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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第一話 魔眼のダークエルフ
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1-2 勇者の集う村

 充満する灰煙のあいだに白い霧が湧いてくるのが見えた。これは自然発生ではない。きっと村の仲間の魔法だ。


「わたしが消すわ!」


 ライラヴィラは声のする方へ首を振る。そこには青く彩られた杖を両手で掲げる人影が映った。ネコのような獣耳と毛の長い尻尾が見える。よく知った姿に呼びかけた。


「リーン! お願いっ」


 村の仲間、獣人族(キャラン)のアイリーンは半袖のシャツに膝上のズボンとロングブーツの軽装で、真珠のように照る宝珠が入った杖から水魔力を呼んだ。猫耳を立ててふわふわの尻尾を垂らし、獣人族(キャラン)特有の鋭敏な感覚で巧みに魔法術式を操作する。


「猛る炎を収めよ! 霧水咲散(ミスティブルーム)っ!」


 真っ白な霧が煙のあがった火種を探して散る。鎮火された場所からは黒から白へと変わった煙がたなびいた。しかし炎の広がりは早く、収まる気配がない。


「ミストの密度を、水魔力をもっと上げて! 僕も手伝うっ」


 剣士の装束を着た金髪碧眼の人間族(ヒューズ)の男が駆けてきた。腰に下げた長剣を抜くと強い光魔力を(まと)う。

 細身だが(たくま)しい身体の青年は、輝く光の剣で宙を何度も斬る。光の粒子が光輪を幾つも形造ると、更に大きく剣を振り下ろして風魔力で飛ばした。

 飛ばされた光輪はアイリーンが呼び起こした濃霧を取り込むと森の中を飛び回る。やがて(だいだい)の炎の揺らめきが全て消え去って、後には白い煙が流れていくだけになった。


「ジェイド! ありがとう」


 ライラヴィラは駆けつけた幼なじみの剣士に手を振って合図を送った。レグルスも森の向こうから現れたふたりの男女の前に進んだ。


「助かった。魔物を討伐するためだったが、少しやり過ぎてしまった」


 ターバンを巻いた男にアイリーンは白い歯を見せて応えた。


「どこの誰か知らないけど気をつけてよね。ここは精霊の宿りし聖なる地。さほど被害が出なくて良かったわ」


 レグルスはアイリーンの説明に怪訝(けげん)な顔を見せる。


「聖なる地だと? それなのに魔物が出るとは、本当に精霊がいるのか疑わしいな」

「魔物が出たのか?」


 気になったのか若き剣士ジェイドも口を挟んだ。ライラヴィラも言われてみれば不思議だった。この森で魔物に遭遇したのは初めてである。


「そうなの。彼の言うとおり、十匹もの群れで現れて。ここは魔物なんて見ることないから、採取用の短剣しか持ってきてなくて。彼とたまたま出会ったから助かったの」


 ライラヴィラはレグルスの方へと振り向く。アイリーンが何かを思い出したように慌てて口を開いた。


「わたし、ライラを探しにきたのよ。賢者さまがね、あなたがきっと急病人に必要な薬草を持ってるだろうって。急いで村に帰ろう」

「ええっ、それは早く帰らないと。それと彼ね、レグルスっていうんだけど、友人を探してるらしいの。村に手がかりがあるかもしれないから、一緒に連れて行ってもいいかな」


 ライラヴィラは彼の用事を思い出して、よそ者を勇者村に入れる許しを乞うた。


「いいんじゃない? ライラを魔物から助けてくれたんでしょ。今はとにかく早く戻らないと」


 アイリーンはライラヴィラの手を握ると、そのまま村の方に向かって早足で歩き出した。ライラヴィラも彼女に合わせて慌てて足を早める。


「村にか……先ずは賢者さまの判断を仰ごう」


 ジェイドはレグルスを一瞥(いちべつ)すると、仲間のふたりの後を追いかけた。レグルスは彼の態度に眉をひそめたが、何も言わずに三人の後を追った。

 

 村に向かう道すがら、レグルスがライラヴィラたちに尋ねてきた。


「急ぐなら飛空魔法で行けばいいだろう? なぜ飛ばん」

「精霊の森の(ふち)、村との境界は魔力が混沌としていて飛空魔法は危険なの。こうして歩くのが無難よ」


 ライラヴィラは早足で先を急ぎつつ返事した。


「おまえらは全員見た目がバラバラだが、勇者村は多種族の集落か? ここに来る前にあちこちの街へ寄ったが、街ごとに同じような見た目の者ばかりがいた」


 アイリーンはライラヴィラの手を引いたまま彼に答えた。


「そうよ。私は見ての通り獣人族(キャラン)で、ジェイドは人間族(ヒューズ)。そしてライラはすごく珍しいんだけど、ダークエルフ。村には巨人族(タキラ)小人族(ドワーフ)もいるわ」

(ダーク)、エルフ……?」


 レグルスはライラヴィラへ視線を投げて(つぶや)いた。その言葉にライラヴィラは彼に目を合わさず、顔を真っ直ぐ歩く方へ向けて聞かないふりをする。これ以上、特異な姿であるのをを詮索されたくなかった。魔族のようだと、誰もが忌み嫌う見た目だから。好き好んで青銀髪と淡紫(たんし)の肌で生まれてきたのではない。しかも(あか)い魔眼である。


「あ、知らない? エルフ族はたまに(ライト)エルフってのと(ダーク)エルフというのが生まれることがあるのよ。ライラはダークエルフ。ものすごく珍しいから、魔族と間違われるのが厄介でね……」


 ライラヴィラが黙っていると、アイリーンが代わりに全部説明してしまった。

 一般的なエルフは亜麻色の髪に淡い桃色の肌、ライトエルフは金髪にほんのり桃色がかった白い肌。髪と肌の色が違うだけで、(とが)った長い耳のエルフ族であることに違いはない。しかしダークエルフは特に奇異に見られるのだ。


「そうか、何も知らかったとはいえ、配慮がなかったな」

「もういいです、分かってもらえたなら」


 ライラヴィラはレグルスに対して、いつまでも怒っているのも大人げないと返事した。偉そうな態度と口ぶりだけど、誠意はありそう。


 「そういう君も、あまり見かけない種族だね? 巨人族(タキラ)ほど背が高いとは言えないし、耳も少し大きくて尖ってるな」


 ジェイドが普段見せない(いぶか)しげな表情をレグルスに向けているのに、ライラヴィラは気がついた。確かに彼がいう通りだ。日に焼けた褐色の肌や耳がやや大きいのは巨人族(タキラ)に多く、黒髪は人間族(ヒューズ)小人族(ドワーフ)でよく見るし、獣人族(キャラン)にもいる。ただ金の瞳はそもそも種族に関係なく珍しい。


「ああ、俺は混血だ。クォーターな」


 レグルスはひと言だけ口にして、そのまま黙ってしまった。彼もあまり自分の出自に触れられたくないのかもしれない。

 ライラヴィラは血縁のある身内がなく、奇異な見た目の自分が何者なのか、他人にはエルフだとしか説明できなかった。彼にこれ以上身の上を問うのは失礼だと感じて口を閉じる。ライラヴィラの気持ちを察したのだろうか、ジェイドとアイリーンも彼に何も言わなくなった。

 

 しばらく歩くと森が開けていき、集落が見えてきた。建屋は五十軒ほどの、見た目は小さな農村だ。

 村の中央には石畳の敷き詰められた広場があり、小さな塔のある建物がその前にあった。あちこちに茶色の地面が覗く小道が続いており、土壁の民家や商店が間隔を置いて並ぶ。少し広めの平家の建屋も点在しており、奥には宿の看板が上がる三階建ての立派な建物も見えていた。


「フォルゲルさまが珍しく家から出てこられてる」


 アイリーンはようやくライラヴィラを引いていた手を離した。ライラヴィラたちが向いた先には、白髪と白い肌で耳の尖った、小柄な老人が待ち構えていた。


「遅い! ライラヴィラッ」

(じい)さま、ごめんなさい! いろいろあって」


 ライラヴィラはフォルゲルの元へと慌てて駆け寄った。賢者はライラヴィラを見上げた。


「今すぐアグネリアを出してくれ」

「はいっ、新芽の双葉と成葉、どちらも摘みたてです」


 ライラヴィラは背負っていた大型リュックを下ろして、それらを幾つか出して見せた。


「うむ、これが必要じゃった。アイリーンよ、治療院のジョルジュのところへ持っていってやれ、急ぎじゃ」


 アイリーンは賢者に返事をすると薬草をひと(つか)みして、治療院の方へ駆けて行った。

 フォルゲルがライラヴィラの後ろにいるレグルスに気がついた。


「何の用じゃ」


 賢者はレグルスを鋭い(まなこ)で見つめる。付き添っていたジェイドも彼の方へと向いた。


「ここが勇者の居る村だと彼女から聞いてきた。俺はレグルスというが、友人を探しに来た」

「そなた、レグルス……と言うのか」


 フォルゲルは何か気になる様子で応えた。


「探している友人の名は、ザインフォートという。あいつを、俺は止めに来た」

「ザイン、フォ……」


 ジェイドは彼の友人の名を途中まで言いかけて口をつぐんだ。

 フォルゲルはレグルスの話を聞いたあと、しばらく目を伏せて考え込んでいた。


「爺さま、何か心当たりが?」


 ライラヴィラはフォルゲルの思案する態度が気になって尋ねた。ジェイドも黙ったままだ。しかし賢者は彼女に返事することなく、レグルスに告げた。


「帰れ。おぬしはこの村には入れられぬ、出て行け。そやつは『まだ』来ておらぬとだけ、教えておく」


 ライラヴィラは普段は厳しくとも優しい爺さまが、レグルスには冷たく当たるのを見て不安になった。


「で、でももう夕刻だし、今から隣町の宿へ行くのは無理があるのでは……」

「ライラヴィラ、こやつはだめじゃ」


 フォルゲルは転移魔法の魔法陣を足元へと瞬時に描くと、光に包まれてその場から消えてしまった。


「爺さまはああ言うけど、もう陽が落ちて外は魔物が増えてくるから、どこかで泊めてもらえないか聞いてくる」


 ライラヴィラはいくら彼が強き剣士でも、この夕刻に村から追い出すのは気の毒に思った。


「いや、俺は構わん。その辺で野宿でもするし、あの賢者の爺さんから友人の手がかりは貰えたから、別の場所を当たる」


 レグルスはそう告げて、村の外へと歩き出した。そしてライラヴィラの方へ振り向いて手を振った。


「世話になったな! ライラ……多分もう、会うことはないだろう」


 彼は飛空魔法で森の向こうへと飛び去っていった。


「レグルス、待って! 夜の高原は危険よ!」


 ライラヴィラは慌てて追いかけようとしたが、ジェイドに腕を強く掴まれた。


「賢者さまの判断だ、だめだよ、ライラ」

「でもっ!」


 ジェイドはライラヴィラの両肩に両手を乗せて、深刻な顔を向けてきた。


「あいつは危険だ。君はわからなかった? 三属性の魔力を持つ手練(てだ)れの旅人。心配はしなくていい、夜の高原でも彼ならなんともないだろう」

「え? レグルスの魔力は、炎と風の二属性でしょ? ほかに何が?」


 でも思い返すと確かにもうひとつ何か、今まで感じたことのない力が彼の身体に絡まっていた。

 それは静かで深くて(くら)くて、でも染み渡る安らぎも感じるもの。


「何となくわかったみたいだね。もう彼には関わらない方がいい」


 ジェイドはそう言い残し、賢者と同様に転移魔法で消え去ってしまった。。

 

 黒髪に金の瞳、凛々(りり)しい顔に、褐色の(たくま)しい身体。

 ちょっと偉そうで言葉遣いは乱暴だが、少年のような純粋さも感じる。


 ライラヴィラはレグルスがやっぱりどうしようもなく気になったが、(おきな)から村に入れられないと言われたら従うしかない。村で共に育った乳兄妹でもあるジェイドにも関わり合うのを止められてしまったし、勇者の集う村サンダリットは世話役の賢者の言葉が規律である。

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