40話 裏切りの旋律
私たちは馬車に揺られている。兵舎に戻るのだ。アルトゥルおじさんは帝都から出ていて居ないらしい。
「しかし、変な奴だったな……『うるわしのヴァシリーサ』が聞いて呆れるぜ」
「うるわしの……」
黙っていれば美人だった。意地悪な人でもなく、ちょっと滑り気味な事を除けば、わりといい人と言えたと思う。
「でも、協力してくれるって言ってたし」
彼女は、明かにアリョーシャではなくセルゲイ狙いであった。この世界の身分差がどうこうはピンとこないが、うまく彼女と連携できれば全てが丸く収まるのではないか?とすら思えてきた。
私たちは、午前中に訪れたセルゲイの宿舎に連れてこられた。真夏だというのに、暖炉には小さい火が灯っている。ジェーニャに包んで貰った弁当を食べさせる。温め直すか?と聞いたら拒否をされた。彼女は筋金入りの猫舌なのだ。
「今更ながら、はじめまして?お母さんにはいつもお世話になってます」
「今更すぎるだろ」
セルゲイは苦笑し、ふと真顔になって大きなため息をついた。よく見れば、なかなかのイケメンだ。アリョーシャを見すぎていて美的感覚が崩壊していたのかもしれない。
「お嬢様に拉致されたと聞いた時は驚いたが、向こうが乗り気じゃなくて一安心だな」
「さっきと言ってる事違くない?」
「他人が不幸になりそうなのをただ眺めてるだけって、気分悪いだろ」
その言葉には何かとても含みがありそうで、何と反応すれば良いのか迷った。
「アリョーシャどうこう以前に、公爵家に嫁いでも幸せになれないだろうからな」
セルゲイが聞こえるか聞こえないかぐらいの小さな声で話し始めたので、聞き取りやすい様に肩を寄せる。手紙にも書かれていた、皇帝と仲が悪くて危険視されている、という話に関係するんだろうか。
「さっきはああ言ったけどよ、俺、以前からあいつに手紙を貰っていたんだ」
「文通でしょ?」
「ただの文通じゃない。あいつが山を降りてすぐ、今までの不義理の謝罪とこちらで自分の事を調べて欲しいと言う手紙が来た」
自分の事を調べて欲しい。アリョーシャは帝都に行くつもりはないと言っていたのに。
「本人の見た目を聞いてすぐに公爵家に連なるものだと分かったから、あいつにもそう伝えてその後も俺が調べられる範囲の事は教えた」
彼は既に、自分の身元がわかっていたのだ。
「やっぱり公爵家の子になるつもりだったのかな?」
「それは違う。あいつには公爵家に関わる気はこれっぽっちもなかった。時期を見てお前と旅行を装って帝都に来る予定ではあったがな」
なんでいきなり旅行の話?と言葉につまると、意外な返答が返ってきた。
「あいつは、お前を元の世界に戻す方法を探しているんだ」
その発言に驚き、顔を上げる。
「知っての通り、いや知らんか。ヌヌガフ村の精霊は、性格は温厚だが力はあまり強くない。しかしここ帝都を治めているのは全ての精霊の大元たる大精霊。その力は桁違いだ。それだけに、世界の裂け目も大きいと考えられる。そこで膨大な魔力によって歪みを大きくすれば、おそらくは……」
「そうなん……だ?」
「ふょーなんだよ?」
ジェーニャがそんなの常識でしょ、みたいな顔で相槌を打つ。幼女でも知っているような常識なのか……やっぱり知らない事だらけだ。
「どの道、遅かれ早かれ帝都には来なきゃならん運命だったから、手間が省けたと言えば省けたんだが」
「それを知ってたから、私に帝都に来る様に煽ったの?」
「そうだ。面倒臭い事は一度に済ませた方がいい」
「面倒くさい……」
「お前のことだけじゃなくて、色々お貴族さまの思惑ってのがあるんだよ。こっちには関係ない事だけどな。とにかく公爵家にはもう関わらない方がいい」
「アリョーシャには関係あるんでしょ?私、彼を連れて帰らなきゃ……」
私の呟きに、セルゲイは首をかしげる。
「故郷に戻りたいんじゃなかったのか?」
「私は……」
どうなんだろう。今まで、戻れるとは思っていなかったのだ。
「だって、戻れるかも、ってそんな事一言も……」
「お袋が『精霊様なら戻してくれるかもよ』とか無責任な事を言って煽って、その結果卒倒したんだろ?そら不確定な事は言わないでおこうって考えるだろうな」
唇を噛む。たしかに、期待を持たせるような事を言われたら、わたしはその事で頭がいっぱいになっていただろう。
「だって……」
「だっても何もないだろ。お前はどうすんだよ。方向性が決まらねえと何もできないだろうが。元の世界に帰るのか、アリョーシャと所帯を持つのか、どっちなんだよ」
「わ、わ、わかんないよ!とにかく、本人から話を聞かないと」
「まあ、俺がここでぐだぐだ言っても仕方がないしな。騎士団で保護している分には安全だ。ここで潜伏して機会を伺おう」
日本に帰れるかもしれない。その言葉を聞いても、思ったほど心は踊らなかった。彼の言う通り、私の存在と、アリョーシャと公爵家とのゴタゴタは関係がない事なのだと思う。でも、本当に、それでいいのだろうか?私が帰ったあと、アリョーシャはどうするのか。どうなるのか。村にひとりで帰る?ヴァシリーサと結婚する?そのどちらも、なんだか納得できない様な気がする。
「私、自己中にも程があるな……」
ぽそりと呟いた独り言なのに二人の視線が突き刺さり、肩身が狭い。
そのまま居間でうだうだしていると、遠くから鐘の音が聞こえてくる。このリズムはなんだろう?村では聞いたことがない。ちっ、と軽い舌打ちが聞こえた。
「火事だよ〜。こわいね。みんなとけちゃう」
ジェーニャが耳を押さえ、身震いをする。
「副団長!いますか!東の商業地区で大規模な火災です!応援を、とのことです!」
どんどんと扉が叩かれ、焦った男性の声がする。
「火の用心はしっかりしろっていつも広報に出してるはずだけどな!」
セルゲイはガタリと立ち上がる。
「おい。誰が来ても扉を開けるな。絶対にだぞ。この扉には、炎の魔法がかかっている。外から開けようとすると、一気に炎上する仕組みだ」
「え、なにそれこわい」
「俺は開けられるし、二人にも開錠できる様にしておく。もしか何かされたら、寝室に置いてあるベルを鳴らせ。そうすれば、この家が爆発するから」
「ちょっと待って、それなに?どゆこと?」
「三日ぐらいは家から出なくても生きて行ける。わかったな」
セルゲイはジェーニャに「お前、ちゃんとしろよ」と釘をさしてから出かけてしまい、その晩は帰ってこなかった。しばらく経ってから鐘の音が止んだので、火事はおさまったのだろう。
二日目の夜、ドアをノックする音がする。無視しようと思ったが、明かりが漏れているので居留守だと普通にバレているだろう。息を潜めてじっとしていると、またもドアをノックする音がする。
「モニカ、いるんだろう?」
セルゲイではない。この声は、ニコロだ。
「に……ニコロ?なんで?」
「そうだ。忘れたのか?帝都にいるって言っただろ。アレクセイの事で話がある、開けてくれないか?」
ドアに付いているのぞき穴から外を見る。そこにはニコロがヴァイオリンケースを指し示して立っていた。
「モニカ。だめだよ。セリョージャに『誰が来ても開けるな』って言われたでしょ」
「え、でもニコロだよ?知らない人じゃないし」
かんぬきに手をかけ、扉を開ける。かすかにパチリと音がした。今のがセルゲイの魔法だったのだろうか。そこには、懐かしいニコロと、武装した兵士の集団が居た。
あと6話です。今週中に完結できる様頑張ります。




