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32話 サーカス

 

 今晩は宿屋に泊まり、明日の昼前に街を出る予定だ。米をどのくらい載せられるのかは馬の体力にも関係するので、いったん購入は保留となった。宿屋に入れる時間になったため、そちらの方向へ歩き出す。まだ日は高く、他に何かしようと思えばできる時間帯ではある。


「そういえばさ、今サーカスが来てるんだってよ。見たくねえ?」


 サーカス。それは自転車に乗る熊。ピエロ。空中ブランコ。火の輪潜り。冷静に考えると、本物のサーカスって見たことがないな。


「見たい。熊いるかな?」

「熊なんぞ見ても面白くねえだろ」


 イワンにつっぱねられる。熊可愛いのに。でもまあ、村人と言う観点で見ると確かにそうかもしれない。


「後ろの席なら、結構安いらしいぜ」

 ドミトリが言うには、後ろの席で大体日本円にして3000円くらいらしい。


「うーん、でも米の予算が」

「そんなにうまいのかそれ?」

「村の人がどうかはわからないけど、多分なんとかなると思う」


 馬車に積めるだけの米を買っても、所持金はゼロにならないとのアリョーシャの言葉を信じて、若者三人でサーカスの見学へ向かう。中央広場いっぱいに大きなテントが張られ、人混みができている。


「なになに。帝都で人気の大サーカス。異国の技をご覧あれ」

 私は何とか文字が読めるようになった。合ってる……よね。


「帝都で人気ならこんな地方に興業に来なくねえ?」

「でも、人が沢山いるよ」


 アリョーシャが指し示す先には一際大きなテントがあり、そこにどんどん人が吸い込まれていく。


「もう間もなく開演でぇーす! お急ぎくださぁ〜い!」

 団員だろう、小柄な女性が大きな声を張り上げている。


「すみません、三名なんですけど、席空いてますか?」

 女性は、声をかけてきたアリョーシャを見て「おやっ?」とでも言いたげに表情を少し変えた。しかしそれは一瞬の事で、すぐに満面の営業スマイルになる。


「最前列なら空いてますよん!」

「うーん。親父から安い席の分しか金貰ってねえ」


 ドミトリはわざとらしく腕を組む。私は知っている。靴屋のイワンは子供に甘く、息子の事を信頼しているのでちょっと多めにお金を渡している事を。


「これも何かの縁ですし、一番後ろの料金でいいですよぉ!あ、でも、秘密にしてくださいねん」


 女性は口元に指を立てて、微笑んだ。顔つきは、私と同じアジア系だし、言葉に妙な訛りがある。村にいる間は気にならなかったけど、この世界にも日本や中国のような国があるのかも知れない。彼女はメイと名乗り、空中ブランコに出るから是非見てくれと言い残し、テントの奥に消えていった。


 後から出てきた受付の人にチケットをもらう。最後尾の金額しか払っていないのに、本当に最前列に通されてしまった。ドミトリは「いや〜得したな〜」とご機嫌だ。


 司会者が登場し、場内はしんと静まりかえる。


 最初は小さな女の子たちの踊り。犬の芸、曲芸、早着替え。観客の盛り上がりにつられて、ついつい自分も手を叩いたり、声をあげたりしてしまう。子熊の芸が終わった後は、テントの奥からピエロが飛び出してきた。


「そこの銀髪のお兄さん!ちょっと手伝っていただけますか?」

 司会者は、アリョーシャをぴっと指差した。当の本人は、「まさか自分じゃないよな」といった雰囲気できょろきょろとしている。


「ちょっと、自分でしょ」

「え、僕なの?」

「どう見てもそうだろ」


 まごまごしているアリョーシャの手を、ピエロがくいくいと引く。


「行ってきなよ」

 ここで断ると場がしらけてしまうかも、というのは日本人的発想だろうか。


「さあさあ、どうぞどうぞ!おやお兄さん、よく見なくても色男ですねえ!」


 背後の女性陣が色めき立つのが分かる。


「お名前は?」

「あ、アレクセイです……」


「今日はどちらから?」

「ええと、近くの村から……」


「独身ですか?」

「あ、はい」


 何もしていないのに会場のテンションが上がっていく。「アイツ村だと予約済みだからモテないけどやっぱ外に出すと違うな」とドミトリがこっそり耳打ちしてくる。その後は、他の観客も巻きこんでの客いじりが続く。ひとしきり餌食にされた後、アリョーシャはふらふらと席に戻ってきた。


「お疲れ様。ウケてたじゃん」

「き、緊張した……ドミトリが行ってくれれば良かったのに」

「俺だとあんなにウケねえよ」


 アリョーシャはげんなりしている。その様子を見ていると、初対面の時のおどおどとした様子を思い出す。


 曲芸、火の輪くぐり。最後の締めは空中ブランコだ。先程のメイと名乗った女性と、大柄な男性が2人で登場する。おそらくあえてだろう、ひやっとさせられる演出が随所に盛り込まれていて、会場は大盛り上がりのうちに幕を閉じた。


 私たちは最前列なので、退場はゆっくりでもいいだろうと、終幕後もしばらく座席に残っていた。


「あはは!お兄さん、今日はどうもですぅ。あんまり美男子だったから、ついつい座長もいじっちゃいました」


 さっき空中ブランコや曲芸に出てきメイだ。隣には相方の男性がいる。身長差がものすごくあるので、スケート選手でペア競技をしたらかなりいいところまで行きそうだ。


「三人、どこから来た?」

 男性がたどたどしい発音で声をかけてくる。彼はリハクと言うのだと、メイが説明してくれる。


「ヌヌガフ村です」

「知らないですねん。この近く?」

「半日ぐらいですね」

「そこの生まれなんですか?」

「そうですね」


 メイはアリョーシャに質問し続けている。その様子をじっと見ていると、なんだか胸が急にムカムカしてきた。視線を感じ、右を向くとニヤニヤしているドミトリと目が合う。


「何よ」

「いや〜今日は楽しいなあと思ってさ」


 肌荒れの「は」の字も無いドミトリの頬を軽く引っ張って、テントを後にする。男二人は大人しくついて来た。


「モニカ、気分悪い?」

 アリョーシャの心配そうな声が背後から聞こえる。


「気分が悪い、じゃなくて機嫌が悪い、って言うんだよこれは」


 あんたに私の何がわかるのよ、と言いたいところだが、その通りなのでぐうの音も出ない。振り向き、顔をしかめて遺憾の意を表明する。


「な?」

「成程……?」


 アリョーシャはどうにもピンと来ていない顔をしているが、私にも自分が分からないので説明ができない。多分お腹が空いているのだと思う。後ろでひそひそ話をしている二人を置いて宿泊予定の部屋に入ると、すでにオリガがベッドの上に布を広げている。


「ちょっとモニカ。こっちとこっちの布、どっちが好き?」

 私には、どっちも大して変わりがない白い布に見える。


「わかんない……」

「真剣に考えて」

「そんなのオリガにだけは言われたくないよ」

「ふーん。じゃあ、アレクセイ。どっち?」


 アリョーシャが選んだ方にピンが止められる。


「デコルテが四角いのと、切れ込みが入ってるのはどっち?アレクセイ、答えて」

「切れ込みの方かな」

「よろしい。レースはこれかこれかこれ。はい、モニカ」


「あー、こっち」

 流石にレースの柄は区別がつくので、自分の好きな方を選ぶ。


「はい、お二人さん、ご協力ありがとう」

 オリガは備え付けの机に向かい、デザイン画を描き始めた。私のベッドには布が積まれたままだが、オリガが楽しそうにしているので、まあいいかと気を取り直した。


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