39話 続・遅れて来た男
「これは、今帝都で一番人気のレストランの看板商品ですの。シェフの名を冠した特製サラダです」
ヌヌガフ村から伝わったマヨネーズは、魔改造されてオシャレな食べ物に生まれ変わっていた。見た目が良くなっただけで、本質的にはカーチャの作るごった混ぜポテトサラダと一緒なのかもしれないけど。
「うまい」
「イクラを乗せると美味しいんです。うちの地下室には氷室があって、大量の食材を保管できるんです」
「何食ってもうまいな」
私はぼーっと二人を見ながらビーフストロガノフを口に運ぶ。何しに来たんだっけ。それにしても、ここの料理は美味しい。ご令嬢はきゃっきゃと、最近魚の串焼きを食べる練習をしているだのなんだの喋っている。
「そういえば、セルゲイは私を迎えに来てくれたんだったよね」
何とはなしに、会話が途切れたところで発言する。
「そうだが?話が終わっていないようだから、大人しく飯でも食っていようと思っていたんだが」
だって、ヴァシリーサがセルゲイにしか話しかけなくなっちゃったんだもん。絶妙なタイミングで、無視してませんわよ〜って感じでフォローが入るのだが、9割はセルゲイに向けての発言だ。
「アリョーシャの話を聞きたいって……」
「別に某アレクセイの話を聞くためにお呼びしたんじゃありませんわ」
あれ、そうだっけ。じゃあ、本当に路頭に迷ってると思って連れてきてくれた?いや、それも違うな。監視されていたらしいし……公爵の仲間?それとも、逆に敵対勢力?でも、婚約者なんだっけ。頭がぐるぐるする。私が黙ったので、再びヴァシリーサはセルゲイに話しかける。
「そんな事より、セルゲイ様。お茶を温めてくださいますか?」
「うん? いいぞ。夏だってのに、熱い茶がいいのか?」
「あ、あ、あ、あちゅぃのが、す、す、しゅきなんですの」
ヴァシリーサは顔を真っ赤にして、もじもじし始めた。ここまで来ると流石に私でも勘付く。ドアの近くに佇む、壁紙と一体化したようなメイドと執事を見る。二人とも無表情だ。なるほど、私はこいつを釣るための餌だったのか、と納得する。
「へえ。変わってんな」
セルゲイは庶民からするとおよそ実用的に見えないほど、過剰な装飾を施されたポットに手をかざす。たしか、彼は魔法が使えると聞いた。
「ほら」
ほんの数秒の後、ポットがヴァシリーサの目の前に差し出される。
「大分熱くしたから気をつけろよ」
「は、はい……」
ヴァシリーサは照れ照れしている。恋するご令嬢とはこんな感じなのか。アリョーシャの事はどうする気なのだろうか。まさか、噂に聞く『逆ハーレム』を狙っている……?こうなると、ジェーニャが寝ているのが痛い。私は今、彼女の空気を読まないキレのあるツッコミを欲している。ひとりでそんな事を考えながら悶々としていると、唐突にセルゲイがこちらを向く。
「モニカはご令嬢に言いたい事はないのか?」
「え、ない……よ」
「なら、そろそろ帰るか」
その一言で解散ムードになった。そう思った瞬間、セルゲイが何気なくこぼす。
「まあ、本人が帰らないつもりなら、俺たちが口出ししても仕方がないからな。ちょうど、今の仕事にも嫌気がさしてきたんで、男手が足りないなら入れ違いに俺が戻ってもいい。親父と合流して、皆で村に帰ろうぜ」
それを聞いたヴァシリーサがガタリと立ち上がった、いや、飛び上がった。中々の反射神経だ。
「な、な、な、なんですのっ! 仕事を辞めるって! 聞いてませんわ!」
「そりゃあ、今初めて口に出しましたから」
セルゲイはカゴに盛られた一口サイズのコロッケを口に入れた。
「卵が入ってる。うま」
「そそそそそそんな! わたくしはどうするんですのっ!」
「どうするも何も、貴族は貴族、村人は村人でそれぞれの役割を果たしながら生きていくしかないのでは?」
「わたくしは結婚したくありませんの !!!!! あんなつまらない男、おさるのぬいぐるみと婚礼を挙げた方がマシですわっ !!!!」
「とは言っても。世の中、相思相愛で夫婦になる奴らの方が少ないと思いますよ。第一、それが貴族令嬢と言うものでしょう」
ヴァシリーサは言葉につまり、俯いてしまった。後ろからちょっと敵意のこもった視線を感じる。セルゲイは表情で「なんだこいつ?」と私に問いかけてくる。いや知らないよ。私も今日初めて会った人だし。いや、貴方もそうなんですけどね。
「話がまとまりましたので、帰らせていただきます。ご馳走さまでした」
全然何もまとまっていないのに、立ち上がろうとするセルゲイの肩をヴァシリーサのしなやかな腕が押し留める。赤みがかった紫の瞳は輝きに満ちていた。
「お待ちになって!今、名案を思いつきましたわ!」
「名案とは?」
「わたくし、週一回アレクセイと面会をする事になっていますの。モニカ、貴女わたくしのメイドに偽装してついていらっしゃい!」
「わかりました! いいですね、その作戦!」
「わかるな! 馬鹿かお前ら!」
すごくいい案だと思ったんだけど。
「セルゲイ様は黙っていらして!! これは女の闘いなのですわ!!」
「黙っていられませんよ、お戯れはお辞めください。彼女は何の後ろ盾もない平民なのですよ」
セルゲイにピシャリと言われ、ヴァシリーサはまたもや俯いてしまう。今度こそ騎士は立ち上がり、メイドに「余った食べ物を持って帰ってよろしいか」と問いかけた。
「ヴァシリーサ様、ごめんなさい。私はいい案だと思ったんですけど……」
「いえ、私が浅はかでしたの。また後日、日を改めて相談しましょうね」
諦めてないんかい。私は心の中でそうツッコミを入れた。
「お互い頑張りましょうね」
私がそう囁くと、ヴァシリーサは力強く頷いた。




