5-3 従者たち
ミリィが一旦部屋を出ていき、紅茶とビスケットを持って再び入ってきた。
「どうぞ。こちらは魔王妃リーヴィー様がお好きだったものです」
ライラヴィラはそこに母の姿を感じて震えた。はじめて知った母のこと。
「母さまが……」
「ええ。積もる話のお供にどうぞ」
ミリィはライラヴィラの横のテーブルにティーセットを置いたあと、彼女から少し下がった。
続いて紺色混じりの灰髪で背の高い男が前に出た。
「私はベルントと申します。ミリィと同じくかつて魔王様にお仕えし、従者たちを取りまとめておりました」
そして少し下がっていたヒゲ男がライラの側に寄り、跪く。
「姫様、そちらの指輪を見せていただけませんか」
ライラヴィラが右手を差し出すと、薬指にあった母の指輪が赤く光り、彼女の指から抜けてヒゲ男の前で浮いたまま止まる。
男はその指輪を丁重に手に取り、ルーペで細かく確認したあと、ライラヴィラに再び差し出した。
ライラヴィラは差し出された指輪を再びはめた。すると赤く何度か光ったあと、元の輝きに戻った。
「間違いありません。こちらは私マウニがランダステン様のために製作した絆の指輪です。指輪の魔力反応から、あなた様が本物の姫様であること、相違ありません」
ライラヴィラはその言葉に胸がつまった。
生みの両親に縁のある人たちにようやく会えた。
そして遂に自分が本当は何者であるのかが分かったのだから。
「皆さんに会えて、嬉しいです」
数滴の涙が堪えきれず、紅い瞳から零れてしまった。
「良かったな、ライラ。これでおまえの出自が確定した」
レグルスがライラヴィラの肩をトンと軽くたたいた。彼の表情がいつになく柔らかい。
「レグルスのおかげよ、ありがとう」
ライラヴィラはレグルスに涙ぐみつつ微笑みを返した。
ヒゲ男マウニは部屋から出ていき、ライラヴィラ、レグルス、ベルント、ミリィの四人でテーブルを囲んで座った。
「まずは、ここスペランザが今、このような状況になっている理由をご説明いたします」
ベルントがライラヴィラに向き合い、説明を始めた。
「魔王ランダステン様は『洞見の魔眼』の力により、魔王不在の間について、臣下全員に予言のような伝令を残されました」
──二十年後に我が娘がここに戻る。
それまでは、ここスペランザを守るために、あえて国が滅んだかのような偽装をせよ。
世界を見下ろす不気味な蒼い光を放つ眼から、国と民と魔界の希望である娘を守るため。
娘が戻りしとき、この子が魔王の座を継ぎ、国は復興できる。
皆、その時は娘を支えてやってくれ。
「他にも臣下一人一人に必要なことを、魔王様がスペランザから消息を断つ前に事細かく伝令をくださいました」
ベルントは遠い記憶を振り返るように、目を細めた。
「姫様のお名前の由来も、ご誕生の折に伺っております」
──我が娘を、ライラヴィラと名付ける。
太古の語で『闇の女王』という意味だ。
この子は魔界だけではなく、広き世界の闇を統べるだろう。
それは世界の安定のために必要なこと。
スペランザの唯一の魔王位継承者として
『ライラヴィラ・アズ・レイ・スペランザ』とする。
「わたしの名前、そうやってつけられたの……」
「そうか、そうか、あの頑固ジジイはおまえの名前を伏せることなく、その名で育てたんだな」
ライラヴィラとレグルスはお互い顔を見合わせた。
続いてミリィが口を開いた。
「わたくしは、ひと目見て、姫様だと分かりました。お生まれになった時の特徴そのままでしたから。魔王様と同じく青みのある銀髪と真紅の瞳に淡い紫の肌。魔王妃様と同じ長く尖った耳と鼻や口元の面影。そしてツノは生えておられない。よくぞここまで、ご成長なされました」
そして幾筋の涙が静かに頬を伝う。
「わたくしたちの手でお世話すること叶わず、どのようにされてるかと心痛めておりました。今お会いして、どれほどのご苦労をなされたのかと思うと……。これからは精一杯お仕えさせていただきとうございます」
話終えるとミリィは涙を拭い、笑顔に戻った。
「まだまだお話し足りないのですが、今日はゆっくりお休みください。魔王レグルス様のお部屋も別でご用意いたしますので、宜しいでしょうか」
「ああ、助かる」
レグルスが頷いた。
「今日は色んなことが分かって、胸がいっぱいです」
ライラは満面の笑みを彼らに向けた。
◇ ◇ ◇
翌朝、ライラヴィラとレグルスはベルントに城下町を案内された。高さのある建物が城郭に沿って建ち並び、石畳の道が円環状に続く。所々に内側と外側を結ぶ道もあり、ボロボロに崩れた屋台があちこちで放置されていた。
「見た目はこの通りスラム街ですが、内部はすべて機能しております」
ベルントが辺りを見回して説明した。
「浮浪者のような者も盗賊も皆フェイクです。本当に身体の具合が悪くなったりしないよう、交代で役を演じています。我々も皆わざと、このような見窄らしい格好をしております」
そう言ってベルントが寝ていた浮浪者に目配せを送ると、こちらに会釈した。
ライラヴィラは昨日の獣のようなものが付きまとってる気配を感じ、足を止める。レグルスも何かの気配を感じて周囲を観察した。
「姫様、どうかなされましたか?」
「昨日、黒い獣のようなものに遭遇したのですが、今もその気配がします」
ベルントが思い出したかのような顔をした。
「それは問題ありません。姫様のお父君ランダステン様に従いし眷属です。その名は幻獣ロイ。今はここスペランザを守りし守護獣となって、絶えず城と城下を見回っておるのです」
「守護獣……」
ライラヴィラは気配のする方を見ながら、父のことに思いを馳せた。
どんな事情にせよ、きっと父は今もこの国を大切に想っている。
「父さまは今も、ここスペランザを守っているのですね」
「そうですな。姫様のその指輪はランダステン様がリーヴィー様に贈られたものですから、消えておらぬということは、魔王様はどこかでご存命のはずです」
ライラは大賢者ハニンカムから同じ事を言われたのを思い出した。
「父さまは、やはり生きている。どんな理由で姿を消したのか分からないけど、もし何か大変なことに巻き込まれてるならば、助けに行きたい」
父の失踪の背景には、何かとんでもない秘密があるような気がしてならない。
「今は、おまえの深淵の鍵を何とかするのが先だ。親に会いたい気持ちは分かるがな」
レグルスの言葉を聞いたベルントが怪訝な顔をした。
「深淵の鍵、ですと? あの大魔王のですか?」
「ええ、そうなんです」
ライラヴィラはザインフォートの深淵の鍵が自分の体内にある経緯をベルントに説明した。
「他人の深淵の鍵があるというのは異常事態ですな。聞いたことがありません。それは早く何とかしなくては」
ベルントは目を伏せて物憂げな顔を見せる。
「しかし姫様は、そのようなご苦労を、まさか人界で……。さぞつらい思いをされたことでしょう」
「大変なことも多かったけども、沢山の人に勇者の村サンダリットで助けてもらいました。ここまで生きてこられたのは、爺さま……賢者フォルゲルをはじめ、村のみんなのおかげです」
ライラヴィラはベルントに微笑みかけた。
──両親に仕えていた彼らも、きっとつらい思いをしたに違いない。自分を二十年も待っていてくれたことに感謝こそすれ、ダークエルフゆえに迫害されて苦労しただなんて言えない。
「魔王様の後継である姫様が、あの人界の『勇者』と共に育ったとは。いやはや運命の悪戯というのは、ここまで過酷な試練を課しますか……」
彼の嘆きが静かに響いた。




