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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第四話 紅蓮の剣王と氷晶の賢王
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4-3 水の都ウルカドン

 翌朝、火山国ソレイルヴァを出ることになった。

 レグルスが城門で一頭のツノの生えた大型馬の手綱を引いてきた。


「おまえ馬には乗れるか?」

「うん、ひと通り乗馬の訓練は受けてる」


 ライラヴィラは勇者の集う村サンダリットであらゆる教育を受けており、馬や牛、ロバなどの運搬用家畜の扱いも慣れていた。


「おまえの育った集落はやはり特殊なんだな。子どもジジイ(ハニンカム)頑固ジジイ(フォルゲル)におまえを預けた理由はそこか」

「どうだろう? 生活に必要なことを教わっただけで。乗馬は村では三歳から練習するの。それにわたし学び舎は通ってないよ」

「学び舎を出てないのか?」


 レグルスが先に馬に乗った。

 馬上の彼がライラヴィラに手を差し伸べる。


「うん、わたしは爺さまと村の人たちから暮らしに必要なことを学んだの。その、ダークエルフが学び舎へ行くと騒動になるから」


 ライラヴィラは彼の手を借り、彼の後ろに乗った。


「そうか。俺も王族という立場もあって、学び舎は数ヶ月しか行ってない。それにしても、人界の連中はそこまで闇に属するものを嫌忌するのか。たまたま生まれてきた子どもに出自の罪など無いだろ。俺が王族なのも、たまたまだ」


 レグルスは彼女が自分の後ろにしっかり乗ったのを確認して、馬を走らせる。ライラヴィラは彼の脇に手を添え、二人乗りで早朝から馬は街道を進んでいった。


「次はおまえの父親の国、スペランザと言いたいところだが……」


 レグルスの声色が変わった。彼の意志が重く感じられる。


「ザインの国、ウルカドン魔導国へ寄りたい。かまわないか? あいつが最期に残した腕輪を、王妃に渡したいからな」

「もちろん。わたしも行きたい」


 ライラヴィラは人界で大魔王ザインフォートの腕輪を握りしめて泣いていた彼を思い出した。そんな彼が心から大切にしていた親友の治めていた国は見ておきたい。


 途中の関所街で食事と休憩をとり、再びふたりはウルカドン城下町へ向けて馬で駆けた。やがて輝く月が傾いてきたが先を急ぐため、時々休憩は挟みつつも彼は馬を進めていく。


「ザインフォートはどんな人だったの? 学者って聞いたけど、魔王よね?」

「ああ、ウルカドンの『氷晶の賢王(けんおう)』と呼ばれ、人々から慕われていた魔王だった」


 レグルスは話を続けた。


「あいつはおまえと同じ魔眼持ちでな。精霊の視点を持つとも言われた『遠望(えんぼう)の魔眼』だった。遥か彼方の見知らぬ世界を覗き見たり、千年単位の未来に起こる出来事の流れを見ることができたらしいが、あいつは未来を知る事は悲劇を呼ぶと言って、教えてくれなかったな」

「まさか世界が滅ぶとか、そういうものを見たとか……」

「いや、それは無いと言ってたな。世界は有り続けると。ただ何かを見たのは間違いない。むしろあいつは未来が見えてしまうからこそ過去の歴史が大事だと言って、学者として研究してたのは太古からの記録だった」


 前方に暗く生い茂った木々の間から街並みの灯りが見えはじめ、滝の流れるような水音が微かに聞こえてきてた。

 レグルスは馬の足を止め、月が沈んだ満天の星空を見上げた。


「あいつはこんなことも言ってたな。空に見える星は全て別の世界なのだと。魔界も人界も、他所よその世界から見たら、ああ見えるだろうとな。俺はそんな話は実感できないが、ロマンはあるな」


 再びレグルスは馬をゆっくり走らせ、ふたりは深夜にウルカドン魔導国の城下町に入った。



 ◇ ◇ ◇



 翌朝、宿の別々の部屋に泊まったふたりはロビーで待ち合わせをした。宿に馬を預け、早速ウルカドン城へと徒歩で向かう。街は色とりどりの葉を茂らせた木や、噴水の数が多かった。


「ここウルカドンは魔界では貴重な水源地でな。俺のソレイルヴァは温泉は豊富に湧くが、飲料水として常飲するのには向かない。だからウルカドンの水源を魔導水路で引っ張ってきてる。バザールで売ってる水も全てウルカドン産だ。もちろん統治者だったザインの了解は貰ってるぞ」


 そんな話をしている間に城門に着いた。

 レグルスが大きな息を吐く。


「ソフィーに会うのは、辛いな」


 彼は手にした腕輪を握りしめた。


「もしかして、ザインフォートの……」

「ああ、あいつの妻だ。俺たちは同じ師の元で学んだ仲間だ」


 そしてレグルスは意を決したのか、氷のような青みのある石が積み上げられた城内へと足を踏み入れる。ライラヴィラは黙って彼について行った。

 



 城の者たちはレグルスのことをよく知っているのか、すれ違う度に礼をされた。彼はお構いなく王族の暮らす区画へと迷いなく進んでいき、ある部屋をノックした。


「ソフィー、居るか? 俺だ」


 レグルスが声をかけると扉が開いた。そこには小柄の少し癖のある、乱れた髪の女が立っていた。化粧もせず、目の下にはクマがあった。


「レグ……どうぞ」


 ライラヴィラは彼と一緒に部屋に入って良いものかとその場で立ちつくしたが、彼がそっと手招きしたので入っていった。

 

「来てくれて、ありがとう」


 その女は、力のない声で(つぶや)いた。


「遅くなって、すまない」


 レグルスの声も、いつものような威勢はなかった。

 そして彼はライラヴィラの方へ少し向く。


「彼女はライラヴィラ。俺と一緒に……ザインの最期に立ち会った。ライラ、彼女がザインの妻でウルカドンの魔王妃、ソフィーだ」

「ライラヴィラです」


 紹介されてライラヴィラは帽子を外し、ゆっくりと礼をする。ツノ無しを見せて、人界人であることを示した。亡くなった大魔王の妻に隠しても今更仕方ない。


「あなた……人界のかた?」


 ソフィーはしばらく黙り、考え込んだあと、強い目でライラを見た。


「まさか、あなたが大魔王を討った『勇者』なの!」


 ソフィーがライラヴィラに強く(つか)みかかる。

 ライラヴィラは抵抗せず、彼女に身体を激しく揺らされるまま、黙って(うつむ)いた。


「違う! こいつはザインの意識を戻してくれたんだ!」


 レグルスが二人の間に入って、暴れるソフィーを止めた。

 そして、残酷な事実を告げる。

 


「『勇者』は、俺だ」

 


 レグルスは大魔王ザインフォートの形見である、ふたつの腕輪をソフィーの手に握らせた。


「恨んでくれて構わない。俺を罵倒してくれ。俺が、あいつに手に掛けた。これが事実だ」


 ソフィーは腕輪を握りしめて、その場で泣き崩れた。

 



 どれくらいの時が経ったのか。

 ライラヴィラも、レグルスも、その場に立っているだけで精一杯だった。

 やがてソフィーが腕輪に手にしたまま立ち上がり、奥の部屋から封書を持ってきて、レグルスに差し出した。


「彼の、遺書よ」


 ソフィーは直ぐ横の小さな椅子に腰掛けた。

 レグルスは封書を丁寧に開け、中を確認する。


「……あいつらしいな」


 レグルスはソフィーに封書を返した。


「恨むことなんて出来ないわ。彼に、叱られてしまう」


 ソフィーが口を開いた。小さい声だが丁寧にひと言ずつ、言葉が紡がれる。


「もしもアモンになった時は、あなたに自らの深淵(しんえん)の鍵を壊すことを依頼したと。自分に何かあっても誰のせいでもなく、自分が至らなかっただけなのだと。これを読む時が来たら、自分を深淵の呪縛から救ってくれたあなたに礼を言って欲しいと……」


 レグルスは歯を食いしめた。静かに一筋の涙が流れる。


「大魔王は最期に『妻に、感謝を』って伝えてきました」


 ライラヴィラは彼女に知ってほしいと、重かった口をついに開いた。


「あのとき、わたしにもっと力があれば、彼の意識を完全に戻せたのに! 謝っても、謝りきれません……」


 気持ちがこみ上げたライラヴィラの瞳からも、止めどなく涙が(あふ)れた。

 ソフィーが嗚咽(おえつ)する彼女を見つめた。


「あなたは人界の人なのに……『大魔王』のために、涙を流してくれるのね」


 魔王妃はダークエルフの目元にそっとハンカチを当てた。



 ◇ ◇ ◇



 ソフィーはふたりを城の裏手にある大滝の所へと導いた。

 (はる)か高く頭上から滝壺に流れ落ちる水流が轟々(ごうごう)と響き、周りの繁った木々の緑が風に揺られて音を立て、まるで合唱しているようだ。


「ここはね、彼のお気に入りの場所なの。ウルカドンを潤す水の(みなもと)よ」


 そして彼女は手にしていたザインフォートの形見の腕輪を、滝壺の水で丁寧(ていねい)に洗い流した。


「これで彼の苦しみが流れて清められたと思うわ。持ってきてくれて、ありがとう」


 彼女は二つの腕輪のうち一つをレグルスに差し出す。


「あなたが持っていて。これは彼と私とあなた、三人の仲間の証よ」


 ソフィーがレグルスに腕輪を渡すと、二つの腕輪がほんのり光を帯びた。

 ライラは腕輪に魔力を一瞬、感じた。


「魔力が……」


 滝からの水音が変わった。

 滝壺から水しぶきが一面に上がり、空中に水滴が舞うように弾けた。

 激流が落ちる轟音(ごうおん)とパチパチと耳元で鳴る飛沫(しぶき)が混ざり合う。



〈この(えにし)に、(われ)の為の(しずく)に、感謝する〉



 不思議な声が聞こえてきた。

 二つの腕輪が二人の手を離れ、滝壺の上の方で輝きながら回転を始める。


「まさか、ザインなのか!」


 レグルスが滝に向かって叫んだ。

 水滴が螺旋(らせん)を描き、その場にいた三人を包み込んだあとサラサラと蒸発していく。

 滝壺の上で回転していた腕輪はレグルスとソフィーの手元にひとりでに戻り、光が消えた。

 レグルスは戻ってきた腕輪を受け止めて左腕に通した。

 

「あの人の、水魔力……!」


 受け止めた腕輪を胸元に寄せて抱きしめたソフィーから告げられた。

 ライラは柔らかでありつつ力強く包み込む、ほんのり冷たくて気持ちいい魔力の流れを感じとる。


「ザインの奴、俺たちに水の精霊とのつながりを結んでいきやがった!」

「この力が、そうなの?」


 ライラは今感じていた魔力の流れを発現させてみると、周りに水しぶきが弾けた。そしてその優しさに気持ちがいっぱいになった。


「ありがとうございます、ザインフォート。あなたは偉大で、心優しき大魔王でした」


 ライラは滝壺に向かって長い祈りを捧げた。

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