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30話 そして春が来た 下

 朝日と共に起きる。寝覚めはあまり良くなかった。身支度をして、広場に集合する。既に大体の子供たちがそこに集まっている。アリョーシャはカーチャがどこかから連れてきたロバを引いている。


「大人は二人しかいないからな。頼んだぜ」

「私たちって保護者扱いだったんだ……?」


 正直、私より他の子たちの方がよほどしっかりしている感じがするけれど、年齢を考えたら仕方がない。ロバに荷物を乗せ、山登りを始める。子供と言っても現代人とは足腰の鍛え方が違うので、そこまで大変な道のりではない。


「よく考えたら、俺たちが遊んでる時、アリョーシャは物陰に潜んでたのか?」

「まあ、そうなる。たまにちらっと覗いたりはしていた」

「ウケるなそれ」


 男2人は会話しながら、どんどんと先に登っていく。その背中にジェーニャがおんぶされている。暑いのが好きじゃないみたいで、最近はあまり会わない。スケートの練習の時に顔を出すくらいだ。


 まだ午前中のうちに、湖に到着した。日が高く登り始めている。荷物を降ろし、敷物を敷き、水浴び着に着替える。


「モニカ、お前、泳げんのか?」

「あったりまえよ」


 私を誰だと思っている。スポーツ万能少女のモニカさんだ。幼稚園から小学校の中学年までは水泳も並行してやっていた。四泳法なんてちょちょいのちょいだ。


 湖は足がつかないので、泳げる子は限られる。水中組と陸上組に分かれるのかと思いきや、アリョーシャは魔法でテーブルぐらいの大きさの流氷を出した。その上に敷物を敷いて、ジェーニャを乗せる。


「あ、それ、私たちにも作って!ちゃんとお船の形で!お花の飾りもつけて!」

「注文が多いな……」


 冬の間に、アリョーシャもだいぶ打ち解けた。ユーリャとマーシャはだいぶ厚かましい性格をしているので、やれこうしてくれ、ああしてくれと騒がしいのだ。


 全員で水遊びをして、バタフライを披露し脚光を浴びた後、昼食になる。


 お弁当は、パン屋の試作品の試食だ。売れ筋はマヨネーズを使ったパン。あれ以来、この村では空前のマヨネーズブームが広がっており、帝都のレストランでも、マヨネーズを使ったサラダが提供されている。連日大盛況のようで、偉い人でも予約が取れないらしい。


 おやつには、ベリーのアイスクリームが出る。アリョーシャ特製の保冷ボックスがあるからだ。


「夏にこういうのが外で食えるの、すっごいよな……魔法ってすげえ……」

「ほんと、すっごいよね……」

「すごいですぅ……」

「しゅごい」


 そう、暑い夏はアイスクリーム。しかし、それは文明の利器があってこそ。これまでのアイスクリームは、寒い冬に外で作って、家の中で慌てて食べるものだった。


 ヌヌガフ村は、まさに文明開化の真っ最中なのだ。


 ご飯を食べた後は、服を乾かしながら昼寝をしたり、釣りをする。ついでに野草も採る。



 久しぶりに水泳をしたからか、春の陽気のせいか、いつの間にか寝ていた。ふと横を見ると、こちらを見ていたアリョーシャと目があった。慌てた様子で目をそらされる。えっ、何。よだれでも垂れてるのかな。恥ずかしい。


「……」

「……」

 気まずい沈黙が流れる。


「そ、そうだ。精霊様に挨拶に行こう」

「いこうー」


 全員でぞろぞろと連れ立って、氷の城があると噂されている崖の近くに行く。隙間のような、トンネルのような洞窟に入り、中を進んでいく。正面には出口だろう、光が差し込んでいるのが見える。子供たちは暗くない?怖くない?危なくない?など色々言うが、足取りはしっかりしていて、口調とは裏腹に好奇心が抑えられないのがわかる。


「多分いらっしゃると思うから、ご挨拶して」

「お、おう。まかせとけ」

「まかせろー」


「ね、ねえモニカ。1人ずつ挨拶するの? それともいっせいに言うのかしら?」

 マーシャが私の腕を引っ張る。正直、精霊様はあまりそういうの気にしないんじゃないだろうか。ぐだぐだ喋っているうちに、あっという間に向こう側へたどり着いた。


「こ、ここがふしぎの国なのかしらっ!?」

「素敵!お花が咲いてる!」

「本当にお城がある!絵本で見た通り!」



 女子たちがいっせいに騒ぎ始める。洞窟を抜けると一面の花畑があり、奥まった所には氷で出来ている真っ白な建物があった。城と言うよりは館、って感じではあるけれど。


「おいおいおい、子熊がいるぞ! やばいんじゃね!?」


 ドミトリが指差した先には、コロコロとした子熊がいた。後ろ足で立ち上がって、こちらを見ている。子熊。それはもふもふでとても可愛らしいもの。しかし、その傍には必ず凶暴な母熊がいる。


「精霊様の庭では殺し合いは厳禁だから、ここにいるうちは大丈夫」

 ここにずっと住んでいた人が言うのなら大丈夫だろうと思い、じゃあ湖の辺りで会った時はどうなるの、という疑問を封じ込める。


 真正面にある扉が音もなく開き、中から白い犬が現れた。


「わっ!精霊様、お久しぶりです。今日はパピヨンなんですね」


「モニカよ、よく来たの。まあ、特にお主らに出せるおやつなどはないんじゃが」

「お久しぶりです」


 アリョーシャは軽く会釈をして、保冷ボックスの中のアイスクリームを出した。子供たちは挨拶するタイミングを失ったのか、おずおずと「お久しぶりです……」と挨拶をした。


「おお、おお。村が発展しているようで何より」

 精霊様は、舌を出してニコッと笑った。その口元に、ジェーニャがアイスクリームを運ぶ。


 ぺろぺろぺろ。私たちはお行儀良く、精霊様がアイスを食べるのを眺めている。


 ぺろぺろぺろ。私たちは無言で眺めている。


「そんなにかしこまって眺めていなくてもいいんだよ」

 アリョーシャが、黙っている子供たちを見渡しながら言う。そんな事を言われても、どういうテンションかわからないので何もできないのだ。


「別に用事はないから、その辺で遊んでいても良いぞ。採取でもして帰りなさい」

 精霊様にもそう言われて、子供たちはやっと散り散りになって付近を散策し始めた。


 ベリー、薬草、山菜、季節の花。子供たちはかごにどんどんと獲物を詰め込んでいく。持ちきれなくなると荷物を放り出し、花冠を作ったりベリーを食べて遊び出す。


「これは毒があるけど、薬にもなるから、教会へ持って行こう」

「そうなんだ。間違えて食べないようにしないと……」


 私はアリョーシャの横で植物の説明を受ける。野菜の苗の区別はつくようになったけど、キノコとか草はさっぱりだからだ。なぜか精霊様も一緒に話を聞いている。


「ふむ。仲良くなったようで何より。式には呼んでくれ」

「なんのですか?」

 次の祭りか何かだろうか?夏祭りと秋祭りがあっても全くおかしくない。いや、この村の感じだと絶対にあるだろう。


「何でもないよ。精霊様は適当な事を言うから」

 アリョーシャにぐいぐい押され、次の穴場スポットへ向かう。キノコの判別方法を教えてもらったが、さっぱりだった。唯一「食べたら絶対に死ぬどころか触っただけで手がかぶれる」キノコだけは覚えられた。


 その後館の中を見学させてもらい、山を降りる。去り際、「いつでも来て良いぞ。館は常にあるわけではないがな」と言われた。だんだん小さくなっているのは、例の冬眠が近づいているのだろうか。



「いつでも来ていいなんて、太っ腹だよねえ」

「元々そういう方なんだよ。僕を人目に触れさせないようにしていたから……」


 そういえばお父さんの事や、家を出るとか言っていたけれど、結局どうなったんだろう。そう思い出して、アリョーシャの顔をちらりと見る。いつもの通り完璧なEラインだった。色々気になることはあるけれど、現状維持が一番いいなと思い、疑問を口にするのを止めた。


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