4-1 ソレイルヴァの魔王
──紅蓮の剣王。
魔王ネウレディドの口から語られた名は、確かに彼らしいと思った。
ただ、やはり『魔王』だったのかと。
ライラヴィラはレグルスの方を見た。
「あとで言うつもりだったが、先にあいつに言われてしまったな」
レグルスは彼女を見て苦笑いした。
「やっぱり、あなたも魔王だったのね」
ライラヴィラも笑みが漏れた。彼が魔王かどうかはともかく、ここまで助けに来てくれたのが何より嬉しかった。
その言葉を聞いてネウレディドが反応する。
「彼女に何も言わず、人界から魔界へ拉致したのですか」
彼の言葉にレグルスは怒り心頭に発した。
「おまえみたいに拉致なんかするかっ! 向こうの賢者とやらに頼まれただけだっ」
「あなたが人の言うことを聞くなんて、珍しいですね」
ネウレディドは怪訝な顔を向ける。
「俺が、自分で決めた」
そう言うとレグルスはライラヴィラの手を取った。
「飛ぶぞ」
ライラヴィラは握られた手でしっかり握り返した。自分の魔導カバンを風の魔法で持ち上げて肩から素早くたすき掛けにする。
レグルスはライラヴィラの手を握ったまま、炎の大剣を片手で召喚して窓のある壁に向けて構え、そのまま大きく振り下ろした。
窓が壁ごと爆裂音をあげて吹っ飛ぶ。灰色の埃が舞い上がったあと、人が数人は通れる大穴がぽっかりと開いた。
風が外から吹き抜けてきて、ライラヴィラの長い青銀髪がたなびく。
壁を確認してレグルスは大剣をしまった。
「彼女をどこへ連れて行くつもりですか!」
ネウレディドが怒鳴った。
「どこでもいいだろ、おまえには関係ない」
レグルスは風の魔力を纏い、宙に浮き上がる。握られた手から魔力の流れを感じたライラヴィラは、それに合わせて自分も飛空魔法を発現させた。
二人はレグルスが打ち抜いた巨大な壁穴から外へと飛び立った。
「このままソレイルヴァまで飛んでいこう。二人分の魔力で風に乗ってるから、城下町まで到着できるだろう」
レグルスはライラヴィラと手をつないだ状態で、飛空魔法の速度と方角を調整した。彼の大きな手を握りつつ、ライラヴィラも彼の魔力の流れに合わせて魔法を調整する。
「魔界の景色って、色とりどりね」
ライラヴィラは今まで飛空魔法で魔界を移動することはなかったので、空の上から魔界を見たのは初めてだった。赤と紫、青や黄、様々な色が目に入る。
「そうだな、人界は緑が多いが、後はぼんやりした感じだからな」
魔族が人界を見ると、そういう風に見えるのかと感心した。
「さっきネウレディドの野郎から聞いたと思うが、俺も国を治める魔王でな。これから行くソレイルヴァは俺の国だ。八年前に亡くなった父親から王位を継いだ」
「え、それって成人前に魔王になったの?」
ライラヴィラはレグルスの年齢が合わないと思った。彼はどう見ても自分と年齢が近いだろう。
「俺には年の離れた姉と兄がいるんだが、なぜか遺言で俺が王位継承者に指名されてた。俺は知らなかったが、姉兄はあらかじめ遺言の内容を親父から聞かされていたらしい。
前王が存命のうちに国を三つに区分けし、中心部は前王から後に俺に、東側が姉に、西側が兄に託され二人は領主となった。国全体としての代表は魔王の俺だが、ソレイルヴァは言わば連合国なのさ」
レグルスは城下町が眼下に見えてきたところで飛空速度を緩め、ライラヴィラの手を取ったまま建物の影にそっと降りた。そして手を離して建物の向こう側の広い場所へ颯爽と出て行ったので、ライラヴィラは彼からはぐれないように早足で付いて行った。
◇ ◇ ◇
白い石造りの低めの建屋がネックレスのようにつながり、短い階段を何度も登っては進んでいくと、大きな柱が立ち並ぶ広間に出た。
「おい! 戻ったぞ」
レグルスが大きな声で広間の奥に向かって告げた。
「おかえりなさいませ」
年配の黒いスーツを着た男が一人出てきた。
「客人だ、用意を」
「おや、若様、ついにお相手を見つけられましたか」
男がライラを見て嬉しそうに微笑むので、レグルスは咳払いする。
「んんっ! 勘違いすんなっ、ただの客人だ」
「はい、はい」
年配の男は軽快な足取りで奥へと戻った。
ライラヴィラは何の勘違いなのか気付いて、困ってしまった。
──私は彼女とかじゃないですよ。
もしも彼に特定の恋人がいるなら、きっと迷惑をかけてしまう。
「親父の代からいる侍従だ。いつまでも俺を子ども扱いしやがって」
愚痴る彼が珍しいと思って、つい笑みが零れた。
まもなく侍女らしき人が迎えに来て、ライラヴィラはレグルスと共に奥の部屋へ入った。
二人が部屋へ入ったあとすぐ扉の音がして、美しい黒髪を一つにまとめて丈の長いワンピースを着た年長の女が入ってきた。
「ようやく帰ってきたわね」
「姉貴か。しばらく世話かけたな」
「……残念なことになったようね、レグ」
「ああ。ザインの願いは、叶えたことになるのかもしれないが……」
ライラヴィラは二人の会話を聞いて、大魔王ザインフォートのことを思い返した。あれは無念だったと、今も心が痛む。
「人界から珍しい客人を連れてきたんだ」
女はレグルスに促されてライラヴィラの方を向いた。
「あら、綺麗な女の子。はじめまして、わたしはソレイルヴァ魔王レグルスの姉でマティルダ。よろしくね」
「はじめまして、ライラヴィラと申します」
ライラヴィラは座っていたソファーから立ち上がり、マティルダのほうへ丁寧に頭を下げて礼をした。
どこかで帽子を落としたようでツノ無しを隠せてなかった。
彼に人界からと紹介されたので、ツノが無いのを見られても大丈夫かとは思った。それより相手は魔界の魔王の姉、礼儀正しくしなくては。
「そんなに堅くならなくていいわよ。レグがまさか女の子を王宮に連れてくるなんてね」
どうやらさっきの侍従と同じく、マティルダも勘違いしているようだと二人は困惑する。
「いろいろ訳ありなんだ、……そういうのじゃない」
「そうね」
マティルダはライラヴィラの姿を少し見てから言った。
「人界の子で紅い魔眼でしょう。どう考えてもスペランザの魔王ランダステン殿の忘れ形見よね。あなたはそれを知ってるのかしら」
「魔界に来る前に、人界の大賢者さまから聞きました。母がわたしに残してくれた指輪があります」
ライラヴィラは答えて、マティルダに右手の指輪を見せた。
「ああ、なんとなく見覚えがあるわ。これは絆の指輪でしょう? リーヴィーは、それはそれは美貌の白きエルフだったのよ。でもあなたの見た目は魔族に近いわね。口元とか長く尖った耳と背格好は彼女の面影があるわ」
マティルダの言葉にライラヴィラは驚いた。
「あの、母をご存知なんですか!」
「ええ。あなたが生まれる前に、ご両親の結婚式に出席したのよ」
「そうなのですね」
両親に会ったことのある人に初めて出会えた。やはり間違いなく自分は魔王とライトエルフの娘なのだと痛感させられもした。それでも嬉しい。
「姉貴、用が色々あるから、また後で彼女に話してやってくれ」
「ええ、またお話しましょうね。失礼」
マティルダが部屋を出て行った。
入れ替わりでさっきの侍従が書類の束を持って入ってきて、一礼するとレグルスにそれを渡す。
「姉貴は俺より二十も上で、だからスペランザがあった頃もある程度は知ってると思う。きっと教えてくれるだろう。ここに居てるのは、俺が人界に行く間の留守を頼んだからだ」
ライラヴィラに説明しながらレグルスは書類の束に素早く目を通した。分類し終えると数枚を手元に残して侍従に返す。
「国政に関しては姉貴が居てくれて助かったな。ただ、面倒な問題がひとつ、片付ける必要が出てきた」
レグルスが何かをうかがうようにライラヴィラの方をじっと見た。
「アシュリトスであった深淵の浸食が、ここソレイルヴァの火山帯でも、その兆しがあるという」
「大魔王が居なくなった影響が、ここにも?」
「そうだ。一刻も早く深淵の元へ向かいたいところだが、これの放置はできん」
「わたし、そこへ行きたい」
ライラヴィラはあの浸食のことを思うと、居ても立ってもいられなくなった。
何もかも飲み込んでいく、終焉の黒霧が音もなく押し寄せる恐怖が甦る。
「ああ、助かる。おまえに同行を頼もうと思ったんだ。火山帯はそもそも並の魔族では立ち入りすら危険だし、おまえのあの光魔法があれば、当面は大丈夫だろう」
レグルスはしばらく宮殿で滞在するようにとライラヴィラに告げて、侍女を呼んで彼女の世話を指示する。そのあと彼は仕事があるからと執務室へひとり籠ってしまった。
その場に残されたライラヴィラは魔王の侍女に連れられて、再び迷路のような王宮内を進み、ベッドのある客間に入った。連れてきてくれた侍女はお茶を淹れたあと、何かあれば魔導具のベルで呼んでほしいと言って部屋を出ていった。
部屋でひとりきりになったライラヴィラはようやく緊張が解けて、力無くソファーに座り込む。
──人界のお城にすら入ったこともないのに、まさか魔界の魔王の住まう宮殿でわたしがお世話になるなんて。
レグルスが『魔王』なのだと、わたしを誘拐した偏屈魔王が言うまでどうして黙っていたのかはよく分からない。ただ魔王という立場に関係なく行動したかったのか。あるいは魔王が大魔王を討ったという反逆行為を薄めるためなのか。いや後者はきっと無いだろう。彼は約束と覚悟を以て友を討った。
彼が未成年で王位を継いでいたことも驚いた。年数的にかつて大厄災を引き起こした大魔王マスティロックが勇者ディルクの手で討伐された頃だろう。ということは魔界も戦渦にあったのかな。
賢者の爺さまから魔界の文字や言葉、そして魔族の魔法術式は理由は分からないけど詳しく教わってきた。でも魔界はまだまだ知らない事が多い。特に歴史や文化は人界のものはひと通り教わったものの、魔界のは知らない。
魔界は私の実の父親の故郷。
わたしは魔界を知るためにここに来ることになったのかもしれない。
大魔王とか魔王とかの立場は関係なく——。




