37話 極北の女たち
私とジェーニャは置き去りにされた歩道の脇に立ち尽くしていた。周りの視線が痛い。
「ど…どーする?」
ジェーニャが躊躇いがちに声を出す。さっきまでの勢いはどうした。
「どうしよっか」
衛兵の人達は乱暴だったけど、引き剥がす以上の暴力はふるってこなかった。不審者として牢屋に入れられてもおかしくはない展開だった気がする。労働者から見てもヤバい雇い主なんだろうか。そんな家の子になろうとするアリョーシャは何を考えているんだろう。あそこでヒロインよろしく「モニカー!!」とでも叫んでくれれば、また違う展開があったのにと思ってしまう。
二人で見知らぬ街をとぼとぼと歩く。あからさまにジェーニャの歩く速度が遅くなったので、おんぶして歩く。
「とりあえず、教会に行って精霊様においのりしよー?」
「そうだね……」
季節は夏、今日は特に暑い日だ。ジェーニャはあまり暑いのが得意ではない。少し早足で教会を目指す。
遠くからでも教会の位置はわかった。村の教会とは比べものにならない、大きな石造りの教会だ。高い高い塔がそびえ立っていて、ドアにも壁にも、至る所に彫刻が施されている。いつかどこかで見た、観光ガイドブックの表紙そのものだ。
「立派だね……」
「だいせーれー様の教会だからね」
『大』精霊か。特に力の強い精霊様、ってことかな。私は納得して、扉に触れる。中は薄暗く、ひんやりとした空気が流れている。背中で、ジェーニャがほっとした様に息を吐くのを感じた。
「すみません、えっと、旅のものなんですけど。連れがすこし具合が悪くなってしまって。椅子で休ませてあげたいんですが」
「これからおはなしの会が始まりますが、それでもよろしければ」
おずおずと声を出すと、中年のシスターが快く出迎えてくれる。
「ジェーニャ、おはなしききたい」
「大丈夫です。お願いします」
「さ、一番前の列にどうぞ」
ベンチに腰掛けて、膝枕をしてやる。
「ヌヌガフ村の精霊様に、会いたいなあ……」
「そうだね……」
猫のような、まっすぐで細い金髪を撫でる。
「めーわくかけて、ごめんね」
「最初はびっくりしたけど、今は一人じゃなくてよかったと思ってるよ」
「えへへ」
ステンドグラスを眺めながらぼーっとしていると、子供達が集まって来た。教会のお話の時間だろう。
「今日は、『エカテリーナの冒険【超短縮版】』のおはなしをします」
パチパチと拍手が沸き起こる。小さくジェーニャに囁きかける。
「この話、知ってる?」
「しってるしってる」
小さな手で口元を押さえ、笑いを堪えられないといった様子だ。そんなに面白い話なのか。
「昔むかしというほどではありませんが、ある村にエカテリーナという賢く勇敢で、力自慢の少女がいました。彼女は16歳の誕生日に、悪い魔女に魔法をかけられ、老婆の姿になってしまいました」
「呪いをかけられ、老婆の姿になってしまった彼女は、それを気の毒に思ったかまどの精霊から炎の力を授かりました。この力があれば、いつでも、どんな時でも絶えず炎を燃やすことができるのです」
「エカテリーナは村を出て、帝都に行きました。そして、炎の力を使って人々を助けたのです。でも、エカテリーナがうら若い乙女だと気が付く人は、だーれもいませんでした。ある時、彼女は魔物を倒して素晴らしい弓を手に入れますが、それを盗もうとしたアルトゥルと言う貧しい少年がいました。エカテリーナは彼を懲らしめた後、その弓を彼に与えました。彼女はあまり弓が得意ではなかったからです。アルトゥルは老婆の優しさに深く感激し、彼女の小間使いとして冒険について行く事にしました」
「2人は、たくさんの怪物を倒しました。そして、たくさんの時が流れました。たくさん戦って、力を使い果たしていたエカテリーナは、立派な青年に育ったアルトゥルが美しい令嬢の婿に望まれているのを知って、彼に家庭を持ちなさいと言い残し、村に帰りました。しかし、アルトゥルが愛していたのは老婆の姿のエカテリーナでした」
「アルトゥルはエカテリーナを追いましたが、途中で吹雪にあい、倒れてしまいました。そのとき、目の前にオウムの羽が生えたシマウマが現れ、彼を運んでくれました」
オウムの羽が生えたシマウマって。そもそもこの国にシマウマがいるのか。ジェーニャは膝の上で笑い転げている。ここ笑うところなのか。結構みんな真剣にお話を聞いているっぽいけど。
「陽気で朗らかな精霊の使いの背に乗り、アルトゥルは雪原を駆けました。もしかしたら、空も飛んでいたのかもしれません。やっと村にたどり着くと、そこでは魔女に唆されたあばれ牛が『村で一番の器量良しをよこせ』と人々を襲っていました。エカテリーナは自分の姪を守るため必死に戦っていましたが、とうとう斧が折れてしまいました。アルトゥルは弓をつがえ、牛の心臓を撃ち抜きます。すると、あばれ牛が溜め込んでいた魔法の力が飛び散って、エカテリーナに降りかかりました。ピカリと光って、牛は消え去り、そこには老婆ではなく、すっかり大人の女性の姿に戻ったエカテリーナがいたのです」
「アルトゥルはエカテリーナに結婚を申し込みますが、彼女は断ります。呪いが解けても、彼女は青年よりずっと年上だったからです。帝都に帰るように言い聞かせますが、お婿さんにしてくれるまで帰らないと言い、アルトゥルはずっと村に居座り続けましたとさ。おしまい」
「そこで結婚して終わりじゃないんですか!?」
つい大声を出してしまった。
「それは続編の『エカテリーナと砂漠の狼』の内容なので」
「あ、続編があるんですね……すいません」
「いえいえ。子供なら、一度はそこに行き着く疑問点なんですよ。まあ、【通常盤】だとセリフが増えるので、ここではい、結婚!にはならないな〜って分かるんですけどね」
シスターはそう言って、朗らかに笑った。話が終わると子供たちは去って行き、教会の中はまた静かになる。冷たい水を飲ませると、ジェーニャは少し元気になった。
夜になったらもう一度セルゲイを訪ねて、ダメだったらどこかの宿に泊まろう。子供だけで泊めてくれるのかな。ぼんやりとしていると、先程のシスターに声をかけられた。
「もし、お二人さん。何か事情があって、行くところがないのなら、教会に泊まることもできるんですよ」
慈しむような目で見つめられ、思わず涙が出そうになってしまう。
「あ…ありがとうございます。お世話になっても……」
私がご好意に甘えようと思った、その時。
「その必要はありませんわ」
突然、凛とした声が教会に響いた。入り口の方に顔を向けると、見知らぬ令嬢が立っていた。御伽噺のような豪華なドレスではないけれど、遠目から見てもぴんと背筋を伸ばした立ち姿が美しいのが分かる。
「わたくし、ヴァシリーサ・グラズノワですわ」
女性は、しずしずとこちらに歩み寄り、厳かにそう言い放った。
「モニカです……」
「エフゲニヤです……」
「ポリーナです……」
あまりの迫力に、そこにいた全員が返事をしてしまう。ジェーニャは愛称で、本名はエフゲニヤと言うのだ。この人は誰なんだろうと、そっとシスターの方を見る。
「この方は、篤志家として名高い伯爵家のご令嬢です。このように、たまに教会に訪れて寄付をしてくださるのです」
「あ、そうなんですか」
ヴァシリーサ。ヴァシリーサ・グラズノワ。どこかで聞いた様な……私は首をひねる。
「聞けば路頭に迷っている様子。その子たちは、わたくしの屋敷で引き取りますわ」
「え、あの……」
困惑している私とジェーニャをヴァシリーサはじっと見つめ、こう言った。
「わたくし、アレクセイ・ヴィニャフスキの婚約者です。よろしくお願いしますわね」




