6-4 目覚め
ライラヴィラは光を感じ、真紅の瞳をゆっくり開けた。
辺りを見回すと、なんとなく見覚えのある部屋だ。
ベッドに寝かされており、少し離れた椅子には自分の剣が立て掛けられ、座面には愛用の魔導リュックが置かれてあった。
右手を恐る恐る目の前に差し出してみた。
薬指にあったはずの、母の絆の指輪が無くなっている。
ツメが黒く変化していたが、目に入らなかった。
力無く手を下ろし、涙が溢れた。
父は亡くなったのだと……。
扉から音がして、魔族の女性が入ってきた。
「姫様、お目覚めになりましたか」
従者のミリィだった。
ライラヴィラから流れる涙に気づき、ミリィは彼女の目元をハンカチでそっとおさえた。
「父さま……助けられなかった……」
ミリィがライラヴィラの頭を何度も宝物のように撫でた。
彼女の暖かい手の感触に心を委ねる。
「姫様、今は泣きたいだけ、我慢せず泣いてください。そうすれば、また、立ち上がれますから……」
ミリィはライラヴィラにハンカチをそのまま渡し、静かに部屋を出た。
少し間を置いて、レグルスが部屋に入ってきた。
彼はベッド脇の椅子に座り、静かに語り始めた。
「ムスタからスペランザまで、師匠が転移魔法で送ってくれた。おまえの荷物はそこに置いてある。剣は一本折れてしまっていたから、それは処分した」
「……ありがとう」
ライラヴィラは力のない声で返事した。
何も聞かない彼の優しさが心に染みる。
「おまえが深淵から出てきた時の話をしてもいいか」
ライラヴィラは無言で彼へと顔を向けた。
「深淵から見たことのない、虹色の光の帯がムスタの里へ差し込んだんだ。その後おまえが光に包まれて出てきた。そのとき『受け止めてくれ』って男の声がしたんだ。俺が受け止めると光は消えた。あれは……おまえを助けてくれたんだろうな」
ライラヴィラはそれが誰なのか、はっきり分かった。
「父さまが、最期に助けてくれたのね……。わたしは、何もできなかったのに」
ライラヴィラの瞳から再び涙が流れる。
「何もできなかったのは俺の方だ。おまえには辛い思いをさせた。そしてこれからもきっと、辛い思いをさせる」
レグルスは頭をうなだれた。
「俺が、次の大魔王になる、はずだったのに……」
ライラヴィラは彼の後悔と罪悪感を感じて、返す言葉を心に巡らせた。
ザインフォートの鍵はわたしのところにあった。
最初から次が誰なのかは、決められていたのだ。
あわよくば鍵を深淵に返して、なんて考えたわたしが甘かった。
まさか魔界と人界との混血の自分が、大魔王になる可能性はないと思い込んだ。
直感では、既に自分が選ばれたのだと分かっていたのに、否定した。
覚悟が足りなかったのだ。
「ううん、あなたはいっぱい助けてくれた。人界でも、魔界でも。あなたのおかげで、最期に父さまに会えたのだから」
ライラヴィラは寝ていた身体をゆっくり起こした。
「無理するな、痛いところはないか? その、頭……とか」
レグルスが自分の頭の上へ視線を向けているので、ライラはそっと頭を撫でてみた。
なにか、手に当たる。頭に二本生えている。
ライラヴィラは素早くベッドから降り、壁にかかっている鏡を見た。
「ツノ……! ツメも……」
小さいが確かに頭に生えている二本の黒いツノと、手のツメが黒くなり尖った形になっているのにも気がついた。
鏡に映っているのは魔族だった。
ライラヴィラはレグルスの斜め向かい合わせに、ベッドに腰掛けた。
「まさか……」
ライラヴィラは再度、自分の手のツメを眺めた。
不思議と嫌な感じはしない。
最期に会えた父も、黒いツノが二本と黒いツメだった。
少し父に近づけたような気がした。
「師匠の話では、おそらく深淵の鍵を肉体に受け入れた影響で、父親の魔族の血が目覚めたのだろうと」
レグルスの話にライラヴィラは素直に納得できた。
「うん、父さまのツメと同じ」
「もっとショックを受けるかと思ったが、案外強いな、おまえ」
「そんなに強くないわ。……たくさん、泣いてしまった」
「こういう時は思いっきり泣け。俺も両親が死んだときは無茶苦茶泣いた。恥ずかしいことではない」
レグルスはポットからグラスに水を注ぎ、ライラヴィラに差し出した。
「痛み止めが含まれた水だ。魔族は幼少期にツノが生えるが、その時期は結構痛いからな。おまえのツノ、成人にしてはかなり小さいから、まだ伸びてくるかもしれん。これで少しは楽になる」
「ありがとう。全然痛くないの。不思議なくらい違和感がなくて」
ライラヴィラは受け取ったグラスの水を飲み干した。
扉をノックする音がして、レグルスの師、ゲルナータが入ってきた。
「無事目覚めたようじゃな。念のため診察するぞい。思ったより元気そうじゃな」
小柄で子どものように見える老婆は、ライラヴィラに治癒魔法を全身くまなく当てて観察した。
「魔族になった以外、特に問題なさそうじゃ。深淵の鍵の具合を見せてもらうぞ」
ゲルナータは木製の杖をライラヴィラの胸元にかざした。
紋章が浮かび上がり、赤紫色に光を帯びる。
「この魔力の回る感じが、深淵の鍵……」
ライラヴィラは自分の胸元からほんのり光る紋様を覗きこんだ。
「分かるか。そなたは魔力を扱う才能が素晴らしいな。これまで何人もの大魔王を見てきたが、痛みに苦しみ魔力を感じられない者が多かった。ザインフォートですら最初は苦しんだ」
ゲルナータは紋様の奥を覗くようにして告げる。
「そなたの心臓を深淵の鍵ごと包み込んで守る、虹色の光があるのじゃ。光魔力でも闇や他の属性でもない、未知の力。これは予想じゃが、そなたの父ランダステンの残した力だと思われる」
「あの時、ライラを包んでいた光か?」
レグルスが首を少し傾けて腕を組んだ。
「うむ。わしは長きにわたり『深淵の魔女』なんて人から呼ばれるくらい、あの里に住んでおってな。だからランダステンが深淵に入り、そのまま出てこなかったのは知っておった。きっとそなたを闇の浸食から守る力を、最期に与えてくれたのであろう」
ゲルナータが杖を下ろすと、ライラヴィラの胸元にあった紋様は消えた。
「深淵の鍵が持つ、常闇の秘めし力の扱い方は追々教えよう。今はこの国のことがあるじゃろう。スペランザの次期魔王たる、そなたの戴冠式をせねばならぬだろうからな。フハハハハ」
ライラヴィラに父との邂逅の記憶が甦る──。
「そうよ! 城よ、城の鍵を、父さまから渡されたの!」
深淵の中で受け取った髑髏のペンダントは、ライラヴィラの首に下げられたままだった。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラは急いで着替えてベルントとミリィを呼び、レグルスと共にスペランザ城の正門前に赴いた。城は相変わらず銀色の霧に包まれており、紫の雷光が走っている。
「おまえ、起きたばっかりなのに無茶するなよ」
レグルスは心配そうにライラヴィラを見る。
「これは一時でも早く、やらなくちゃいけないことなの」
──父から託された城を、街を、元に戻さなくては。
ライラヴィラは魔眼の力で城の封印状態を確認した。
両手で杖を持ち、城の方に杖を掲げ、闇魔力を全身に纏った。
首から下げられた髑髏のペンダントに魔力の流れを合わせる。
ペンダントからの波動を増幅して、杖から城全体に向けて放つ!
「スペランザの当主の名において、封印は終わりを迎えよ! 今ここに、我、ライラヴィラ・アズ・レイ・スペランザにより、魔導城郭都市は起動せし!」
城を包み込んでいた銀色の霧が一気に晴れ渡った。
塔から放たれてた稲光も止まり、静粛が訪れる。
「終わりから、始まりへ!」
ライラヴィラは光魔力を全身に纏い、持っていた杖を両手で魔力を込めて地面についた。
杖の接地面から光の魔法陣が街全体へと広がっていく!
消えていた城の照明が下から順に灯っていく。
城門が重い音を響かせて開いていき、青い魔法の光が輝いた。
城郭がその力を立ち上げて、街を守る防御結界が展開する。
そして城郭の門が高く伸び、巨大な燭台に紫の魔法炎が燃えあがった。
街全体に魔力の循環が始まり、動作音がして広場の噴水が上がる。
城が起動する音に気づいた人々が建物の中から一斉に外へ出てきて喝采した。
「二十年、耐えた甲斐がありましたぞ、姫様」
スペランザ城を見上げたベルントの目は潤んでいた。
「張り切ってお城のお掃除をしなくては!」
ミリィも満面の笑みで眺めている。
「おまえも、ちょっとは魔王らしくなったな」
レグルスの満足気な声にライラヴィラは振り向いた。
「そうだった……わたし、魔族になっただけじゃなくて、もう、魔王なんだ……」
「なに言ってんだ、『魔眼の剣姫』大魔王ライラヴィラ様!」
レグルスはライラヴィラの肩を勢いよくたたいた。
第一章【闇の女王の名】完結です。
番外編を挟んで、第二章【大魔王と勇者】が始まります。
引き続きよろしくお願いします!




