4-2 大地と炎の恵み
翌日、ライラヴィラはレグルスに頼んで、丈夫な短剣を百本ほど取り寄せてもらう。旅が長くなり、手持ちの荷物も残り少なかった。
光魔力の結界を施すのは暑い場所での作業になるので、熱耐性の高い衣服と汗拭き用のリネン、そして水の入ったボトルも大量に用意し、魔導カバンに詰め込んだ。
「これ、忘れ物だぞ」
レグルスから帽子を手渡された。ネウレディドに拐われたときに落としたものだ。
「城の者に頼んで洗っておいてもらった。それが落ちてたから、微かに残ってたおまえの魔力を辿ることができて、居場所が判ったんだ」
「見つけてくれたのね、ありがとう」
ライラヴィラは早速その平たいつばの無い帽子を被った。
「近くまでは飛んで行こう。その先は火山の影響で気流が荒い。徒歩で進むしかないが、足場が悪いから気を付けろよ」
レグルスの案内でライラヴィラは飛空魔法で火山帯へと向かった。
深淵の浸食の場所に近づくと岩場に降り立ち、慎重に足を進めた。
あちこちで蒸気が上がり、足元からも熱が伝わってきた。火山独特のガスの匂いが漂い、空気が揺らめいて見える。
「ソレイルヴァは火山国でな。太陽の昇らない魔界でも炎の恵みと共に発展してきた。俺に炎魔力があるのも、この大地から湧き上がる炎の恵みだな。深淵の浸食を片付けたら、城の奥に温泉が湧いてるから疲れを癒すといい」
「えっ、温泉! 滅多に入れないから嬉しい!」
ライラヴィラには温泉はご褒美のように思えた。魔界では清純な水は貴重なので、なかなか湯船には浸かれてなかったからだ。そもそも人界でも天然温泉に行く機会はダークエルフゆえにほとんど無かった。
ようやく目的の深淵の浸食が起こりつつある場所に着いた。
「よし、まずはこの辺りだな、頼む」
ライラヴィラは頷き、短剣に光魔力を通していく。それをレグルスが探った岩場のポイントへふたりで手分けして突き刺し、仕上げにライラヴィラが光魔法の浸食浄化を発動させた。
「この調子なら、そんなに時間はかからんだろう」
ふたりは時々汗を拭い、水分補給をしながら黙々と作業を繰り返した。
◇ ◇ ◇
火山帯のかなり奥まで入った時──。
何か蟻か蜘蛛のような、節のある足が何本もある魔物が蠢いてるのが見えた。深淵からの浸食の青黒い霧を食べて、みるみるうちに巨大化する。
「深淵に取り込まれた魔物だ! あれは始末しないと、街に降りられると厄介なことになる」
レグルスは両手で召喚した烈火の大剣デュランダルを構えた。
火山の噴火が続いてるのだろうか、周りも所々燃えて煙を上げており、まさしく大地に立つその姿は『紅蓮の剣王』の名、そのままだ。
そんな彼を見て頼もしく思ったライラヴィラも、光魔力を通した剣を構えた。
魔物との間合いがジリジリ縮まる。
レグルスが大剣を振り下ろした! それを避けた魔物の足をなぎ払って数本切断し、動きを止める。
大蜘蛛は不気味な悲鳴をあげて幾筋もの糸を撒き散らす。
その糸をライラヴィラが剣で切り離していくと、纏っている光魔力に触れて深淵の青黒い霧が蒸発していった。
「ライラ、俺の剣に光魔力を付与って出来るか? コイツは炎魔力だけでは倒しきれん!」
「やってみる!」
ライラヴィラは彼の方に剣先を向け、光魔力の帯を彼の大剣に注いだ。
二人が光の帯で繋がり——レグルスが大剣を勢いよく振り下ろす!
大蜘蛛は光の炎で燃え上がり、塵と化して大気に消えていった。
魔物を倒した後、目の前に広がった景色は火山口だった。
赤く燃えるマグマが漂い、あちこちで蒸気も上がっている。
ライラヴィラは炎と大地の凛とした気が満ちるこの場所に、感覚が圧倒された。
何者も抗えない、ヒトを超えた何か。
そのとき。
大地が地響きを轟かせ、ライラヴィラとレグルスの足元から何かの力が通るのを感じた。
〈大地を穢れから守りし者、そなたらに祝福を〉
とてつもなく力強い魔力が足元から湧き出るのを二人は感じた。
「この魔力の圧は、精霊か!」
レグルスは感じるままに、力を込めた拳で足元の地面を叩いてみた。
地面が割れた後、割れ目から大きく岩が隆起していく。
「まさかっ……」
レグルスは自分が作り出した岩壁を見上げた。
〈禍根を浄化せし炎を、そなたに〉
ライラヴィラの立ってる周りからマグマが突然吹き上がり、そこから湧き上がる炎が彼女を全身包んでしまった。
「ライラ!」
レグルスは慌てて駆け寄り彼女の腕を掴んだ。炎は触れることができる暖かさで、ふたりが火傷をすることはなかった。不思議な炎は緩急を繰り返しつつ、橙色の輝きと心地よい熱気で包み込み、彼と共に抱きしめられる。
「これは、炎の精霊?」
ライラヴィラは全身を突き抜けていく暖かい噴流を感じた。身体を委ねるとやがてマグマは消え去り、熱い力を感じた。
「まさかの、精霊のお出ましだったな」
レグルスは辺りを見渡す。
「ソレイルヴァの大地の魔力と、マグマからの炎魔力を、授かるとは」
彼は何かの感触を確かめるかのように手を握りしめた。
「きっとここは、魔界にとって、とても大切な場所なのね」
ライラヴィラはあの圧倒された感覚を忘れないでいようと思った。
あれこそが精霊の意志の力なのかもしれない。
◇ ◇ ◇
ふたりは揃ってソレイルヴァ王宮に戻った。
レグルスはライラヴィラに今夜も宮殿内で休むように伝えた後、また自室へひとりで籠ってしまった。
ライラヴィラの世話を魔王から任された侍女の案内で、火山帯へ行く前に聞いていた城の奥にある温泉浴場に入った。洗い場には屋根があったものの湯船は露天風呂になっており、夜空の星が覗いている。
魔界では月は夜には上がらないようで、昼間にしか見ていない。そういえば魔界は太陽の恵みが無いと彼から聞いたような。
「いらっしゃい、ライラヴィラ」
湯船にはレグルスの姉、領主マティルダが先に入っていた。女性にしては大柄で、女のライラヴィラが見ても素晴らしい肉体美だと思える容姿だ。
「あ、えっと、失礼します……」
ライラは緊張しつつ掛け湯をして、彼女と同じ湯船に入った。まさかマティルダがいるとは思わなかったが、彼女の言葉に従った。
「あなたをここに連れてくるように、わたしが頼んだのよ。ゆっくりなさい」
「はい、ありがとうございます」
マティルダが微笑む。それを見てライラヴィラも少し緊張が解けた。
「レグが明日の朝、あなたを連れて国を再び出ると言うから、今のうちに話をしたいと思って」
「是非、聞かせてください」
ライラヴィラはマティルダがわざわざ話の機会を作ってくれたことに感謝の気持ちが湧いた。魔界の領主である彼女に、自分から私的な頼みごとをするのは難しいだろうと考えていたからだ。
「あなたは、目元と肌や髪の色はランダステン殿にそっくりね。魔眼の力は違うけども」
「え、魔眼にも種類があるのですか?」
人界では知り得なかった、初めて聞く話だった。
「ランダステン殿の魔眼は『洞見の魔眼』といって、現在に加えて近い未来に起こりうる物事を視る力があったわ。だからきっとあなたがいつか魔界へ戻ることは、彼には分かってたはず」
「洞見の魔眼……」
「ええ。おそらくあなたのために、彼の国スペランザに何か残してるでしょう。一度は行っておきなさい」
「はい、何としてでも行きます」
ライラヴィラは希望を知った気がした。父親が私に何か残してくれているなら、それを見つけたい。
「あなたの魔眼は、本当に滅多にないのだけど『覇者の魔眼』というもの。王たるものに備わると言われ『その魔眼を持ちし者に付き従え』という伝承があるわ。見る力が強いのはもちろんのこと、見えざる世界が見えたり、その眼力で人や魔物を支配することも出来るとも言われてて」
「し、支配なんて、そんな気持ち、まったくありません!」
ライラヴィラは衝撃を受けた。この魔眼はやはり恐ろしい性質のもの。
嫌でも思い当たることが多々あった。
「あの、相手を動けなくしたり、魔物を脅して追い払ったり、ミラリスゲートの向こうに景色が見えたりも、その魔眼なのでしょうか……レグルスと人界で初めて会ったときに、彼にうっかり眼力を使ってしまいました」
「あらあら」
マティルダはクスクスと上品に笑う。
「あなたがどんな状況で生まれ、人界に連れて行かれたのかは分からないけど、その『覇者の魔眼』を心良く思わない輩から、あなたを守るためだったのかも……それくらい強い力。気をつけて使いなさい」
「わかりました」
ライラヴィラは魔眼の話から、ひとつ尋ねておきたいことが思い浮かんだ。
「あの、わたしの名前、古代語でびっくりする意味があるんですけど。これはやはり、わたしの魔眼がそういうものだからだと思いますか?」
マティルダは浸かっている湯船の温泉で肩をそっと手で流す。
「それはそうでしょう。あなたは『覇者の魔眼』を持って生まれた『魔王の血を引く姫』なのよ。もしかするとランダステン殿は、あなたを本当にその名の通り『闇の女王』つまり『魔王』にしたかったのかもしれないわね」
「それならどうして、わたしは人界に……」
「さっきも言ったけど、あなたの身の安全という理由が一番しっくりくるわね。あなたの生まれた国スペランザの滅びから守るため」
「それは彼から聞きました。両親の国が滅んだのは突然のことだったらしいって」
ライラヴィラはマティルダの方をじっと見た。まだ何か話してくれないだろうかと、彼女が口を開くのを待つ。それを察したのか領主は何かを考えていたようだったが、声を発した。
「あとひとつ、あなたに会って、思い出した事を伝えておくわ」
マティルダはそっと湯船から上がり、ライラヴィラの方を振り向いた。
「レグが魔王を継ぐ直前にね、八年くらい前かしら。高熱を出して倒れたことがあったの。その時、夢うつつなのか、ただの寝言なのか分からないけど、『ライラ』って何度か言ってたのを聞いたのよ。きっとあなたとレグは何かの縁があるのよ。では、お先に」
そう言って彼女は浴場から出て行った。
ライラヴィラは八年も前だから人違いだろうと思いつつも、妙に心が騒めき、くすぐったい気持ちになった。




