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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第六話 深淵の鍵
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6-3 紅き光線

 ライラヴィラは右手から自分のものではない魔力を感じて、胸元にその手を寄せた。手元を見ると母の絆の指輪が赤く光っている。


「それは真紅(しんく)の絆の指輪ではないか。そなたの両親のものか?」


 ゲルナータがライラの指輪を覗き込むと、突然、(あか)い光の糸が外へ向かって伸びていった。


「これはっ! 絆の光ではないかっ!」


 ゲルナータが慌てて外へ飛び出す。

 ライラヴィラとレグルスも老婆を追って出た。

 指輪から放たれている紅い光線は、深淵(しんえん)の中心へ向かって伸びている。

 小さな老婆は顔を見上げて告げた。


「指輪が、ランダステンを呼んでいる」

「ええ!」

「まさか!」


 二人は紅い光線の先を辿(たど)った。

 森の向こうに巨大な漆黒の(うず)が見え隠れしており、中心の深さは果てしなさそうだった。その中心へと光線の先が伸びて見えなくなっている。


「やはり魔眼の覇王は、あの中にいるのか!」


 レグルスは深淵の方を見て、どこに魔王がいるのか探そうとした。


「父さまが、あそこに……」


 ライラヴィラは深淵から目が離せなかった。


「父さまに、会いたい」


 ライラヴィラは無意識に深淵の方へ向かって歩き出していた。

 指輪から放たれる光を彼女の魔眼の力が追っていく。

 彼女の様子がおかしいことに気づいたレグルスが叫んだ。


「ライラ! 行くな!」


 彼女はレグルスの呼びかけに反応せず、そのまま深淵へ向かって足を進めている。意思のない(うつ)ろな瞳が深淵を(とら)えて、止まらない。

 レグルスはライラヴィラを止めようと彼女に飛びついた。

 その時──。

 ライラヴィラの胸元から複雑な輝きを見せる結晶体、『闇の深淵の鍵』がその姿を現して鋭い光を放った。

 レグルスはその青紫の光に吹き飛ばされた。


「大丈夫か!」


 ゲルナータが地面に倒れこんだレグルスに駆け寄った。

 彼は起き上がろうと手をついて、漆黒の渦へと向く。


「ザインの鍵が!」


 ライラヴィラは吹き飛ばされもせず、鍵が導くように、ただ深淵の中心へ向かって無表情で歩いていた。

 レグルスとゲルナータは何か分からぬ力で束縛され、その場で座り込んだまま全く動けなくなった。息をするだけでやっとである。


「こうなっては、もう我々は動けぬな」


 ゲルナータも深淵の方へ見上げて(つぶや)く。


「深淵と精霊の意思が、明らかになる」


 ライラヴィラは指輪から深淵へと伸びる赤い光の糸に引っ張られ、結晶体に付き添われるかのように常闇(とこやみ)の中へと飲み込まれていった。

 

 

 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラは無意識に踏み込んだ、暗黒の空間で立っているのに気づいた。

 そこには何も無い。目覚めているのかすら分からないほどの常闇。

 彼女を導くように浮いていた深淵の鍵は、ライラの胸元に入り込んで消えた。


 右手の指輪から赤い光の帯が伸びているのが目に入り、それを追った。

 向こうに誰かが居るのを見つけて、彼女の進む足が速くなっていく。


 前方で何者が胡座(あぐら)をかいているように見える。

 全体が暗く、どんな姿をしているのか最初よく分からなかった。

 男が四方八方から伸びる黒い(ひも)状の何かで無数に縛られているのが目に入った。

 しかし男の左の薬指の部分にだけは、絆の指輪から発せられた赤い光の帯が(くく)り付けられている。

 近づくと男の姿がよく見えるようになった。銀髪は床を這うように長く伸びており、白いヒゲが垂れ下がる。黒く大きな長いツノは緩く湾曲していて、手の黒いツメも伸びていた。


「ああ、まさか。いや、やはり、来てしまったのか」


 (うつむ)いてた男が顔をゆっくりと上げ、(あか)い魔眼をライラヴィラに向けた。彼の瞳は潤み、緩んでいた。

 

(われ)と同じ瞳を持ちし愛しき子、ライラヴィラよ」

 

 ライラヴィラは目の前の男が自分の父だと分かった瞬間、涙が(あふ)れた。


「父さま────っ!」


 ライラヴィラは父に駆け寄り、漆黒の紐を避けて、しゃがんで抱きしめた。


「ライラ……」


 魔王ランダステンは動けないまま、静かに涙を流した。

 



 ライラヴィラは抱きしめてた手を外した。


「父さまを縛ってるその紐、わたしが外します。少し待ってて」


 ライラは腰に下げていた剣を抜くと紐に手をかけ、光魔力を流しながら慎重に切ろうとした。紐は鉱石のように硬く、何度刃を当てても筋すらつけられず、ついにはライラの持っていた剣が大きな音を立てて、真っ二つに折れてしまった。


「無理だ、ライラヴィラ。これは深淵の縛鎖(ばくさ)。あえてわたしはこれを受け入れている」


 父の言葉の意味することが分からなかった。


「そなたが此処(ここ)へ来たということは、あの少年、ザインフォートは死んだのか」


 魔王ランダステンは苦渋の顔を浮かべる。


「はい……」


 ライラヴィラは父を縛る紐を解こうとしていた手を止めた。


「暴君マスティロックのようにはならぬ、そう少年は決意して深淵の鍵を授かったのを私は見届けたのだが、無念だ」


 父は力無く肩を落として(つぶや)いた。


「わたしは……ザインフォートを救えませんでした。わたしの目の前で、彼は亡くなったんです」


 ライラヴィラも頭をうなだれた。


「そうか、()えたものが理解できた。それで次にそなたが深淵に選ばれ、ここへと導かれたのだな」


 ランダステンは紅い魔眼を娘に向ける。


「わたしは少しでも深淵の魔界に及ぼす影響を減らし、安定させるために、ここへ入った。しかしそろそろ限界だ。肉体がもたない」

「どういうことですか?」

「ライラヴィラよ、人界(ライトガイア)と、魔界(ダークガイア)。双方の力が調和しないと、いずれどちらの世界も滅ぶのだよ。それを知ってる者はほとんどおらぬ」


 父は大きく息を吐いた。娘が彼を支えようと背中に手を回す。


「わたしとリーヴィーは、魔界の大魔王のアモンが生まれるのを終わらせるため、そして二つの世界を護る調和の(かて)となるために、それぞれ『闇の深淵』と『光の原点』に向かった」


 父ランダステンはライラヴィラを見つめた。


「わたしたちの『真紅(しんく)の絆』のつながりを利用して、二つの力を同調させようとしたが、邪魔が入って失敗した。それで……リーヴィーはもう肉体が無い。わたしのつけていた指輪が消えたからな。間もなくわたしの肉体も消えるだろう」

「そんな! 死んではだめです!」


 ライラヴィラは生みの母リーヴィーがもうこの世にはいないこと、父が間もなく死ぬという事実に全身が張り裂けそうになり、全身が震えた。


「そうだ、今、そなたが困っていることが()えたぞ」


 ランダステンがそう告げると、彼の胸にかかっているツノのついた髑髏(ドクロ)のペンダントが鈍く光り応える。


「これはスペランザ城の(あるじ)である(しるし)であり、城の機能を動かすための魔導具だ。持っていきなさい」


 ひとりでにランダステンの首からペンダントの鎖が外れ、ライラヴィラの首にかかると鎖が繋がった。


「リーヴィーがなぜ、生まれたばかりのそなたと共に絆の指輪を残したのか、わたしには心当たりがある……」


 ランダステンが何かを言いかけた時、深淵の縛鎖が彼を大きく包み込み始めた。


「限界が来たか……ひと目会えて、良かった……」


 彼の肉体が徐々に闇に()まれて消え始めていた。

 



「……彼女も、わたしと同じく……リリスに賭けたからか……」

 



「父さまっ!」


 ライラヴィラが叫んだ、その時──。

 


〈資格ありし者、鍵を〉

 


 ライラヴィラの胸元からザインフォートの深淵の鍵が飛び出た!

 その鍵は青紫の細かい結晶に分解されていき、暗闇へと消えていく。

 そして再び細かい結晶が無数に現れ、赤紫色の大きな結晶へと合成される。



〈深淵の鍵と()りし者よ、受け取るがいい〉



 赤紫色の結晶のようなものが、ライラの胸元に目掛けて飛び込んだ!

 

「あああああ──────っ!」

 

 ライラヴィラは胸の痛みに悲鳴を上げた。

 

 父を助けられず目の前で消えていく無力感。

 母がもういないという絶望。

 心臓を貫かれる痛み。

 ちていく感情に涙を流し、気を失った。

 

「ライラヴィラ……わたしの、最初で最後の、父としての手助けを、させてくれ」


 もう肉体が殆ど闇に呑まれ崩れかけているランダステンから──

 虹色の光が全身から放たれた!

 

 ライラヴィラの肉体から痛みが取り除かれた。

 埋め込まれた鍵を七色の光で包み込む。

 全身を虹で抱きしめた。

 抱きしめた光が闇の彼方へ伸びていく。

 


「娘よ、そなたに重い宿命を課した両親を、許してくれ」

 

 

 ◇ ◇ ◇



 レグルスは深淵の奥から虹色の光が伸びて、すぐ近くの地面に届いてるのに気がついた。


「あれは、何だ!」


 いつの間にか束縛は解かれていた。レグルスは立ち上がり全速力で走る。

 

〈頼む……受け止めてくれ〉

 

 レグルスは男の声を聞いた気がした。

 一層大きい光の(かたまり)が深淵から現れ、レグルスは両手を差し出して受け止めた。

 光が消えていくと、ライラヴィラがレグルスの腕の中で気を失ったまま横たわっている。

 レグルスは慌てて力を入れて彼女を抱きかかえた。

 彼女の胸元には、赤紫色の紋様が光を放ちつつ浮かび上がっていた。

 

「闇の深淵の紋章じゃな」


 ゲルナータが駆け寄り、ライラヴィラの胸元を確認した。


「少し色が違うのが気になるが……普通は青紫色のはずじゃが、これは赤紫色をしておる」

「くそっ! 俺で、こんなことは最後にするはずだったのに!」


 レグルスは彼女を抱えたまま歯を食いしばり、震えた。


「ライラが、次の大魔王だなんて……!」


 ゲルナータが口を開いた。それは何よりも重い宣告であった。


「精霊の意思は、避けられない宿命じゃ。ザインフォートの時もそうであったし、今回の深淵の執着は、ただ事ではなかった」


 ライラヴィラの胸元に浮かんでいた紋章が音なく消えていった。

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