2-3 旅立ち
ライラヴィラは旅立ちの日を迎えた。
大賢者ハニンカムという偉い人に会えば、この胸の奥にくっついてる『大魔王の持つ、闇の深淵の鍵』を外す方法が分かるのだと、彼女はは期待を膨らませる。
──もしもそれがダメだったときは、大魔王になるしかない?
恐ろしいことが頭をよぎったが、ありえないと否定した。
いろいろ思いはあれど荷物の準備をして、ライラヴィラは村の広場で仲間たちを待った。
レグルスは既に広場に来ていた。魔族であることを隠すために、頭にはターバンを巻き、手にはグローブをはめている。
他の皆も順に集まった。誰もが動きやすくて軽く、衝撃にも耐えられる、旅をしながら暮らす冒険者用の服である。武器や荷物はそれぞれの魔導カバンやポーチに収納されていた。
「ライラ! あんたの剣!」
小人族の鍛治師マナリカが剣の束を抱えて駆けてきた。
「どーせ、また壊すだろうから予備ね! こんだけあれば当分は大丈夫でしょ。代金は賢者様から頂いたから、オマケしといたよ」
「こんなにたくさん! ありがとう!」
大魔王ザインフォートに光魔力を流した長剣は修復不可能で廃棄処分になった。受け取ったばかりなのに壊してしまったことがマナリカに申し訳なくて、ライラヴィラは新しい剣は依頼してなかった。彼女と翁のお節介がありがたい。
渡された中から真新しい長剣をひと振りだけ選んで腰に下げ、残りは背中のリュックに全てしまった。魔導カバンは長い武器であろうが全部を飲み込んで収納できるのだ。武器の出し入れは初級召喚魔法で行える。
賢者フォルゲルも珍しく見送りに外へ出てきていた。
「師ハニンカムには先に手紙を出してある。後のことは師の指示に従えばよい。皆、病や魔物には気をつけよ」
フォルゲルはそう告げたあと、レグルスの方を見た。
「そなたには不思議な縁がある。この先、皆と長い付き合いになるであろうな。よろしく頼むぞ」
「確かに何かの運命かもしれん。ただ、俺は目的を果たすだけだ」
レグルスは一笑して賢者に背を向けた。
「よし、出発だ!」
一番年長のディルクがリーダー役となり、ライラヴィラ、レグルス、ジェイド、アイリーンの合わせて五人は勇者村を後にした。
ライラヴィラは海を越えて他国へ行ったことはなかった。胸元の大魔王の鍵のことは気になるが、生まれて初めての遠方への旅に未知なる世界への期待を抱いた。
飛空魔法はアイリーンが使えないため、一行は徒歩でトステルの町まで下り、そこから第一の目的地であるトラヴィスタ城下町までは馬車での移動となった。
「トラヴィスタ城で明後日、各国の代表が集まって『勇者』称号の授与式が行われる。俺とジェイドとアイリーンは出席するが、二人は本当に欠席でいいんだな?」
ディルクが馬車の幌の中でライラヴィラとレグルスに訊いた。
「何度も言ってるだろう、俺はそんなもの要らん。ライラは行ってくればいい」
「私はサンユノア教の人が苦手だから……」
「そんなの、何か言ってきたら撃退してやるわよ!」
アイリーンはダークエルフ差別への嫌悪を剥き出しにした。
「ううん、いいの」
ライラヴィラは人界では行動しづらい魔族のレグルスのことが気になったので、彼と共に行動することにした。
ダークエルフは魔族に似た見た目なだけなのに、街では動きづらい。街を守る国の衛兵に何度も魔族だと勘違いされて、不当に拘束されそうになったこともある。ましてや本物の魔族であるレグルスはきっと困るだろう。
それに彼の目的は既に果たされたのに、なぜ勇者に付き合うのだろう。
大魔王ザインフォートは討伐されて、今は人界人が大魔王の印である『闇の深淵の鍵』を持っている。彼の狙いはこの印なのだろうか。そもそも元の持ち主は彼の親友である。
称号の授与式に出席する三人を見送ったライラヴィラは、久しぶりに来たトラヴィスタ城下町でレグルスと買い物に出ることにした。ただ待っているだけでは、大きなバザールや珍しい店のある城下町に来たのに、時間がもったいない。
「ここはトステルの町にはない、画材を扱う専門店があるの」
ライラヴィラは小さい頃から絵を描くのを趣味にしていたが、絵の具などの画材は貴重でなかなか手に入らないものだった。大通りからひとつ入ったところに、ひっそりと目的の店は営業していた。レグルスと一緒に店内に入ると、店主が来客に気付いて声をかけてきた。
「ライラヴィラさんじゃないですか、久しぶりですね」
ダークエルフは珍しいので、どうしても人に覚えられてしまう。ただここの店主は人を見た目や種族で差別せず、商売相手ならば快く接してくれるのをわかっていた。
「今日は旅先でスケッチするための鉛筆と紙と、あればクレヨンが欲しいです」
「どこかへ旅行ですか、いいですね」
店の主人はさまざまな画材を出して見せた。ライラヴィラはそれらを吟味する。書き味の良い紙が綴られたスケッチブックを手にすると、レグルスが横から覗き込んでクレヨンを指した。
「この赤、いいじゃないか」
「赤? そう? ではこの赤と、青と緑と、茶色ありますか?」
ライラヴィラは赤色の絵具は滅多に買わなかったが、久しぶりに使ってみようかと買うことにした。店主が見せた中からクレヨンを選び、硬さの違う鉛筆を三本、スケッチブックを一冊買って店を出た。
「あなたも絵を描くの? さっき、この赤がいいなんて言うから」
レグルスは小さな声で返事した。
「いや、おまえの目の色に似て、良い色だと思っただけだ」
「そう……」
ライラヴィラは黙ってしまった。
この紅い魔眼のせいで、どれだけ嫌な思いをしたか。彼は気にならないのだろうか。だからあまり赤い絵具は使う気になれなかったのだ。
「嫌なのか?」
「人界では、まずいないからね。わたしみたいな真紅の瞳は……」
「魔界では時々見るぞ。でもおまえのは特別だな」
そう言うと、レグルスはライラヴィラの方を真っ直ぐ見つめた。
「宝石みたいだ」
「え?」
ライラヴィラは何を言われたんだろうと耳を疑った。
「あ、いや、魔眼がどうのじゃないぞ!」
レグルスは慌てて訂正して顔を振ると、そのまま黙り込んだ。
「ありがとう、って言っておく」
ライラヴィラは嬉しいような気もしたが、でも素直には受け取れなかった。
ふたりは城下町のバザールをひと通り見て回った。ライラヴィラおすすめの屋台で人界にしかない魚介類の串焼きを食べたり、人界人の礼装などレグルスが見たことのない品を並べた店へ足を運んだ。
時々レグルスが苦しそうな顔をするのに気付いた。きっと親友であった、自らの手で討った大魔王のことを考えているのだろう。ライラヴィラは何も聞かないで、彼が興味を持った場所へと案内して回った。
やがて時間が過ぎて、ディルク達と待ち合わせ場所で合流した。
「おつかれさま!」
ライラヴィラが三人に声をかけた。レグルスも彼らに目をやる。
「偉い人ばっかりで、肩がガチガチに凝っちゃった」
アイリーンは苦笑いして肩を軽く回した。
「僕は称号を受けたんだけど、国王陛下がどうしてもって、レグルスも欠席のまま勇者ってことにされてしまったんだ。辞退する旨は伝えてあったんだけど、申しわけない」
ジェイドが伏し目がちにレグルスに詫びる。
「俺は受けてないからな。そうなるかもとは思ったが。どこでも偉い奴を黙らせるのは大変だ」
レグルスは舌を鳴らし、憮然とした態度で応えた。
「ハニンカムさまの所へは、ここからは船旅になる。一度行けば転移魔法も使えるようになるが、我々みんな初訪問だからな。のんびり旅を楽しもう」
ディルクが皆をトラヴィスタ港へと案内した。賢者フォルゲルがあらかじめ船主に連絡してあったので、勇者だダークエルフだと騒がれずに問題なく乗船できた。
ライラヴィラにとっては初めての船旅。目的を忘れて海を越える旅を楽しんだ。船酔いはアイリーンの治癒魔法でしっかり予防。船に並走する海洋生物の群れや空を飛ぶ白い鳥に心を躍らせた。
船で二泊し、再び馬車を何度か乗り換えて三日。ようやく大賢者ハニンカムの住む山岳地帯へ到着した。樹々の間を登り進むと、やがて緑は過ぎ去り、草も生えず岩が剥き出しの山肌が命あるものを全て拒むかのように峙つ。ここからは険しい岩山登りである。
「飛空魔法が欲しいなぁ! 無いの私だけなんでしょ。というか、今回の山登りパーティって卑怯な顔ぶれよね!」
アイリーンが嘆きつつも、安全のための錬金術が施された登山装備を一式身につける。フワフワの猫耳と尻尾を揺らして、楽しそうに岩肌に手をかけた。
「卑怯って?」
ライラヴィラも返事をしつつ、軽々と険しい道のりを登り始めた。ただ飛空魔法が使えるので軽装のままだ。
飛空魔法で先に上がったジェイドが固定したロープを頼りに、全員が余裕で岩肌を登っていく。魔法を無闇に使うと魔力切れを起こして身動きが取れなくなるため、上方へ飛ぶのはジェイドとディルクが交代で担った。女性二人のすぐ脇にはレグルスが同行する。
「だってね、勇者が三人に、光の申し子よ! 私も治癒師として名を上げなくっちゃ!」
「俺は勇者じゃねえ!」
「光の申し子はやめてよっ!」
レグルスとライラヴィラが同時に文句を言うと、上方のジェイドは爆笑した。
「普通とは言えないな!」
最後尾のディルクも笑いながら山頂を目指した。
やがて視界が開け、平坦な頂きに辿り着くと、石造りの住まいらしきものが見えてきた。
そこには大人なのか子供なのか、年齢も男女の性別も見た目では分からない人物がひとり佇んでいる。髪は肩で切り揃えられた白髪で白い肌。耳は小さいが尖っており、丸い深紅の瞳でこちらを眺めていた。
その人物こそが大賢者ハニンカムであった。
「フォルゲルから連絡は来ておる。よく来たな。あちらへは無事に到着したと伝えよう」
大賢者の肩に光輝くフクロウが現れると、彼が手にしていた手紙を咥えて飛んでいった。
こんな辺境の地でも、賢者は連絡手段には困らないようである。
「はじめまして」
ライラヴィラは緊張しつつ挨拶した。
この人が生みの母親から私を預かったのだと思うと、何をいつ、どう尋ねたらいいのかと考えあぐねる。
「緊張せずともよい。いま対面して大体のことは把握した」
ハニンカムは岩を積み上げて造られた家の中へと皆を導いた。




