34話 予期せぬ来訪者
「よっと!」
「ジャンプする時に声を出すと危ないから黙って跳んだ方がいいよ」
ドミトリはジャンプを必殺技か何かだと思っているフシがある。
「みて〜スパイラル〜」
ジェーニャは片足を上げ、前に倒した上体と並行にして滑走する。スパイラルとは氷上で片方の足を腰より高い位置に上げて滑る状態を指す。なので、厳密に言えばジェーニャのはまだスパイラルと言うにはちょっと足りない。足の位置が本人が思っているより下がっているからだ。
「もうちょっと、こう」
滑っているジェーニャの足をつかんで持ち上げ、ついでに前に押す。
「理想としては、こう」
「む、むり〜」
そのまま各自練習をしていると、かすかに外が騒がしくなり始めた。
「何か来たのかな?」
「なんか、旅の人?移住希望者?が来たみたい」
遅れてやってきた女子たちの情報によると、数人の団体が村に滞在したいと言ってきたらしい。
「この村にわざわざ?夜逃げかなんかか?」
「旅芸人らしいよ?」
「あれえ〜?なんですかあ、この雪?でできた建物?夏ですよねえ?ふしぎ〜」
外から、妙に間延びした声が聞こえる。このイントネーション、聞き覚えがある。
「うわぁ〜、ひんやりしてますねぇ。あら、そこにいるのはあの時の?」
ひょっこりと顔を出したのは、サーカスで出会った曲芸師のメイだった。
「あ、ど、どうも……」
「この前の興行が大成功を収めたのでぇ、お休みを貰ったんですぅ。ね、リハク?」
隣の男性は、無表情のままコクリと頷いた。メイとは対照的に無口な人だ。
「ところでここ、何なんですかぁ?」
「スケートリンクですけど」
「何故夏にスケートリンクがぁ?」
「えーっと、それはですね〜」
「精霊様のお力って事でひとつよろしく」
口ごもっていた私にドミトリが助け舟を出してくれる。
「ふう〜ん。ここの精霊様は世話焼きな方なんですね。帝都とは大違い」
メイのこげ茶の瞳がきらりと光り、まじまじと見つめてしまったため、目が合う。
「モニカさん、この辺りの人じゃないですよねえ。東の方の血が混じってますかぁ?」
私はメイに、東の国よりもっと遠く、海を越えた島国があるかどうか尋ねてみたが、彼女は山岳民族なのでわからない、との答えだった。
「いろんな国があることは知ってますが、モニカさん、そこから来たんですかぁ?どうやって?」
「ええと、そこから来た訳じゃなくて……」
「あたしが村長のエカテリーナだ。この2人はあたしの親戚さね」
私が再びもごもごしていると、村人に呼ばれたカーチャがやって来た。
メイは私から視線を外し、くるりと優雅に礼をした。
「お初にお目にかかります。わたくしども、旅の一座、とは言っても一部ですが。しばらくこちらに滞在させていただければとぉ」
対照的に、カーチャは渋い顔だ。
「急に来られても、こちらには何も用意がない。娯楽に出すほど余裕のある村じゃないからね」
メイはおかしいですね、とでも言いたげに首を傾げる。
「そうですかぁ?ヌヌガフ村からいろんなものが出荷されていて、豊かな村だと帝都でも噂になってますぅ。私たちも、旅芸人をやめてどこかに腰を落ち着けたいと思っているんですよ。ねえ、リハク?」
男は無言で頷いた。
「移住するなら歓迎するけどね。この通りの田舎村だ」
「よろしくお願いしま〜す」
なんだかちょっと、嫌な雰囲気だ。村の人達は戸惑っているというか、少し冷たい?感じがする。村社会の嫌な面を見てしまった……。私はジェーニャを連れて、倉庫へ向かった。事務作業をしているアリョーシャがいるはずだ。
「あれ、モニカ、どうしたの?昼ごはんのお誘い?」
「ううん。なんか、この前見たサーカスの人達が遊びに来たの」
「あのひと、アリョーシャをねらってるー」
ジェーニャも少し不機嫌だ。
「狙ってるって……そんな事ないだろう」
「ほんとにほんとにほんとだもん。アリョーシャ、あぶないよ」
「ジェーニャ、落ち着いて。危なくないから」
「ああ、いたいた。その声、アレクセイさんですねぇ」
アリョーシャが突然キレ出したジェーニャをなだめていると、再びメイがひょっこり顔を出した。
「ああ、どうも……」
「こんにちはぁ。ここも随分ひんやりしていますねえ」
「ここはアレクセイの魔法で冷やしているんですよ!」
倉庫の責任者であるジェーニャのお父さんが張り切って説明を始める。この人、すごくいい人なんだけど、ちょっと天然入ってるんだよね。彼女のお父さんと考えたら当然と言えば当然なんだけど。
「父よ! やめたまえよ!」
娘の静止も聞かず、お父さんはとうとうと語る。それをメイが目を輝かせながら耳を傾けている。
「まあ、魔法が使えるんですか?すごいですぅ。氷の魔法。帝都の『氷の神子』さまのようですねぇ」
「コオリノミコ?」
その言葉を聞いて、ぎくりとする。アリョーシャの顔をちらりと見るが、なんの感情も読み取れなかった。
「こちらの人は知らないかもですねぇ。氷の神子は、現在のヴィニャフスキ公爵の弟君ですう。銀髪に青い瞳の、それはそれは美しい青年だったと言われていますぅ」
「そ、その人、今は?」
「とうの昔にお亡くなりですぅ。元々体が丈夫ではなかったそうで」
「『氷の神子』は、大精霊様にお仕えしていて、魔力を消耗しすぎて命を削られて亡くなってしまったのだと言われていますぅ。公爵家は魔法が使える人間を比較的多く輩出している名家なのですが、今の公爵様はからっきしのようですねぇ」
メイはあはは、と手を振りながら笑う。部屋の空気が冷たくなっていくのを感じる。氷の神子。もしかしてその人が、アリョーシャのお父さんなのかもしれない。
「まあ、亡くなった方と、お貴族様のお話をしても仕方がないですねぇ。私たち、教会とか精霊様の湖を見てみたいですぅ。ご案内してもらえますか?」
アリョーシャの腕に、白くて細い腕が絡みつく。ミントグリーンの袖に包まれた腕はほっそりと白く、農作業で日焼けしてムキムキの私とは違う。アリョーシャはメイをじっと見つめている。それを見ているとまた胸がムカムカしてきた。ちらりと、水色の瞳が伺うようにこちらを見る。
「モニカも、行く?」
「行かなーい。薪割りがあるから」
「そう?」
アリョーシャはまだ何か言いたげだったが、私はさっさと倉庫を出る。
「それでさ、あいつったらデレデレしちゃって……まあ、アリョーシャがどの女の子と仲良くしようと関係ないんだけど」
私は広場に戻り、井戸端会議に乱入して愚痴り始めた。しかし、村人達の反応は悪い。
「それ、モニカの勘違いだと思う」
「かわいそー。今頃一人で困ってるかも」
「今から戻ってあげたら?」
むむむ。旗色が悪い。私の心が狭いのかな?よく考えなくても、他人だし、メイは可愛いし。納得しかけようとしたその時、オリガが私の頬をつついてきた。
「何よ」
顔を上げると、珍しく真剣な目をしている。
「確認するけど、アレクセイから結婚の申し込みされてる?」
「え?されてないよ?」
何言ってんだこいつ。何故そんな話題になったのかわからなくて、硬直する。後ろの方で「あちゃー」と誰かの声が聞こえる。
「私まだ17歳だよ?」
「結婚適齢期じゃないの」
「嫌なの?」
「言われた事ないし……」
そもそも付き合ってください、すら言われた事ないんだけど?
「態度でわかりなよ」
「わかんないよそんなの!?」
「いつも花を貰ってたじゃん。このあたりでは、男が女に花を贈るのは、結婚を申し込むときって風習があるんだよ」
「知らないよそんなのー!!」
私は頭を抱えた。知らないよ、初対面の時も貰ったけど。文化の違いって恐ろしい。
「ええー?えええー?それ私、了承したことになってるの?」
「嫌なの?」
「嫌じゃないけど、ちょっと理解が追いつかないと言うか。本当に本当に本当にそうだと思う?」
私の質問に、女性陣は確信を持って頷く。その目には一片の迷いもない。
「新婚旅行で海の方に行って、魚をお土産にしてくれるもんだとばかり」
「結婚式は秋が多いからねー。秋に結婚して、冬は新婚でしっぽり引きこもるの」
「だから、この前ドレスの確認をしたでしょ! あたしはアリョーシャに頼まれてたの!」
オリガはビシリと私を指差した。頼まれたのか。そうか。それなら本当に違いない。オリガの顔を見て、すとんと納得できた。
「交際からじゃダメなの?」
「同居って交際より先の段階だと思うけど」
「もう結婚でいいじゃない」
「ちょっとカーチャに相談してくるわ」
矢継ぎ早にいろんな事を言われて、だんだん心臓がバクバクしてきた。早足では感情が追いつかなくなり、最後は全速力で走って家に飛び込む。
「ね、ねえ!アリョーシャが私と結婚したいって話、知ってる?」
「知ってるよ。とうとう面と向かって言われたのかい?あんた、鈍いもんねぇ」
ま、あたしも人の事言えないんだけどさ、とカーチャは豪快に笑った。
「マジなのか……」
これは、戻ってきたら是非とも問い詰めてやらねば。思い返すと、フラグのようなフラグじゃないような出来事は今までにも結構あった。
「言うならはっきり言ってくれればいいのに……」
まだドキドキがおさまらない。ちょっと走ったぐらいじゃ心拍数はこんなに上がらない。これは絶対結婚の話題のせいだわ。
「まあ、帰ってきたらゆっくり話を聞けばいいさ。さ、料理の練習でもしようじゃないか」
カーチャに肩をバンと叩かれて、やっと正気に戻る。確かに、本人に話を聞かないとね。
でも、その日、アリョーシャは家に帰って来なかった。次の日も、そのまた次の日も、彼が私とカーチャの待つ家に戻ってくる事は無かった。




