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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第五話 スペランザの守護獣
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5-2 スラム街

 ライラヴィラとレグルスは休憩や食事を挟みつつ、途中の宿で二泊し、ついにかつてのスペランザ領へと至った。


 ウルカドンを離れたあとは、道なき道を地図で確認しながら相乗りの馬で進んだ。あちこちに草木がまばらに生える(ほこり)立つ象牙色の荒地が続いたが、途中からは土の色が黒っぽいものに変わり、結界に囲まれた小集落が所々に現れた。広大な畑や牧草地も見えてくる。


 レグルスは旅の途中、自分が生まれたばかりの頃だから詳しくは知らないがと前置きして、かつてのスペランザの繁栄や魔王の名君ぶりをライラヴィラに語って聞かせた。


「魔王ランダステンが人界のエルフを妻に迎えたことは、相当話題になったようだ。しかも婚礼後はさらにスペランザは豊かになったらしい。誰もが二人の結婚を認めざるを得なかった」

「エルフの母さまも魔族のみんなに受け入れられたのね。幸せだったのかな」

「国は突然滅んでしまったからな。やはり魔王とエルフの婚礼は許されないものだったと言う者もいたようだ。ただ滅亡の理由が良く分からんから、話半分で信用しないほうがいい。二十年も前の話だしな」


 やがて向こうに城郭(じょうかく)と呼ばれる高い壁が並んでいるのが見えてきた。岩でも土でもなく、何か未知の材質で作られているようだった。あちこち欠けていたり崩れていて明かりは一切無く、外側から見る限り、人の気配はない。


「ここからは魔導城郭都市スペランザ。見ての通り、三重の城郭に囲まれた都市国家だ。ただし今は知っての通り、魔王も王妃も不在。中がどうなっているかは分からんから、気を付けろよ」

「わかった。いよいよね……」


 馬から降りたライラヴィラは一番外側の城郭の門前に足を踏み入れた。

 同時に右手から魔力を感じた。

 見ると、右の薬指にはめられた母の指輪が赤く強い輝きを放っている。


「なに、これ!」


 しばらくすると光は淡く弱まったが、ほんのりと赤みを帯びたままだ。


「何かを知らせてるのかもな。ここはおまえの父の国、いわばおまえの故郷だからな」


 レグルスも指輪の光をしっかり確認する。やがて淡い光も消えてしまった。

 



 レグルスも馬から降りて手綱を引きつつ、見張りのいない門を抜けて城郭の内側へ入った。身なりの汚い者が隅で寝ていたり、壊れた屋根の屋台で何やら怪しげな臭い物を売っていたり、鋭い目でこちらをうかがう者が何人もいる。


「かなり荒れてそうだ。浮浪者やスリの(たぐい)()まり場だ」


 レグルスが周囲を見回す。

 ライラヴィラもただならぬ雰囲気を警戒し、腰に()いた剣に手を添えつつ、慎重に足を進めた。


「当主が行方不明だからな。従者の一人や二人くらい、残ってもいないのか?」

「この様子だと、そういう人はいなさそうかな」


 ライラヴィラとレグルスはしばらく外を歩き回ったが、荒れた街並みが続くだけで特に何も見つけられなかった。

 彼は乗ってきた馬の手綱を灰色にくすんだ木にくくりつけ、馬が盗まれないように結界術を石畳に施す。内側の二つ目の城郭へと歩いて向かった時に、何か黒い塊が走り回っているのを見つけた。


「なに、あれは?」


 ライラヴィラは魔眼の超遠視力で注視する。


「あれは大型の獣? 人界のライオンかヒョウに似てるような? でも翼があるみたい。赤い目が二つ見えるわ」


 すると突然、ライラヴィラの前を黒い獣が横切った。


「危ない!」


 レグルスがライラを抱きかかえて風魔法で飛び上がった。

 二人が空中から地上を見下ろすと、獣はこちらを見上げている。

 しかし獣は何もしてこず、どこかへと去ってしまった。

 レグルスはライラヴィラを抱えたまま地面に降り、彼女を下ろす。


「大丈夫か……と、言いたい所だが」


 レグルスはライラヴィラに声をかけつつ、烈火の大剣を召喚して構えた。

 二人が降り立った周囲を怪しげな賊が大勢取り囲む。

 ライラヴィラも片刃の長剣を抜き、闇魔力を流した。


 ひと呼吸置いたあと、賊たちが一斉に襲いかかってきた。

 ライラヴィラは賊たちを傷つけないよう、素早く峰打ちを連打して彼らを退ける。次々と賊は倒れていくが、また新手が現れる。

 レグルスも烈火の大剣デュランダルから生まれる熱波で、賊が自分たちに近寄れないように大剣を大きく振り払った。


「キリがないな、向こうへ走るぞ」


 レグルスの(うなず)く合図で、ライラヴィラは共に全速力で走った。身体に風魔法を乗せて加速する。

 内側の城郭の門を抜けたところで、前方に別の賊の集団が待ち構えていた。

 背後からも賊が大勢迫ってくる!

 ライラヴィラは走りながらレグルスに告げた。


「マティルダさんから教えてもらった、魔眼の力を使ってみる!」


 ライラヴィラは待ち構えていた別の賊の手前で立ち止まった。

 

 手にしていた剣を構え直す。

 一度両眼をゆっくり閉じ……。

 

 ──『覇者(はしゃ)の魔眼』を見開く!

 

 魔眼の力を込めてその場の全体を広く(にら)む。

 輝く双眸(そうぼう)は紅さが深まり、波動のようなものが周囲に広がった。

 賊たちはその場で身動きが取れなくなり、バタバタと座り込み倒れていく。

 その波動の衝撃と風魔力を(まと)っていたことで、ツノ無しであるのを隠していたライラヴィラの帽子が外れてしまった。

 

「あ、あなたは……」

 

 倒れた賊の一人が声を発した。

 周囲を囲んでいた賊共が全員、ライラヴィラのほうへと頭を上げる。

 声を上げた男がゆっくりと魔眼の女剣士を見上げた。


「あなたの、お名前を……聞かせてください」


 彼女は、もしかしてと思い、自分の名を告げた。


「わたしはライラヴィラといいます。ここスペランザには、両親の手がかりを探しに来ました」


 彼女の言葉に、賊たちがどよめいた。

 その様子を見て、ライラヴィラは魔眼の力を収め、賊たちを解放した。

 レグルスも構えていた大剣を収める。


「ああ、間違いありません……」「予言は真実だった……」


 何人かが涙を流していた。


「我ら、あなた様を二十年、お待ちしておりました! 姫様!」


 彼らこそが、ライラヴィラの探していた者たちだった。

 


 ◇ ◇ ◇



 ライラヴィラとレグルスは大勢の賊たちに付き添われ、一番内側の城郭を入って、少し進んだ先の建屋に案内された。

 外側を見たときは如何(いか)にも崩れそうな建屋だったのが、内側は補強されヒビひとつ無く、一般的な住居と変わりのない清潔さである。


「どうぞ、お座りください」


 二人は(うなが)されて用意された椅子に座った。

 着席すると、付き添っていた者たちが全員、一斉にライラヴィラの周りで(ひざまず)いた。


「知らなかったとはいえ、大変な無礼をいたしました。申し訳ございません!」


 ライラヴィラは自分に全員が(こうべ)を垂れる光景に、()(たま)れなくなった。


「あの、みなさん、どうか顔を上げて、その、普通にしてください……」


 彼女の様子を隣で見ていたレグルスが笑った。


「だから言っただろう? おまえは次期魔王だろうと。戸惑うのは王たる者の教育を受けてないせいだとは思うが」


 レグルスが周囲を見渡して言う。


「おまえらは全員、スペランザの魔王ランダステンに仕えてた者たちだな。俺はソレイルヴァの魔王レグルス。ライラとはひょんな事で知り合い、一緒に旅をしている」

「ではあなた様は『紅蓮(ぐれん)の剣王』でございますか! 姫様をお守りいただき、我ら臣下一同、御礼申し上げます!」


 再び周囲のもの全員が(かしこま)った。

 鎮まりかえり、誰もピクリとも動かないので、ライラヴィラは何を言えば良いのか困って口をつぐむ。


「はいはい! 姫様がお困りだから、もう少し緩めなさいな」


 手を数回叩きながら、一人の年配の女性が前へ出た。ラベンダー色の髪に白髪が混じり、黒いツノが生えていて整った黒いワンピースを着ていた。


「わたくしはかつて、魔王ランダステン様と魔王妃リーヴィー様に仕えていたミリィと申します。以後お見知り置きくださいませ、姫様」


 ミリィは我が子を見るような愛しげな目で、丁寧に礼をした。


「はじめまして、ライラヴィラです」


 ライラヴィラは緊張しつつもミリィの柔らかな表情を見て、少し気持ちが落ち着いた。


「こんな大勢が一斉に(ひざまず)いたら誰でも驚きます。さあさあ皆、いったんお下がりなさい」


 ミリィの言葉で賊だった者たちは部屋を出ていった。

 残ったのはミリィと、紺色の髪が混じる灰色髪の初老の男と、熊のような濃いヒゲを生やした中年の男の三人である。


「やっと落ち着いて話が出来そうだな」


 レグルスは少し姿勢を緩めた。

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