3-4 ゾンガルディ魔皇国
ライラヴィラとレグルスはようやく関所の町テルトに到着した。
ここは複数の国境が接しており、交易も人の往来も盛んだった。露店が立ち並び、レンガ作りの建物が街道沿いに並ぶ。いかにも商業の盛んな街といった風情だ。
街の中心部まで歩いていくと、上質な装束の魔族が何か交渉していたり、警備員らしき格好の者が数人で組んで見回りをしている。その間を縫うように見窄らしい格好の魔族が何人も徘徊していた。
レグルスは怪しい視線を投げてくる者からライラヴィラを隠すかのように間に入る。彼が自分に気配りしてくれているのが分かった。ライラヴィラも腰に下げた長剣に手を添えつつ警戒する。
「この町は魔王ネウレディドの統治するゾンガルディ魔皇国に属している。治安はまずまずだが、人が多い分、気を付けろよ」
「うん、わかった。アシュリトスより雑多な感じね」
「ここの魔王は支配者とはいえ、割と民を自由にさせているからな。ただ逆らう奴には容赦無いが」
「やっぱりそういうところは魔界流ね」
「魔界は力が物を言う。ロゼフィンもああ見えて秘めた魔力は大したもんだ。魔眼持ちのおまえなら、すぐ分かっただろう」
「うん。彼女は魔力隠蔽してたね」
魔王ロゼフィンがその力を誇示しないのは、相手への余裕もあるだろうし、周りへの影響も考えてだろう。幼い頃に光魔力を何度も暴走させて叱られてばかりだったライラヴィラは、魔力隠蔽の必要性を嫌というほど分かっていた。今も光魔力を持っていると魔族に悟られないよう、魔力そのものを隠蔽している。
手持ちの人界産の素材の残りを、多くの人で賑わうテルトのバザールで換金するため、ライラヴィラはあちこちの商店を回ることにした。
ただ魔界での人界素材の価値が全く分からないので、レグルスに値段交渉を頼んだ。彼はモックの集落でも見たが交渉力が素晴らしく、魔導リュックの中身の半分以上があっという間に売れた。人界なら慎ましく一人暮らすのに、半年は働かずにいられそうな大金を手にした。
「ここで休憩するか。おまえも疲れただろう」
屋台でレグルスが勧める軽食とジュースを頼み、彼は向こうで好きな串焼きがあるからと、ライラヴィラの側を少し離れた。
レグルスを見送り、注文の品が渡されるのを待っていると、背後にフードを被った見知らぬ三人に囲まれているのに気づいた。
「あっ!」
ライラヴィラは薬が含まれた布を口に当てられて失神し、見知らぬ者に抱き抱えられる。
「ライラ⁉」
レグルスが彼女の声に気付いて振り向いた時には、男たちがライラヴィラを抱えて魔法で飛び上がったあと。
「離せ! この野郎!」
怪しい三人組は防御魔法でレグルスの拳を防ぎ、気を失ったライラヴィラを連れ去ってしまった。
◇ ◇ ◇
ライラヴィラは薄暗い部屋で目覚めた。
やたら大きなベッドで寝かされており、柔らかな光が大きな格子窓から差し込んでいる。
周りをよく見ると、かなり広い部屋で黒光りする重厚な家具が幾つか置かれており、きちんと片付けられて埃もない。部屋の手入れは行き届いてそうだった。
賊に人質にされたのかと思い、自分の持っていた荷物を確認したが、貨幣も武器も、他の何も盗られてはない。
ただツノ無しを隠すために被っていた帽子だけ、どこかで落としたらしく見つけられなかった。
部屋全体に魔力を封じる術が施されているのを感じた。色々試してみたが、小さな光球をひとつ出すのが精一杯。
部屋の扉が重そうな音を立てて、一人の男が入ってきた。
「目覚めましたか」
細身で背の高い男が静かに言った。
腰よりも長いウェーブの髪に切れ長の瞳、淡い灰色の肌。細めの先が割れた鹿のような黒くて長いツノが二本。金の刺繍が施された濃紺のローブを着て気品のある姿だった。
「あの、ここは……?」
ライラヴィラは小さな声で問いかけた。
男は彼女が寝かされたベッドから少し離れたソファーに座った。
「ここはわたしの部屋だが、どうかしましたか、お嬢さん」
「どうかしたのかって、わたしをここに連れてきたのは、あなたですか!」
ライラヴィラは男の平然とした態度に怒り湧き起こり、声を張り上げた。
「ようこそ、人界のお嬢さん。そんなに怒鳴らないでください。ご招待しただけですよ」
男が自分を人界人だと知っているのは、ツノが無いのを確認されたからだろう。
「名前が分からないと不便ですね。わたしはネウレディド。お嬢さん、お名前を教えて下さい」
ライラヴィラはその名に聞き覚えがあった。
「ネウレディド……まさか、魔王の?」
「ご存知でしたか。人界の方に、わたしの名を知られるのも悪くありませんね」
そのあと、間を置いて再びネウレディドが口を開いた。
「お名前は、なんと言う!」
強い言葉と同時に、彼から圧を感じる闇の力が放たれ、ライラヴィラは思わず魔眼の眼力で弾いた。
「人界人なのに、魔眼ですか……面白い!」
再びネウレディドが目を見開いて薄笑いを浮かべ、強い調子で唱えた。
「魔眼のお嬢さん! お名前を! お名前は! な、ま、え、をっ!」
彼が発言する度に闇の力が放たれる。ライラヴィラの魔法は僅かしか発動しないので、魔眼の眼力ではね返すしかなかった。
面倒そうな人だなと思いつつ、名前くらいは教えてもいいかと、観念して返事をした。
「……ライラヴィラ」
「そう、ライラヴィラ! 『闇の女王』とは、なんと美しい名……!」
満足気な微笑みを浮かべた男は、彼の向かいのソファーに手招きする。
ライラは今は命の危険は無さそうだと思い、彼に従ってそこへ座った。
「テルトのバザールで、人界の物資を大量に売り捌く者がいると聞きましてね。自分は人界のものが大好物なのですよ。それで我が居城にお越し願った次第」
「そんなの、買いに来ればいいでしょう? それかあなたの手下か誰かに頼めばいいだけ」
かなりの偏屈魔王かもしれない。ライラヴィラは警戒しつつ返した。
「自分は人混みが苦手なのです。なにせ、この魔力」
魔王から再び闇の魔力が放たれる。
「あの、つかぬことをお伺いしますが?」
ライラヴィラはあることに気がついた。
「この部屋の魔力制限の術か何かは、あなたの魔力を落ち着かせるため?」
「なんと聡明な、その通りですよ」
なるほど、魔王は変な人だけど、どうやら根っからの悪人というわけでは無さそうである。でも今は立派な誘拐犯。
「ではお分かりですね。自分にも人界の物をお譲りいただきたい。もちろんお代はお支払いしますので」
それで荷物が盗られたり荒らされてなかったのだと分かった。
ライラヴィラは下手に拒否するよりは受け入れたほうが安全かと思い、残り少ない人界の素材をありったけ並べた。
「おや、赤いジャムはもうお持ちでない?」
「もしかして、アシュリトスの?」
「ええそうです。魔王が買い上げて民に配ったという、あれですよ」
「ごめんなさい、もう無いです」
ライラヴィラが断ると、ネウレディドは大声で叫ぶ。
「無いですとぉ────っ!」
同時にライラヴィラは闇の力の圧で身体が持ち上がり、背後へ吹っ飛ばされた!
その時、見覚えのある姿が現れ、彼女を背中から抱きとめた!
「大丈夫か!」
「レグルス!」
抱きとめたライラヴィラをレグルスはそっと丁重に下ろす。
「来てくれたの!」
「俺の不注意だ、すまない。無事でよかった」
レグルスはソファーに座っていたネウレディドを険しい瞳で睨んだ。
「俺の連れを拉致するとは、おまえの手下は教育がなってないな」
「フン! あなたが彼女を連れていたのですか」
二人の会話から、どうやらレグルスとネウレディドは知り合いのようだと悟る。ここでも一国の統治者たる魔王と面識があったということは、レグルスが魔界ではただ者ではないのだと確証を持った。
「おまえ、相変わらずこんな部屋に引きこもってるのか。いい加減、外に出てこいよ」
「うるさい!」
ネウレディドはまた闇の魔力を放ったが、レグルスが防御魔法で消した。
「あなたはこの部屋でも魔法が使えるのね?」
ライラヴィラは僅かしか魔法を発動できなかったので不思議に思った。
「この部屋のカラクリを知ってたら、どうってことはない。部屋中に反転の術式が満たされてるから、それを更に反転してやればいいだけだ」
ライラヴィラは魔力の流れをじっくり魔眼で観察してみた。魔法術式を逆回転させる『うねり』が視覚化される。
「解った! こういうこと?」
ライラヴィラは反転魔力の闇球を手のひらに乗せた。
「ライラヴィラ! あなたという人はっ、魔眼に闇魔法に、ツノ無し人界人なのにどういうことですかっ……そういうことですか」
ネウレディドが彼女の正体に気づいた。
「人界のエルフと結婚した『魔眼の覇王』その血筋ですね」
そして、ライラヴィラが前から気になっていたことを、ネウレディドの口から聞くことになった。
「どこで彼女を見つけましたか?」
魔王は不機嫌な顔で彼を睨み返す。
「烈火の大剣デュランダルを掲げし剣豪──『紅蓮の剣王』魔王レグルス」




