらへ駆けていく!


「魔物よ! 私も行く!」


 アイリーンも彼女が向かった方へと急いだ。




 広場では村人が大勢、逃げ惑っていた。

 見た感じ、魔物と戦えそうな人はいない。

 勇者のディルクとジェイドは留守のようだ。

 ライラヴィラは迷わず剣を手に取り、二剣で構えた!


 光と風の魔力を同時に(まと)い、長剣に迅雷(じんらい)を宿らせる。

 空から次々襲いかかる翼竜を、途切れることなく両断していく。

 二剣の舞を振るうダークエルフの姿に、広場にいた人々は驚きつつも安全な場所へと避難していく。


「ライラ! 手助けするわ!」


 アイリーンが杖を手にして広場に駆けてきた。


「リーンは怪我人の治療を優先して! 翼竜の相手は私がする!」


 ライラヴィラは剣を構え直した。

 向こうに知った顔があるのが見える。

 ——サンユノア教団のクロセルだ。

 隣町トステルの教会に出入りしている高位僧。

 ダークエルフの自分のことを常に(さげす)み、怒鳴り、時には暴力を振るう嫌な男。

 面倒な人が……、いやしかし、今は魔物を討伐しないと!


 ライラヴィラは一人で絶え間なく剣を振るい続けた。

 建屋への影響を考え、剣への魔力付与は光魔力単体に切り替えた。

 風魔法で空を自在に飛んで、翼竜を次々と打ち落とす。

 あまりにも数が多い。

 ライラヴィラは目を見開いた!

 

 ——『覇者(はしゃ)の魔眼』に従え!

 

 翼竜たちが(あか)き魔眼の波動を浴びて狂ったような叫び声を上げ、一斉に翼を羽ばたいて飛び去った。地面にはライラヴィラが既に討伐した魔物の死体が十数体も転がる。

 周りから畏怖のどよめきが立ったが、ライラヴィラは魔眼と魔法の余韻を収めるのに意識を集中していた。

 

 ライラヴィラはようやく二本の剣を収めた。

 激しい戦闘で、いつの間にかバンダナが解けて外れていた。

 グローブも片方が外れたまま、ゴーグルも外したままだった。

 青銀髪から覗く二本の黒いツノと、紅い魔眼が(さら)されている。片手の黒いツメも()き出しだった。




「貴様は、魔族ではないか!」




 クロセル僧正がライラヴィラを指した。

 その場にいた皆が彼女に注目する。

 

 ——ああ、バレてしまった。

 

 ライラヴィラは取れていたバンダナを地面から拾った。

 人知れず、村から立ち去るつもりだったのに。

 知った顔がまたふたつ、見えてしまった。

 勇者のディルクとジェイドがこちらに駆けてきた。

 どうして今、帰ってきたの——。

 

「翼竜の群れを追いかけてきたが、どうなったんだ!」


 ディルクが辺りを見回した。広場の周囲で人々がざわめく。

 勇者は村の広場に多数転がっている翼竜の死骸を確認する。

 彼らの様子をうかがっていたライラヴィラは目が合ってしまった。


「ライラ? 帰ってたのか。翼竜はあんたが片付けてくれたのか?」


 尋ねるディルクからライラヴィラは目を逸らした。

 ジェイドもこちらへ向かって来た。

 視線を感じる。

 ——私を見ないで、こっちに来ないで……!

 

「ライラ……ツノが、ある?」

 

 ジェイドが彼女の頭に小さいながらも確かに生えている、二本の黒いツノを見て動揺し、その場で立ち尽くす。

 しかし、ディルクは真っすぐ駆けてきた!

 

「その姿は、まさか!」

 

 ディルクがライラヴィラに向けて光の塊を当ててきた!

 ライラヴィラは無意識に深淵(しんえん)の鍵から秘めたる常闇(とこやみ)の力を発動させ、自分の前に闇の防御壁(シールド)を作り出し、光を打ち消した。

 しかし勇者の放つ強い光を全ては消しきれず、ライラの胸元にある闇の深淵の紋章が浮かび上がり、暴かれてしまった。

 彼女は咄嗟(とっさ)に両腕で胸元を隠したが、紋章の赤紫の光が漏れる。




「なんで、なんでライラに、紋章(それ)がある?」

 



 ディルクは槍斧(ハルバード)を取り出し、ライラヴィラに向けた。

 彼は殺気を立てて彼女を(にら)む。


「答えろ! ライラヴィラ!」


 ディルクがライラヴィラ目掛けて槍斧(ハルバード)を突いてきた!

 彼女は思わず二本の長剣を抜いて打ち払ったが、勇者の力には耐えきれず、長剣が一本折れてしまった。


「言え! なぜだ!」


 ディルクが再び向かってきたので、ライラヴィラは折れた剣を投げ捨て、残った剣に闇魔力と水魔力を乗せて、氷晶の剣で槍斧(ハルバード)を受け流した。

 長剣に流した魔力で刀身にも深淵の紋章が浮かび上がる。


「その力は闇と水の複合魔力! それに剣の紋章は!」


 再びディルクが槍斧(ハルバード)を振り落とす。

 ライラヴィラは勇者の力を前に、ただ自分の身を守るだけで精一杯だった。

 風の力で加速して何度となく彼の攻撃をかわし、氷晶の剣で払い、構える。


「いつの間に、そんな力を身につけたんだ!」


 勇者ディルクに怒りの表情が噴き出す。

 

 ライラヴィラは氷晶の剣を構え直した。

 ——このままでは膠着(こうちゃく)状態のまま。

 私は勇者村(サンダリット)の誰も傷つけたくない。

 

 ライラヴィラはその場から飛空魔法で飛び去ろうとした。

 しかし何者かが束縛魔法を放ち、飛空力を打ち消された!

 放たれた先には新たな勇者、ジェイドがゆらりと立っている。

 向かいには勇者ディルクが仁王立ちになる。

 

「ライラ、どういうこと、だよ?」


 ジェイドは震えながらも静かに抜剣した。剣先がライラヴィラに向く。


「場合によっては、僕は君を、討たなければならない……」


 足をジリジリとライラヴィラの方へ歩み寄せてくる。

 ともに育った乳兄妹。その彼が彼女を討とうと(まなこ)を据える。


「その紋章の持ち主は……僕たち(サンダリット)の仇敵たる(しるし)


 ジェイドは今にも泣きだしそうな、悲壮な顔を向けた。


「次の大魔王は、レグルスじゃ、なかったのか?」

 

 ライラヴィラはどうすればいいのか、必死に考えていた。

 ——勇者二人に挟まれている。このまま逃げ去るのは難しい。

 話せば分かってくれる? いや……難しそう……。

 周りにギャラリーが多すぎる。自分の魔族の姿が()き出しだ。

 勇者の力で胸元の紋章が浮かび上がっている。

 どうすればいい? 私は勇者を害したくは、ない。

 私は、悪鬼アモンじゃない!

 

 ライラヴィラの影から突然、大きな漆黒の翼獣、幻獣ロイが現れた!


「ライラヴィラ、乗れっ!」


 幻獣は彼女のすぐ隣についた。


「ロイ! どうして?」

「危機を感じただけだっ、早く!」


 しかしライラヴィラは目の前のディルクやジェイドから目が離せない。

 ——勇者の二人に全て知られてしまった。次の大魔王が誰なのかを。


「闇の幻獣だ! あんなものを従えてるとは、恐ろしい奴!」


 隠れていたクロセル僧正が姿を現し、大魔王を指して叫んだ。

 取り巻いてた人々も口々に叫ぶ。

 そして周りには人が絶え間なく増えてくる。

 日が傾いた勇者村(サンダリット)を冷たい秋風が吹き抜ける——。




「こんなことだろうと思った」




 空から突然、炎の柱が何本も降ってきて、ライラヴィラの周りを囲むように地面に突き刺さった!

 辺りに火花が飛び散り、土埃(つちぼこり)が巻き上がる。

 しばらくすると視界が開けた。

 ライラヴィラの目前に良く知った、(たくま)しい褐色の腕と背中が現れる。

 黒髪と黒いツノの、魔王レグルスだった。


「今は仕方ない、行くぞ」


 動揺で全く動けないライラヴィラを両腕でしっかり抱きかかえ、レグルスは幻獣ロイに飛び乗った。

 彼の黄金の瞳が勇者たちを威嚇(いかく)する。


「次、こいつに何かしたら、俺は許さんからな」


 幻獣は漆黒の羽根を広げて素早く飛び上がった。

 様子を見つつ隠れていたアイリーンが飛び出す。


「ライラ! 受け取って!」


 水魔法で作ったブーメランをライラヴィラに向けて飛ばしてくる。

 それは彼女のリュックに当たると染み込んで消えた。

 幻獣は大魔王を抱えた魔王を背に乗せ、夕陽の向こうへと空を駆けていった。

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