25話 妄想は続くよよどこまでも
アリョーシャはわりとすぐに村になじんだ。半分は村人の血が流れているのだから、当然といえば当然ではあるのだが。
スケートリンクも立派になり、天候に左右されなくなった事で、練習環境は大幅に改善した。時間のある時は毎日練習に励んでいる。大人たちもたまにスケートをしにやってくる様にになった。
「春が来たら、こんなに悠長にしていられないからね」
カーチャはくるりとターンをする。正直に申し上げると、彼女の体型はスケートに不向きもいいところなのだが、もともとの運動神経はかなりいいみたいだった。
そろそろ切り上げて家に戻ろうとすると、ニコロがやってきた。
「あ、ニコロだ。やっと元気になったの?」
少しやつれたように見える。
「まあ、なんとかな。ところで、残りの音楽を聞かせてもらえないか」
ちょうど、そろそろ他の音楽も楽譜にしてもらいたいと思っていた。街に楽団があるのなら、交響曲とかも出来るかもしれないし。ラフマニノフのピアノ協奏曲を再現してもらおう。私のために、オーケストラの皆さん、屋外で4分間演奏して!とまではとても口にできないが、妄想は自由だし。
「いいよ。私が使おうと思ってた曲を聞いてもらおうかな」
三人で家まで戻る。カーチャは買い物に行ったのだ。途中はまあまあ世間話をしながら帰ったが、お茶を用意して居間に戻ると、会話は全く弾んでいなかった。私は音楽プレーヤーの電源を入れる。充電はまだ100%のままだ。
「じゃあ、これね。ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番」
「確認するが、何番まであるんだ?」
「3番……?かな?ここにはないけど」
「ないのかよ……」
だって2番が一番有名なんだもん。私はぴっ、ぴっ、と曲を選択する。
「これ確か40分ぐらいあるから、私たち他のところで待ってるね」
「ま、待て待て待て。それは3楽章ぐらいはあるって事だろ?途中で切ってくれ」
「えー、15分ごとに相手するのめんどくさいし……」
「心の準備をしたいから、一番有名なフレーズのところだけ先に歌ってみてくれ」
「いいよ。でん!ででででででん!でででででででん!でで、でんでんでん でん!」
「もういい」
ニコロに手で遮られる。私だって恥ずかしさを我慢して頑張ったのに、なんなんだその仕打ちは。
「打楽器?」
アリョーシャも首を捻っている。ふたりとも馬鹿にして。本当にこういう曲なんだから。オーケストラの演奏を聴いて、感動に震えろ。
ニコロが音楽に集中するために、私とアリョーシャは料理をすることにした。魚のクリームスープだ。寒い地域なので、体を温めるためのスープ料理が多い。
「さっきの、結局はどんな曲なの?」
「えーと、ここみたいに寒い国の人が作った曲で。なんか最初はぼーん、みたいな鐘の音が鳴ってて、最初はすごい苦しい感じなんだけど、途中まったりして、最後はめっちゃ盛り上がる。人生サイコー!開放感!って感じ」
説明が難しい。とにかくいい曲なのだ。いい曲なんだけれど、説明が難しいのは確かだ。現に、アリョーシャにはまったく伝わっていなさそうな雰囲気がある。
「ええと。最初は落ち込んでて、最後は立ち直る、みたいな感じで曲の中に物語があるって事?」
「うん。踊ったり、室内でまったりしてる時に流すような曲じゃないね」
私はそっと居間を覗いた。ニコロはもう泣いている。まだ10分も経っていないのに。
「どうだった?」
「このまま聞かせると、またご飯が食べられないぐらい落ち込んじゃうかも……」
「途中で止めてあげた方がいいんじゃ?」
「うーん。もう少し様子を見よう」
鍋に食材をぶち込んで、煮る。ある程度火が通ったら暖炉の上にくたくたになるまで放置。これがここの料理の黄金パターンだ。
「泣いてるよ……ものすごく……」
居間の方を覗いたアリョーシャが見てはいけないものを見てしまったような顔をする。
「そりゃあ泣くだろうさ」
ちょっとカーチャみたいな物言いになってしまった。自分で自分に笑ってしまう。
遅れて戻ってきたカーチャが、居間で泣いているニコロを見てギョッとした顔をした。
「この前と同じだねえ。音楽家も大変だね」
「そうなのよ」
食事の用意をしている間も、ニコロはずっとめそめそしたり、ぼーっとしたり、メモを取ったりしていた。
「お気に召したみたいね」
私が話しかけると、急にニコロの目に光が戻り、猛烈に語り出す。
「この曲は、冬の曲だ。この作曲者も、ここの様な寒冷地出身に違いない。最初の重厚なピアノの音色。これは鐘の音だ。帝都の道を、寒さに震えながら歩く時、聴こえてくる教会の鐘だ。俺たちのつ」
「わかった、わかった。わからないけどわかった」
私はニコロの語りを両手で遮って止める。ここで切っておかないとスープが冷めるまで語りが続くからだ。
「聞け!聞いてくれ!」
これ完全に前回と同じパターンだな。オタクはこれだから困る。
「曲の解釈は改めて聞くから。もっと言うと、演奏で表現してくれればいいから」
そういうと、ニコロは黙ってメモを取り始めた。その様子をアリョーシャはじっと眺めている。
「最後がすごく盛り上がるとモニカは言っていましたけど。あなたもそう思いました?」
「ああ。孤独に押しつぶされた後、魂の休息、そして救済、復活。やっとこの地で生きる事を受け入れられた。そん」
「ちょっと!話を蒸し返さないで!」
せっかく静かになったのに。また情緒不安定になられては困る。ニコロの前にスープの皿を置く。今度は私の野望を語る番だ。
「ね、この村って楽団があるんでしょう?楽譜に起こして、村の人に演奏してほしいな!」
私の提案に、ニコロは呆れた顔をした。
「村では無理があるだろ。俺がピアノを弾くとしても、残りが揃わん。これは帝都で演奏すべきだ」
「楽譜ができたらそれを広めていいからさ。やるだけやってみてよ」
「まあ、この曲はすべての国民に知らせるべきだ。それはやる。やらせてもらう。しかし」
「良いじゃん!音楽とスケートで村おこし!それで、最終的にはでっかいホールを作って、中に氷を張って、オーケストラの演奏でフリーを滑るの!4分間!」
ついでに、そこまで行ったら競技会とかも開催したいな。夢はどこまでも広がる。
「正気か!?この曲を!?4分に短縮して、踊る!?」
「皆やってるもん!」
そう。ラフマニノフのピアコン2番はフィギュアスケートでも大人気なのだ。まあ実際曲に迫力がありすぎて難しい事は難しいんですけれども。そう長くない競技人生、好きな曲で滑った方が良い。
「さっき、自分で踊る時の曲じゃないって言ってなかった?」
アリョーシャはいつでも私の話を真に受けすぎだ。もう少し失言は流してほしい。
「はー。やるけどよ。やらせてもらいます。まずは完全版を書き写す所からだけどな」
「もう一回聴く?」
「後日にしてくれ。あまり猶予はないんだろう。しかし、この曲でスケートって……」
「ぶつくさ言わないで!」
ニコロはぶつぶつ言いながら帰って行った。ちなみに、四人で食卓を囲んでいる時もずっとぶつくさ言っていた。
暗い道を、ランプの明かりを頼りにとぼとぼ歩いて行くニコロの背中を眺めながら、隣のアリョーシャにも問いかける。
「試しに聴いてみる?」
「村の楽団が演奏する日まで、楽しみに取っておくよ」
「そっか」
私は鼻歌を歌いながら、廊下で振り付けの確認をする。アリョーシャがそれをじっと見る。私は目立ちたがり屋で、人前で歌ったり踊ったりすることが恥ずかしくないはずなのに、なんだか少し、照れくさいと感じた。




