前編 私の生まれた日
「ライラヴィラ姫様、二十歳のお誕生日、おめでとうございます!」
魔導城郭都市スペランザの魔王が住まう城内に人々の声が響き渡る。
食事の支度が出来たと呼ばれていつものように食堂に来たら、お城で働いているみんなが揃っていた。
一斉に祝福の言葉を受けた。
食堂の長いテーブルの上には巨大なケーキと色とりどりのご馳走。どれも人界で暮らしていたときには見たこともないものばかり。
スペランザの復興事業でみんな忙しいはずなのに、こんなにも豪華な食卓を用意してくれてたなんて。
わたしは胸から熱いものが込み上げてきて、泣いてしまった。
「あ、あり、がとう……」
まともにお礼が言えなかった。
自分の誕生日を正確には知らなかったし、こうして大勢から一斉に声をかけられて祝ってもらったのは初めてだったから。
勇者村サンダリットではこの時期になると、一つ歳を取ったと、育ての親である爺さま、賢者フォルゲルに言われるだけだった。
目の前で起こっていることが現実なのか疑ってしまう。
「本当に、今日がわたしの誕生日なの?」
父の代からスペランザに仕えてくれてる侍従長ベルントに尋ねた。
彼は初めて会った時から一度も見せたことのなかった、目尻を下げた笑みを浮かべて答えてくれた。
「はい、そうですとも。この秋が深まりし季節の、本日が姫様のお生まれになった日でございます。わたくし、その時のことを昨日のように覚えております」
「姫様はこの城で二十年前の今日、お生まれになったのですよ」
食堂に連れてきてくれた侍女長ミリィも教えてくれた。
そうか、ここは正真正銘、わたしのはじまりの場所。
帰ってきたのだという不思議な喜びがこみ上げてきた。
わたしはどんな両親の元で、どこで生まれたのか、魔界に来るまで全然知らなかったから。
「ささっ、姫様。どうぞお座りください。お料理が冷めてしまいますので。我ら臣下一同、人界暮らしの長かった姫様のお口に合いそうなものを魔界中から探して取り寄せました。ぜひご賞味くださいませっ」
調理長オイゲンが深く礼をして、隣に並んでいたコックたちも彼に倣って礼をした。
わたしは従者たちに促されて自分の席に着席した。次期魔王たる当主の席は一番奥の上座だ。だけどわたしが上座に座るなんてまだ慣れなくて、自ら進んでは座りにくい。そして嫌でも、今のわたしは魔導城郭都市スペランザの頂点なのだと思い知らされる。
テーブルの上に目を向けたら、花の生けられてない大きな花瓶がひとつ置かれてる。自分の座る席の左前には誰かのための食卓がきちんと用意されてあった。
「お客様がお祝いにいらっしゃいました」
侍従が扉の脇に真っ直ぐ立って告げた。
わたしは魔界の魔王城に誰が来たのだろうと思い巡らせた。
人界からは誰も来ないだろうし。
そもそも今日が誕生日だなんて、わたしが知らなかった。
「魔王レグルス様、お見えです」
まさかの彼だった。
食堂の扉が開かれて、いつものラフな格好とは違う、見たことのない整ったスーツ姿の彼が入ってきた。
わたしは目を見開いて、言葉が出ず口がぽっかり開いてしまった。
だって別人みたい。歌劇場のスターかと思う容姿。いつも黒髪に見え隠れする眩しい黄金の瞳だけど、更に輝いて見える。
ソレイルヴァ連合国の当主たるレグルスは、魔王の仕事を姉である領主マティルダに頼み、ずっとわたしの旅に付き添ってくれていた。ひと月以上も一緒にいて、ここスペランザ城にわたしの住まいが用意されてから、彼は自分の国に帰ったのだ。
レグルスは両腕で大きな花束を抱えて歩いてきて、そのままわたしの傍らに立つと、いつもの得意げな笑みを浮かべた。
「間の抜けた顔をしやがって。サプライズ大成功だな」
そして彼は口元で軽く笑ったあと、真顔になった。
「新たなる闇の深淵の大魔王、ライラヴィラ様の誕生日だと耳に入り、ソレイルヴァの魔王として祝いに駆けつけた次第。どうか受け取ってくれるか」
座っていたわたしに、彼は手にしていた大きな花束を差し出した。
淡い紫色の見たことのない美しい花。わたしの肌の色ととても似ている。細かい花びらのひだが幾重にも重なり揺れて、濃緑の細い葉は艶があって花の色を引き立てている。
「まさかあなたが来てくれるなんて。ありがとう、レグルス」
わたしは立ち上がり、緊張しながら彼から花束を慎重に受け取った。
花束をプレゼントされたことなんて、もちろん無い。
乳兄妹のジェイドや親友リーンから欲しかった魔術書を買ってもらったり、お菓子をプレゼントされたことはあるけど、花束は特別なもの。人界では誕生日の友人に花束を贈ることはなかったから。
そう、花束を贈る相手は愛する人と親や子ども。そして何らかの名誉を受けた祝福や、儀式で精霊に捧げるときくらい。
もしかしてわたしの魔王就任のお祝いなのかも。
魔界の習慣はまだよく分からないから、誕生日に花束を贈るのは普通なのかもしれない。
受け取った花束を控えていた侍女に渡すと、目の前の大きな花瓶に生けてくれた。テーブルの上が華やかになって、嬉しい気持ちがさらに増した。
レグルスは私のすぐ左脇の用意されていた席に座った。
「さて、ご馳走にあずかるかな。こんな豪華なのは魔王でも滅多に食べられんぞ。臣下たちに感謝するんだな」
そうだ、彼の言う通り。
集まってくれた従者のみんなにお礼がまだ言えてない。
わたしは顔を上げて口を開いた。
「こんな素晴らしいサプライズをありがとう。わたし、もう胸がいっぱいで上手く言葉が出てこないのだけども、本当に、嬉しいです。ありがとう」
そう伝えると、集まってた従者たちから一斉にお祝いの拍手が鳴り響いた。
わたしとレグルスのワイングラスに食前酒が注がれ、臣下たちにもグラスに入った祝い酒が配られた。
「では、新たな当主を迎えたスペランザの未来と、新たなる大魔王の誕生を祝して、乾杯!」
レグルスの乾杯の音頭でディナーが始まった。
◇ ◇ ◇
前菜から調理長がわたしの横について説明してくれた。
魔界の食事はまだ食べ慣れてなくて、そもそも食べ方がわからない食材も多かったから助かった。
目の前には見たことのない貝のようなものがあった。殻が何枚も重なり、どこから開けたらいいのかわからない。
「そちらはナイフをこう差し込んで、フォークを引っ掛けると開きます」
調理長の言葉に続いて、レグルスがお手本を見せてくれた。
わたしも試してみる……出来た。
出てきた中身をフォークに刺して口にした。
濃厚な出汁と添えられた岩塩、香ばしいスパイスが舌を刺激して食欲をそそる。
「おいしい、苦味も少なくて食べやすいわ」
わたしはどれもこれも食べたことがなかったけど、好奇心もあって出された料理全てを口にしていった。
「おまえは食べ物の好き嫌いがないんだな。酒も飲めるし、一緒に食事をするのが楽しいやつ。良い食いっぷりだ」
レグルスがわたしを見て口の端を上げた。
ああ……がっつきすぎたかな?
わたし、サンダリットでは『痩せの大食い』って言われてたんだった。
だから金がかかるとか、こいつに食べさせるのは無駄だとか、ダークエルフを忌み嫌う人からは散々嫌味を言われてたな。
爺さまからは持てし莫大な魔力を消費するせいだって説明してくれたんだけど、誰も彼も、わたしも納得してなかった。
「サンダリットでは健康のために何でも食べられないと叱られるし、お酒も十八歳で成人すると訓練の一環で飲まされるからね。私はお酒で酔ったことないから分からないけど、たとえ酔ってもすぐに敵と戦えるようにって、そういう訓練もあったわ」
わたしの言ったことを聞くと、レグルスは残念そうな顔をした。
何でだろう?
「おまえザルかよっ、大魔王様はとんでもない酒豪だったか。つまらんな……」
そう言って彼は口を尖らせながら食べた。
「ええ? 酔わないのは便利だと思ってた」
村ではこの体質を重宝されてたのにな。まあ宴会で酔い潰れた村の仲間たちの治癒魔法に駆り出されるんだけどね。
「酔うってのも時にはいいぞ。おまえ、楽しみが人よりひとつ少ないんだな。可哀想なやつ……」
レグルスはグラスのワインをこれ見よがしに飲み干した。
「可哀想って大袈裟よ。別にわたしはそんなふうに思わない。お酒の席は好きよ。みんな楽しそうだから。しんみりしてるのは苦手で」
わたしがそう応えると、侍従長のベルントが怪訝な顔をして、ンンッと咳払いをした。
「レグルス様。姫様を酔わせて、などという企みは通じませんな。さぞ残念でしょう。ただ、わたくしは安心しました」
ベルントの言葉で、レグルスが別の意味で残念だと思っていると知らされた。でもわたしは彼にそんな下心があるようには見えなかった。
「それは言い過ぎよ? わたしはレグルスがそんな悪巧みする人には見えないから」
そう言うとレグルスが大笑いした。
そんなにおかしかった?
「おまえなぁ! 俺は魔界の魔王だぞ。そんな男がそばにいて危険を感じないのか? まぁ今となってはライラの方が格上か」
そうか、やっぱりわたしはある意味、変かもしれない。
本当に危なくなったら相手を魔眼の力で拘束して逃げるし、一応、用心もしてる。それで可愛くないだの、化け物だの、勝手なことを人から言われてしまう。
「もしも本当に下心があっても魔眼で縛るだけだし。でもやっぱりレグルスにそんな邪な感情があるようには思えないな」
わたしは正直な気持ちを伝えただけだった。
でも彼の表情が変わり、わたしから顔を背けて、出された魚料理を大口で黙々と食べ始めた。
もう、レグルスがよく分からない。
彼に対してそんな悪いこと言ったのかな。
わたしも野菜と白身魚が重ねられた料理を口にした。少し酸味があってバターみたいなコクがある。
魔界の人は濃い味か好きなのだろうか、どれも味付けがしっかりしてる。でも途中で出される汁物は塩味が少なくて口直しにちょうど良かった。




