35話 帝都からの手紙
アリョーシャがいなくなった。サーカス団を山に案内して、それから行方知れずなのだ。既に数日が経っている。精霊様にお伺いを立てたが、湖までは来ていないと言う。それと同時に、残りのサーカス団も姿を消した。山の中にいるのなら、見つからないはずがない。確実に、サーカス団に連れ去られたのだ。
「顔がいいから目をつけられて連れて行かれたのか?」
子供達はそう思っているが、大人達はまた違う考えを持っている。
「昔イリーナを追ってきた奴らの関係者に違いない」
「旅芸人に紛れているとは」
「きっと、イリーナはこうなる事が分かっていたんだね。雇い主が貴族じゃ、あたしらは手出しができない」
カーチャが苦虫を噛み潰した様な顔をする。
昔話を思い出す。一人で故郷に戻ってきて、子供を隠してくれと、人目に触れさせないでくれと言い残したイリーナ。彼女は何を知っていたのだろう。街に様子を見に行った男性陣が戻ってきたが、サーカスは街を通っていない様だった。
「やはり帝都か。まあ、当然だね」
「『氷の神子』にされるために連れて行かれた」
ジェーニャが私の袖を引っ張る。その目には、いつものぼんやりとした感じとは違う強い光が宿っている。
「アリョーシャを助けなきゃ。たいへんなことになるよ」
そんな事を言われても。帝都がどっちの方向にあるのかもわからない。
「私があの時別行動を取らなければ……」
そうすれば、こんな事にはならなかったのかもしれない。あんなつまらない意地を張ってあの場を離れなければ。後から後から後悔が押し寄せる。
「そんな事してたら、お前の命まで取られてたかもしれねえ。どうせ、いつまでも隠れてらんねえんだ。いつかはこうなる運命だったのさ」
お前のせいじゃねえよ、とイワンが私の肩を叩く。その目は、ドミトリと同じ優しい色をしていた。
「とにかく、あたしはうちの男どもに連絡を取る。不幸中の幸い、どこの誰が手を出してきたのかはわかってるんだ。騎士団の方からも調べて貰うよ」
カーチャの鶴の一声で、一旦様子見となって三日が過ぎ、一週間、半月、そして一ヶ月が過ぎた。アリョーシャがかけた氷の魔法はそのままだ。私はスケートリンクのふちでぼんやりとしていた。何もする気が起きないのだ。
教会の鐘が、村中にガンガンと鳴り響く。これは「教会に集合しなさい」の合図だ。ジェーニャに手を引かれ、村はずれに歩いていく。私たちが到着した時、木造の礼拝堂の中はすでに人でいっぱいだった。帝都の消印で、カーチャ宛てに手紙が届いたのだと言う。
「封を切るよ」
がやがやとした室内が、しいんと静まり返る。紙の破れる音が、いやに響いた。
そこにはアリョーシャの字で「話し合いの結果、公爵家でお世話になることになりました。元気でやっています。僕の事は気にしないでください。皆さんどうかお元気で」と書いてあった。
「そっか。元気にやってるんだ。公爵ってお金持ちそうだもんね……」
「んな訳ねーだろ!」
ドミトリに後ろからどつかれる。
「気にしない訳ねーだろ!こんなのどう見たって無理矢理書かされてんじゃねーか」
「でも、それはわかんないわよ。私ちょっと考えてたんだけど、彼の行動に気になる点があるのよ」
ソフィアが手を上げて前に進み出る。
「ねーちゃんは黙ってろ! そんなに仲良くねえだろ!」
「知り合い程度の距離感だからわかる事もあるのよ」
「アレクセイは居なくなる前日、うちの店と、スケートリンク、食料品の店、倉庫に魔法をかけて行ったの。その時、『これでしばらくは持つはず』って言ったのよ。ずっと村にいるつもりなら、そんな事を言う必要はないじゃない?だから、私は本人がそのうちどこかへ行くつもりでもおかしくないと思ったの」
「じゃあこの花嫁衣装は? 先払いで頼まれたんだよ! 依頼票もあるし、前金だって貰ってる」
オリガはピロピロと伝票を見せた。そこには確かにアリョーシャの字がある。
「俺もレンガを作ってくれって注文を受けているんだが?前金で貰ってるぜ」
「でも、元々モニカは何も言われてなかった訳でしょ?そこが変よね」
村人達はめいめいの持論を展開する。でも、誰も答えを知らないから何も解決しない。結局、アリョーシャは何をどうするつもりで、今何を考えているんだろう。会いたい。会って話を聞きたい。本当の事を知りたい。そんなわがままを言っても良いんだろうか。どうしたらいいのかわからずに、服の袖をぎゅっと掴む。
ざわついている中で、ドミトリが「はい」と手を上げる。
「俺はアリョーシャが率先して帝都に行く事を選んだとはどうしても思えない。きっと、脅されているんだ。村を燃やすとか、モニカを殺すとか。だから身動きが取れない。村長はどう思うんですか」
黙って話を聞いていたカーチャが口を開く。
「あたしもそう思ってはいないさ。本人から相談も受けていたしね」
カーチャはエプロンの隙間から手紙を出した。村人達の視線がカーチャの手に集中する。
「息子に調査を依頼して、返事が来た」
カーチャが手紙を読み上げる。亡きヴィニャフスキ公爵の弟の遺児が見つかった。その容貌、氷の魔力から公爵家に連なる血筋である事は疑いようもなく、公爵は彼を養子として迎え入れ、帝都の華と名高いグラズノワ嬢との婚約目前と言われていると帝都で噂になっている事。
セルゲイは公爵家に親戚として面会を申し入れたが受理されず、それならと行きたくもない舞踏会にめかし込んで参加し、本人に会うことができたものの、形式上の挨拶だけで取りつく島もなかった。それまで面識はないものの、曲がりなりにも文通をしていた仲であり、その様子は手紙から受ける人物像とはだいぶ違っていた事を不審に思い、再度面会を申し入れたが無視されている事。それにより騎士団長が苦情申し立てをしたが、それもやはり効果がなかった事。
ヴィニャフスキ公爵の父親は、先帝の兄にあたる人物で、当代の公爵と皇帝とは従兄弟の関係になる。先代公爵は体が弱いため帝位を弟に譲った。そのため、正当なる帝位は自分にあると言って憚らない危険人物のため、皇帝陛下に危険視されている事。
最後に、公爵の弟、すなわち「氷の神子」と呼ばれ、帝都の大精霊との交渉役を仰せつかっていたアンドレーエフは20年ほど前に体を壊して亡くなっているが、当時から美しい踊り子との恋の噂があった。過去の事なのではっきりとした証拠はないが、当時の証言をまとめると自分の従姉妹のイリーナであろうと確信できたと書いてある。
「えっ、つまりアリョーシャって時代が時代なら王族だったかもしれないの?」
ユーリャが素っ頓狂な声を出す。
「自分の姪とはいえ、そこまでの大物を引っ掛けるとはイリーナには驚きだね」
「公爵ですか……そこまでの大物でしたら、村や領主様では太刀打ちできません。アレクセイだけを連れ去ったのは、抵抗しなければ村には危害を加えない、との忠告でしょうか」
パーヴェルさんの問いに、カーチャはため息をつく。
「手紙はまだ1枚ある。おや、これはあんた宛ての追伸だ」
私の手に、最後の便箋が渡された。ホテルに置いてあるような、なんの飾り気もない茶色い紙だ。
『モニカへ。直接手紙を書くのは初めてだな。オレは元々公爵が大嫌いだったが、ここへ来て猛烈にブン殴ってやりたい衝動に駆られている。やられっぱなし、投げっぱなしは性に合わない。お前もきっと、そうだろう?帝都で暴れてスッキリしたいなら、オレはいつでも手を貸してやる』
無骨な文字を読んでいると、なんだか心に火が灯った様な気持ちになる。
「そう……そうだよ。やられっぱなしは性に合わない。投げっぱなしも、スッキリしない。本当にそうだよ……」
セルゲイは帝都に来いと言っている。会ったこともない人だけど、何故だかはっきりわかる。
「本当に、あの子は喧嘩っ早くてさ。ま、あたしに似たんだけど……」
カーチャはこめかみを揉みながらも、笑っている。
「私、帝都に行きたい。なんとかして、直接話をして、それで、全部スッキリさせたい」
教会の中がしいんとなる。カーチャは私の肩をがしっと掴み、強く頷いた。
「それでこそあたしの娘だ。村の事は心配いらない。兄貴と一緒に、暴れておいで」




