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地下訓練場

「さっきからあっちこっちの壁を叩いてまわってるけどなにしてるんだ、あ、いや、なにしてるんですか?」


未だどこかぎこちないヒダルマを尻目に、ラムスは壁をたたき続けた。


「この家はねえ、前の持ち主が異常なほど慎重な性格をしていたおかげでちょっとめんどくさい作りになってるのよお。今から行く訓練場は元々は緊急時の避難所だったみたいでねえ…せっかく頑丈な作りになってるから腐らせておくのもなんだと思ってアタシが訓練場としてリフォームしたのよ。私の想像以上の耐久力を持っているから、部屋の中で賢者が使うような魔法が暴走したって安心よ。訓練中の人たちは助からないかもしれなけれど、地上には何の影響もないわ。全く、前の持ち主はどうやってそんな部屋造ったのかしらねえ」


「……………しれっと恐ろしいこと言うの良くない思うヨ」


「そうそう、リーシャン、貴女も訓練に参加するのかしら?貴女の体力なら並大抵の勇者にも勝てると思うんだけどねえ」


「……………確かに、ここにいる『並大抵の勇者』よりワタシ体力あるヨ。でも、これから先の冒険で何があるかわからない。ワタシも参加するネ」


「へえ、リーシャンってそんなに体力あるのね。見た目からは想像もできないわ」


「ヒトを見た目で判断しちゃだめよお?双子の赤子が全く同じ顔をしているように見えても、ちょっと境遇が違うだけで聖人にも殺人鬼にもなりうるんだから。『相手の背景をしっかり見極めること』これがこの世界で長生きしていく秘訣よ」


「……………………(『この世界』ってどの世界だよ。絶対普通の世界じゃないだろ)」


「へえ……ラムスさんって人生経験が豊富なんですね。相手の背景か………うーん、私にはまだ難しいかも」


「………はあっ!やっと扉が開いたわあ。最近あまり使ってなかったから時間がかかっちゃった。さあ、みんな行くわよ!」


ラムスに連れられ、一行は居住空間より深いところにある訓練場に向けて歩き出した。

先ほどこの家に来るときに通った階段とは違い、今彼らが降りている階段は明るく、先がしっかりと見えていた。


「この階段、ずいぶんと急だな。ところで、ラムス…さん、さっき話していた『この家に来るまでのたくさんのトラップ』の話だけど、それらしいものなんて、階段のところの2つくらいしか見てないぜ?他のはどこにあったんだ?」


「そうねえ、この家に近づこうとする意思のあるものをはねのけるトラップや、この家の存在を知る者の記憶を吸い出すトラップなどが、街のあちこちに設置されてるんだけど、それらが具体的に町のどこに設置されているのかはアタシも全部は知らないのよねえ」


「そんなんでよくここに住もうと思ったな(てか、『記憶を吸い出すトラップ』ってなんだよ。前の持ち主もかなりやべえやつじゃねえか)」


「あと、油断すると一番危ないのが『サツジン軍隊アリ』かしらねえ」


青ざめるハーブ。


「モシカシテ、入り口でヒダルマがつぶしてたのって…………」


「多分それが『サツジン軍隊アリ』ねえ。今は繁殖期ではないとしても、貴女たちよく生きてたわねえ。強運の持ち主なのかしら」


「そうなのか?次から次にでてくるなあとは思ってたけど、軍隊アリだったのか。はっはっは!」


「……………ヒダルマ、笑い事じゃないヨ。アレ、『例の佃煮』と同じ類の虫ネ。世界規模の犠牲者の数でいうと佃煮の方がおおいけど、この地域では佃煮より危険度が高いのヨ」


青ざめるヒダルマ。


「うげえ!それを早く言ってくれよ。この街に到着した日までには言っておくべきことだろ。危うく仲間2人が犠牲になるところだったんだぞ」


「ヒダルマ……あんたのせいだけどね」


固く握られたハーブのこぶしは怒りで震えていた。ヒダルマはそれに気づきつつも鼻歌でごまかした。


「そ、それより、もう階段も終わるぞ!こ、ここが訓練じょ……………」


「ちょっとヒダルマ!あんたが止まったら私が先へ進めないじゃないの!」


ヒダルマをぐいぐい押しのけたハーブの目の前にはたくさんのカプセルが並んでいた。

それら一つ一つに管が繋がれ、こぽこぽと音を立てている。


ハーブはうすら寒いものを感じた。


「こ……ここは何なのよ。このカプセルの中身、魔物じゃない!しかも私たちが見たことのない………強そうなのばっかり。え?どういうこと?ラムス、ここがあなたあの言っていた訓練場?」


「いいえ、訓練場はあっちの扉の先にあるわ。ここは魔物の培養施設よ」


「培養?何のために?」


「……………この街の兵士たちのトレーニングに使うんだヨ。兵士の訓練を手伝うのがラムスの仕事だからネ。この辺の魔物は強いのが多くて無属性のスライムとか、一部の弱い魔物が生息していない。新米の兵士をいきなり強い奴と戦わせるのは合理的じゃないから、兵士の強さに合わせた魔物で訓練させているんだヨ」


「そうそう。そして、ここの魔物たちが皆強そうに見えるのはねえ、まあ、見掛け倒しっていうと訓練中に油断しちゃうかもしれないけれど、実際にはそこまで強くないのよ。そこにいる変異種のスライムが通常の無属性のスライムの強さに該当するわ」


「変異種なんて聞いたこともないわ。なんでここにいる魔物は変異種ばかりなの?」


「そうねえ………あなたたちは、この世界の魔物が境界に近づくにつれて強くなるのは知っているわよねえ?魔物がわくのはいつも決まって境界なのよ。そして魔物たちは途中の町や村を襲いながら王都や魔王城の方に向かって進軍する。奴らはその途中で何故か少しづづ弱体化していって最終的に無属性のスライムになるの。その詳しい仕組みはわかっていないんだけれど、王都付近にいる弱体化したスライムをこの街まで連れてくると変異種のスライムになるのよお」


「……………でも、変異種となったスライムは普通のスライムより強いから、王都からここに連れてきたら本来のスライムと同じ強さに調整する必要ある。だからここのスライムは変異種の変異種ということになるヨ」


「ふうん。じゃあ、ここには境界にいるような強い魔物はいないのね」


「……………いるヨ」


「えっ!でもここに強い魔物を連れてきても弱体化しちゃうでしょ?」


「この辺の魔物より強い奴はねえ、この街にいる偏屈なおじいさんで『D.r.パーキン』…ああ、名前は覚えなくてもいいわよ。まあそういう人が造った人造の魔物なのよねえ。強さ自体は実在する境界の魔物と同じくらいかしらね。油断すると命を落とすわよ。あなたたちはまず、この街の普通の魔物と戦ったほうがいいわ」


「え、でも私たちが受ける訓練は『基礎体力の向上』ですよね。魔物との実践もできるんですか?」


「ええ、ラーシャンから前金はもらっているからねえ。タダで戦わせるわけにはいかないけれど、もらった金額分は好きにしてくれて構わないわよお。


さて、この部屋の説明も済んだことだし、さっきから入り口で固まってるひよっこ勇者を連れて訓練場へ行きましょうか。


――――――――

――――――

――――


「おお!すげえ!なんもねえぞこの部屋!壁も天井も真っ白で、全く現実味がないぜ!」


「なんか、何にもなさ過ぎて長い時間ここにいると気が狂いそうだわ」


「なあなあハーブ、お前なんかどでかい魔法打ってみろよ。この部屋がどこまで続いてるか確かめようぜ!!」


「そうね、まずはファイヤーボールでも打ってみようかしら」


「それがいいな!ファイヤーボールは魔法使いならほとんどのやつが使えるけど、お前の魔力なら威力がすごいことになるはずだぜ!」


「あらあら、楽しそうねえ。アタシもちょっと見学しようかしら」


「……………ワタシちょっと用事思い出した。後はまかせるネ」


「………?どこに行くのかしら、ラーシャン貴女も一緒に見ましょうよ」


「……………………じゃ!」


ラーシャンは全速力で逃げていった。


「いくわよ!ファイヤーボール!!」


ゴゴゴゴゴゴゴ


ハーブの詠唱が終わると同時に出現したそれは、初級魔法のファイヤーボールと呼ぶにはあまりにも巨大なナニカだった。


「………ちょっと、ラーシャン、アタシ幻でも見ているのかしら?なんだか巨大な燃える隕石みたいなのが出現した気がするのだけど」


「……………………!!(ラムス、逃げて!!)」


ラーシャンはそう言い残して部屋から飛び出していった。


「ラーシャン?遠すぎて何を言っているかまったくわからないわ。それよりもこれ、あの子はどうするつもりなのかしら。このままだとアタシたち灰も残らないわよ?マズい事態なのはアタシにもわかってるけれど、これ、アタシにはどうしようもないわ。今から逃げても、熱波でじゅわっと焼けてしまいそうだし……とりあえずガードするしかないわね!」


ラムスは身を守っている!ハーブの攻撃!ハーブはファイヤーボールを唱えた!部屋の気温が1000℃上昇!


「「いけえええええええええ!!!」」


――――――――

――――――

――――


その日、ラムスは思い知った。

若さって言うのは末恐ろしいものだということを。

これが直撃してもびくともしない訓練場のとてつもない耐久力を。

そして何より、何の防御もぜずあの熱波を受け切ったヒダルマの異常な体質を。


――――――――

――――――

――――


特大ファイヤーボールを打ったハーブと、彼女をそそのかしたヒダルマは、ラムスにこってりと絞られていた。ラーシャンは部屋の隅っこで口笛を吹いて部外者面をしている。


「ちょっとお!あなたたち、どういう神経してるのよ!!アタシ、上で説明した時言ってたわよねえ?この訓練場はとてつもなく丈夫だから賢者の魔法が暴走しても大丈夫だけど、この部屋にいる人たちは助からないわよって!」


「「申し訳ありませんでした!!!」」


「今回はなぜか皆たいした怪我なく済んだけれど、次、同じ事したらわかってるわよねえ?」


激怒するラムスの頭頂部は焼け焦げて残念なことになっていた。必死で見ないようにする2人。ごふっという音を立てて崩れ落ちるラーシャン。


「はい!わかっているでありまする!!(ぎゃあああああああああああああ!怒らせてしまったあああああああ)」


「もちろんですわ!!(世紀末!世紀末の様相だわ!!)」


「はあ、2人とも反省しているみたいだし、許してあげるわ。でも、ラーシャン、貴女の態度はいただけないわね」


ビクッと震えつつもこみ上げる笑いを抑えきれないラーシャンは、ラムスに首根っこをつかまれて足が宙に浮いた状態で小部屋に連れていかれた。小部屋からは時折ラーシャンの悲鳴やら笑い声やらが響いてくるので、彼女は死んではいないようだ。訓練場に残された2人はラーシャンの身を案じつつ、ゆっくり呼吸を整え、その後走り込みや腕立て伏せなどをしていた。


結局その日の訓練の時間はラーシャンが説教をされているうちに終わってしまった。


今日はこの後に町の兵士たちが訓練に来るからとポイっと家からつまみ出された3人は滞在中の宿へ戻ろうと夕暮れの街中を歩いていた。


「そうだ、結局マーケットを見ていなかったわ。ああ、もう武器屋も防具屋も団子屋も閉まってるわよね」


「団子屋は閉まってるだろうな」


「……………佃煮食べたいネ」


「ああ、あの佃煮おいしかったよな」


「え?団子屋に佃煮なんて売ってるの?」


「は?団子屋は団子しか売ってないだろ」


「……………ハーブ、今のはこっちの話ネ。あなたの身のためにも、今の話はさっさと忘れること勧めるヨ」


「あら、そう言われると気になっちゃうけど…聞かなかったことにするわ。なんか佃煮っていう単語をきくと背筋がひやっとするのよね。なんでかしら」


「……………ふおお!」


「き、急にどうしたのよラーシャン」


「……………佃煮だ!佃煮があるぞい!」


「佃煮屋なんて見当たらないわよ?」


「……………こっちだ~!!!」


そう言い残してラーシャンはどこかへ行ってしまった。


「なんだったのかしら」


「なんか昨日もそんなこと言いながら走っていったんだよな」


「あれが素のラーシャンなのかしら」


「俺らの前ではいつも話し方が変だしな。『佃煮の前ではキャラが崩壊する女ランキング』っていう本があったら間違いなく殿堂入りしてるよな」


「そんなマニアックな本誰が買うのよ」


「俺だな。あ、ちなみに一冊5000ゴールドだぞ」


「アホか。その辺の安物の魔導書を買ったほうがまだ自分のためになるだけマシだわ」


「あれ?安物は当てにならないから読むやつはアホだとか言ってなかったか?」


「……そんなこと言ったかしら?」


ハーブがとぼけていると、背後からにゅっと頭が飛び出した。


「………………………!!ぎゃあああああああああああああ!」


叫ぶハーブ。その断末魔のような叫び声に、街の人々が一斉に振り返る。


「お前、本気で驚いたときはそういう風に叫ぶんだなっ…………いてえ!!」


顔を真っ赤にしたハーブと頭頂部を押さえてうずくまるヒダルマ。彼らの目の前には、山ほどの佃煮を持ってにんまりと笑うラーシャンの姿があった。


「……………ハーブ、一応聞いておくネ。あなたはワタシに驚いた?佃煮に驚いた?」


「……両方よ。というか何なのよ、そのうじゃうじゃした気持ち悪いの!なんか既視感があるし…うっ!めまいが…………」


「……………マズいネ。ハーブの持病が再発する前にワタシは帰るヨ!あとはたのんだ、ヒダルマ!」


そう言うとラーシャンは全速力で走っていった。きっと、早く佃煮を食べたいだけなんだろうなとヒダルマは思った。


「ちょっ………!おい、ラーシャン!まったく…大丈夫か、ハーブ」


「ええ、大丈夫よ。佃煮が視界から消えたら頭がすっきりしたわ。私、いつから佃煮を嫌いになったのかしら」


――――――――

――――――

――――


ラーシャンに置いていかれた2人は、ハーブが街を散策したいと言ったのもあって、街灯でオレンジ色に照らされた道を歩いていた。


鳥が飛び立ったり、ネズミが飛び出すたびに必ずどちらかが悲鳴を上げ、相手の悲鳴に驚いて悲鳴を上げるほど小心者の2人はお互いを盾にしながら前へと進んだ。ロウラルという街は大都会と呼ばれるだけあって、マーケットは夜でも人でごった返していた。昼間とは違う怪しげな店やごろつき風の男たちも同時に増えたが、2人の胸中はそれらに気を取られるほど落ち着いたものではなかった。


なんやかんやでお昼ご飯を食べ損ねている2人は、あまりの空腹でふらふらになっていた。


そんな時ヒダルマはふと、ポケットに違和感を感じた。


振り返ると、どこかで見たことのあるお団子ヘアーが遠ざかっていくのが見えた。


「あれ?俺の薄っぺらいはずのポケットが膨らんでるぞ?俺、金すら持ってないはずなのに」


ヒダルマはわざとらしくそう言った。


ヒダルマがポケットに手を突っ込むと手紙と共に1000ゴールドが出てきた。


「なになに、なんとかかんとか、ヒダルマ、なんとかかんとか…?なんか難しい文字が並んでてよくわかんねえな」


「『拝啓』でしょ。ほとんど字が読めないあんたでも自分の名前は読めるのね」


「いや、文字っていうか、俺の似顔絵が描いてあるからわかったんだよな」


「ほんとだ、ルビのつもりかしら。よく見たら全ての文字にルビがついてるわね」


「『歯』『池』…これはなんだ?」


「『胃』ね。こんなのヒダルマみたいな本を読まないアホにはわかんないわよ」


「違うって。俺は本を読まないんじゃなくて読めないんだよ」


「いや、それ自慢することじゃないわよ?」


「はあ、このペースじゃ明後日になっても読み終わらないぜ」


「仕方ないわね、私が読むわ。にしてもこの手紙読みづらいわね。急いで書いたのが丸わかりだわ」


数分後………


「へえ、この先に地元で有名なレストランがあるらしいわよ」


「有名ってことは1000ゴールドじゃ足りないんじゃないか?」


「大丈夫でしょ。この手紙よこしたのラーシャンだし。そんなヘマする子じゃないわよ」


「じゃあ俺一番高いヤツたのんでいいか?」


「それはだめよ。私が頼めるものがなくなっちゃうじゃない」


「…………………そうかあ」


「そんなに残念そうな顔しないでよ。私の分も少しなら分けてあげるから」


「ほんとか?いやあ、それは楽しみだなあ」


「………現金ね」


「ん?何か言ったか?」


「何も言ってないわよ」


2人はT字路の突き当りにある『レストラン チアムース―』へと入った。今日どこかで聞いた名前に酷似していたが、空腹の2人はそんなことなど気にも留めていなかった。


それは今日、訓練場で2人がやらかした後、ラーシャンが説教をされていた時から仕組まれていたことであったが、2人がそれを知るのは翌日になってからだった。

読んでいただきありがとうございます。

次話で一度視点を切り替えて、その後再び魔王サイドの話になる予定です。

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