6-1 二剣の女剣士
スペランザの従者たちが住う建屋で一泊し、翌日。
ライラヴィラとレグルスは、旅の最終目的地である闇の深淵の里ムスタへ向かうための準備をしていた。
「言いづらいんだけど……」
ライラヴィラはレグルスに思い切って打ち明けた。愛用の魔導リュックの中身を確認していて、どうしても必要だが無いものがある。
「もう剣が一本もないの。旅の途中で何度もダメにしてしまって。最後の一本も、城の封印を解くのに失敗した時に折れてしまって」
「おまえの魔力は相当強いからな。並の剣ではもたんだろう」
「剣は魔法の媒体代わりにもなるし、普通に護身用に持っておきたいから、どこかで調達できないかな」
「そういうことは自分の従者に頼めばいいだろ? ベルントならあの歳でも相当な手練れだし、まさかの『月影の魔剣士』なんて二つ名で呼ばれる奴だ。上手く頼れ」
「えっ? なんか凄そうな名前。魔界の人って二つ名が好きなの? レグルスは『紅蓮の剣王』だし?」
ライラヴィラの素朴な疑問にレグルスは吹き出した。
「おまえなぁ! 魔界の文化みたいなものだ! 二つ名で呼ばれるのは、ある意味魔界では名誉なことだぞ。おまえはもっと魔界のことを知らないとな」
ライラヴィラは魔界で自分に二つ名がつくことがあったら、人界で嫌味を含めて言われてた『光の申し子』だけは勘弁と思った。
彼の助言に従って、ベルントを呼んで欲しいと、近くにたまたま居た者に声をかけた。するとその者は自分の名をライラヴィラに名乗って畏ったあと、慌てて出て行った。
その者の態度に、自分は魔導城郭都市スペランザの次期当主なんだと、改めて実感させられた。もっとしっかりしなければ。
ベルントが慌ててライラヴィラの前に小走りで現れた。
「遅くなりました、姫様」
「そんなに急がなくてもいいのに」
自分の為に急かしたようで、申し訳ない気持ちが湧く。
ところがそれをベルントに気づかれた。
「姫様、そのような事を従者に申してはなりません。スペランザが再び開城した暁には、ミリィから王たる者として立ち居振る舞いの特訓を受けていただきますぞ」
「は、はいぃっ」
ベルントに睨まれてライラヴィラは縮こまった。
側にいたレグルスから堪えきれない笑いがプッと漏れる。
それを聞いてライラヴィラは恥ずかしくなって顔が熱くなった。
「で、御用件は」
ベルントが話をすぐ切り替えてくれたので、ライラヴィラは剣が一本も無いので用立てできないかと依頼した。
すると彼はその場から出て行き、母の指輪を制作したという鍛冶師マウニを連れて戻ってきた。マウニは布で包まれた大きな何かを抱えている。
「姫様、魔王様より預かりし長剣、短剣、杖が幾つかございますので、お選びください」
「助かります! それは父さまが使っていたものなの?」
「いえ、いつか姫様が必要になった時のためにと、二十年前の伝令です。魔王様は大鎌を主にお使いでしたので。これらは全て魔王様が姫様の為にと、自らお選びになられたものです」
「父さまがわたしのために……」
床に厚手の布が敷かれ、片手で扱える長剣を十数本、短剣が二十本ほど、杖も数本並べられた。
ライラヴィラは業物だらけの品揃えに緊張した。
これだけ揃えるのに、どれだけの手間がかかったのだろうと、父の自分への思いを強く感じる。
「どれもこれも素晴らしい……魔力耐久性も高いわ」
ライラヴィラは全てを手に取ってみて、ある事に気付いた。
「長剣と短剣はどれも同じものが対になってる。まさか父さまは、わたしの剣術のことまで魔眼で見たのかな」
「どういうことだ?」
レグルスが怪訝な顔を見せる。
「わたし、本来は二剣をそれぞれの手に持って戦う流儀で、だから盾は持たないのだけど、すぐ剣を壊してしまうから、せ、節約のために、そのっ……」
ライラヴィラは言っててなんだか恥ずかしくなってしまった。
レグルスは小さく固まる彼女を見て大笑いする。
「それは辛いなぁっハッハッハッ。ということは、おまえは二剣の女剣士か」
彼は置いてあった剣を眺めたあと、二本をライラヴィラに差し出す。
「俺に見せてみろよ」
『紅蓮の剣王』は金の目を細めて、不敵な笑みを浮かべた。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラは外の広場に出ると、剣術の訓練をするときの剣の舞をレグルスの前で披露した。
久しぶりの二剣の流儀だったが、流れるように構えの型をつくり、二本の剣を振り回していく。
その感覚がライラヴィラにはとても心地良かった。
剣が魔力の流れを受け止め、時々見えない波動のようなものも発して、地面のあちこちに割れ目ができた。
レグルスが木片を次々と投げていくと、ライラヴィラが軽々と打ち払っていく。
打ち払われた木片は置かれた小箱の中へ全て落とされていく。
軽やかなステップで飛び、宙返りし、両方の剣を放り投げて受け止めた。
そのうち何十人ものギャラリーに囲まれたが、彼女は構わずに集中した。
ひととおり終えると二本の剣を鞘にしまった。
レグルスが大きな音をたてて拍手をすると、囲んで見ていたものたちも一斉に拍手喝采した。
「凄いじゃないか! なんで隠してたんだよ」
レグルスが黄金の目を輝かせながら称えた。
「隠してたつもりなんてないよ」
ライラヴィラは照れつつも応えた。
『紅蓮の剣王』の名を持つほどの剣術の達人である彼に褒められるのは嬉しい。久しぶりの二剣だったけど、上手くできてよかったと安心した。
少し離れて見ていたベルントも拍手しつつ、そばに寄る。
「姫様は剣術の鍛錬は十分ですな。いつか『魔眼の剣姫』と呼ばれる事になるでしょう。ええ、わたくしはこれからそう呼ばせていただきます」
ベルントの言葉にレグルスも反応した。
「そうか『魔眼の剣姫』か、おまえらしくて良いな! 人界の連中が言ってた『光の申し子』なんかよりも、よっぽど相応しい。俺もそう呼ぼうかな」
ライラヴィラは魔界の人ってやっぱり二つ名が好きなのだなと思った。でも悪い気はしない。
この時に使用した二本の剣と、もう一組、そして短剣は三組六本、杖を一本、深淵への旅に持っていくことにした。
◇ ◇ ◇
準備も整い、ライラヴィラとレグルスはいよいよ『闇の深淵』へ出発することになった。
深淵へ近くなると魔界の家畜も闇の空気に耐えられなくなるので、ソレイルヴァから乗ってきた馬はスペランザで預かってもらうことになった。
「姫様、ここから先はロイに連れて行ってもらうとよろしいかと。彼は人を二人、三人位なら、背に乗せて空を飛ぶことができます」
ベルントの助言に従い、ライラヴィラは幻獣ロイを呼んだ。彼はライラの影から音もなく現れる。
「ライラヴィラ、何用か」
「ロイって黒ヒョウみたいにもなれるのね」
今日は立髪が短いが猫の時よりはかなり大きい。人が一人背に乗れるくらいだ。もちろん口元には牙が見えており、四本ツノがただの獣ではないのを示している。
「我は普段この姿が多い。そなたと対峙した時が本来の姿であるが、魔力消費が多いからな。我は主の魔力を借りて力を行使する」
「ロイって変幻自在なのね。だから幻獣って呼ばれてるのかな」
「ヒトが我をどう呼ぼうと関せず。ロイという名は、ランダステンより与えられしもの」
「そうなの、父さまが。落ち着いたらもっと話を聞かせて欲しいな」
レグルスがロイの姿を見て眉を寄せた。
「そのままでは二人は乗れないぞ」
ロイはそっぽを向いた。
レグルスはそんな幻獣の態度を見て、顔に青筋を立てる。
「あっ、そうそう、ロイにお願いがあるの」
ライラヴィラはレグルスの顔色を見て、慌てて頼んだ。




