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ハーブ

次の日も、その次の日も一行は訓練所へと足を運んだ。雨の日も風の日も………と言っても訓練をするのは屋内なのだが。


――――――――

――――――

――――


ラーシャンは日に日に走る速度を上げている……ような気がする。

ヒダルマは、元々剣を扱うことにかなりの適性があったのだろう。実力を確認したあの日以降、ラムスの指導によってめきめきと腕が上がっているのが剣士でない私にもわかる。


私だけだ。私だけだった。こんなに頑張っても結果が出ないのは。


ラムスは私を見て困ったような顔をしている。

ヒダルマは私に気を遣っているのか、いつものような余計なことを言ってこない。

ラーシャンは………何を考えているか全くわからない。


……これでも少しは魔力のコントロールができるようになったつもりなのだ。

それでもラムスは首を振った。


私のために用意されたのは手の平に収まるほどの小さな輪っかだった。


ファイヤーボールをこの穴に通せというのが課題だ。


しかし、これは通常の魔術師が訓練に使う道具だ。


他人と比べて魔力が膨大である私がこの課題を達成することは並大抵の難易度ではない。


『魔法の規模は術者の魔力によって決まる』大昔のとある高名な魔術研究家の言葉である。


私のお父さんは言っていた。『お前はわたしの人生で唯一の成功作だ』と。


成功作という言葉は私の魔力のことを指していたのだろうか。今となってはわからない。


お父さんは私が生まれた時にはすでに、かなりの高齢であった。人間に分類される種族の中でも長命な種族の族長の息子であったらしいお父さんは、私ほどではないにしろ、膨大な魔力を持っていた。


そして、魔術を嗜む者たちの間では名の知られた存在であり、『賢者』の二つ名を持っていた。


都市のど真ん中に豪邸を建て、私たちの一家はそこに住んでいた。


その暮らしは、よその人から見ればとても平和で仲睦まじいものであったかもしれない。


それでも、私はあの家にいることが耐えられなかった。


私が家出を決意したあの日、私はお父さんの部屋でとんでもないものを見てしまった。


お父さんが一時期お城で働いていたのは私も知っていた。


お父さんは王子にかけられた呪いを解こうとしていた………はずだった。


実際に、一部の呪いは解呪され、王子は魔法を使うことができるようになった。


でも、本当は…………………


私は今でも事実を受け入れられないでいる。


もしかしたらこの旅も………


――――――――

――――――

――――


…………!!………ぶ……………ハーブ!!


「……………………っ!!」


ハーブが飛び起きると、突然頭に衝撃が走った。どうやら、ハーブのことを心配して顔を覗き込んでいたヒダルマと頭がぶつかってしまったらしい。ハーブは周りを見た。どうやらここはラムスの部屋であるようだ。センスのいい家具が絶妙な間をおいて配置されている。この辺の地域では珍しい家具もあちこちにある。天窓からあふれる光がハーブの頬をなで、部屋全体を優しく包み込んでいる。


状況がよくわかっていないハーブに、さっきまで頭を押さえて悶絶していたヒダルマが声をかけた。


「大丈夫か?お前、突然倒れたから皆心配してたぞ。なんか変な汗かいてたし、うなされているようだったからここまで運んだけど………大丈夫なのか?」


「……ええ、大丈夫よ。ああ、ほんとだわ、私すごい汗かいてるわね。ちょっと着替えたいんだけどいいかしら?」


「お、おう。わかった。今ラーシャンたちが飯作ってくれてるから、ハーブが起きたこと知らせに行ってくるぜ」


「ありがとう」


(ヒダルマってこういうときは気が利くのよね。いつもこうだったらいいのに)


服を着替えたハーブは、リビングへと向かった。


部屋に入ってあたりを見渡すと、テーブルにはすでに、料理がずらりと並んでいた。


「……………『レストラン チアムース―』のオーナー特製フルコースだヨ~」


「え?どういうことだ。料理を作ったのはお前とラムスだろ?」


「……………はあ、ヒダルマって変なところで察し悪いネ。それと、ラムスにさん付けするのはもうやめたのネ?」


「ん~なんか毎日会ってたら耐性がついてきたというかなんというか」


「ちょっとヒダルマ、失礼なんじゃないの?それ」


「……………大丈夫、ラムス、ワタシより優しいから問題ないヨ」


「そうだな………(とは言えない)」


「……………ヒダルマ、声に出てるヨ。私の頭突き食らいたいのネ?」


「え?いや?あはははは………はあ」


「あらあ?貴方、どうしたのよお。元気がないじゃないの。これでも食べて元気出しなさいよお」


「むぐっ」


ヒダルマはラムス特製チンジャオロースを口に詰め込まれた。


「あっつ!!いや、うまいんだけど、うまいんだけどね!いくら何でも今出来上がったばかりの料理、いきなり口に突っ込むのはどうかとおもう」


杏仁豆腐で舌を必死に冷やそうとするヒダルマ。

すると………


「なんだこれ!めちゃくちゃ辛えじゃねえか!」


「あら?アタシの料理にケチつけるつもりい?」


「滅相もございません!」


ヒダルマが右を見ると、ニタニタと悪魔の笑みを浮かべるラーシャンが見えた。その手には世界で一番辛いと言われる『死神辛子』が握られていた。


「……お、お前…………いくら何でもやっていことと悪いことっていうのがっ………むぐっ」


悪魔の手によって目にもとまらぬ速さで、空いた口に再びチンジャオロースを詰め込まれたヒダルマ。


その風景を見ていたハーブは少しだけ、心が救われた気がしていた。


――――――――

――――――

――――


訓練は、毎日毎日休みなく続いた。


そして、最終日。


「ええ。これなら皆に合格を言い渡せるわねえ」


一時期はどんよりとしていたハーブも、訓練最終日には満面の笑みを浮かべていた。


あれからコツコツと訓練を続けたことで一行は以前とは見違えるような強さを手に入れていた。


当初の予定より早く、基礎体力の向上やその他多くの訓練が終わってしまった一行はパーティー全体での連携力を飛躍的に上げていた。


訓練開始から一カ月の時点で、ラムスは彼らの成長の早さに驚愕していた。

このまま成長すれば、魔王討伐など案外あっさりと成し遂げてしまうのではないかと思うほど彼らの才能はすさまじかった。


これなら、パーティーの中で実力的に浮いていたラーシャンも2人と自然になじめるかもしれない、とラムスは思った。決して、ラーシャンが成長していないわけではない。2人の成長が異常なのである。


ラムスの家を後にした一行は念願の装備も一新し、転移装置の復旧を待った。


アライラ地方へ繋がる転移装置は想定よりも以週間早く直り、ついに旅立つ日が来た。


この先、何があるかはわからない。一行は身を引き締めて一歩を踏み出した。

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