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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
番外編 はじめての誕生日 side ライラヴィラ
30/225

後編 その花言葉は

 しばらくすると大皿が運ばれてきて、大胆に前に置かれた。


「本日のメインディッシュ、ダルシのフィレ香草焼きでございます」


 ダルシ……思い出した!

 魔界に初めて来た時に遭遇した魔物。

 目の前のレグルスが教えてくれたな。肉はとても美味しいって。

 彼はあれから一言も喋らなかった。無言のまま、出された肉をナイフで切り分けて食べている。

 香草は魔界産だろうか、噛むとフルーティな香りがする。それと甘めのソースに濃厚な肉汁が合わさって極上の味わいだった。


「魔界に最初に来た時に、あなたとダルシを狩ったのを思い出したよ。こんなに美味しかったのね。人が群がるのも当然かな」


 わたしはずっと黙ったままのレグルスに、やっと話題ができたと思って話しかけた。

 ようやく彼は返事をくれた。


「ああ、そうだったな。ひと月ちょっと前のことなのに、懐かしく感じる」


 そう言って彼はいつもの自信ありげな笑みに戻った。

 よかった、怒ってなかったみたい。


「ここに来るまでに色々あったよね。魔王に誘拐されたり……」


 わたしはゾンガルディでの出来事を思い出したのをつぶやいてしまった。


「なんと、姫様が誘拐された、ですと?」


 わたしの言葉を耳にしたベルントが一瞬で眉をつり上げた。


「一体、どういうことですか。事と次第によっては——」


 うっかりした、言わなきゃよかった。これは相当怒っている。


「すぐにレグルスが助けに来てくれたし、あの時はわたしが油断してたから。まさか薬を嗅がされて眠らされて、ゾンガルディの魔王城に拉致されるなんて」

「正式に抗議いたします。忌々しき魔王ネウレディドめっ」


 ベルントはさらに額に青筋を立てた。

 ああ、墓穴を掘ってしまった!

 さすが『月影の魔剣士』怒ると殺気が立って怖いよ。


「もう大丈夫だって! こうして無事だったし、事を荒立てたくはないから。国家間戦争になるのは絶対嫌よっ」


 私は謝罪を求める文書を出すと言い張る侍従長を慌てて止めた。

 横でレグルスが苦笑いしてる。


「ネウレディドはただの偏屈だからな。また何かしてきたら俺が一喝してやる」


 彼はまるでお仕置きをするように、ナイフで目の前の肉をスパッと切り分けた。

 わたしも次に何かあれば、一撃お見舞いしてやるわ。


 でもネウレディドが一人で過ごしていた部屋。魔力が強すぎてあんな制限された中で過ごすしかないなんて。どうにか出来れば、彼もわたしを誘拐するなんてしなくてもよかったのかな。


「ゾンガルディの魔王みたいに、たった一人は、辛いよ」


 わたしの口からつい、考えたことが漏れてしまった。

 他人事ひとごとではないと感じてしまって。


「ライラはお人好しが過ぎる。あの野郎はおまえを誘拐したんだぞ。立派な犯罪行為だ。どんな事情であれ許されることではない」


 レグルスの言うことはもっともだと分かってる。


「それはそうよ。でもね──」


 彼は分かってくれるだろうか。


「孤独は、人の心を壊すの」


 わたしはそれが身に染みていた。

 実の両親を知らず、人界で賢者と乳母に育てられたものの、忌むべき種族だと迫害され続けた日々。

 わたしはレグルスに話してなかった事を打ち明けた。


「人界ではずっと、自分がダークエルフで、普通とは違う紅い瞳と紫の肌で……人から避けられ、ののしられ、暴力を振るわれたり、学び舎にも通えなかった。だから一人は辛いのが身に染みてる」


 小さい時から『光の申し子』と呼ばれて勇者の候補者とされ、修行の日々を送った。

 魔術と武術を身につけて強くなれたこと、古代魔界文字をはじめ、世界中のあらゆる教育をひと通り与えてくれたことには感謝してる。

 ただ、わたしは『普通』を知らない。


「どうしようもなく辛くなったときにね。十六歳の時、家出したの。爺さまの家を飛び出した」


 レグルスが目を見開いてわたしの方を向いた。

 そうよね、意外に思うよね。

 何ともないフリしてても、わたし、本当は弱虫なのよ。


「どうして勇者の修行してるんだろう。どうしてわたしは生まれてきたんだろう。どうしてわたしはダークエルフなんだろうって。答えを外に探しに行こうとしたの」


 わたしには肉親の待つ家なんてない。

 本当に帰るところなんて無いとすら思ってた。


「同い年の村の仲間は学び舎を卒業した頃で、高等教育を受けるために学院へと旅立ったり、技術を身につけるために職人の門下へ入ったり、仕事を始めたり。でもわたしは変わらず村で勇者修行の日々。大好きな絵の学校に行きたいとも思ったけど、稼ぎの良い傭兵とか魔物討伐の仕事はわたしだけ禁じられてて、だから学校へ通うお金が無かった」


 サンダリットで同じように修行する仲間からも、距離を置いて見られていたから。ジェイドやリーンたちも、わたしのことを本当は面倒だと思ってるかもしれないって。それは思春期特有の誤った思い込みだったけど。


「でも、答えなんて無かった。外ではまともに相手にしてもらえず、ダークエルフというだけで普通に宿に泊まることも拒否された。野宿を続けて食料は狩りと採取でしのいで。とある国では魔族だって衛兵に通報されて逃げ回ったりもしたよ。わたしは結局、サンダリットで生きるしかなかったの。そう、わたしは村と爺さまに守られていたのだと思い知っただけだった」


 メインディッシュの皿が下げられて、デザートと紅茶が出された。

 宝石のようなつやのフルーツの盛り合わせと、目の前に置かれていた巨大なケーキをカットしたものが盛り付けられていた。

 紅茶をれてくれたミリィが下がらずに、その場で言った。


「姫様、ここは姫様の本当のおうちです。ここが生家なのですよ。よくぞ、お帰りくださいました。人界での二十年もの長き旅路をよくぞ耐えられました。残念ながらご両親はお亡くなりになられましたが。ここに揃った臣下一同、姫様を、家族のようにとはいかなくても、心からお支えしたいと願っています」


 ああ、そうか。

 ここはわたしの本当の家。

 両親はここで暮らしていて、わたしはここで生まれた。

 幻獣ロイも言ってたな。皆で生まれたばかりのわたしを愛しんだって。

 知らないうちに瞳から雫が流れて落ちた。

 ミリィが下がるとベルントも語りかけてきた。


「姫様。さぞ辛い思いをされたと思いますが、その勇者の村の賢者殿ですか、姫様を一人の人として尊重し、守り抜かれたのですね。姫様が人のことを大切にする、慈しむ思い。それは誰かから大切にされた証拠だと思います」


 うん、それも分かってる。

 爺さまの家を一度飛び出して、よく分かった。

 厳しかったけど、ダークエルフであったわたしに対して、その時に出来ることを精一杯してくれたのだと思う。


「そうね。今なら二人の言うことがよく分かるよ。本当に、ありがとう」

 ベルントとミリィが優しい微笑みを返してくれた。

 



 黙って食べていたレグルスが口を開いた。


「このケーキ美味いな。フルーツも極上品だ。ここまでよく揃えたものだ。おまえも喋ってばかりいないで、食ってみろよ」


 彼に促されて、盛り付けられていた大粒の葡萄ブドウをひとつ、フォークで刺して口に入れた。

 甘酸っぱい果汁と芳香。皮がシャリリと音を立てる。


「魔界でこんな新鮮なフルーツを手に入れるのは大変だったのでは? わたし、少しの間だけど魔界を旅してみて、生ものがなかなか無いんだって知って驚いた」


 この誕生日サプライズの為に、どれだけ手の込んだ準備がされたのだろうと思うと、ただ感謝しかなかった。

 ケーキも食べた。甘くてフワフワ。スポンジとクリームが混ざって口の中で溶けていくよう。


「ねえ、わたしひとりでこんなに食べられないし、みんなも食べてよ?」


 ディナー開始から従者の誰一人も乾杯以外で飲み物すら口をつけず、見守られていたから。こんなに大勢に見られているのは、自分が城の当主だとしてもたまれなくなる。


「我々は仕事前に食事は軽く頂きましたが、デザートは食しておりませんので、頂いてもよろしいですか」


 ベルントが返事したのでわたしは頷いた。


「ここにいるみんなで一緒に食べましょう」


 すると扉が開いてワゴンに大量の皿とフォークが運ばれてきた。

 ええ? もう用意してあったの?

 あまりにも準備万端じゃない。

 その様子を見てレグルスが笑い出した。


「ハハハッ、おまえが一緒に食べたいと言い出すのを、ここにいる連中は皆、分かっていたみたいだな」


 彼の言葉に従者たちからフフフと照れ笑いが漏れた。

 ベルントも笑みを浮かべて、レグルスの方へ目配せを送る。

 その場の皆にデザートが分けて配られて、和気あいあいと甘い味をたっぷり楽しんだ。

 先にデザートを食べ終わったミリィがそっとわたしに耳打ちしてきた。


「姫様、魔王様から贈られた花束ですけど、ピラナトの花言葉は

 『あなたに出会えて嬉しい』なのですよ……」

「ええええっ!」


 わたしはその意味に驚いて大声を上げてしまった。

 ミリィのささやきは彼の耳にも入ってしまったらしくて、彼の顔がどんどん赤くなってきて、わたしからそっぽを向いて頬杖をついた。

 俺様魔王の横顔が赤くなってる!

 こんな彼、見たことない!


「ジロジロ見んなよっ! それは……ここにいる全員の思いだろ。そう考えて俺は選んだ」


 レグルスはそのままボソボソと呟いた。


「あとは、その、おまえの肌と同じ色で……綺麗だったから」


 彼の口から語られたピラナトの花を選んだ理由に、私も顔が熱くなってきた。

 照れるよ、そんなの……。

 淡紫の肌を綺麗だなんて、一度も言われたことなくて。

 魔眼のことを宝石みたいだって言われた時もそうだった。

 魔界の人は美醜の価値観が違うからだと、冷静になろうとしたけど。

 深淵の鍵が宿された心臓の鼓動が速くなってしまう!

 大魔王の常闇の力が漏れてしまいそう!


「ご馳走になった。そろそろ俺は下がらせてもらうか」


 レグルスは立ち上がるとベルントやミリィに軽く目配せして。


「じゃあな」


 うつむいたままそう言ってわたしには目を合わせず、転移魔法で目の前から消えてしまった。


「あっ、レグル……」


 わたしは彼に来てくれてありがとうって、最後にもう一度きちんと伝えられなかった。でもきっとわたしにあの真っ赤な顔を見られたくないだろうし、また今度改めてお礼を言おう。

 

 ありがとう、レグルス。

 そしてお城のみんなも、ありがとう。

 長い旅路だったけど、やっとわたしの居場所ができた。

 そして、これまで育ててくれた爺さまに、村のみんなにも、ありがとうって今なら素直に言える。

 そろそろ一度、サンダリットのみんなにも会いに行きたい。

 そうしたら、ありがとうって言うの。

ライラ視点の番外編、ここまでです。

いつもとは違う一人称で書いてみましたが、いかがでしたか。

次からは第二章【大魔王と勇者】に入ります。引き続きよろしくお願いします。

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