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闇の女王は真紅の絆を辿る  作者: 菖蒲三月
第一話 魔眼のダークエルフ
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1-1 出会い

【第一章】闇の女王の名

はじまります。よろしくお願いします。

 立派な(みき)を空に向かって高く伸ばすムルットの樹上で、ライラヴィラは太い枝に腰掛けた。

 森の中央に広がる湖の眺めへと視線を向け、秘めたる真紅(しんく)の眼力を解放して景色を写しとる。それを背中のリュックから取り出したスケッチブックの白紙へ重ねた。彼女の華奢(きゃしゃ)な手に握られた鉛筆で、記憶した景観がなぞられ、描かれていく。


 地につかず宙をさまよう彼女の足元から吹き上がる風が、青みを帯びた長い銀髪を揺らす。その横顔は淡紫(たんし)の肌も相まって、麗しき乙女の(うれ)いを漂わせた。風に呼ばれたように感じて、エルフ族特有の長く(とが)った耳をそばだてる。


 視界を移すと、眼下に伸びる湖岸に見知らぬ人影。詳しく()ようと双眸(そうぼう)の焦点を合わすと、石ころのように小さかった姿が眼力で目の前にあるように拡大された。


 それは革袋に湖の水をくんでいる若い男だった。

 頭に巻いたターバン、肩までかかる黒髪。褐色の肌をした腕は、しなやかな筋肉を隠さない。軽装で革のグローブとブーツを身につけ、動きの無駄がない体躯(たいく)。背はかなり高そうだ。

 そして遠望でもはっきり分かる(まばゆ)い黄金の瞳。


 この精霊の(まも)りし森に入ってこられるのは、精霊の導きがあったということ。何者だろう。でも見覚えがあるような気もする。思い出せない。

 ライラヴィラは気になって、しばらく樹上から男の様子をうかがっていたが、ふと金色の(きら)めきを感じると男の姿が消えた。


「おい、おまえ、俺を見ていたな」


 樹枝に座るライラヴィラの眼前に、その男がいきなり現れた。地表から樹上まで相当な高さのところで腕を組み、全身をまっすぐ立たせるようにして浮いている。


「ひやぁあっ!」


 驚いたライラヴィラはひっくり返った声をあげ、眼力を解放したままの真紅の瞳を見開いて男に向けた。途端に彼の身体は硬直して縛られたかのように動けなくなり、バランスを崩して自由落下を始める。


「あっ、いけないっ!」


 ライラヴィラは慌てて自らが放つ眼力を引っこめて、手にしていた鉛筆とスケッチブックを放り投げ、空中へと飛び出した。地上へと降下しつつ腰に挿した短剣を抜き、銀の(やいば)に風の魔力を流して浮力を生み出す。速度を調整しつつ樹下へ落ちる男を追った。


「何をするっ!」


 先に地表に引き寄せられていた男は、全身に力を込めると眼力の拘束を解き、宙返りして落下速度を緩めた。やがて彼は巨木の根元へと軽快に降り立った。


 ライラヴィラは男に少し遅れて、全身に(まと)った風の飛空魔法で、ふわりと樹木の迫る湖岸に降りた。短剣を腰に固定された(さや)へ収めて、樹下の男へと向く。彼の黒い前髪の間からちらつく黄金の視線を感じつつ、ライラヴィラは男の方へと足を進めた。


「よかった、あなたも風の精霊の恵みがあったのね、さっきはごめんなさい」


 男の表情が少し緩んだかと思うと、今度は眉をひそめて(あご)に手を添えた。


「おまえ、その姿は……まさか魔族か?」

「魔族じゃない! わたしはエルフ!」


 ライラヴィラは常に気にしていること──自分の姿がこの世界では異様であるのを端的に指摘されて、カッと血がのぼり、怒鳴り返した。

 男は激しい抗議の声をものともせず、はっきりと続きを口にした。


「銀髪と淡紫の肌はまあいい。ただその真紅の瞳は、魔眼だろう?」

「うっ……こんな姿でも魔族じゃないっ。エルフだからっ」

「この俺を視線だけで拘束できるのは、魔眼くらいしか思いつかん」


 男は腕を組んで数歩、ライラヴィラの方へと寄った。見知らぬ男が近づいてきて警戒しなければと彼を見返すが、その姿から不思議な感覚が生まれた。

 美術品の彫像のように整った顔立ちは知っているような、でも会ったことはないはず。そもそも金の瞳の人は見たことがない。


「まぁ、おまえの頭にはツノが生えてないしな」

「だから魔族じゃないと言ったでしょう」

「でも魔眼」

「そっ、それは、そうだけど」


 ライラヴィラは観念して自分の瞳の力を肯定した。男の身のこなしと気配は、相当な戦線をくぐり抜けてきた雰囲気を醸し出している。これ以上反発するのは危険かもしれない。


「面白いな。魔眼を持つエルフか。俺はレグルス。おまえの名は?」


 レグルスは獲物を捕らえるかのように鋭かった瞳を緩めた。どうやら彼に敵意は無いようだと判断して、自分の名を告げた。


「わたしは、ライラヴィラ。みんなライラと呼ぶわ」

「そうか、ライラ。……ライラ、ヴィラ?」


 レグルスは首を傾げて黙った。眉をひそめて考え込んでいるようだったが顔を上げて、ライラヴィラが聞きたくなかった言葉を投げかけてきた。

 

 

「太古の言葉だと『闇の女王』だな? まさかエルフにそんな名を与えるのか?」



 ライラヴィラは誰にも言えない秘密を、目の前の見知らぬ男に暴かれた衝撃から叫び返した。


「そんなの知らない! 親の顔も名前も知らないのに!」

「その口ぶりだと、由来は知ってそうだな」


 レグルスは口角を上げる。端正な顔で見せる微笑は自信に満ち(あふ)れ、その場を圧して支配するかのようだ。

 ところが彼の頭に、ライラヴィラが樹上で手放したスケッチブックと鉛筆が落ちてきた。何か硬いものが当たったような音がして、それらが地面に横たわる。


「なんだっ? おいっ、これはおまえのかっ」


 レグルスはターバンを巻いた頭に手を添えて口を(とが)らせた。彼の戸惑う表情があどけない少年のように感じられて、名前の秘密を知られた彼女の焦る心がほぐれた。


「あっ! ごめんなさいっ。気が()れて、魔法で空中に固定してたのが落ちちゃった」


 ライラヴィラは背負っていた大きなリュックを下ろして、地面から鉛筆とスケッチブックを拾うと、土を払ってリュックに収納した。湖岸に横たわる平らな岩の上へ、そのリュックを据え置く。


「こんな深い森の湖畔で絵を描いてたのか、呑気(のんき)なものだ」

「ひと仕事終わったから樹上で休んでただけ。上から望むと湖が見渡せて絶景よ」

「小道もない未開の森で仕事? 何をしてたんだ」

「薬草や錬金術で使う素材を集めてた。ここは人の手で荒らされてなくて、珍しい薬草や薬石が見つけやすいの」


 ライラヴィラは降ろしていたリュックの口を大きく開く。風魔力を呼んだときから甘い香りが漂っているのに気付いていた。ちょうど収穫時期を迎えたムルットの果実が大量に実っているのだ。これは運がいい。


「このムルットの大樹から恵みを頂きましょう」

「恵み?」

「絵描き道具を頭に落としちゃったお()び。美味(おい)しいものをご馳走するわ」


 ライラヴィラは眉を寄せたレグルスに、苦笑いしながら伝えた。しかし本当は魔眼の眼力で彼を誤って拘束してしまったことに対する謝罪の気持ちだ。もしも彼が風魔力を扱えなければ、魔眼の力で大怪我(おおけが)をさせていたかもしれなかった。


 彼女は再び短剣を右手で抜き、それを胸の前で剣身を下にして構える。短剣を精霊につながる媒体とし、風魔力を呼び起こした。樹上へ見上げて魔力の満ちた短剣を高く掲げる。


「大いなる大樹よ、(われ)に森の(あか)き実りを与えたまえ。風に乗り清水に踊り、我の元へ届かん」


 ライラヴィラの長く尖った耳に風切り音が鳴った。大気が幾つもの鋭い筋を()して立ち昇る。樹上で空の青を紅く染めるように実るムルットの果実が、風の刃で房ごと切り落とされて、雨のように降り注いだ。

 紅い果実は地表すれすれのところで止まり、軽く浮き上がると湖水へと沈んだ。しばらくすると湖から飛び跳ねた紅い実や房が、岩の上に据えられたリュックの中へ落ちる。リュックは膨れたり破れることなく、全ての果実を受け止めた。


「なんだっ、この芳香を放つ実は? しかも、このとんでもない量は」


 人ひとりの手ではとても運びきれない山盛りの果実が、湖水で清められてリュックの中へとすっかり収まる。ライラヴィラは短剣に流していた魔力を止めた。


「容量は足りたかな。あ、これね、ちょっぴり魔法で改造してあるの。普通の魔導カバンの三倍入るわ」


 あまりの量に口をぽっかり開けてしまったレグルスは、彼女の説明に目を(まばた)きしつつ平静を装う。そんな彼の様子にすっかり安心して、ライラヴィラは思わず笑みを漏らした。


「何がおかしい?」


 レグルスは眉を寄せて、不快感を(あら)わにする。


「最初、怖そうな人だなって思ったけど、そうじゃなかったって。これどうぞ」


 ライラヴィラはリュックからムルットの実の大きな房を取り出して、レグルスに渡した。もうひと房取り出すと、彼女はおもむろに紅い実を頬張った。甘い果汁がライラヴィラの喉を潤す。レグルスもグローブを着けたまま、受け取った紅い実を口にした。


「これはなかなか美味いな。香りも良く、色も鮮やかだ」


 レグルスはまるで初めて食べたかのように言うので、ライラヴィラは奇妙に感じた。ムルットの実は夏の終わりに採れる果物の中では、ごく一般的なものだからだ。


「ムルットは今が一番の旬よ。知らなかった? もっと食べる?」

「あっ……ああ、こんな美味いのは初めてだ」


 彼はライラヴィラから顔を背けつつも、手にした紅い果実を種ごとすべて食べつくした。


「そうだ、おまえに()きたいことがある」

「何?」


 真剣な眼差しを向けてきたレグルスにライラヴィラは(うなず)いて、質問を(うなが)した。


「俺は行方の知れない友人を探してここまで来たが、このあたりでその、変わった奴を見なかったか? 名はザインフォートという」

「変わったって、どういう? あなた以外、この森では誰も見てないわ」


 彼の口から語られた友人の名は、全く聞いたことのない珍しい名だった。

『ライラヴィラ』の名も、さまざまな種族が暮らす光(あふ)れるこの世界——『人界(ライトガイア)』では、その名の意味を口にするのが(はばか)られる。これはもうひとつの世界、ツノの生えた魔族の住まう『魔界(ダークガイア)』の古代語である。

 レグルスはライラヴィラの返事に溜息(ためいき)をついた。目を伏せてそのまま口を開く。


「そうか。あいつは『勇者』を探しに国を飛び出したんだ。俺はザインを追いかけてきた。あいつとの約束を果たすためにな」

「じゃあ、あなたの友だちは『勇者村サンダリット』を目指して来たってこと?」

「勇者村? そんな集落があるのか! それならザインはきっとそこへ向かったはず。どこにあるのか知らないか?」


 ライラヴィラはその答えを持っていた。しかも彼が手放しで喜ぶであろう明答を。

 

「この森を東へ抜けるとすぐよ。わたし、サンダリットから来たの」

「なんだって!」


 レグルスが驚きの声を上げるのと同時に、ライラヴィラの長い耳は獣が(たけ)るのを捉えた。彼女は無言で短剣を抜き、構える。


「何かいるな? 魔物か」


 彼も怪しい気配に気づき、緑の茂るほうへと身体を向けた。右腕を前に差し出すと炎の柱が立ち上がり、やがて朱色の大剣を(かたど)る。それを両手で握り、彼は剣先を樹林の奥へと向けた。


「片付けてやる」


 レグルスが森の中を探るように見据えた。


「わたしも行く」

「おい、そんな短剣一本では、魔物相手に無理があるぞ」


 彼はライラヴィラが構えている短剣へ、一瞬だけ視線を流してきた。


「このままでは、無理ね」


 ライラヴィラは横に構えた短剣を、長剣の縦の構えに持ち替えた。

 短剣に今度は光の精霊と繋がる魔力を流す。青みを帯びた細長い光が伸び、あたかも長剣のような形になった。その光魔力で作った、青白い光の剣を少し振ってみる。光が消えないのを確認して構え直した。


「おまえ、その剣は──魔剣士か?」

「エルフって言ったでしょう!」


 ライラヴィラは、まだ彼が魔眼を魔族だけのものだと断定しているのかと苛立(いらだ)った。魔剣士とは闇魔力を(まと)う魔族の剣士。この短剣に付与した力は闇魔力とは真逆の性質のもの。そんな魔界由来の、闇の精霊の力は持ち合わせていない。


「その光の剣、そんなの見たことないぞ」

「即席仕立てよ。光魔力の扱いはわりと得意なの」

「それは光魔力か! 初めて見た」


 ライラヴィラは彼が相当な手練(てだ)れのように見えたのに、光魔力を見たことがないと言うのに違和感を覚えた。人界に満ちている光の精霊由来の力、それを扱える者は珍しくない。空を飛んだ時に呼び起こした風魔力よりも一般的だ。


「来るぞ」


 レグルスの合図のあと、ひと呼吸をするかしないかの間で、森の中に潜んでいた魔物たちが一斉にふたりへ襲いかかってきた。

 魔物は四本足の毛深い獣で、大きな耳と赤い三つ目、太い牙と爪があった。数はおよそ十匹で中規模の群れのようだ。


 レグルスは大剣から炎を放ちながら駆けて行き、魔物に飛びかかると一刀両断していく。振り向きざまに後方の魔物を斬り払った。

 ──ここまで動きを乱さず、魔物を軽々と斬り倒せる力がある人は滅多に見ない。彼は相当な腕前の剣士。

 ライラヴィラも飛びかかってきた魔物を光の剣で切りつけて飛ばし、ふたりで次々と魔物を討伐していった。

 レグルスは剣を構えるライラヴィラを横目で確認しつつ、口角が上がった。


「おまえ、なかなかやるな!」

「あなたこそっ」


 今日は短剣一本しか持ってないが、本来は長剣を操る剣士である。ライラヴィラは集中力を切らさず光魔法の剣を素早く(ふる)った。


「あれで最後!」


 残った二匹が同時に飛びかかってくるのにライラヴィラは光の剣で応戦したが、木陰から更に別の一匹が飛び出した。

 防ぎきれなかった魔物のツメが襲いかかる!


「ライラッ!」


 レグルスが前に飛び出て、太い炎の柱を大剣に載せて斜めに振り下ろす。長く伸びた炎の筋が三匹同時に()み込んだ。

 ——なんという威力の炎魔力。

 あの立派な大剣はきっと名工の手による業物(わざもの)だろう。それを易々(やすやす)と扱う彼の剣技は名だたる勇者にも匹敵するかもしれない。


「ありがとう、えっと、レグルス……」

「怪我はないか?」


 レグルスが振り向いて険しかった表情を緩めた時、ライラヴィラは何か懐かしさを感じた。この人、やっぱりどこかで会ったような気がする。

 しかし頭の中に(もや)がかかるように何も思い出せず、ライラヴィラは間を置いて返事した。


「わたしは大丈夫、あなたは?」

「俺は何ともない」


 レグルスが構えていた大剣は、再び炎の柱となったあと消えていった。ライラヴィラも魔力を消して、短く戻った短剣を鞘に納めた。

 魔物が討伐されて、静まり返った森から煙の筋が漂いだした。焦げた臭いが鼻をつく。やがてパチパチ弾けるような音があちこちから聞こえてきた。


「マズイ! やり過ぎたか!」


 どうやらレグルスの炎の大剣から森に火が燃え移ってしまったようだ。このままでは山火事が起こる。森を守るために火を止めなければ。


「湖の水を使うわ!」

「できるのか⁈」


 戸惑うレグルスにライラヴィラは(うなず)くと、短剣を再び抜き構えて風魔法を起こした。


「収束せよ、立ち上がれ、螺旋(らせん)(えが)きし烈風の導きよ」


 飛空した時よりも風魔力を上げて魔法術式を編んだ。太い竜巻がライラヴィラが見つめる先に生まれる。湖の方へと誘導すると竜巻が湖の水面を巻き上げて、空へ向かって高く水柱が立った。


 その時──構えていた短剣がビシビシと音を立て、大きくひび割れて破片が弾け飛んだ。


 魔法で生み出されていた竜巻が忽然(こつぜん)と消え、吸い上げられた水柱が轟音(ごうおん)を立てて湖に一気に落下する。

 高速で元へ戻ろうとする水の塊は、津波のように大きく波を立てて湖岸を乗り越え、ライラヴィラたちの足元にまで広がった。しかし山火事を消し去るには至らなかった。


「魔力を流し過ぎたから、耐えきれなかった……」


 ライラヴィラは仕方なく、刃がひび割れて欠けた短剣を鞘にしまった。

 何か、何か他に方法は?

 このままでは炎が森に燃え広がってしまう!

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