38話 遅れて来た男
「お茶はいかが?」
「あ、いただきます」
ヴェシリーサが軽く手を上げると、メイドがしずしずとお茶の乗ったカートを押してきた。
「いただきます」
「どうぞ」
一口含む。何だかわからないけれど複雑な味がする。高級な事ははっきりとわかる。あの後、何がなんだかわからないままに馬車に乗せられ、立派なお屋敷に連れてこられた。ジェーニャは疲れたのか眠ってしまい、この場にはいない。なぜ彼女が私たちの前に姿を現したのか、不思議に思って聞いてみると、セルゲイの宿舎を訪れたあたりから彼女の配下に監視されていたらしい。何故なのかはわからない。
「あなた、あのアレクセイを追って村から出て来たんですって?」
「あ、はい……」
ついに令嬢の尋問が始まった。
「彼は公爵家の血を引いている。それはご存知?」
「ついこの前までは知りませんでした」
「そうね。帝都にいたら、赤子の頃から公爵家に引き取られていたでしょう。私が彼の婚約者として扱われているのは?」
「手紙で知りました」
伯爵令嬢……だっけ。確かに、年はアリョーシャと同じくらいに見える。ヴァシリーサはカップを置き、ため息をついた。
「一度お会いしましたけれど、人形のような生気のない方ですのね。肖像画で見た彼のお父様とそっくり」
「人形のような……ですか」
「そう。猫の方がまだ分かり合えると思いますわ。それで、彼の事を少しでも知りたいと思ってあなたをお呼びしましたの」
そういう事か、と納得する。彼女はアリョーシャと結婚するつもりなのだ。
「彼は、いい人ですよ……」
「そうは見えないからあなたを連れてきましたの」
ヴァシリーサはため息をつき、窓の外を眺める。その横顔がなんとも悩ましい。彼女なら、あの美貌と並んでも見劣りしないだろう。しげしげと眺めていると、視線が煩わしかったのか、ちらりとこちらに目線を戻した。
「わたくしだって相手を選べませんもの、できるなら仲良くしたいですわ。でも向こうがああではね。あの方の親戚だと言うから、ほんの少し期待してしまいましたの……」
「あの方?」
その時、コンコンとノックが聞こえ、執事らしき男性が静かに入ってきた。
「お嬢様。騎士団のセルゲイ・コーチ副団長がお見えです。村人の迎えだと……」
「まだお話は終わっていないの。こちらにお通しして」
「こちらのお部屋に……ですか?」
執事は困惑した表情を見せる。
「そうよ。何度も言わせないで。他の客間には通さずに、ここまで連れてくるのよ。わたくしの元に来ないと言うのなら、外で待たせておきなさい」
ヴァシリーサはピシリと言い放つ。セルゲイ……セルゲイ・コーチ。その名前には聞き覚えがある。間違いなく、私が訪ねた彼だろう。
「セリョージャ?」
私の発言に、ヴァシリーサは片眉を上げた。
「愛称で呼び合うような仲なのかしら?」
「あ、違います。会ったこともないです。私、彼のお母さん……村長さんの家でお世話になっているんです」
「親しくもない男性を愛称で呼ぶものではないわ。彼は気難しい方なの」
「あ、そ、そうなんですか……ははは」
あなたとどっちが気難しいんですか?とは言えない雰囲気だ。散々無愛想とか、顔が怖いとかの印象が先行しているけど、あの手紙を見るかぎり、セルゲイはきっといい人だ。カーチャの息子だし。でもやっぱり愛称で呼ぶのはやめておこう。
「彼のお母さま、という事はエカテリーナ様ね」
「エカテリーナ様……?前も思ったんですけど、カーチャはそんなに有名な人なんですか?」
「あなた、何も知らないのね……」
呆れた様な顔をされ、少し居心地が悪くなる。
コンコンとドアがノックされ、先ほどの男性が現れた。
「いらっしゃるそうです」
「そう。では、食事の用意をして。かしこまったものでなくていいわ。『村人風』でお願いね」
「かしこまりました」
程なくして、一人の男性が入ってきた。大柄で、赤い髪の男性だ。赤い鎧を身に纏っている。私を一瞥した後、彼は無言で騎士の礼をした。ワイルドだ、確かに顔が怖い。というか無表情なので威圧感がものすごい。スケート選手には滅多にいないタイプだ。対照的に、ヴァシリーサは満開の花の様な笑顔を浮かべて立ち上がった。
「セルゲイ様、どうぞおかけになって、食事を用意させますから。非公式な場と言う事で、お願い致しますわね」
「グラズノワ伯爵令嬢。もてなしに感謝する。では、セルゲイ個人としてお話させていただこう」
「わたくしの事は、ヴァシリーサとお呼びくださいませ」
私はセルゲイとヴァシリーサを交互に見ていた。セルゲイがふとこちらを向く。ニッと笑顔になると、第一印象の「めっちゃ怖そう」というのが大分和らぐ。
「よう、モニカ。元気そうだな」
「疲れてるよ……」
ぱっと見は怖い顔だったけど、優しい緑の目の色がカーチャと一緒で安心する。セルゲイは私の隣に腰掛けた。
「入れ違いになって悪かったな。夜になればまた来るかと思ったが、ちょうどここに連れてこられたって話を聞いたもんでな」
「迎えに来てくれてありがとう。ジェーニャの調子が悪そうだからちょうどよかった」
「一緒にいる子供、どこの家の子だ?」
「ジェーニャ?トカシェンコさんの家の子だよ」
「倉庫番に娘なんていたか?結構な年だったろ」
そんな事言われても、いるものはいる。セルゲイが帰ってこないのが悪いのだ。刺すような視線を感じてヴァシリーサの方を見ると、むくれた顔をしている。
「お二人は初対面だと仰ってませんでしたこと?」
「左様です。しかし、手紙でやりとりをしておりまして、同じ母の飯を食った者同士、通じるものがありますから」
「ま……わたくしも何回もお会いしていますのに」
「そうでしたか?申し訳ない。どうも、私は女性の区別がつかないようでして」
ヴァシリーサは少し傷ついた様な、怒っているかのような、微妙な表情をした。
「それで、お前なんでこんなとこにいるんだ?」
「兵舎にセルゲイ様がいらっしゃらないから、この子、その足で公爵家に乗り込んだのです。そこを締め出されて、教会で路頭に迷っているのを保護しましたの」
「とんでもねえ事するなお前。素人って怖いな。俺の手紙を読まなかったのか?」
「読んだけど、ジェーニャが行こうって言うから……でも、窓の所に居たんだよ」
「ふうん」
じっとりとしたヴァシリーサの視線に居心地が悪くなってきた頃、料理が運ばれてきた。かしこまったコース料理ではなく、庶民的な料理を上質な素材でシェフが調理しましたのよ、って感じのラインナップだ。
「これで、わたくしたちも同じシェフの食事を食べた者同士、ですわよね?」
ヴァシリーサは何がそんなに楽しいのか、ころころと笑った。
そのままお茶会は食事会へと移行する。私はお腹が空いていたし、セルゲイもお昼を食べていないと言う。最初は緊張していたが、セルゲイが普通に食べ始めたので私もそのうち緊張を忘れた。
長いので分割しました。




