5-4 守護獣の試練
ベルントはライラヴィラたちを城郭都市の中心部へと導いた。
「ここが、ランダステン様の居城であった、スペランザ城でございます。姫様がお生まれになった場所ですよ」
四本の尖塔のある巨大な黒っぽい建物が目の前に現れた。
何か銀色の霧のようなもので全体が覆われており、所々で稲光が走っている。
「城は魔王様が失踪される直前に完全に封鎖され、そして魔王様の手により何人も立ち入れぬよう封印され、結界で守られております」
ライラヴィラとレグルスは高き城を見上げた。魔王の居城としてはそこまで大きくはないが、その緻密な構造と、建屋自体に施されている大規模で複雑な錬金術に圧倒される。
ライラヴィラの生まれた場所。始まりはここにあった。
両親はどんな思いで、幼い我が子を手放したのだろうか。
もしも生きているならば、会いたい。会って、話を聞いてみたい。
「しかし、魔王の予言とやらでは、ライラが戻ればスペランザは復興すると言ってたな?」
レグルスはベルントの方へ振り返った。初老の男が畏まる。
「左様でございます」
「ではこの封印とやらは、ライラなら解けるかもしれんな」
レグルスの言葉にライラヴィラはハッとした。
「私なら……!」
ライラヴィラもベルントの方に向いた。
「封印が解けるか、試してみてもいいですか?」
「ええ、もちろんですとも! 是非、城を開けてくださいませ」
ベルントの同意を得て、ライラヴィラは城門の前に立った。
レグルスとベルントは斜め後方に下がり、彼女を見守る。
ライラヴィラは細身の剣を抜き、両手で構え、魔眼を見開いた。
銀色の霧と稲光を編むように、鎖が城全体を覆うのが確認できた。
闇魔力を剣に強く流し込む。
刀身が長く伸びたように紫の光が放たれる。
「封印の鎖を、今ここに、断つ!」
ライラヴィラは城へ向かって両腕で剣を大きく振り下ろした!
しかし、黒い何かがライラの前に現れ、剣がぶつかった衝撃で二つに折れて弾き飛ばされてしまった。
「何⁉」
ライラヴィラは黒い塊をよく見た。
そこに現れたのは、昨日見た、あの獣だ。
立派な立髪とツノが四本あり、長く大きな牙と鋭い爪の四本足。ライオンのようでゾウほどの大きさのある、翼の生えた赤い目の黒き魔獣。
「あれはまさか、さっき話のあった幻獣か!」
レグルスは烈火の大剣を召喚して、すぐに身構えた。
「力を示せ」
幻獣はライラヴィラに低く響く声で語った。
「え? 喋った?」
ライラヴィラはその声に戸惑った。喋る獣とは。
しかし剣は折れてしまっている。
予備は、もう無い──。
「手伝うぞ!」
レグルスはライラヴィラの前に飛び出ようとした。
突然、彼の前を漆黒の大剣が素早く横たわり、行く手を阻む。
大剣を構えていたのは、ベルントだった。
「手出し無用ですぞ、紅蓮の剣王」
ベルントがレグルスを睨んだ。
レグルスは漆黒の大剣を構えるベルントを見て、思い出した。
「そうか! おまえはスペランザの魔王の右腕、『月影の魔剣士』ベルントか!」
「左様、よくご存知で」
ベルントは大剣を構えたまま告げた。
「幻獣ロイはランダステン様の厳命の元、活動しております。おそらく姫様を試されるのでしょう。見守りましょうぞ」
二人は手にしていた大剣を下ろしてライラヴィラの方へ向いた。
ライラヴィラは幻獣に対して身構えたまま考えた。
剣はもう無い。短剣も使い果たした。媒体無しの魔法で戦うしかない。
しかも幻獣の魔力は絶大なものを感じる。
単体の魔法では、おそらく敵わない。
しかし、どうにかしてこの状況を切り抜けなければ。
ライラヴィラは風魔法を編んで纏い、跳躍力の補助とした。
身につけたばかりの水魔力を両手に集める。
そして闇魔力をそこに乗せた。
初めての試みだが、複合魔力を立ち上げるしか思いつかない。
二つの力を混ぜ合わせ、やがて融合して別の力を持つ瞬間を待つ。
「ザインフォート、力を借ります!」
ライラヴィラは周りに氷で出来た槍状の柱を十本ほど空中に生成した。
上に飛び上がり、両手を振りかざし、氷槍を幻獣に目がけて投げ下ろす!
幻獣は複雑な紋様の、丸いプレートのような壁を複数生み出し、ライラの投げた氷槍を全て防いで破壊した。
「これでは、ない」
幻獣は静かに語った。
ライラヴィラは次に、これも覚えたての炎魔力を、両手を前にかざして集めた。
次に足元に大地の土魔力を呼び寄せた。
大地の震えが足元から全身に昇る。
ソレイルヴァで精霊と遭遇した時の圧倒感を思い出す。
そして構えていた両手を地面に当てた。
「大地よ、マグマを吹き上げよ!」
ライラが手を当てたところから、幻獣に向かって地面が大きくひび割れ、そこから垂直にマグマが大きく吹き出して幻獣に注がれた!
しかし幻獣は柔らかな銀の光を纏ってマグマを消し去った。
「これも、違う」
幻獣はニヤリと牙と鋭い歯の並ぶ口を薄く開けた。
ライラヴィラは考えた。
あと使えそうなのは、光と闇の複合だ。
爺さまから最後に教わったもの。
それしか無い。
そもそも光属性と闇属性は相反するもので、同一人物が両方を保持できない。
基本的に人界人は光のみ、魔族には闇しかない。
それなのに自分には両方がある。しかも生まれつきだと賢者から言われた。
幻獣が要求しているのは、魔界と人界、二つの世界のルーツを持つことを証明することかもしれない。
ライラヴィラは意識をこれまで以上に集中した。
右手のひらの上に光球を出し、左手のひらの上に闇球を出す。
そして二つを頭上に高く上げた。
両腕を横へ広げて頭のほうへと上げ、両手を勢いよく合わせて振り下ろす!
光と闇の球が合わさり、マーブル状に混ざって大きく膨れたあと、幻獣に向かって飛んでいく──。
突然、奥に見える城の四つの塔から七色の稲光が幾本も放たれ、ライラヴィラの放ったマーブルの球を掴んだ。
そして光と闇が混ざり合い、蒸発するように消えてしまった。
「よくやった」
全身が真っ黒の翼獣はライラヴィラの前にゆっくり進み、そして伏せた。
「我、そなたを新たなる主として認める。ここへ参り、名乗れ」
ライラヴィラは一瞬、戸惑った。幻獣は自分と契約しようと言うのか。
離れて待機していたレグルスの方を振り向くと、彼が無言で頷く。
それを見て大丈夫だと安心できた。
ライラヴィラは巨大な幻獣に寄り、腰を落として跪き、告げた。
「我が名は、ライラヴィラ」
「右手を」
言われるままに、ライラヴィラは右手を差し出した。
幻獣の二つの眼から紅き光が放たれ、ライラの右手の甲に紅い紋様が浮かび上がって輝いた。
「我が名はロイ。魔王ランダステンの命により、これよりライラヴィラを主とし、生涯そなたに従うと誓おう」
幻獣ロイはそう告げると、ライラヴィラの影の上に乗り、影の中へと溶けて消えてしまった。彼女の手にあった紋様も同時に消えた。
「姫様、素晴らしかったです」
見守っていたベルントが歩み寄り、そしてライラヴィラの元で跪く。
「我、スペランザの魔王ランダステンの第一の従者ベルント。これより新たに、魔王様の唯一の後継者ライラヴィラ姫を主とし、この命ある限り従います」
ライラヴィラはどう応えるか考えた。
魔導城郭都市スペランザの次期当主であるのは逃れられない定め。
魔王ランダステンと光エルフのリーヴィーの娘なのだ。
──今ここで、魔王の娘たる覚悟を決めた。
ライラヴィラはゆっくりとベルントに告げた。
「よろしく、頼みます」
ベルントは何かを見つけて輝く時のような顔を上げた。
「はっ!」
少し離れたところで様子を見ていたレグルスも、満足気な魔王の笑みだった。
三人はミリィのいる建屋に戻った。
出迎えたミリィも先程のベルントのようにライラヴィラに従者たる誓いを立てたので、彼女はそれに応えた。
「姫様、いい表情になりましたね」
ミリィが嬉しそうに彼女を見つめる。
「そう?」
ライラヴィラは思わぬ言葉に、はにかんだ。
「俺もそう思う。おまえ、幻獣と対面して腹括っただろ?」
レグルスがニヤリと分かってる風に笑った。
「ええ、あの時はもう、覚悟を持ったわ。ただの獣ではないのはすぐ分かったから」
そしてライラヴィラは自分の魔導カバンから一冊の本を出して示した。
そこには『王たる者』という題が書かれており、『読んでおけ』と一言書かれたメモが挟まれている。
「これ、人界を出る時に入れたつもり無かったんだけど、最近、カバンの奥に挟まってるのを見つけたの。多分、入れたのは爺さまだと思う」
レグルスはライラヴィラから本を受け取り、中身をパラパラめくる。
「フンッ、ご丁寧にも帝王学の本じゃないか。あのクソじじい、何でも見透かしてて腹が立つな」
ライラは苛立つレグルスから本を返してもらいつつ微笑んだ。
「それにしても姫様の魔力には驚きました」
ベルントが口を開く。
「六属性全ての魔力を扱えるとは、恐れ入りました。剣術も申し分なく、そして姫様の魔眼は『覇者の魔眼』だったのですな。魔王様の残された伝令をどこまで信じれば良いか、悩んだ時も正直ありました。私には全く予想のできなかったお力の持ち主でしたな」
彼は誇らしげにライラヴィラを見つめた。
「でも、城の封印の解除は結局出来なかったわ。何か強力な鎖が城全体を取り囲んでて、いろんな方法を試したけど解けなかった」
ライラヴィラは考え込んだ。
──あれは普通の封印ではない。何か特殊な仕掛けがありそう。
「幻獣ロイに問うてみてはいかがですか。何か知っておるかもしれません」
ベルントの言葉でロイのことを思い出した。
そうだった、契約を交わして彼は自分の眷属になったんだ。
「でもどうやって呼べば? 彼はわたしの影の中に消えてしまったわ」
「姫様の影にいるということは、いつでも傍に控えておるということです」
ライラヴィラはそれを聞いて呼びかけてみた。
「ロイ、出てきてくれる?」
言い終わるや否や一匹の真っ黒で赤い目をした小柄な猫が、音を立てずテーブルに降り立つ。
「お呼びで、ライラヴィラ」
その声は低く響くロイのものだった。
「え? ええ? ネコぉ————っ!」
ライラヴィラは戦った時とはまったく違う、可愛らしい見た目のロイに驚いて後退りした。
よく見ると四本のツノは小さいが頭にある。
「あの姿では、この部屋に一杯になる。初めてリーヴィーに会った時と同じ驚きようだな。あの母にして、この娘というところか」
ロイは驚くライラヴィラに呆れたように呟いた。
「母さまを知ってるの!」
「当たり前だ。我はランダステンに長きにわたり仕えた。そなたの生まれし時も知っておる。短き間であったが、皆そなたを愛しんだことを伝えておく」
両親の思いを感じてライラは胸がいっぱいになり、堪えられず涙ぐんだ。
──わたしは両親に望まれて生まれてきたのだ。見た目の怖い忌み子、要らない子じゃなかった。
「すぐ泣く! そういうところもリーヴィーそっくりだな」
「ライラを泣かすような事を言うからだろ」
レグルスが何か気に入らない風に、そっぽを向いてぼやいた。
「ところで我を呼んだのは、何用か」
ロイが赤い瞳をライラヴィラに向けた。
「そうそう、スペランザ城の封印がどうやっても解けないから、何か方法を知ってないか聞きたかったの」
ライラヴィラは本題を思い出して問うた。
「ランダステンが持つ、城の起動魔導具が無いと無理だ」
ロイははっきり告げた。
「え、それでは父さまを探すしかないと?」
ライラヴィラは困惑した。まさかそんな条件だったなんて。
だから何をしても封印が解けなかったのか。
「そなたと契約せし時に告げよと、ランダステンから預かりし伝令がある」
そう言うとロイの目の色が輝き、四本のツノがパチパチと静電気のような音を立てた。
「深淵に、ライラヴィラ」
ロイが一言だけ告げたあと、目の色が戻り音も静まった。
「まさか! 魔王ランダステンは深淵に居るとでも言うのか? 中に入れるのは大魔王と為りし時のみだぞ! そんなこと可能なのか?」
レグルスは頭を抱えてうなだれた。
ライラヴィラもその意味するところが理解し難く、言葉が出なかった。
幻獣ロイは何か用があればいつでも呼べと告げて、主の影へと戻った。
ライラヴィラとレグルスはしばらくその場で立ち尽くしたままだったが、ベルントが二人に声をかけた。
「どのみち姫様は深淵へ赴かねばならないでしょう。『氷晶の賢王』の鍵を深淵へ返さねばなりませんからな」
「そうね……」
ライラヴィラが力無く呟く。
「行くしかないな。行けば何か分かるだろう」
レグルスが顔を上げた。
「そうとなれば準備して出発するか。深淵へ行けば、全て決着する」
──彼の言う通りだ。
ここまで来たのだから、覚悟を決めて行くしかない。
それに実の父、ランダステンに会えるかもしれないのだ。
「落ち込んでいられないわ。深淵へ行きましょう!」
ライラヴィラはレグルスの方を向いて頷いた。




