7-3 光を求める男
——魔物の気配だ。しかも数が多い。
ライラヴィラは馬車の御者に声をかけ、御者台から幌の上に登った。
腰に下げていた剣を抜き、両手で持つ。
一本の剣を両手で割くように離し、二本に戻った剣を構えた。
風魔法を馬車に纏わせる。
「飛びます、掴まってて!」
ライラヴィラは乗っている馬車をまるごと魔法で浮かせた。地表から風が吹き上がり馬車を支える。
途端に一行を狙っていた魔物たちが木陰から街道に現れる。一斉にこちらへ飛び上がり襲いかかってきた。
客車を引いていた馬が悲鳴を上げて空中で足を激しく動かす。馬を含め乗客を守るため、ライラヴィラは全体を防御魔法で覆った。
飛空魔法で幌から離れると、光魔力を帯びた二剣を振るい、人の背丈ほどの、クマのように毛むくじゃらで大きなツメを持つ魔物たちを次々と仕留めていく。魔物は飛べないものの跳躍力が強く、馬車に向かって跳ねてきたのを二剣で次々と斬り捨てた。
ライラヴィラは馬車を包む風魔法と剣が帯びている光魔力が影響しあって、摩擦音を立てているのに気づいた。
——もしかして、これが雷魔法の発現方法?
光と風の魔力を同時に二本の剣に乗せると稲妻が宿るのを確認する。
迅雷を纏いし剣を構えて飛び上がり、一気に魔物の群れを雷光を放ちながら両断する。残った魔物は恐れをなして逃げ散った。
幌の上に降りると剣を再び一本に重ねて収め、馬車を風魔法で地表へゆっくり下ろして、幌から飛び降りた。
「みなさん、大丈夫ですか?」
御者と少年たちは抱き合って震えながらウンウンと頷いた。馬は恐怖からその場で震えて動けなくなっていた。
木陰から手をたたきながら、何者かが出てきた。淡い碧色の短髪で深い紫の瞳、腰に剣を携えた背の高い男である。
「見事です、お姉さん。相当な手練れですね」
男は馬車の一団の方へと近づいて声をかけてきた。
ライラヴィラは何者かと警戒して男を睨んだ。ゴーグルの奥の魔眼が彼を捉える。
「ああ、すみません。私もあの魔物に囲まれて困っていたのです。助かりました」
男はライラヴィラが見る限り、魔物には相当慣れてそうな手練れのように感じた。彼の言葉と、感じられる魔力や気配の強さとの違和感が気持ち悪かった。
「僕はアルトと言います。お代は支払いますので、一緒にトステルまで乗せてもらえませんか」
幌には余裕があるので、ライラヴィラは御者に目配せを送った。馬車など利用せずとも移動できるであろう男の目的が気になるが、ここで同乗を拒否するのもかえって相手の警戒心を煽ってしまう。
「ああ、どうぞ、私たちもトステルへ向かうところでしたので」
御者がアルトと名乗った男に応えて、彼から乗車料を受け取り、ライラヴィラはその半額を護衛料として受け取った。
ライラヴィラは震えてその場で固まっていた馬に、緊張を緩和する治癒魔法を施した。ようやく落ち着いた馬は客車を引きはじめ、一行はサンダリットの手前の町トステルへと向かった。
ライラヴィラは幌の中でアルトにもライと名乗り、話しかけてみた。
「アルトもサンダリットに行くの?」
「ええ、そうです。でも私は勇者になりたいのではなく、『光の原点』に詳しい方にお話を伺いたくて」
ライラヴィラはアルトが言う人物が、おそらく賢者フォルゲルであろうことを予想した。サンダリットで光の原点に詳しい人物と言えば翁しか思いつかない。光の教団から遣わされた密使だろうか。
「あなたはサンユノアの人?」
「いいえ、研究をしているだけです」
「そう」
ライラはそれ以上は聞かなかった。
男の様子にゴーグル越しの魔眼を通すと、ぼやけて霞がかっているように見えた。もしかすると姿を誤魔化す幻惑魔法を使っているかもしれない。
この男は油断禁物である。
馬車はそれから魔物に遭遇することはなく、無事トステルの町に到着した。
ここからは道が狭く、徒歩でしか進めない。
馬車の御者には礼を告げて別れ、同じ行先であるアルトとも別れた。
ライラヴィラは日が暮れてきたので無理をせず、護衛している少年たちと共に宿の部屋を取り、男女に分かれて一泊した。
◇ ◇ ◇
翌朝、ライラヴィラはキャンピング用品を雑貨屋で購入した。少年たちと共にサンダリットへ向かう山道を越えるのは、時間がかかると判断したからだ。
ライラヴィラひとりなら、ここからは飛空魔法で飛んでいけば昼前には到着できる。しかし少年たちはそんな魔法は使えないし、そもそも山歩きに慣れていないだろう。
一泊分の食料も用意し、ライラヴィラは護衛を引き受けた三人を連れて、サンダリットへ向かう緩やかな山道へと入った。
道を少し進んだところで、濃い紫の瞳が印象的なアルトと再び出会った。
「やあ、ライ。君もこの道? 空、飛べそうだけど」
ライラヴィラは彼が自分の魔力をある程度把握してるのだと警戒した。他者の魔力を分析できるのは、それだけで魔力を扱う者としては中級レベル以上の実力が備わっている証拠だ。
「護衛の仕事を引き受けてるから、このまま山道を行くの。あなたこそ飛空魔法ありそうだけど、どうしてここに?」
「ここに来たのは初めてだから、せっかくだから自分の足で歩きたいんだ。一緒にどう?」
ライラヴィラは今は特に問題は無さそうと判断して、自分に勝手についてくる彼を拒否せず、サンダリットまで同行することにした。彼から殺気は感じられず、幻惑魔法以外の怪しげな術は特に使ってなさそうだ。
一方、少年たちは山道を歩き慣れていないからか、今後の不安からなのか、言葉少なに黙々と重い足を進めていた。
ライラヴィラはアルトと一緒に少年たちの後をついて歩き、ペースを合わせた。
「ねえ、ライ。君の剣術を見た時に光魔力を感じたんだけど、君は光魔力の使い手なの?」
アルトが遠慮なく訊いてきた。
「一応ね」
ライラは詮索されていると感じた。
——何がそんなに気になるのだろう。人界で光魔力は普通に使われてるのに。
「風魔力と光魔力を同時に操りながら、二剣を駆使していた。そして雷をも呼び起こすなんて。君は相当な鍛錬を積んでるだろう」
「そんなの、特に珍しくないと思う」
ライラヴィラは軽く返事をして、前方を進む少年たちに水を摂るよう指示した。
複数の属性魔力を扱える者は多くはないが、護衛や傭兵では良く見かける。ましてや勇者村では普通だ。炎風土水と光闇、六種すべての属性を扱えるのを見せなければ、特に怪しまれないだろう。ただ人界では珍しく、彼はライラヴィラがダークエルフであるのを訊いてこない。それが逆に不気味である。
行程の三分の一を過ぎたくらいで、もう太陽が頭上に登り切っていた。今夜はやはり野宿だなと、ライラヴィラはキャンプする位置をぼんやりと考えていた。
アルトは再び熱心に訊いてきた。
「僕は光魔力を身につけたいんだ。どうすれば光の精霊に認めてもらえるんだろう。ライはいつから光魔力を持ってるの?」
答えにくいことを訊いてきたなと、どう返事をしようかと少し迷った。
「小さいころよ。よく覚えてない」
「そんなこともあるのか! いいなぁ……」
「アルトがそれだけ熱心なら、そのうち光の精霊が降りてきてくれるかもね」
ライラヴィラはこれ以上は詮索されたくないと思い、彼に相槌を打つ以外は黙った。
日が暮れたので、一行は協力し合って魔物が出にくい場所にテントを張る。ライラヴィラが魔物避けの魔導具を周囲に設置し、明かり代わりの小さな光球をいくつか空中に浮かせた。
少年たちに携帯食を配り、早めにテント内で休むように勧めた。彼らは言葉少なに食事を済ませて、警戒心からすぐにテントの中へ引っ込んだ。
ライラヴィラは護衛のため寝ずの番。たき火を起こし、毛布を被ってテントの外で起きていた。
アルトがテントから出てきて、ライラヴィラが腰掛けている岩の近くで座り、声を掛けてきた。
「みんな寝たね」
「まだ三人とも多分十五歳にもなってないと思う。これだけ不慣れな山道を歩けば、疲れて眠くて当然よ」
「サンダリットまでは、あとどれくらい?」
「そうね、明日夜明けと共に出発したとして、同じペースならお昼前に着くかな」
「詳しいんだ?」
「この辺りは慣れてるだけよ。アルトは寝たらいいのに。私は護衛だから起きておくから」
ライラヴィラはアルトから距離を置きたかった。彼には視線を合わせず、夜行性の魔物が現れないか辺りを警戒し続けた。
「ライって、偽名だよね?」
アルトが単刀直入に訊いてきた。
「雇われ護衛なんて、本名は言わないものよ」
そろそろ彼もテントに入ってくれないかと苛立ちを覚える。
「ふうん。君のゴーグルの下の瞳は、魔眼だろ」
ライラヴィラは思わずアルトの方を見た。まさかゴーグル越しでも魔眼だと分かる者が現れるとは予想してなかったからだ。
「これ以上、余計な詮索はしないで。あなただって幻惑魔法を使ってるでしょう。私も聞かないから」
「よく分かったね。見破ったということは、君の瞳が魔眼であるのは間違いないね」
そう言って、ようやくアルトはテントに入った。
◇ ◇ ◇
特に魔物が出没することはなく、ひと晩が過ぎた。
夜明け前に起きてきたアルトは先に行くと告げて、暗い草原へと去った。
ライラヴィラは少年たちを起こし、軽く食事をしてテントを畳んだ。夜が明けるのと同時に、目的地のサンダリットへ向かって出発した。
山道は赤や黄色で色付き、霧深い中で夜明けの光が当たって幻想的な高原の景色が広がっている。
「綺麗だー!」
ライラヴィラが護衛している少年の一人、マイクが気分良さげに声を上げる。彼の元気な声に彼女は応えた。
「今の季節、サンダリット周辺はどこもこういう感じよ」
「へええええ!」
バリーもキャロルも足を時々止めて眺めていた。三人はこの景色が気に入ったようだ。トラヴィスタを旅立った時は暗い顔をしていた彼らも、今は元気な顔を見せていた。
「お昼前にはサンダリットに着くわ。もう少しだから頑張ってね」
ライラヴィラは三人の疲れを考慮しつつも歩くペースを上げ始めた。約束の魔界へ帰る期限まで、あと一日しかない。村に滞在できるのは半日ほどになるだろう。
「サンダリットに着いたら、どうしよう」
バリーが呟いた。
目的の勇者村が近づいてきて、先行きが不安になってきたようだ。
「偉い賢者様や勇者様も居るから、助言くらいはしてくれると思う」
そう話しつつ、爺さまやジェイド達が何とかしてくれるのを期待するしかなかった。
——自分はもう勇者村に関わることは出来ない。
可哀想だけど、魔族になった自分が彼らにこれ以上関わることは、逆に迷惑をかけることになる。
お昼前、一行はついに勇者村サンダリットに到着した。紅葉した森に囲まれた山麓の村はいつもの表情だ。所々で武術や魔法の修練をする者たちの掛け声が漏れてくる。これまでにない大勢の人が村内を行き交うのを目にした。
辺りを見回したがライラヴィラの知った顔は無い。ただ、今は逆に知らない人ばかりで良かったと思った。
——頭のツノをバンダナで隠してはいるが、知り合いにはきっと自分の闇魔力が強くなったのを怪しまれるだろう。それに万が一、大魔王の秘めたる常闇の力を暴露されることになったら——。
ライラヴィラは他所から来た人を受け入れる窓口が村の集会所だと聞いて、護衛を請け負っていた少年たちを連れて行った。
集会所で彼らの事情を話して支援してほしいと頼み、少年たちには任務は終えたと別れを告げた。
道中で出会ったアルトも来ているかと思ったが、彼の姿は見つからなかった。
——彼なら自分で何とかするだろう。
ライラヴィラが集会所を出ると、サンユノア教団所属の僧侶らしき緑のローブの者が数人、広場の隅で話をしていた。
そういえば親友アイリーンから僧侶たちがサンダリットに頻繁に出入りしていると、魔界で会った時に聞いたなと思い出す。
ライラヴィラはあまり人目につかないうちにと、賢者の家へと急いだ。




