7-1 新生活
第二章【大魔王と勇者】はじまります。
スペランザ城が魔王ランダステンの封印から解放され、城郭防壁など全機能が復活して半月が過ぎた。
城内の片付けと清掃に三日かかり、それから国政機能や各兵団拠点の引越しが行われ、交易拠点の設置など経済機能の再立ち上げが開始する。あえてスラム街に偽装してあった街並みを、元の美しい街に戻す工事も始まった。
前当主、魔王ランダステンと妃リーヴィーの密葬も行われた。城に所縁のある者は全員、仕事以外は服喪中である。
魔王レグルスはライラヴィラの両親の密葬の後、仕事を片付けてくると自国のソレイルヴァへ帰った。
ライラヴィラはスペランザの次期魔王として、城内に生活の場の私室と仕事場の執務室が置かれ、毎日慌ただしく動き回っていた。
魔王としての立ち居振る舞いの特訓も受けた。
侍従長ベルントと侍女長ミリィの厳しいツッコミに辟易しつつも、自分のために助言してくれてるのだと頑張った。
安易に頭を下げない。姿勢を美しく堂々と振舞う。
誇り高き言葉を使うこと。民を安心させるためにも、弱さを見せてはいけない。
人界でのダークエルフゆえの、肩身の狭い隠遁暮らしとは真逆で、戸惑うことが多かった。
賢者がこっそりリュックに入れてた帝王学の本も、ライラヴィラは熱心に何度も読んだ。魔界では平民ではなく王族、もう一国の魔王同然なのだ。
「失礼します。よろしいですか」
執務室にノックして入ってきたのは、珍しいことに鍛治師マウニだった。
「姫様の武具に専用の加工をさせて頂ければと思いまして、参りました」
「専用って?」
魔王だった父が残してくれた武器は一級品ばかりなのに、まだ何があるんだろうと考えた。
「姫様は魔界を統べる大魔王と為られました。代々の大魔王様だけに使用を許される紋章を利用することで、深淵の鍵から生まれる常闇の力に耐えられる武具防具に仕立てることが可能です」
「常闇の力?」
「はい。それこそが大魔王様のお力でございます」
そういえば深淵の魔女ゲルナータが言っていたような気がする。近いうちに教えると聞いた。
「それでなくとも姫様は魔力が突き抜けて高く、度々武具を破壊してるとか、なんとか、あ、失礼しました」
こんなことを言うのは一人しかいない。
「レグルスから聞いたのね?」
「はい。困っておいでだと耳にしまして」
ライラヴィラはレグルスも相当な世話焼きだと思った。
いつも私のことをお節介と言うのに、人のこと言えないじゃない。
「ぜひ、お願いするわ」
さり気ない心遣いがとてもありがたかった。
ライラヴィラは城の武具庫、兼、鍛冶場に案内されて立ち入った。
そこには開城前に城下町で見せてもらったのとは別の、真新しい武具が所狭しと並べられている。
「新たにこの中からお好きなのを選んでください。紋章の加工は基本的に新品にしか出来ませんので」
マウニに促され、ひとつずつ手に取って魔力の流れを確かめてみる。ペアになっている長剣四本と短剣二本、杖を一本選んだ。
どれにも古代魔界文字が入っているようだった。
「この杖は『調和を守りしもの』って、書いてある……」
「姫様にはお分かりですか。これらも全て、魔王様が姫様の為に遺されたものです」
マウニはライラヴィラが選んだ武器を作業台に慎重に並べていく。
「では姫様、深淵の鍵から紋章を武具に転写してくださいませ」
「えっ?」
転写なんてしたこともないし、聞いたこともないと戸惑った。
「ああ、大丈夫です。深淵の鍵の魔力を意識し、武具にそれを放っていただければ」
ライラヴィラは鍛冶師から助言を受けて、やってみることにした。
自らの体内にある『鍵』を意識する。
それが持つ魔力の波動を目の前の武器へと。
すると並べられてた武器が台から浮き上がり、深淵の紋章が映った。
「よぉーっし! はっ、ふっ」
マウニが掛け声と共に、小さいハンマーで映された魔力を打ち込んでいく。
リズミカルな心地良い音が室内に響く。
その音を聞きながら、紋章に意識を集中する。
「姫様、止めてもらって大丈夫です」
ライラヴィラは波動を放つのを止めた。
武具が台の上に降りて、輝きを放つ。
見ると刀身や宝珠の中に闇の深淵の紋章が見えた。
「出来上がりました!」
鍛冶師は打ち上がった剣をライラヴィラに差し出した。
彼女は二本の長剣をそれぞれ手に持ち、少し振ってみた。
まるで身体の一部のような馴染み具合だった。
「もう魔力に耐えられなくて、壊れることは無いと思います」
「ありがとう、素晴らしいわ」
ライラヴィラは短剣と杖も受け取り、剣と短剣はペアを一本に重ねて収納した。
◇ ◇ ◇
レグルスが魔王としての仕事の合間を縫って、様子を覗きにスペランザ城へと訪れた。侍従に案内されて、執務室に入ってきた。
「頑張ってるじゃないか。おまえもそうしていると、魔王らしくなったな」
彼は応接用ソファーに深く座ると、ライラヴィラにいつもの満足気な笑みを向けた。魔王の執務室で座る姫君は居心地に慣れず、緊張していた。
「まだこれからよ。やっと国政機能の引っ越しが終わったわ」
ライラヴィラは椅子を回転させて背中側の窓の外を眺めた。城下の街並みが目に入る。全体が工事中で、防音防災の覆いが被されている建屋が殆どだ。
「元のスペランザの姿は知らないのだけど、元に戻すのには時間が必要だし、資金が必要になるから経済活動に力を入れたい。国から出た人たちを再び迎え入れる準備もしなくては。住居が全然足りないし、働ける場所も作らないと」
「おまえは良くやっている。いきなり国家元首に担ぎ上げられたんだ。だから全てを自分でやろうとするな。臣下を頼れ。人を大事にしろよ」
「ええ、もちろん。私一人でなんて無理よ」
ライラヴィラは亡くなった両親の国を継ぐ覚悟は決めたが、ただ気になっていたことがあった。それは生まれ育った、森に囲まれた里のこと。
「レグルス、私、一度……人界へ戻りたいのだけど、無理かな」
彼は少し黙っていたが、腕を組んで口を開いた。
「はっきり言うが、無茶だ。今のおまえは魔族で、スペランザの正統たる次期魔王だ。しかも人界の連中が最も忌み嫌い、討伐すべしと躍起になってる、魔界でたった一人の大魔王なんだぞ」
「そうよね、やっぱり」
ライラヴィラから溜息が漏れる。どう考えても難しいことは承知している。それでも——。
「最後に爺さまや勇者村のみんなに会いたい。それに魔界に完全に引っ越しするには、村の自宅に置いたままの、大切なものはこちらに持ってきたいの」
「おまえが勇者村育ちってのが、そもそもややこしいんだな。よりにもよって魔界の魔王の娘と知りつつ、あの賢者フォルゲルってジジイはおまえを育てたんだろう。でなければ『王たる者』なんて本を、読めって渡さない」
「でもきっと、言えなかったんだろうと思う。ただでさえ私は、人界では肩身が狭かった」
「まあ、ジジイに恩があるのは理解するが」
ふたりで話をしていると、侍従長ベルントが扉をノックして入ってきた。
「姫様、今後の予定について相談があります」
ライラヴィラは仕事のことだと、姿勢を正した。
その場にいたレグルスも座ったままで耳を傾ける。
侍従長から告げられたのは、両親の喪が明けた後の、ライラヴィラの魔王戴冠式について。準備に時間が必要で、水面下で準備したいとのことだった。
「もうひとつ、ご相談したい事が。城の地下にある『ミラリスゲート』の管理についてです」
ライラヴィラはまさかそんな所にゲートはあるとは知らず、思わずその場で立ち上がった。
「ゲートが、ここの地下にあるの!」
「姫様、落ち着いてくださいませ」
ベルントに諭されて、ライラヴィラは着席した。
座ったものの、落ち着いてなどいられなかった。長く暮らした人界への門が、こんな近くにあるとは。
「下手に開けますと、いつ人界から何者かがやって来るかわかりません。ランダステン様がご存命でいらした時は、普段はゲートは封印しておき、必要な時だけ利用されておりました」
レグルスは怪訝な顔を見せる。
「そもそも人界の連中が来る可能性のあるゲートが、なぜ魔王城の地下にあるんだ? 普通は安全を考慮して、城から離すものだが」
ベルントが魔王にすぐ答えた。
「人界のエルフであった魔王妃リーヴィー様が、いつでも故郷の人界へ帰られるようにと、魔王ランダステン様がゲートの上に築城なされたからでございます」
ライラヴィラはその話を聞いて、強く心が揺さぶられた。
「で、では私が育った人界に、たまに、こっそり行くのに使っても……」
「姫様」
重い声で告げたベルントが姫君を凝視した。
「リーヴィー様は国の当主ではなく、あくまで当主の配偶者であったから許されたようなもの。姫様はまもなく、ここスペランザの魔王となられるのですぞ。しかも姫様は今まさに、魔界をいずれ統べることになる深淵の鍵の宿主、大魔王なのです。どうかご自分のお立場を良くお考えになってください」
「ああ……」
ライラヴィラはやっぱりダメかと肩を落とし、頭を腕で抱えて俯く。
「一度だけ、三日間で戻る」
レグルスが言った。
その声を聞いてライラヴィラは顔を上げた。
「それならいいんじゃないか。人界での身辺整理も必要だろうし、最後に会っておきたい友人もいるだろう。
ただし、自分が大魔王だとバレたら絶対ダメだ。
そもそも魔界でも、まだおまえが大魔王になった事は公表されていない。深淵の浸食暴走が無くなったから、魔界の民は新しい大魔王が誕生したことに、何となく気付いてるだろうが」
レグルスの助け舟にライラヴィラは視界が開けた気がした。
彼の意見を聞いて、ベルントは渋々承諾した。
「身辺整理の為なら仕方ありませんな。では姫様の戴冠式の衣装や鎧の採寸などございますので、明後日以降にご出発なさいませ。そして必ずや、人界に着いてから三日後にはお戻りください」
「ありがとう! 約束は守るわ」
レグルスが厳しい口調で続けた。
「三日経って魔界に戻らなければ、大魔王に何かあったと判断して、俺は人界に報復に行くからな。覚悟しておけよ」
「報復って、その……」
「そのくらい、おまえは魔界では大事だという事だ。忘れるな」
「……わかった」
ライラヴィラは改めて自分の立場が重大であることを自覚した。




