大都会ロウラルへの道のり
「おい、いい加減離せって!」
ヒダルマたち一行は王都を出てすぐのラナの森に来ていた。急に城からつまみ出されたために混乱し、衛兵たちを質問攻めにしていたヒダルマはラーシャンに首根っこをつかまれた状態で引きずられ、森まで連れてこられた。
「なんでお前『わかりました』なんて言ったんだよ。俺、魔王を倒すなんてそんなめんどくさそうなことしたくねえよ」
「……………しょうがないネ。王の命は絶対。逆らったら処罰されるヨ。そうそう、ヒダルマはわかっていないようだから補足しておく。王が『可能であれば』と言っていたけどあれは強制だからネ。初めからワタシたちに拒否権は与えられてないヨ」
「そんなの理不尽じゃっ……………!!」
「……………おとなしくするネ。ワタシたち監視されてるヨ。妙な動きをすればどうなるかわからない。ひとまずは王の命に従っておく、いいヨ」
「………私たちの置かれている状況は何となくわかったわ。でも、これからどこへ向かうの?ここから魔界へまっすぐ進むとなると、休憩できるような町がほとんどないわよ?」
「……………そうネ。まずはロウラルへ向かうのが無難思うヨ。あそこなら王都に匹敵するマーケットあるからネ。」
「なるほどね、『大都会ロウラル』か。まずはそこで装備を整えつつ情報収集をしようってわけね」
「だとしたらなんで王都で装備を整えなかったんだよ。宝具?とやらはたくさん持たされたけどこれは装備品じゃないのか??」
「……………王都で装備を整える暇なく出発したのはある種のパフォーマンス、ネ。ワタシたちとってもやる気あるヨっていうアピールだヨ。まあ、正直なところ、王都のまわりの魔物は冒険者がほとんど狩りつくして弱いのしか残ってないから、今のワタシたちの装備でも十分渡り合える思ったっていうのもあるネ。でも、『大都会ロウラル』超えたあたりから急に魔物、強くなる。ロウラルを出るまでに準備しないと、今の装備じゃ命、いくらあっても足りないヨ。
それと、ロウラルは王都より物価が安いからそこで武器を買ったほうがワタシの財布痛まない。これも重要ネ」
「いや、それがメインだろ」
「……………メイン違うヨ。まあ、そう思われても仕方ないけどネ。一応言っておくけど、予算なら王からたくさんぶんどったから暫くは安心だヨ」
「王からぶんどったって………ラーシャン、見た目にそぐわず恐ろしいことするのね」
「こいつはいつも怖えだろ」
2人からの酷評にラーシャンはあきれ顔をした。ラーシャンにとっては、お金は命の次に大事なものなのだ。それこそ、王からぶんどってでも手に入れようとするくらいに。そして、今回の旅で余った分のお金は自分の懐に溜め込もうとたくらんでいた。
「……………なんとでもいうがいいネ。そうそう、さっきの質問の続き、答えるヨ。宝具っていうのはヒダルマが言ってた通り装備品ネ。一部用途がわからないのあるけど、ほとんどは文献で見たことあるからワタシ使い方知ってるヨ。でもこれは魔王と戦うまでは温存するネ」
「なんでだ?装備品なら今使ったっていいだろ?」
「宝具……文献………そうだわ!」
「おわっ!急にどうしたんだよ」
「宝具っていうのはたしか、魔王討伐専用の装備よね。おとぎ話にも出てきたのを覚えているわ。でも、あれは架空の話なのではなかったの?」
ハーブの指摘にラーシャンはうんうんと頷いた。
「……………宝具、空想上のもの、思っている人多いネ。でも今ワタシたちの手元にあるの、本物の宝具ヨ。独特の魔力放ってる、わかる?」
「確かに、今まで感じたことのない力を感じるわ。なんだか心が落ち着いていくような不思議な感覚ね」
「俺には何にもわかんねえけどな」
「ヒダルマは脳筋すぎるのよ。もっと頭を使いなさい」
「そんなこと言われてもなあ。人には向き不向きってのがあるだろ。俺には向いてねえんだよ」
「……………ヒダルマ、大事なことだから今のうちに言っておくネ。宝具使うの、基本的に勇者ヨ。つまり、王の言っていたことが本当なら、ヒダルマがこれら使いこなさなきゃならない。実践で使うのはしばらく先とはいえ、練習は必須ヨ。がんばってネ」
「いやいや『がんばってネ』じゃねえよ。結局俺に丸投げじゃねえか。それでもお前ら仲間なのかよ」
「私はまだ、何も言ってないわよ?」
「『まだ』言ってないって、言ってるようなもんだろ」
「はいはい、準備もできたことだし出発するわよ」
「……っいてえ!!なんで俺っていつも扱いが雑なんだよ。俺、勇者なんだろ??」
ごねるヒダルマを引きずりながら、ハーブたちは大都市ロウラルに向けて歩き出した。
旅の途中で何度も何度もゴブリンに奇襲され、オークが出てきたときはさすがのラーシャンでさえも焦っていたが、何とか皆軽傷ですんだ。街道ですれ違った行商人から傷薬や非常食や果実酒を買い足しつつ、一行は進む。
町の外には宿などなく、何度も野宿をして、一行の中で一番美容に気を遣っているハーブでさえも臭い消しをあきらめかけた時に、とても小さく、地図にも載らないような村を見つけた際には思わず全員がガッツポーズをした。
こうして、魔物と戦っては行商人から傷薬を買い、しばらく歩いて村を見つけ、村で宿泊した翌日には再び魔物と戦って……という生活を繰り返していた一行はだんだん曜日の感覚を失っていった。
そんなある日、ヒダルマがふと沸き上がった疑問を口にした。
「ところでお前ら、魔物と動物と魔獣ってどう違うんだ?」
「動物は大体私たちの食用にできる生き物だってことはわかるけど、魔物と魔獣の違いはよく分からないわね」
「見た目もそっくりだからな」
「……………そうネ。魔物は食べられない。魔獣は食べられる、というのが魔物と魔獣の違い、言われてるヨ」
「ええ…あんな見た目なのに食べられるのか?」
「食べられるとしても、魔獣っておいしいのかしら?」
「……………意外とおいしい、食通たちの間では有名ヨ。ただ、無属性のスライムに関しては、魔物か魔獣か意見が分かれるネ」
「ええ……スライムなんて見るからに食べ物じゃないだろ」
「あら、珍しくヒダルマと意見が合ったわ」
「……………スライムは珍味として一部のゲテモノ好きに好まれてるネ。ワタシが小さいころ住んでた家の近所のおじさんも時々スライムを狩って食べてたヨ。夏場の水分補給に便利らしいネ」
「なるほど、サバイバルのお供ってわけだな。スライムならあそこにいるけど味はどうなんだ??」
「ちょっと!あんたまさか本当にスライムを食べようっていうんじゃないでしょうね?私は絶対に嫌よ。あんなぶよぶよした物体なんて!」
「……………スライムは無味無臭ネ。味のなさが一番のネックヨ。でも、ぷるぷるした水だと思えば問題ないネ。緊急時にスライムを口にできるかどうかが生死を分けたなんて話も聞くぐらいだし、食べられるようになったほうが自分のためヨ。ただし、食べるのはあくまでも『無属性』に限るネ」
「なんで無属性しか食べないんだ?確かにポイズンスライムなんかは食べるのを躊躇するけどさ…」
「『躊躇する』って………あんたもしかして迷っても最後はなんとかして食べるつもりなの?」
「ほら、薬の原料って毒だっていうじゃん。だから量さえ気を付ければポイズンスライムも食べられる……はずだろ?」
「そんなわけ…」
「……………確かにポイズンスライムは薬の原料なってるネ。でも流石に直接食べたら死ぬ、思うヨ。素人はむやみに危ないものに手を出さない、これ常識ヨ。
そうそう、無属性のスライムに限定してる理由は簡単ネ。ポイズンスライムのように、人体には毒なスライムが多いからヨ。ファイヤースライムだけ、乾燥させたものが香辛料として使われてるけどネ」
「なるほど、『火を噴くほど辛い』っていうあれか」
「……………そうネ。その宣伝はあながち間違ってない、思うヨ。一説によれば『ファイヤースライムが火を噴くのは自分の体があまりにも辛いから』って言われてるぐらいだからネ。実際に、ファイヤースライムの香辛料を食べた者が火を噴いたっていう事例が何件か確認されてるヨ。まあ、魔物の肉だからネ。仮においしかったとしても、副作用があるかもしれないということは覚悟しておいたほうがいいヨ」
「『火を噴くほど辛い』………もしかして私のお父さんがよく食べていたやつかしら。『これを食べると火魔法が上達する』とか言われてよく無理矢理食べさせられてたけど、あれって魔物の一部だったのね」
「ハーブの魔法は香辛料で鍛えられたんだな!」
「そんなわけないでしょ」
そんなこんなで、道端でわーわーぎゃーぎゃー言いながらヒダルマたちの夜は更けていった。
翌日の朝、朝ご飯をさくっとすませ、出立の準備を整えたヒダルマは地図を眺めていた。
「ほうほう、ふむふむ、なるほどな」
「はあ…それじゃ何を言いたいのかサッパリわからないわよ」
どこか昨日の疲れが抜けきっていない様子のハーブに対して、ヒダルマは今日も元気であった。周囲の警戒にあたっていたラーシャンも合流し、一行は今日の計画を練る。
「もうすぐ『大都会ロウラル』に着くわね。ペースを上げれば日が暮れたころには着くかしら」
「……………日暮れ前に到着するのがベスト、ネ。日没後は門が閉まっちゃうから結局野宿になっちゃうヨ」
「そうなのか?」
「あんたねえ……王都だって日没までに門を通らないと文字通り、門前払いされたでしょ」
「たしかにな。じゃあ走っていけば日没前にロウラルに着くんじゃないか?」
「………あんたには疲労の蓄積ってものがないの?」
「疲労って溜まるもんなのか?眠れば消えるもんだと思ってたぜ」
「……………ヒダルマでも疲れることがあるのネ」
「俺だって人間だからな」
「……………ワタシは走っていく、賛成ヨ。ワタシとヒダルマは体力的に余裕があるからネ。問題はハーブ、あなたをどうやって運ぶのかということネ」
「そんなの担いでいけばいいだろ?」
「……………女の子を担ぐとか軽々しく言わないほうがいいヨ。今の、ハーブは疲れててヒダルマのことを殴る余裕がなかっただけで、本調子なら5回くらい殴られてるヨ」
「ちょっと!私そんなに殴ったりしないわよ!まるで私がいつも暴力をふるっているみたいに聞こえるじゃない!!」
「違うのか?」
「……………暴力を振るわないハーブなんてただのかわいい女の子だもんネ」
「あんたたち、私のことそんな風に思ってたのね!まあ、可愛いっていうのは別に構わないけど」
「うちの近所の猫の方が数10倍かわいいけどな」
「ぐぬぬ……動物を引き合いに出すなんて卑怯よ!」
「……………まあまあ、とりあえずヒダルマがハーブをお姫様抱っこすればこの問題は解決だからネ。さあ、出発するヨ!」
「そうだな!さっさと出発しないと日が暮れちゃうもんな。よーし、こうなったら道中の魔物の群れは全部無視して突き進むぞ!」
「え……ちょっ………まって、まって、まってってばあ!きゃああああああああぁぁぁぁぁ………」
ヒダルマとラーシャンは走った。例のごとくゴブリンの群れに遭遇しても、オークの群れに遭遇しても、魔物たちを吹き飛ばしながら群れの中心を突っ切った。その決死の形相は魔物たちを蹴散らす一助になった。
走り始めて数時間、昼食も取らずに走り続けた二人はついに『大都会ロウラル』の門の前までたどり着いた。
ヒダルマに抱えられたハーブは数時間前から気絶していたが、必死に走っていた2人はそのことに全く気付いていなかった。ハーブが気絶していたことは彼女自身にとっては幸運だったかもしれない。道中でスライムの群れに遭遇した時、弾き飛ばしたスライムの一部がしばらくの間彼女の顔に張り付いていたが、それを知るものは彼女を含め一行の中にはいないからだ。
「………あれ?ヒダルマ?ラーシャン?いつの間に到着したの?」
「おっ!やっと気が付いたか。もしかしてハーブが息をしていないんじゃないかとラーシャンに相談していたところだったよ」
「ちょっと!勝手に人を亡き者にするのはやめてよ!」
「……………冗談だから真に受けなくていいヨ。ヒダルマとワタシはしばらく情報収集してただけだからネ」
「えっ!うそ?到着してからもうそんなに時間がたってるの?」
「……………そうネ、もう到着してから1日経ってるヨ」
「そんな!私いつ気を失ったのかしら。それになんか今日はやけにお肌の調子がいいのよね。なんだかいつもよりぷるぷるモチモチしているわ。あなたたち、私が寝ている間にパックとかしてくれた………わけがないし、私の気のせいかしら?」
「『ぷるぷるモチモチ』ってなんかスライムみたいだな」
「ちょっと!スライムと一緒にするのはやめてよね」
「……………とりあえず、ハーブも起きたことだし、明日は装備品を買いに行こうかしらネ。品質がよさそうなものには目星がついているから順番にまわるのがいいヨ。ハーブも欲しいものあったら相談することネ。ワタシ明日だけは金払い良くなるヨ」
「へえ、ラーシャンにしては気前がいいじゃない。何かいいことあったの?」
「……………そうネ。今日、ワタシ、マーケットでザンサツバッタの佃煮見つけたヨ。あれはワタシの故郷の味ネ。さすが大都会なだけあっていろんなもの売ってたヨ。ハーブの故郷の味も見つかるかもネ」
「ザンサツバッタ………いつ聞いても慣れない名前だよな」
「そ………そうね(何、ザンサツバッタって何!そんなもの見たことも聞いたこともないわ)」
「……………おや?ハーブ、まさかザンサツバッタ知らない?割と、どこの地域へ行っても田舎では有名ヨ?作物を食い荒らす害虫ランキングっていう本にも載ってるヨ?あれが通った村の作物は全て食い荒らされ、場合によっては人をもむしゃむしゃする恐ろしい虫ヨ」
「ザンサツバッタ対策がしっかりと練られている村でも毎年何人か犠牲になるんだよな」
「ひいっ!………あんたたちよくそんな話できるわね」
「こういうのはな、想像したら負けなんだよ。現に俺なんかは心を空っぽにして…」
そう言うヒダルマにラーシャンの魔の手が迫る!!
「……………ヒダルマむしゃむしゃ」
「………ぎゃあああああああああああああ!や、やめろ、それを俺に近づけるな!くっ!佃煮だとわかってても恐ろしいぜ!」
「……………ハーブむしゃむしゃ」
「………わ、私は別に佃煮なんかを怖がったりしないわよ!こ、こわくなんか…こわくなんか………」
「……………むしゃ?」
「…………」
「おい、ラーシャン、どうすんだよ。せっかく起きたのにまた気絶したぞ?」
「……………ダイジョウブ、明日になったら起きるって言ってるヨ!……ハーブの心の声が」
「本当に起きるのか?ここで足止め食らってるわけにはいかないだろ?なんせ俺らには……」
「……………そこで黙る、賢明ネ。あのどうしようもないアホだったヒダルマもやっと空気を読めるようになったネ」
「俺は割といつでも空気は読んでるぞ?」
「……………そうネ。ヒダルマは変なところで勘が鋭いから、空気を読めてなかったらもう100回はあの世へ行ってる、思うヨ」
「ほんと、怖えなあ。なんでハーブは気づかないんだろうなあ。ひょっとしてこいつ俺よりアホなのか?」
「……………ハーブは箱入り娘だからネ。ワタシらとは違う世界の住人ヨ」
「俺をお前と一緒にするなよ」
「……………アハハハハ」
「笑えねえよ、ホント」