2-4 絆の指輪
五人はハニンカムを囲み、床に直置きされたクッションの上に座った。狭い部屋の中で特に巨人族のディルクは窮屈そうだったがなんとか収まった。魔族のレグルスは狭さなど構わず、堂々と胡坐をかいた。ジェイドとアイリーンは少し遠慮がちに正座した。
「これ、お土産です、よかったらどうぞ」
ライラヴィラは皆を代表して白き賢者に紙袋を渡した。手作りのムルットジャムをはじめ森で採れたキノコ類や栗である。人がなかなか立ち入れぬ険しい岩山の頂きでは、食料が少ないだろうと考えて選んだ。
「ほう、なかなかの品揃え。ありがたく頂戴する。だが次からはこのような気遣いは無用だ。我はあまり食べぬのでな。このような品より、人の話のほうが好物だ」
ハニンカムは表情を変えず、渡された土産を取り出しながら淡々と話すので、機嫌がいいのか悪いのかよくわからなかった。ただ怒ってはいないようだ。土産を渡したライラヴィラも石床の空いてる隙間に詰めてクッションを借り、正座した。
「さて。長話になりそうだが、よいか。おぬしらが何故ここに来たのかはわかっておるし、解決方法も示すことはできる。その前に、ライラヴィラよ」
「は、はいっ」
突然話を振られて、ライラヴィラは焦りから声が上擦った。
「よくぞここまで来た。無事成人して良かった。そなたに渡すものがあるのだ」
ハニンカムは魔法で浮かせた背後の箱から小さな袋を取り出して、ライラヴィラの膝の上に置いた。
「取り出すといい」
ライラヴィラは袋を開いて中を覗いた。
そこには精巧なカットがされた紅いガーネットの指輪が入っている。
「そなたの母より預かりしものだ。成人したら渡して欲しいと託されておった」
ライラヴィラは指輪を手に取り、宝石の輝きや金具に施されている細工に見入った。
──これは実の母が身に着けていたものだろうか。それとも何かの理由で私のためにわざわざ用意したものか。普通の指輪ではない。魔法術式が複雑に編まれていて、ひと目見ただけでは解析できない。
「これは魔導具ですか? 何かにつながってるような、かすかに魔力を感じます」
黙って話を聞いていたレグルスが口を挟んだ。
「その指輪は特殊なものだ。おそらく『真紅の絆』の儀式が為されたものだろう」
ハニンカムが彼に頷く。
「その通り。紅き絆を紡いだ恋人同士の、魂の光を湛える魔導具。そなたの両親がひとつずつ持っておったものだ。中に文字が刻まれておろう。そなた、古代魔界文字は学んでおるか?」
「爺さま……賢者フォルゲルから、ひと通り教わりましたが……」
「読むといい」
ライラは促されて、指輪の内側に小さく刻まれた文字を見た。
〈我 ランダステンは リーヴィーとの絆を誓う〉
「これは、両親の名前ですか⁉」
ライラヴィラはその文字を皆の前で読みあげた。
「これで……父さまと母さまを、探せる!」
ライラヴィラは心底から熱い感情がこみあげてきた。紅い瞳に涙が滲む。
やっと自分がどうして生まれてきたのかがわかる。
賢者の元で魔法に武芸にと修行に励むことで、ごまかしてきた寂しさ。
心の隅にポッカリ空けて埋められなかったものは、血の繋がった肉親。
勇者村の仲間たちはダークエルフであっても、分け隔てなく家族のように親密に接してくれた。それでも彼らには本当の家族が別にあった。どれだけ親しくとも全ては仮初で、本当は自分が何者なのかがわからず、居所とは感じられなかった。
しかしレグルスの表情は彼女の思いとは逆に曇った。静かに彼の口が開かれる。
「ライラ、多分……俺、知ってる」
彼の思いがけない言葉に、ライラヴィラは目を見開いた。まさか今、それが明かされるのだろうか。
口をまっすぐ閉じ、腕を組みなおしたレグルスは深刻な顔を向けた。
「そうか、そなた魔族だな、それなら探すのは容易であろう」
ハニンカムが頷くと、レグルスが再び口を開いた。
「ライラ、これから言うことは、おまえにとってはつらいことかもしれんが、いいか?」
「え?」
「だから知りたくなければ知らなくてもいい。でも知りたいならば、俺の知ってる限りのことは伝えるつもりだ」
ライラヴィラはすぐには返事ができなかった。彼が確認してくるのは、相当なことがあるのだろう。
しかしたとえつらいことだとしても、両親の真実は知りたい。それが今の気持ちだと心の奥底が訴えてくる。
「知りたい。レグルス、教えてほしい」
「わかった」
レグルスはライラヴィラの正面に向かって座り直し、姿勢を正した。
「ランダステンというのが父親で、リーヴィーは母親だな。
賢者のジジイが母親はライトエルフだと言ってたな。
父親はそう、皆の予想通り、魔族だ。
しかも、かつて『魔眼の覇王』と呼ばれた……一代で国を興した、強き魔王だ」
『魔王』──その言葉に、皆が息を止めた。
ライラヴィラが聞きたくなかった言葉。その最たるものだった。
「しかも、ここからが大事だ。ランダステンの興したスペランザという国は交易が活発で、小さいながらも豊かだった。だが二十年近く前に魔王自らの手で突然封鎖されて滅んだ。理由は分からないが……ライラの年齢と合うような?」
ライラヴィラはもうすぐ二十歳だ。
確かに年齢が合うと、その場の皆が同意を口にした。
「では、父さまはもう、生きてないと……」
ライラヴィラの思考が真っ白になった。
父は、絶対あり得ないと思っていた『魔王』だった。
そして父の国はすでに滅んでるということは。
「否」
ハニンカムがはっきりと告げた。
「その指輪は、魔族特有の『真紅の絆』を結ぶ特殊な魔導具。それが消えずにあるということは、少なくとも……送り主の父親はどこかで生きておるぞ」
ハニンカムの言葉に反応したのか、指輪がひとりでに浮き上がって、柔らかな赤みを帯びた光を発した。そしてライラヴィラの右の薬指にそっとはまり、光が消えた。
「指輪が、そなたを『真紅の絆』から生まれた子であると、認めたな」
ハニンカムが静かに告げた。
ライラヴィラは堪えきれなくなり、とうとう涙が溢れだして止まらなくなった。
父さまは、どこかで生きている。
もう魔王だって何だっていい。
実の父親が生きてるなら、会いたい。
会って、どうしてわたしが生まれてきたのか聞きたい。
号泣するライラヴィラを横目にハニンカムは立ち上がり、何やら煮出したお茶をその場の皆に淹れた。
白き大賢者から無言で差し出された湯飲みをアイリーンが受け取り、嗚咽するライラヴィラの肩をそっと持つ。触れる感触から差し出された湯飲みに気づいて受け取った。
彼女から渡された湯飲みに口をつけると、柔らかな甘さが舌に広がり、ライラヴィラの気持ちが不思議と和らいだ。ようやく涙を収め、持っていたハンカチで顔を拭った。
「ライラヴィラ、落ち着いたか。その指輪、そのまま身につけて持ってゆくがよい」
右の薬指にはまったガーネットの指輪をライラヴィラは見つめた。
これを父親から贈られた生みの母親はずっと身につけていたと、ハニンカムは付け加えた。
魔界の魔王と人界のライトエルフがどんな経緯で出会い、結婚したのか。
まさか無理やり──?
いや、それはきっと無いだろう。母がわざわざ父の名を刻んだ指輪を残してくれたのだから。
指輪に刻まれた言葉は確かに、愛を誓う文言。
「あの、わたしの名前のことですけど」
ライラヴィラは疑問に思っていたことを白き大賢者に尋ねた。
「ライラヴィラとは、魔界の古代語だと『闇の女王』という、別の意味があると爺さまから聞いています。これは実の父が名付けたと考えても?」
ハニンカムは湯飲みからお茶をすすり、ライラヴィラに深紅の眼差しを向ける。
「そなたの母リーヴィーからは、ライラヴィラとしか聞いておらんが、おそらくそうであろう。きっとそなたが魔族である父親の魔眼を継いで生まれたからであろうな」
「では仮の名などではなかったのですね」
ライラヴィラは自分の名が本当のものかすら知らなかった。ただダークエルフという魔族に似た怖い見た目だから、誰かに仮にそう名付けられ、呼ばれていたのかと思っていた。生みの親がつけた名を、育ての親である賢者は隠さなかったのだと知った。




