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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第三話 魔界を往く
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3-3 深淵の浸食

 植物園の奥から青みがかった黒い霧が広がり迫ってきていた。

 魔族の人々は避難したのか、誰も見当たらない。

 魔王ロゼフィンは深淵(しんえん)の浸食を阻止しようと、闇の防壁魔法(シールド)を展開して押し返そうとしていた。

 ライラヴィラとレグルスはその光景を目の当たりにする。


「あれが、深淵の浸食……」

「あの規模では、たとえ魔王でも厳しい! 俺も手伝うっ」


 レグルスもロゼフィンの近くへ駆け寄り、同様の闇の防壁を展開した。

 しかし深淵が闇の壁をどんどん呑み込んでいく。

 二人は何度も魔法での防御壁(シールド)を設置し、一旦侵食の進行は止まるが、壁が耐え切れなくなって崩れると、再び侵食が進んでくる。


 ──自分が同じことをやっても、おそらく同じ結果になる。

 ライラヴィラはこれをくい止める方法を、これまで学んだ魔法の知識から考え続けた。

 精霊がもたらす魔力は、火、風、土、水、光、闇、全部で六属性。それらは術者の使う組み合わせによっては効果が増すこともあれば、逆に打ち消しあったりしたりする。

 考えて、賢者の教えを思い出して、また考え抜いて。


 そして、閃いた!

 

 ライラヴィラはリュックから、ありったけの短剣を二十本ほど出した。

 旅に出るからと、鍛冶師マナリカの特別製のとは別に、汎用品も複数用意しておいたのだ。


「耐久性は落ちるけど、しばらくはもつかな」


 ライラヴィラは短剣を手に取って振り、光魔力を付与する。ただの短剣が光を帯びた魔法のスティックのように(きら)めく。


「あ、あなた、何してるの!」

 ライラヴィラの放つ魔力に気づいたロゼフィンが振り返った。


「おい! それは魔界では止めとけと言ったはずだ!」


 レグルスも気付いて怒鳴った。

 しかしライラヴィラは二人の言葉を無視して、次々と短剣に光の力を付与していった。


「結界を張ります!」


 ライラヴィラは光り輝く短剣を地面に並べる。


「あるべき場所へ立て!」


 彼女が両手を広げて短剣にかざすと光の短剣が浮き上がり、勢いよく飛んだ!

 次々と黒い霧の手前の地面に短剣が真っ直ぐに突き刺さっていく。

 ライラヴィラは両手から光魔力を前方に放った!


「始まりから終わりへ! 結界起動、浄化っ!」


 短剣から光の柱が高く登っていき、光の柱から横へ薄いカーテンのように防御壁(シールド)が広がっていく。

 完全に光の壁が立ち上がると、そこに触れた黒い霧が白い光に変わって消え始めた。ライラヴィラは両腕を結界のほうへと伸ばし、両手から光魔力を放ち、注ぎ続ける。

 黒い霧が無くなったのと同時に、地面に刺さっていた短剣は全て粉々に砕けてしまい、光の柱も消えてしまった。


「やっぱり汎用品だと、ここまでか。でも上手くいった!」


 ライラヴィラは魔眼で周囲を観察し、深淵の浸食は取り敢えず止まったことを確認した。

 レグルスとロゼフィンが彼女の前へ戻ってきた。


「ただのジャム売りではなかったわね」


 可憐な女魔王は腕を組み、ライラヴィラを凝視する。


「あれは禁忌の術じゃないの?」


 ──そう、魔界ではきっと禁忌だろう。

 レグルスから使用を止められていたのだから。


「いや、あれは光魔法だ」


 彼が言えないライラヴィラの代わりに答えた。


「魔界では使うなと言っただろう? でも助かった」

「あれしか思いつかなかったの」


 レグルスがライラヴィラの肩を労うように軽くたたくので、彼に微笑み返した。


「魔眼にツノ無しに、光魔法ですって! 一体どこまで訳有りなのよっ……うふふふ……あはははっ!」


 ロゼフィンは両腕でおなかを抱えて笑い出した。



 ◇ ◇ ◇



「レグルスがあなたのことを気に入ってそうな理由がわかったわ。わたくしも気に入ったわ。魔眼だけではない、とんでもない力の持ち主ね」


 アシュリトス城の客間に三人は戻っていた。応接間で魔王と向かい合って座り、話を聞いた。


「ついでだから、なぜ魔界まで来たのか、教えなさい」


 ロゼフィンは青っぽい飲み物を金線の入った価値の高そうなカップで口にした。


「それは……」


 ライラヴィラは深淵(しんえん)の鍵のことを彼女に打ち明けて良いのか迷った。


「口外無用だぞ、ロゼフィン」


 レグルスが真剣な目でこれまでの事情を語り始めた。

 見る見るうちにロゼフィンの表情が変わる。


「彼女の身体に、ザインフォートの深淵の鍵があると言うの!」


 ロゼフィンは予想もしなかった事態を聞いて信じられなかった。


「ではライラヴィラが次の大魔王に?」

「いや、俺が大魔王になる」


 レグルスが真剣な表情で告げた。


「とにかく深淵へ赴き、こいつの中の鍵を消去したら、俺は深淵の選定を受ける」

「あなたにもアモンになられたら、もう魔界は終わりよ」

「心配するな。俺はアモンにはならない」

「絶対、死なないで」

「ああ」


 レグルスは深く(うなず)く。


「二人は、その?」


 ライラヴィラは親しげな様子を見ていて、自分がここにいるのが気まずくなり、つい、余計な口を出してしまった。


「なによ?」


 ロゼフィンはライラヴィラが何を気にしているかすぐ分かったようだ。


「レグルスは子どもの時からの腐れ縁よ。わたくしはね、想い人がいるの。レグルスがアモンになって人界の勇者に殺されてしまったら、次はきっとその人に大魔王のお(はち)がまわってきてしまうわ。それだけは避けてほしくて」

「おい、俺はどうでもいいのかよっ」


 レグルスは苦笑いする。


「もちろん、友人に死なれるのは嫌よ。当たり前じゃない」


 ライラヴィラは仲のいい二人の様子を見て、レグルスが重い(かせ)をはめられるのは悪い選択ではないかと思った。


「わたしが大魔王ならば、問題は無くなるのかな」

「おまえは深淵の気まぐれに巻き込まれただけだ、気にするな」


 レグルスは立ち上がった。


「ライラ、行くぞ。おまえの中にある鍵の浸食がいつ始まるか、いつ深淵の暴走があるか、わからないからな」


 彼の言う通りである。魔界に来た目的はライラヴィラの体内にある『闇の深淵の鍵』を抜き出して元の深淵へ返すこと。先を急がねばならなかった。

 

 

 ◇ ◇ ◇



 アシュリトス城下町を出て二日。

 飛空魔法では目立つのと魔力切れの問題があるので、馬車を乗り継いで街道沿いの旅である。幾つもの集落を通過し、宿にも別々の部屋で二度泊まった。


 最初のうちは穀物の畑が広がっていたが、アシュリトス領から離れていくにつれて景色が変わり、巨石があちこちに転がっている荒地に変わった。その次は見たこともない曲がりくねった幹が伸びた樹木の生い茂る森林地帯になり、紫の草原へと至る。


 馬車は魔族の客が相乗りしていたため、ライラヴィラはレグルスに話しかけることはしなかった。下手に何か言うと魔王ロゼフィンにバレたように、人界の者だと簡単に知られてしまうと分かったからだ。

 魔界では見るもの何もかもが珍しくて、本当はレグルスに好奇心いっぱいに話を聞きたかったが辛抱した。彼も食事や宿など必要以外のことは何も言わず、寡黙(かもく)に外を眺めていた。


 ──レグルスは最後の大魔王になると言う。

 亡くなった友人の大魔王とどんな約束をしていたのか、具体的な話は聞いていない。ただその決意には揺るぎない強さがある。

 彼が次の大魔王になれば、勇者の候補者として育てられた自分は彼の敵になるのか。

 いや、きっと彼には手を掛けられない。もう無理。

 ちょっと強引で尊大でも、彼の心の芯は純粋なように思う。そんな人を殺すなんて考えられない。


 そもそも勇者になりたい気持ちなんて、ひとかけらも無い。お世話になった賢者の(じい)さまと村のみんなのために修行してるだけ。ダークエルフでさえなければ、今頃は絵を描く勉強をしていただろう。

 もちろん剣術も魔法も嫌々身に付けたのではない。どちらも修錬するのは大変でも楽しさを感じる。だけど人を傷つけることもある力を持つことは、それを行使することに対して責任を伴う。


 もしも彼が悪鬼アモンという、闇に呑まれた大魔王になったら、今度こそ光魔力で大魔王を元に戻してみせる。

 それが光の力を持つ私の果たすべきことだと思う。たとえ相手が魔族で大魔王であったとしても、人の命を脅かすためにある力ではない。

 甘いと言う人もいるだろう。特に隣に座っている彼なら、そう言いそう──。

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