5-1 仲間との再会
ライラヴィラは逸る気持ちを抑えつつ、レグルスとソフィーと共に城内へと急いだ。衛兵に案内された城の奥にある小部屋には、縄で縛られた男女が床に座りこんでいる。
そこにいたのは紛れもなく勇者村の新米勇者ジェイドと治癒師アイリーンだった。
「ライラ!」
ふたりは仲間を見つけた喜びの顔を向けた。ライラヴィラは慌ててふたりの近くに寄る。縛られてはいるが、怪我はなく元気そうだ。
「おい、解いてやれ、知り合いだ」
「魔王様の知り合いで? 承知しました」
レグルスはすぐにウルカドンの衛兵に指示する。彼らは怪訝な顔をしたが、魔王に従って二人の縄を解いた。
アイリーンは縄を解かれるとグンと背伸びしたあと、猫耳と尻尾を振って身だしなみを整えた。ジェイドも埃を払い、立ち上がる。
「ふうっ、会えてよかったわ!」
「もしかしたらと思って、わざと捕まってみたんだ」
レグルスはふたりの無事を確認すると、縄を解いた衛兵たちに礼を言った。ジェイドの方へ向くと苦笑いを見せる。
「良い勘してるな。そりゃおまえたちなら、こんな縄くらい、すぐ抜けられるだろう」
ソフィーは再会を喜ぶライラヴィラと人界人の様子を見て、困惑した表情で訊いてきた。
「レグ、この方達は?」
「わたしの古くからの友人です。家族みたいなものかな」
ライラヴィラが代わりに答えた。
「うちの衛兵が手荒な事をしたわね、謝るわ」
そう言ってソフィーが従者たちに指示をしながら部屋を出た。
ウルカドンの者が全員いなくなったのを確認すると、ライラヴィラは声を上げて駆け寄った。
「よく、ここまで来られたね!」
「ゲートに入るときに『ライラに会いたい』って念じたのが効いたのかも! ここからすぐ近くの場所に出られたのよ。でも本当に会えるなんて、嬉しい!」
アイリーンがライラヴィラに飛びかかって強く抱きつき、ふわふわの尻尾を振って喜びを隠さなかった。
「会えなかったら、どうするつもりだったのよ」
ライラヴィラもアイリーンを優しく抱き返した。
「ここはどこなのかな? こんな立派な建物だから、魔界の有力者の家か城かな?」
ジェイドは部屋の家具や調度品を眺めた。華美ではないが、どれもこれもが一流の仕事であるのが分かるものばかりである。
「聞いて驚け、ここは大魔王城だ」
三人の様子を見ていたレグルスがハッキリと告げた。
「えっ? ええええええ——!」
アイリーンが驚いて叫ぶ。
ライラヴィラは慌てて彼女の口を手で塞いだ。
「リーン! 声が大きいっ」
「だ、だって、心臓が飛び出るかと思ったわっ!」
「とんでもない場所にライラ達は居たんだね」
ジェイドは苦笑して、再び辺りを見回した。
奥から今は城主であるソフィーが現れ、皆の近くに寄る。
「立ち話も何ですから、こちらへどうぞ」
侍女が当主からの目配せを受けて礼をする。
レグルスはソフィーに顔を向けた。
「いや、昨日から世話になったし、この人数だ。俺たちはここを出る。次の行き先へ早く向かいたいからな」
そしてジェイド達の方へと向き直る。
「おまえら、ツノ無いんだから、頭にターバン巻くか帽子被るなりしろよ。ここは魔界だ」
「そっか、それでライラもずっと帽子を被ってるのね」
アイリーンはつばの広いとんがり帽子を被り、ジェイドはターバンを巻いた。
急いで城を出ようとするレグルスの様子を見て、大魔王の妻に勇者と為ったジェイドを関わらせないように、魔王妃から彼を遠ざけたのだとライラヴィラは感じた。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラとレグルスはソフィーに何度も礼を告げて、大魔王の居城であったウルカドン城を出た。まずは情報交換と、近くにあった軽食の取れるカフェにジェイドとアイリーンと共に入った。
「ここが大魔王のお膝元だったのかぁ。綺麗な街ね」
アイリーンが窓から外を眺めた。噴水があちこちで上がり、白い石畳と、様々な色の葉を伸ばした樹木が植わる街並みは、人界とは違った趣がある。
「ウルカドンは魔界の貴重な水源地だからな」
レグルスは運ばれてきた熱い珈琲を口にした。
「ライラ、レグルス、君たちの状況は今どうなってるんだ? そもそもレグルス、さっきの衛兵が言ってたけど、君は魔王だったんだね?」
ジェイドが野菜と肉を挟んだトーストをつまむ。
「ああ、俺はソレイルヴァ連合国の魔王。大魔王だったザインはここウルカドン魔導国の魔王だった。さっき会ったソフィーはザインの妻で大魔王妃だ」
「さっきの女の人ってそういう人だったの! うわぁ魔界だぁ」
アイリーンはちょっと震えて、手にしていた紅茶のカップがカチカチと音を立てた。
「リーン、ソフィーはとても優しくて良い人だったよ。そんな怯えなくても。私の絵を気に入ってくれたの」
ライラヴィラも紅茶を口にして微笑んだ。
「何だかすっかり魔界に馴染んでない? 人界にいる時よりイキイキしてる感じする」
アイリーンはチラリと上目遣いでライラヴィラを覗く。
「ツノの無い頭は隠さなくちゃいけないけど、目や肌のことを言われないのは気持ちが楽かな」
ライラヴィラはアイリーンに言われて、すっかり魔族の中で慣れてしまっていることに気づかされた。彼らの頭に生えてるツノを見ても別に怖くなくなったし、色んな見た目の人がいるのも当たり前。そして自分の青銀髪や淡い紫の肌、紅い瞳も魔界では嫌われない。むしろ魔眼だと気づいた人からは称賛される。
「リーンの言うこともだけど、二人は以前とは魔力の感じが違うんだ。何かあったのか?」
ジェイドがライラヴィラとレグルスに返事を促した。
「ああ。大地、炎、水の精霊と、旅の途中で遭遇して繋がった。おそらくそのせいだろう」
「じゃあまさか、ライラは今、六属性の精霊すべてとつながってるのか! そんなの、普通はありえない……」
予想の上をいく答えを聞いてジェイドは目を見開いた。
「俺は光は無いから五属性だな。ライラはその通り、全属性ってことになる」
二人の言葉にライラヴィラはハッと目が覚めたような顔を見せる。
「そのこと、全然意識してなかった……」
「ハハッ、おまえらしいな! 欲がない。もっと堂々としろよ。仮にもお前は魔王の娘で、おそらくスペランザの正統たる次期魔王位継承者なんだぞ」
「ええ! それこそまったく考えてなかったわっ」
困惑するライラヴィラにレグルスは口元を緩めた。
ふたりはジェイド達に、ソレイルヴァでライラヴィラの両親を知るレグルスの姉マティルダに会った話や、深淵の浸食を光魔法で抑えたこと、大魔王妃ソフィーに大魔王ザインフォートの形見の腕輪を渡した話などをした。
「そんなに色々なことが……それにしてもライラは魔界でもお節介が全開だ」
ジェイドは懐かしむように柔らかく笑った。
「ライラが魔王の跡取り娘かぁ。見た目は確かにそうかもしれないけど、中身は天然ボケ全開の地味娘だから、魔界のお姫様の姿なんて想像できないなっ」
「そこまで言わなくてもっ」
歯を見せて笑うアイリーンにライラヴィラは恥ずかしくて言い返した。
「そうだ、人界のことも伝えておこう」
ジェイドが話を続けた。
「大魔王討伐が成されたばかりなのに、各国の命令でサンダリットに勇者を志す多くの若者が来てるんだ。修練に励むのは良いけど、さすがにそろそろ受け入れるのも限界かな。賢者様も苦慮されてる」
「それに、頻繁にサンユノア教団から僧侶が出入りするようになったのよ。あいつらさ、光を崇めよだの、光の力をもっと取り込めだの、勇者たる者を増やせだの、無茶なこと言ってるわよ。あぁ鬱陶しい」
アイリーンが肩を落として嘆く。
「あ、だからライラ、しばらく村に帰ってこない方がいいわよ。僧侶が新入りに魔族の排除を勧めて回ってるし、ダークエルフがいるというだけで騒動が起きそうよ。賢者フォルゲルさまが僧侶をたしなめても、教団を保護する国もあるし、どうにもならないみたい」
ライラヴィラは二人の話を聞いて、げんなりした。勇者村がそんな様子なら、彼女の言う通り、しばらく帰らないほうが無難そう。
「もうしばらくはライラは帰れんぞ。まだ俺たちの旅は時間がかかりそうだ」
レグルスがテーブルの上に地図を広げて説明した。
「俺たちは最初このモックという集落に着いた。それから三つの国を通過して、今ようやくここウルカドン。次はライラの父親の国スペランザへ行って、深淵の里ムスタへ。そこでライラの体内にある大魔王の鍵を返す。そしてだ──」
レグルスが自らの決意を表明する。
「俺が次の大魔王になるつもりだ。今度会った時は、もうおまえらの仇敵となってるかもな」
ライラヴィラは彼の意思は分かっていたが、まだ受け止めきれなかった。
彼が大魔王になるということは——勇者村の宿敵になるということ。
「そんな! 仇敵だなんて、わたしはもう魔族と戦うなんて考えられないっ」
ライラヴィラは魔族に対して、今は敵意どころか愛着すら感じるのだと自覚した。ましてやレグルスに刃を向けるなんて到底無理だ。
「そりゃおまえはスペランザの後継者だろうし、もう魔界側と言ってもいいだろう。だが、そこの勇者と治癒師は、そうは言ってられんだろう」
レグルスは真剣な顔を勇者に向ける。
「君と戦わずに済む事を、願うよ」
ジェイドは魔王を真っ直ぐ見つめ返した。
◇ ◇ ◇
四人はカフェを出て、レグルスが馬を預けていた宿に寄った。
「そろそろ限界ね」
アイリーンが自分の腕を見せた。紫の小さい斑点が、数は少ないが所々に現れている。
「魔界の空気に含まれる成分の影響で、この通り湿疹が出たりするのよ。治療術を施しながら過ごしていたけど、もっと闇耐性をつけないとダメね」
「僕たちは来たゲートから人界に帰るよ。ライラが無事旅を続けていることを、賢者様やディルク達には伝えておくから」
ジェイドは名残惜しそうな顔を向ける。
「ライラが元気だって分かったのは良かったわ。また次、ゲートの機嫌が良くなったら来るからね」
アイリーンが手を振った。ライラヴィラもこんな短時間で別れるのは寂しい気持がしたが、手を振って二人を見送った。
レグルスが宿に預けていた大型の馬の手綱を引いてきた。
「ライラ、準備はいいか? いよいよスペランザへ向かうぞ」
二人は馬に相乗りして出発した。




