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今年僕に起きた三つの奇跡について(3)

 四人での公園呑み会は盛り上がった。

 太一と智香ちゃんと僕が同じ中学校で同じ吹奏楽部だった事で、話しのネタが尽きなかった。(残念ながら川崎さんは別の校区だった。)


 一通り中学時代を振り返った後、現在の話しになった。智香ちゃんが聞く。

「先輩達は今何されているんですか?」

 太一が直ぐに答える。

「一浪したのち、今年から大学生でーす。実家から大学に通ってますよ。」

 太一も浪人してたのか。知らなかった。あー、今の自分の話するの嫌だな。でも仕方ない。

「僕は二浪中です。」

 情けないな。正直へこむ。

 太一はちらりとこちらを見てすぐに、智香ちゃんに話しを振った。

「智香ちゃんは今高三だよね?受験するの?」

「はい、そのつもりで勉強中です。」

 受験生が夜遅く、こんなとこに居ていいのか?

 あぁ、そう言えば僕も受験生でしたね。しょんぼり。


 話しの聞き手に回っていた川崎さんが、いきなり手を挙げた。

「はい、そんな君たちに質問です。」

 あっ、嫌な予感。

「君たちの夢は何ですか?」

 このフレーズ、前に聞いたな。


 質問された僕達はお互いの様子を探り合った。

 はいっ、と智香ちゃんが手を挙げる。

「私は英文科を目指してるので、将来英語を活かした職業につきたいです。」

 面接のようだな。模範解答。川崎さんは微笑ましそうに頷いた。


「はいっ!」

 次に太一が手を挙げる。

「はい、太一君。」

「僕は彼女が欲しいです!このコロナ禍でどうすれば彼女ができますか!」

 これ、何の話しだっけ?悩み相談だったっけ?


 川崎さんが楽しそうに笑った。太一が川崎さんを笑わせると僕は少し面白くない気持ちになる。

「お前、彼女いなかったっけ?」

 ついチャチャを入れる。

「彼女は去年、僕より一足先に大学生となり、遠くへ行ってしまいました。コロナ禍では遠恋もままなりませんでした。オンラインでは心の距離を縮める事はできませんでした。シクシク。」

 悪かったよ聞いて。

 泣き真似をしている太一に、川崎さんが新しいビールを差し出す。

「きっと何処かに出会いがあるよ。」

 優しい言葉だけど、どうでもよさそうでもある。

 

 そのまま川崎さんは僕の方を向いた。

「隆久君の夢は更新した?」

 ドキン。すごくさり気なく下の名前で呼んできた。本当にやめてほしい。顔がゆるむ。

「してないですよ。一人暮らしはしたいですけど。」

 わざとつっけんどんに言う。名前呼びの件もあえて触れない。

「先生になる夢は?」

 げっ、こんなメンバーの前で言わないで欲しい。

「現在保留中です。」

「ふーん。」

 何だよ、ふーんて。


 はいっ、と太一が再び手を挙げる。

「俺もう一つ夢があります。ラビットのライブ行きてー。大学生になったら絶対行くつもりだったのに、いつ行けるかなー。」

 それな。僕も思ってます。僕も行きたい。二浪中だけど。

 僕がうんうん頷いていると、

「君たちラビット好きなの?」

と、川崎さんが反応した。

「隆久君はあやしいと思ってたのよねー。」

 なんですか、あやしいって。

「休憩中とか、バイト始まる前とかにスマホでMV観てたもんねー。」

 観てましたね。

「太一君も今日の入場ソング、そうだもんね。」

 そうでしたね。

「瑞希さんは好きなんですか?」

 太一がさらっと聞いた。

「・・・封印していたの。」

 封印?

「元彼が大ファンで、私も聴くようになったけど、別れた時に封印したの。」

 元彼・・・。

「でも、こないだから隆久君が観てるのがチラチラ気になって。とうとう封印を解く時が来たかと。」

 中二病みたいな言い回しだな。

「封印解きましょうよ。勿体ないですよ。いつから封印してるんですか?『ソラの娘』観ました?」

 映画『ソラの娘』ではラビットが主題歌から挿入歌まで、すべて手がけている。

「・・・観ておりません。」

 川崎さんが苦しげだ。

「あっ、私それお正月にテレビで観ました。凄くよかったです。もちろん歌もよかったー。」

 智香ちゃんが嬉しそうに言う。


 僕なんて映画館で三回観ましたよ。一人で。公開時受験生なのに。

 高校三年も深く落ちている時期だったので、あの映画とラビットの曲に救われた。普段の生活の中では泣けない分、映画館で思いっきり泣いてやった。家でもラビットのMV観ながらこっそり泣いた。

「ぐぬぬ。」

 川崎さんから苦しげな声が漏れる。何と戦っているのだろう。


 気がついたら十一時半を回っていた。

 智香ちゃんが、やばいやばい、と慌てる。そりゃそうだ。女子高生が外に居る時間じゃない。お開きにして皆んなで家の前まで送る事になった。


「智香ちゃん、こんな時間になって大丈夫?」

太一が聞く。

「うちはお父さんもお母さんも寝るの早いので大丈夫です。家出る時はもう寝てたので。」

 それは早いな。

「その代わり、朝の四時とか五時に起きてますけど。」

 それも早いな。


 智香ちゃんの家は本当に近かった。公園から歩いても数分の戸建てだ。家構えからして良いご家庭なのが伝わってくる。玄関先の植物が丁寧に手入れされていた。


 智香ちゃんと別れて次は川崎さんを送る。川崎さんを家まで送るのは初めてだ。自分の気の利かないさにがっかりする。前の時も送るべきだった。例え家が近くても。


 川崎さんの家はマンションだった。マンションの前で僕の自転車に乗せてたクーラーボックスを川崎さんに渡す。(ちょっとは学んだ。)

「今日は楽しかったねー。いろいろ参考になりました。また来週も呑もうね。」

 僕は前から気になっていた事を尋ねる。

「その参考に、って何の参考にするんですか?」

「漫画のだよ。隆久君には言ったよね。漫画描いてるって。」

 何当たり前の事を聞いているんだ、という口ぶりだ。

 そう言えばそんな事を聞いた気もする。漫画家目指しているとか。冗談かと思っていた。

「本当だったんですか。」

 僕は言葉につまる。


 あれ?という事は

「川崎さん、僕をネタにするつもりですか!」

 それはやめてほしい。

「いやいや、ネタとまでいかなくて、あくまで参考です。」

 それってネタじゃないのか?

「ネタが欲しくて隆久と公園で呑んでたの?」

 太一が素朴な質問風に聞く。

 ぐさっ。まさかそんな理由で?

「まぁ、それもあるけど。」

 あるんですか・・・。

 川崎さんは少し考えてから話し出した。


「単純に人と喋りたかったのね。去年からさ、コロナコロナで友達とも疎遠になるし、外に出るのってバイトくらいだし。バイト仲間もかなり減ったし。たわいも無い話しをする事が減っちゃって。」

 それは分かるような気がした。

「彼氏いるんですよね?」

 太一がいらない質問をする。でも気になります。

「いるけど、あっちはちゃんと働いているので、そんなにしょっちゅう会えないし。」

 なるほど。ちゃんとしている人なんですね。ダメージ大きいわ。


「毎日つまらないなーと過ごしてたら、なんと私よりつまらなそうにしょぼくれた様子の隆久君がバイトで入ってきてね。」

 何ですか、その表現。

「何でこんなにしょぼくれているか気になって。でも話してみたら、やっぱりしょぼくれていたけど案外話しやすいし、女子高生に告白されているし。」

「えっ、隆久、女子高生に告白されたの?」

 太一が勢いよくこっちを見る。僕は慌てて首を横に振る。

「いやいや、勘違いだから。」

 二人のやりとりを見て、川崎さんはフフと笑う。

「金髪男が探しに来るし。」

 太一は自分を指さす。

「しょぼくれているのに、バイトは真面目にこなすし。」

 真面目に働くのは普通でしよ。しょぼくれは関係ないでしょ。

「今日は呑み仲間も増えたし。私の毎日が楽しくなってきたよ。」

 そして川崎さんは僕を真っ直ぐ見て言った。

「ありがとう、隆久君。」

 マスク越しの笑顔が眩しい。




 川崎さんと別れ、僕と太一は自転車を押しながら元来た道を歩いていた。


 川崎さんはずるいと思う。あんな風に言われたら、悪い気がしない。川崎さんの行動力が川崎さんの今の「楽しい」を作り出しているのに、それが僕のおかげのように言う。

 僕がした事は何もないのに。しょぼくれた顔でバイトを始めたくらいなのに。

 心がいっぱいになる。

 どうしようもないくらいに。

 何故か泣きそうだ。


「瑞希さん、素敵な人だな。」

 太一が言う。

 知っているよ。だから困ってるんじゃないか。



 そう言えば何で太一と歩いているんだっけ?二人とも自転車なんだからさっさと乗って帰ればいいのに。


 じゃあ、と僕が別れの挨拶を言いかけると同時に、太一が話し出した。僕の方は向かず、前を向いたまま。

「こないださー、山田と一緒に中学校に遊びに行ったんだよ。遊びにって言っても、コロナだからさぁ、柵の外から覗いてたくらいなんだけど。まぁ、散歩がてらに。」

 山田か、懐かしい名前だな。

「そんならさ、たまたま亀やんに会ってさ。」

 亀やん。中学三年の時の担任だ。まだ移動せずに残ってたのか。

「いろいろ話ししてるうちに、お前の話しになってさ。亀やん心配してたぞ、お前の事。また顔出してやれよ。」

 まだ太一はこっちを見ない。

「お前それを伝えるために僕を探していたのか?」

 そう尋ねると、やはり前を向いたまま

「まあな。」

と応えた。

 そして、おもむろににこちらを向くと

「じゃあな、今日は楽しかったよ。今度はお前も酒飲めよ。」

と言うので

「俺はまだ未成年だよ。」

と返してみた。

「隆久、お前相変わらず真面目だなー。まぁ、どちらにしろもうすぐ二十歳だろ?呑んで祝おうぜ!」

 もう一度、じゃあな、と言って太一は去って行く。


 しまった。当たり前だが太一には年齢がばれている。近いうちに川崎さんにまで伝わりそうだ。(と言うか、今日の話しの流れでもうばれてるのか?)

 今まで呑む機会が無かったので、自分が酒に強いか弱いかも分からないのだ。

 父親がすぐに酔うたちなので、弱いのではと思う。

 酔っ払っている姿を川崎さんに見られたくないのが本音だ。


 はぁ、とため息をつきながら自転車に乗る。

 今日はいろいろあって疲れた。自分の中で情報量が多すぎて処理しきれない。


 太一と久々に話した。

 智香ちゃんは中学の後輩だった。

 川崎さんに、下の名前で呼ばれた。

 川崎さんに、ありがとうと言われた。

 川崎さんの事を思い出すと心がきゅっとなった。


 後、亀やん。

 本名、亀谷一。数学教師。今は50歳くらいか?


 亀やんは僕の事を心配してるのかー。まぁそうだろうな。


 亀やんが担任になった時、僕は亀やんを物静かでのっそりと動く、本当に亀みたいな人だと思った。

 授業中、生徒が騒がしくしても、寝てても、表情ひとつ変えず、静かな声で注意する先生だった。


 そんな亀やん先生が、ゲロ事件後、保健室で過ごしている僕を見て泣いた事があった。


 その日、僕はどうにか保健室に来たものの、しんどくて仕方なかった。声もうまくでず、ただ下を向いて、歯を食いしばって過ごしていた。

 椅子に座ったまま動く事が出来ない僕を見て、亀やんは僕の肩に手を置いて、静かに泣き出したのだ。


「鈴木、お前偉いなぁ。頑張っているなぁ。偉いなぁ。」


 涙を拭く事もせず、同じ言葉を繰り返す亀やんを見て、あぁ僕は頑張っていたんだ、と気づいた。

 母親が家を出て行き、教室にも入れなくなった僕は自分を毎日責めていたけど、そうではなく泣いてもよかったんだと思えた。


 あの日、亀やんが僕のために泣いてくれなければ、僕は教室にも戻れなかったし、高校受験も出来なかったかもしれない。

 亀やんが担任でなければ、今の僕はもっと落ちていただろう。


 亀やんに救われた僕は、その時ぼんやり教師になるのもいいかと思ったのだ。


 僕の事だ。多くの生徒にはどうでもいい先生になるだろう。だけど、たった一人でも、苦しんでる生徒を見つけ、声をかけられる先生になりたいと思った。

 その生徒が僕のように少しでも救われたら、僕のあの苦しみはそのためにあったのだと思える気がしたのだ。

 どうして忘れていたんだろう。


 はぁ、とまたため息をつく。

 そんな感謝しかない亀やんに、中学卒業後、僕は会いに行っていない。

 亀やんの事は、今も時々思い出すけど。


 会いに行けないのは、あの時の記憶と向き合うのが嫌なのかもしれないし、胸を張って会いに行けるほど僕が成長していないからかもしれない。


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