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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第三話 魔界を往く
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3-1 小集落モック

 ライラヴィラは無我夢中でゲートの中へと走りだした。

 七色が散乱する空間を、ただ前へと駆ける。最初は鮮やかで濃かった色合いがどんどん薄くなっていき、自分の身体も光に包み込まれて見えなくなった。

 気がつくと、先程までの高山地帯とは違う、土埃(つちぼこり)の舞う平坦な大地に立っていた。


「ゲートを超えたの?」


 ライラヴィラは立ち止まり、辺りを見回した。

 今まで来たことも見たこともない景色である。

 背後へと振り返ると、大賢者の住まう高山で見た、光輝く扉が高くそびえ立つ。

 隣には魔族のレグルスだけがいた。人界の仲間は誰もいない。

 

「ディルク、ジェイド、リーンも……いない。レグルスとわたししか、通れなかったのね」

「俺たち、ふたりだけか」


 レグルスもライラヴィラに視線を向け、ふたりきりであるのを確認したようだった。

 ライラヴィラは晴れ渡る魔界(ダークガイア)の空を見上げた。輝く天体は太陽とは違った青みのある光を放っている。人界(ライトガイア)の太陽よりは暗いが、明るい月のように思えた。

 空の色も青いものの紫がかっており、立っている地面は黒っぽい荒地で所々に青や紫の色を覗かせた。赤い草がまばらに生えており、岩石が転がっている。樹木は見当たらない。

 周囲に鳥や獣などの生き物らしき姿は無く、小さな虫が何匹か地面を這っているだけだった。


「ハニンカムの奴、ゲートを通る前の言い方からして、もしかすると俺達だけしか通れないのを判っていたかもな」


 彼は辺りを見回したあと、懐から出した地図を広げて、現在位置を示す魔導コンパスを当てた。


「ここはアシュリトス領の外れだな、向こうに集落があるから、そこで再度確認しよう」


 見たことのない魔界の景色に感動して眺めていたライラヴィラは、先に歩きだしたレグルスに慌ててついて行った。



 ◇ ◇ ◇



魔界(ダークガイア)の空気は人界(ライトガイア)の人には毒だって話を聞いてるけど、今のところ何ともないわ」


 ライラヴィラは歩きつつ深呼吸をしてみせた。特に悪臭もせず、喉や肺を刺激されることもない。


「おまえ魔族の混血なんだから、そりゃ耐えられるだろう」

「あっ、そうね」


 レグルスに言われて思い出して、誤魔化すように笑った。


「そもそも毒になるかどうかは、深淵から流れ出てくる闇の力に対する耐性次第だ。おまえは相当な耐性があるように思う」

(じい)さまの術で闇魔力を返されたからかも。でも実践ではまだ使ったことがないわ」

「闇魔力は魔界では一般的に使われてるから、人界みたいに隠す必要はない。逆に光魔力を扱える魔族はいないと思っておけ。魔界では光魔力は使わんほうがいいぞ。忠告しておく」

「それであなたは光魔法を見たことがないって言ってたのね、気をつける。闇魔法はもっと練習しないと」


 ライラヴィラは試しに人差し指の先に闇魔力を意識し、小さな青紫色をした闇の炎を灯してみた。冷たく燃える揺らめきが存在を主張する。


「その炎、見た目は小さいのに(パワー)は相当あるな」

「そう? 魔力は抑えたつもりなんだけど」


 彼に見せるとライラはそっと闇の炎を消した。これなら普段使い慣れている光の炎と同様に扱えそうだ。性質は全く違うが、威力と魔法術式に魔力を載せる方法は変わらない。


「そうだ、ライラ」


 レグルスが何かを思い出したように頭に巻いていたターバンを外し、自分の頭に生えている二本の闘牛のような黒いツノを指した


「おまえツノ無いから、帽子を(かぶ)るかターバン巻くか何かしろよ。ツメは桜色に塗ってるってことにしとけ」


 ライラヴィラは魔族にはツノがあるのをすっかり忘れていた。ツメの色も基本的には黒いらしい。


「ツノが無いと、魔界では逆に変な目で見られるのね」


 肩に掛けた魔導リュックの中を探して、つばの無い平たい帽子を被った。


「そんな帽子だと、ツノが小さいとナメられそうだな」


 鼻で笑うレグルスの態度が気に(さわ)ったが、ライラヴィラには疑問が湧いた。


「魔族ってツノの大きさで何かあるの?」

「ああ、ツノが大きいほど闇の力を扱える量が多いとされる。闇の耐性もツノ次第だ。魔族は生まれた時はツノはほとんど生えてなくて、成長するにつれてツノが大きくなり闇耐性がつく。そう、ツノがあるのは魔界に適応した姿ってことだ。ツノの小さい魔族は魔力も弱いし、闇の深淵から漏れる成分、暗蝕(あんしょく)に耐えられず、幼いうちに命を落とすことも多々ある」

「そうなの! ツノに意味あったんだ」


 ライラヴィラは初めて知る魔族の事情に感心した。彼らなりに闇の力を受け入れて進化し、魔界に適応してきたのだと。そしてレグルスのツノは太くて立派だから、相当な魔力があるという(しるし)だ。


「あとは辺境に住む獣魔族がいるが、彼らは見た目が全く違い、全身が体毛に覆われていて闇耐性は皮膚全体で身につけてる。だからツノはあったりなかったりする」

「わたし、父が魔族って判ったけど、魔族や魔界のことは全然知らないから、これからも色々知りたい」

「焦らんでも、そのうち分かる」


 レグルスは目を細めて軽く笑った。



 ◇ ◇ ◇



 二人はしばらく歩いて近くの集落に到着した。そこはミラリスゲートを通るときにライラヴィラが見た景色だった。土を盛った壁に木か何か植物の板で屋根を覆った、平家の小さな建物が三十ほど集まっている。


 ライラヴィラはここで暮らす人々の頭にツノがあるのを見て、帽子を被っておいてよかったと心底から思った。

 背格好や肌や瞳の色も様々で、瞳は黒と七色全てあるようだったし、彼女と同じ淡い紫から青い肌、赤っぽい人や琥珀(こはく)色、灰色、人間族(ヒューズ)に近い淡い(だいだい)色や桃色、レグルスと同じ褐色肌の人もいる。


「本当に、魔界(ダークガイア)に来たんだ……みんなツノがある」

「当たり前だろ」


 集落に住む人たちの話す言葉は不思議と人界(ライトガイア)とほぼ同じだった。少し(なま)りや方言のような部分もあったが、理解するのは難しくなかった。

 ミラリスゲートで隔たれている二つの世界。しかしそこを通る者は遥か昔から存在していて、きっと隠れた交流が続いていたのだろう。そうでなければ二つの世界の言葉はすっかり変わってしまうに違いない。賢者フォルゲルも密かに魔界へ行き来していたのは、ライラヴィラも知るところだった。




 レグルスに誘われて小さな食堂に入った。建物の中には手前に数人が食事をしているカウンター席が並ぶ。奥に目をやるとテーブル席が空いていたので、そこに向かい合って座った。窓は壁がくり抜かれていて木の板が足元に立て掛けられ、ガラスは無かった。

 

 ライラヴィラは魔界(ダークガイア)の食事は初めてで、何を食べれば口に合うか分からなかった。店のお品書きの文字は魔界特有のものだったが、彼女は幼い頃から賢者からの特殊な教育を受けており、読むのに支障はなかった。ただその品がどんな物なのかがまったく想像できなかい。


「ここのメニューは大したものはないが、まぁ田舎だしな。おまえも食べられそうなものを、俺が適当に選ぶ」


 彼が店員に何か頼むと、すぐに飲み物とパンのようなものが運ばれてきて、レグルスが代金を支払った。彼が出したのはライラヴィラが見たことのない貨幣だった。


「あ、お金……」

「おまえ魔界の通貨は持ってないだろ。これくらい(おご)るし。人界では珈琲(コーヒー)を奢ってもらったからな」

「ありがとう。わたしもどこかでお金を稼がないと」


 これから魔界を旅するのに一文無しでは心許ない。ライラヴィラは人界と魔界では通貨が違うことを失念していた。

 レグルスは彼女の戸惑いに気付いたのか、テーブルの下に置いていたライラヴィラのリュックを指した。


「もっと大きい町のバザールで、おまえが集めてる素材なり持っていけば、人界(ライトガイア)の物は珍しいから高く売れるぞ」

「それなら余ってるものがあるから、どこで売ればいい?」

「そうだな、ソレイルヴァ……は遠いから、手前のゾンガルディか。ここアシュリトスも城下町まで出れば、買い取ってもらえるだろう」


 彼は食べ終えると、テーブルの上に地図を広げて指で示しながらライラヴィラに説明した。


「今はここ、モックという小集落。まずはここから比較的近いアシュリトス城下町を目指す。そのあと関所町のテルトを抜けてゾンガルディ。そこからソレイルヴァ、ザインフォートが治めてたウルカドン、そしておまえの父親がかつて統治してたスペランザだ」

「父の国は遠いのね」


 彼から聞いた魔界は広大で謎めいていて、見たことのない実の父が立国した国はどんな所だろうと思いを()せた。


「ゲートの出口がここだったから仕方ない。スペランザから闇の深淵(しんえん)のふもと、ムスタの里は近いぞ。ここが最終目的地だ」


 二人が今後の予定を話し合っていると、外から悲鳴が幾つも聞こえてくる。こちら側へ駆けて逃げてくる人たちが店の開けられた窓からよく見えた。


「ダルシの群れだ! みんな逃げろ!」


 ライラヴィラは魔物の気配が複数あるのを感じた。気配の大きさから、おそらくかなりの大型だ。


「おい、子どもが一人足りないぞ!」


 集落の人々の恐怖の叫び声と逃げ惑う様子に、ライラヴィラは自然と立ち上がっていた。素早くリュックを背負って外へと身体を向ける。


「レグルス、わたし助けに行く!」

「よし、俺も行こう」


 二人は店を出て、集落の通りを駆けて行った。

 逃げる魔族たちとすれ違い、人波をかきわけ、ライラは超遠視力を解放した魔眼で、今まさに子どもが魔物に踏み潰されそうになっているのを目撃した。


「いけない!」


 ライラヴィラは闇魔力を球状に(まと)めたダークフレアを手で投げつける。

 闇球(ダークフレア)は魔物の足に当たり、巨体が音を立てて倒れたが、子どもは身がすくんでその場から動けなくなっていた。


「ライラ! 俺は子どもを助けるから、魔物は頼む!」

「わかった!」


 ライラヴィラは走りながら腰に()いていた長剣を抜いて構え、光魔力ではなく試しに闇魔力を流してみた。


「うん、いけそう」


 淡い紫の光が刀身に宿り、ほのかに揺らめいた。身体には風魔力を乗せ、巨体に素早く駆け寄る。

 巨大な魔物の足元を狙い、動きを封じた。

 激しいおたけびを上げて止まった時に高く跳び上がり、急所の首元を狙う。


 ライラヴィラが魔物の相手をしている隙に、レグルスは子どもを抱きかかえて飛空魔法で飛び、助け出した。

 子どもを親らしき大人に託すと、レグルスも魔物へと烈火の大剣を振り下ろしてとどめを刺す。

 二体の魔物を討伐したところで、残りの魔物は怯えた声を張り上げて逃げていった。


「あんたら、すごい手練(てだ)れだな! 助かった!」


 魔物がいなくなったのを確認した集落の人々が戻ってきた。

 二人が討伐した魔物の死体には、魔族の民が大勢群がっていく。


「おい! それはこいつが討伐したんだから、こいつの物だっ」


 レグルスが怒鳴りながら慌てて集団の中へ駆け入った。ライラヴィラは状況がよく分からず、レグルスについて行った。


「ダルシは肉は(うま)いし、ツメやツノや皮は良質の素材となる。おまえが倒したんだから、横取りさせるな」

「わたし、別に要らないんだけど」


 ライラヴィラは討伐した魔物の死体の使い道が全く思いつかなかったので、彼の言い分には同意できなかった。


「おまえな、こういうのは上手く取引するもんだ」


 レグルスはライラヴィラに耳打ちし、集落の人々と何やら交渉を始めた。

 しばらく離れて待っていると、やがてライラヴィラのところにレグルスが戻ってきた。


「ダルシ二体を譲る代わりに、アシュリトス城下町まで馬車で送ってもらうことにしたぞ。あと、これもな」


 レグルスは銀貨や銅貨が数枚入った小袋をライラヴィラに渡した。


「少ないが、あの集落は貧しそうだし、あんまり値段を釣り上げても悪い。おまえのだから持っておけ」


 ライラヴィラは彼があんなに息巻いていた割には、気遣いしてて優しいのだなと思った。

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