2-5 ミラリスゲート
「では次の話だ」
ハニンカムが立ち上がった。五人の顔を見回す。
「ライラヴィラの心臓に張り付いておる、大魔王の鍵についてだ」
皆は黙って大賢者の言葉に耳を傾けた。
白き賢者はライラヴィラの前に立つと手をかざした。彼女の胸元が淡く紫の光を灯して、額には深淵の紋章が浮かび上がる。ハニンカムはそれを確認すると手を下ろし、現れていた光と紋章が消えた。
「現状としては次の大魔王として、魔界の『闇の深淵』がライラヴィラに『目をつけた』と言ったところだ。大魔王になった訳ではない。
ただし、大魔王として相応しい者が誰も現れなければ、深淵はライラヴィラを次の大魔王として選定し、『鍵』が無理やりにでも、こやつに浸食を始めてしまうであろう」
「では、別に大魔王と為りうる者が現れたら、こいつから『深淵の鍵』は消えるのか」
レグルスが身を乗り出して質問した。
「おそらく。『深淵の鍵』は個々の大魔王専用に精霊が関与して、深淵から生み出される。本来ザインフォートにしか適合しない鍵を以て、深淵の意思はライラヴィラを次代の大魔王として選ぼうとしている。相当な執着だ」
大賢者ハニンカムは人界のライラヴィラたちにも分かるよう、説明を始めた。
──二つの世界のうち魔界は、これを根本的に支えている闇の根源たる力『闇の深淵』の『終焉』へと向かおうとする暴走を食い止めなければ、何者も生きられぬ死の世界と化す。
そのため世界の意思である『精霊』は、魔界の民の滅びを回避するために『鍵』を生み出した。
『精霊』に選ばれし強き者がその『鍵』を身体の中心たる心臓に宿し、『人柱』として深淵の闇の力を受け入れることで、深淵の暴走を遠ざける。
つまり魔界には、世界そのものを支える者が『常に』必要である。
その者のことを、魔界の民は各国を治める魔王とは別に、崇敬をもって『大魔王』と呼ぶようになった。
しかし人は脆いものだ。
古代の大魔王は大体百年から二百年くらいは闇の深淵の力に耐えたのだが、ここ近代は深淵の力が増しているのか、数年から数十年しか耐えられなくなっておる。それは現代になればなるほど短い。
闇の深淵の力に耐えられなくなった大魔王は、やがて自我を失いし悪鬼『アモン』と成り果ててしまう。つい先日のザインフォートも無念であったことだろう。
アモンは目覚めると、人界を支える光の根源たる力『光の原点』のもたらす、新たなる『創造』の力を求めて無意識に彷徨い始める。何故なら大魔王はその役割を終えるために『生まれ変わり』を望むからだ。
つまり自らを殺める者を求めて、悪鬼アモンは『光の原点』のある人界にまで遂に至る。悪鬼は闇の侵食による激烈な苦痛から逃れようと無差別に暴走し、二つの世界に多大なる厄災をもたらす。
これを迎え討つ人界の者たちには『精霊』の意思により『光の原点』の力が与えられてきた。光を行使する者は悪鬼と為りし大魔王と対峙し、被害の大小はあれど、これまで全て退けてきた。
人界の国々は、大魔王を討伐せし強き光の持ち主を『勇者』と称えるようになった。それからは常に大魔王に立ち向かえる強き勇者が存在するようにと、決して負けぬと意思を奮え立たせ、悪鬼の襲来に備えてきたのだ。それが勇者村サンダリットが遥か昔から存在する理由だ──。
ハニンカムは語り終えるとひと息ついた。
「光が人界を支えているというのは、真実なのですね。あのサンユノア教団の言う……」
それまで黙っていたアイリーンが遠慮がちに尋ねた。
「光の原点が人界を支えていることは真実。それ以外の教会の言うことは基本的に嘘っぱちだ。そこは混同するでない」
大賢者が断じた。その言葉の圧に同席する全員の身が引き締まる。
「光の原点については別の問題があるが、今はそれを議論する時ではない。いま論じても、解決は現時点では不可能だからの」
彼は腕を大きく伸ばして背伸びをした。
「ふううぅー、話が長くなるな」
そして魔法操作で淹れたお茶をグイッと一気に飲み干す。
「続きを、聞かせてください」
ジェイドが乞うた。
「うむ。ライラヴィラからザインフォートの深淵の鍵を取り出す方法だな。
考えられるのはまずひとつ。別の誰かが新たな大魔王になる。
あとひとつは闇の深淵の元へ赴き、他人の鍵として、これを返してくることだ」
ハニンカムは腕を組んで見上げた。宙に少し浮き上がって深紅の目を閉じ、思い巡らしているようだ。
「二つ目の方法は賭けになるがな。そもそも深淵は、ライラヴィラが欲しい」
「何故、わたしなのですか?」
ライラヴィラの思考に疑念が湧く。
今までの話を聞いた限りでは、自分は人界と魔界の混血で、純粋な魔族ではない。
それでも次の大魔王に選ぶと、この胸の奥に張り付いている鍵は示してるのか。
「何故か。難しい。精霊の意思が関係するからな」
浮いていたハニンカムは石床に降りて、ライラヴィラの方へ向くと瞳を開いた。
「そなたは、光と闇の両方の精霊との強きつながりがある。それが理由のひとつではあるかもしれぬ」
腕を組んで黙って聞いていたレグルスが、ゆっくりと口を開いた。
「俺が、次の大魔王になる。それで全て解決だ」
その言葉にハニンカムが彼を凝視した。
ライラヴィラもまさかとは思った。
そして彼が大魔王討伐後もずっと自分たちについてきた理由をようやく察した。
亡くなった親友の代わりに大魔王になろうというのだ。
「そなた、ザインフォートを間近で見ていただろう。どうなることかわかっておろう? それでもと言うのか?」
レグルスは白き大賢者の顔を強き金の瞳で見返した。
「ザインが目指した道を、俺が継ぐ! どうせ誰かが大魔王になって魔界を支えなければ、魔界はいずれ深淵が暴走して滅ぶしかない!
それならば、今度こそ、今度こそ俺で、終わりにしてやる!」
レグルスは大声で怒鳴り、そのまま大賢者を睨みつけた。
ライラヴィラは彼の決意、彼の気迫に呑まれた。
レグルスは本気で魔界のためにと考えているのだ。
魔族とは、勝手気ままに人界を襲う心無い種族だと思ってたけど、どうやら違っていたらしい。
少なくとも彼は、そんな酷い人格ではない。
偉そうだけど、大魔王であった親友のために行動し、涙し、そして次は魔界を守るために起つと言うのだから。
「そなたの覚悟、わかった。魔界へ往くがよい」
ハニンカムが立ち上がり、扉を開けた。
「皆、荷物を持って。こちらへ」
大賢者に促され、五人は立ち上がり、彼に付いて行った。
◇ ◇ ◇
ハニンカムの住まいから少し山を降りると、岩戸のような、何か虹色に光るものが見えてきた。
「あれが、ここ人界と、魔族の世界たる魔界を繋ぐ『ミラリスゲート』だ」
ハニンカムが指差した。
そこには巨大な光の扉のような壁が立っていた。様々な色の輝きを見せ、向こう側が半透明に透けて見えている。
「こんな辺境にゲートがあったのか」
レグルスが腕を組んで扉を見上げた。
「ゲートは世界中に複数あるからな。なかなかコレのご機嫌が良い時、悪い時があって、はっはっは」
レグルスにハニンカムが笑いながら応えて。
「目的地に行ける、阻まれる、全く別のところへ飛ばされる、そんなときもある」
その意味するところを言った。
「そなたは魔界に行っておったな、勇者ディルクよ」
「つい先日、戻ってきたところだ」
ライラヴィラはディルクが魔界から帰ってきたばかりだという話は聞いていたが、では彼はどうやって向こうへ行き、戻ってきたのだろうかと不思議に思っていた。いま目の前に、その答えがあった。
ハニンカムはどこまで知っているのだろうと、ライラヴィラは疑問に思って訊いた。
「その、誰が行ったとか、どうして判ったんですか?」
「我はゲートの管理者だからだ」
五人は一斉にハニンカムを見た。
「だから、大魔王ザインフォートはゲートを通らず転移魔法で人界へと来たこと、レグルスが来た場所も知っておる。無闇に人界と魔界を行き来されるとゲートの機嫌が悪くなることもあるから、我が見張っておるのだ」
「ご機嫌かぁ、人みたい」
アイリーンが呟いた。
「真、ゲートは生きておるからな」
その言葉にアイリーンは顔色を青くして猫耳を震わせた。
「さて。皆、急ではあるが、ここを通る覚悟はできたか? 今ゲートは通る資格のあるものを見つけて機嫌が良い。全員通れるかは分からぬが、何人かは通過できるであろう。機嫌が変わらぬうちに、往くがよい」
大賢者の突然の言葉にライラは迷った。
まさか今すぐ、魔界に行くことになるなんて。
でも両親の手がかりはきっと魔界にしかないし、体内の深淵の鍵をどうにかしないといけない。
「行きます」
ライラヴィラは決意を込めて応えた。
「俺はもちろん通る。あっちが俺の故郷だからな」
レグルスはミラリスゲートの向こう側を望むように立つ。
ディルクとジェイドも黙って頷いた。
「ええーいっ! 行っちゃう!」
アイリーンも片腕を高く上げて大声で答えた。
「いい返事だ」
ハニンカムが五人を門の前に立たせた。
「ライラヴィラよ、門の中に何か見えるか?」
大賢者に訊かれて、よく門の中を見てみた。
見たことのない集落の景色がある。
「町か、村のようなものが見えます」
「おお、そなたには見えるか。その魔眼の力があれば、どこのゲートでも行き先が見えるだろう。今後に活かすがよい」
ライラヴィラは、ひとこと、はいと返事した。
「では、行け! 走れ!」
ハニンカムの合図と同時に、五人はゲートの中に向かって走り出した!
そして──。
入ったはずの同じゲートから、三人が出てきてしまった。
ディルク、ジェイド、アイリーンだ。
「え! ハニンカムさまがいる?」
「そなたたちは通してもらえなかったようじゃ。はっはっは」
ハニンカムは肩を落とした三人を見て笑った。
「では、ライラとレグルスは⁈」
「あの二人は同じ場所に出たようだ。そう、魔界のな」
ゲートを見るハニンカムの言葉を聞いて、三人もゲートの方を見た。
「案ずるでない。あの二人は世界の転換点に含まれておる。何らかの目的は果たせるであろう」
そう告げるとハニンカムは少しゲートから離れて両手を前にかざし、転移魔法の魔法陣を光の筋で大きく地面に描いた。
「そなたたちの勇気を認めて、今回は勇者村まで我が送ってやろう。ここに乗りなさい」
促されて三人が陣の上に乗ると、ハニンカムは転移魔法を発動させ、ディルクたちは地面から立ち上がる光に包まれて消えた。




