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23話 雪と氷の教会で

 

「……」

 雪かきは続く、どこまでも。いい加減飽きてきた。ああ、スケートがしたい。雪かきはもういやだ。フィギュアスケートがしたい。スケートじゃなくてもいい。サウナでも、ご飯でも。とにかく雪かきをやめたい。もしかするとこれからずっと、ピカピカの氷で滑れるかもしれないのだ。それどころか、氷の城で屋根だって作ってもらえるかもしれない。とりあえず雪かきをしたくない。


「モニカ、大丈夫?疲れた?」

 アリョーシャが心配そうな声をかけてくる。スコップを両手でかかえ、髪の毛は三つ編みにしている。ちょっと女子力高すぎるな。


「いや、疲れてはいるけどまだまだ動けるよ。こっちじゃなくて、早くリンクの片付けをしたいなって思っちゃって……」


 まあ、いわゆる集中力が切れた状態だ。


「教会まで行ったら、少し休憩しよう。精霊様に連絡をしたいんだ」

「わかった。それまで頑張る」


 やっとの思いで教会にたどり着く。手足に乳酸が溜まってきた。教会の入り口では、ジェーニャが小さいホウキで雪をはらっている。


 上を見上げると、今まさにパーヴェルさんが屋根の雪を下ろそうとしているところだった。最上階の柱に命綱をくくりつけて、屋根の上に立っている。


『あー、もしかして、援軍ですか? 上から見て、妙に早いなと思っていたんですよー』


 上から叫び声が聞こえる。

「そ、そうです。僕がやりますので、司祭様は降りてください」

「それ絶対聞こえてないよ」


『ぱーゔぇるさああああああああん! やんなくていいってーーーーー!!!』

 ジェーニャはたまにめちゃくちゃデカい声を出すのでこちらがびっくりしてしまう。


 休憩直前のため、アリョーシャは気合を入れて魔法を使ったようで、雪下ろしはあっという間に終わった。


「いやあ、ありがとうございます。何か食べますか?」

 パーヴェルさんは肉体労働の苦しみから解放されたためか、満面の笑みだ。


「では、お言葉に甘えて」

 体が炭水化物、脂質、糖質を求めている。ここでご飯が食べられるならありがたい。


「その前に、精霊様に連絡を」


 そう言って、アリョーシャは例の棚をパカリと開けた。手紙を書くのかと思いきや、彼はそのまま自分の頭を棚の中に突っ込んだ。


「……」

 パーヴェルさんは生ぬるい笑みを顔に貼り付けている。


「はい、おはようございます。ええ、大丈夫でした。あちらの家でお世話になることに。今はひたすら雪かきをしています」


 誰かと喋っている。精霊さまだろうけど。


「ええ、はい。今ですか?司祭のパーヴェルさん、ジェーニャ、モニカです。はい、わかりました」


 アリョーシャは棚から頭を引きぬいた。三つ編みにした髪が乱れている。

「精霊様が皆さんとお話したいと」


「わーい! ジェーニャ、お話ししたい!」

 そう叫ぶと、小さい体は棚の中に入ってしまった。ここから見ると体の半分ぐらいが壁にめり込んでるみたいだ。


「わー、おひさしぶりですぅ。みっかぶりぐらいですかねぇ~。はい。え?これからはアリョーシャがそっちにいるからめんどうをみてやれ?あい、わかりました。おおせのままに」


 ジェーニャが完全に部下みたいな話し方をするので、笑いをこらえるのに必死だ。


「幼女のくせに大人みたいな話し方をして」

 パーヴェルさんはジェーニャの後ろでそわそわしている。早く自分も話したいのかも。


「はい、つぎのひとー、どうぞ」


「あ、わ、わわわわわわたくちパーヴェりゅともうちまして、あ、ひゃい。いちゅもおしぇわに……」


 こっちの方が幼女みたいな喋り方じゃないの。酔っぱらってる時とのギャップが本当に激しい。


「はい。ありがとうございます。それでは失礼いたします」

 顔を引き抜いたパーヴェルさんはちょっと涙ぐんでいる。何を言われたんだ。


 次は私の番か。肩ぐらいまで顔を突っ込んで目を開くと、目の前に白いポメラニアンがいた。


「あれっ?」

「ワシじゃよ、ワシ」


 母さん助けて詐欺、昔はオレオレ詐欺って言われてたんだっけ。まあ、精霊さまで間違いないんだろうけど。


「元気か?あんなに頑張ってたのに、悪い事したの。まあ、この前も言ったが、悪いようにはせんからそっちはそっちでアリョーシャの事をよろしくな。こき使っていいから」


「はい。頑張ります」


「精霊様は、なんて?」

「あなたの事こき使っていいってさ」


 アリョーシャはちょっと嬉しそうな顔をした。マゾヒストなのかしら。


 ジェーニャは昼ご飯を家で食べると言って帰っていったので、三人で食事をする。ゴロゴロの野菜とハムが入ったスープに、とろとろのチーズを乗せたパン、ジャム、紅茶。


「いやあ、ありがとうございます。助かりました。精霊様とお話もできましたし……」

「いえ」


「村長の家で預かってもらう事になったんですね」

「はい」


「アリョーシャ、これからよろしくお願いしますね。若い人が増えるのは大歓迎です」


 会話はあまり盛り上がらなかったが、食事自体はなごやかに進んだ。パーヴェルさんが子供の頃に見た男の子はアリョーシャだったらしい。たまに手紙の文章の感じが違う時があるので、あの子かな?と思っていたそうだ。



「モニカ、いるー?」

 食休み中の私を訪ねてきたのはユーリャだ。彼女はうちから見て北東、つまりまだ雪かきに訪れていないエリアに住んでいることになる。


「いるよー?」

「えーっと、うちの地区は終わったから。南の方の人が終わったからって手伝いに来てくれたの」


「マジか!!!!! 良かった!!!!!!」

 良かった。本当に良かった。正直、まだ半分あると思うと陰鬱な気持ちになっていたのだ。


「うん。えーとその、山の上のアレクセイさん?が手伝ってくれた分早く終わったらしいのね」


「それで、最後は広場なんだけど。私たちが何もしなくても、最後は大人がやってくれるとは思うんだけど。早目にスケートができるよう、子供だけでがんばろっかって話になって」


「うんうん。じゃあ私も行くよ」

「本当?」


 食事もそこそこに、わたし達は広場にトンボ返りだ。リンクの周りには、子供達が集まり始めていた。


「よー」

 最初に声をかけてきたのはドミトリだ。他の子たちは遠巻きにちらちらとアリョーシャを見ている。


「こっちは山から来たアリョーシャよ。実は村長の親戚なの。これからヌヌガフ村に住むことになったから。よろしくね」


「よろしくお願いします」


 アリョーシャは子供たちに丁寧な挨拶をした。悪い雰囲気ではないが、「ほんとに人間だったの?」「溶けない?」と、彼らからはやや戸惑いの色を感じる。大人の間では有名な話だったみたいだけど、わざわざ子供に言うような扱いではなかったっぽい。


「氷娘の男の子版は、氷息子?雪男?」

「雪男、じゃね?」

「雪かきを手伝ってくれたらしいよ」


 まあ、ほぼ初対面だから仕方がないよね。これから仲良くなっていけばいいわけだし。

「皆いい子だから、大丈夫。アリョーシャの魔法を見せてあげたら、止めろと言っても質問ぜめにされると思うよ」

「うん。ありがとう」


「へえ。なんかしらないうちに仲良くなってんじゃん」

 ドミトリは、私がアリョーシャと呼んでいるのが意外だったみたいで、目を丸くした。


「そう呼べって言われたから」

「へえ」


 ドミトリはアリョーシャに向けて、にやっと笑った。


「さて、この中の雪をよけて、氷を削らなきゃいけねーわけだけど。実は俺たち、自分たちがやんなくてもなんとかなるんじゃねえか?って話をしてたわけよ」


 ちゃっかりしてるなー、この子たち。子供ネットワークで既にアリョーシャの魔法が知れ渡っているのね。


 魔法で、雪をサラサラと移動させる。何がどうなっているのかさっぱり分からないけど、動くもんは動く。やがて、ガビガビになった氷が現れた。その氷が一瞬溶けたかと思うと、あっという間に再び凍る。


「おお、お、お、おおおおお〜!!」


 歓声が上がる。


「つるつるになった!すご!」

「湖の時と同じ感じになった〜」


「これで、スケートしやすくはなったと思うけど。もうちょっと、細工していいかな」


「た、た、例えばどんな?」

 ドミトリがアリョーシャの腕を掴む。瞳が太陽の光を受けてキラキラしている。


「雪よけに、ここに建物をつくろうかと」

「建物!!氷の城か!?」


「氷の城!?」

「城!?」

「本当!?」


 誰もそこまでは言っていないと思うけど。


「いやそこまではちょっと……」

 アリョーシャは口ではそう言っているが、その間にも、あちらこちらに積み上げた雪が移動してくる。固まった雪が、レンガのように綺麗な四角になり、どんどん積み上がっていく。


「おおおお?家ができてきた!」

「レンガだ!」


 あっと言う間に、真っ白い雪の教会ができた。城ではない。村の教会をちょっと豪華にした感じだ。左右に、飾りの塔がプラスされている。入り口は大きく開いていて、リンクがすっぽりと収まっており、壁には座るためのベンチと、荷物置き用の棚があり、採光のためか、大きな窓と、天井は氷で作られている。


「多分、二週間に一回ぐらい調整すれば、溶けないと思う」

 アリョーシャは自信なさげに呟き、出入り口にスイートピーのアーチを設置した。もちろん氷で。


「すごくない!?」

「すごい!」

「えらい!」

「あんたが村長!」

「いやさすがにそれは違う」


 子供達は大興奮で、リンクの周りをぐるぐる走り回っている。だれもスケートをしようとしていない。


「このあたりに、敷物敷いて、火鉢と着替え用のテント置こうぜ!」

「この壁、もっと可愛くならないかな?」

「テーブルもつけてもらおう!」


 子供たちの欲望には際限がない。まあ、私もちょっと思ったけどさ。しかし、魔法、すごいな。現実味がなさすぎて、本人になんて感想を言ったらいいのかわからない。とりあえず帰ろう。


「私たち、今日はもう帰るわ。アリョーシャも魔法を使って疲れたと思うし。また明日にしよう」

「じゃあ、俺たちがここで遊んでおくから、明日感想を伝えるな。あ、姉ちゃんが新作パンを考えてるって言ってた」


「あー、マヨネーズね」

 完全に忘れていた。まあ、そっちはそっちでカーチャが広めてくれるだろう。今日はもう休養に当てて、明日は綺麗な氷でスケートをするのだ。そう思うと、急に喜びがこみ上げてきた。


「いっひっひ」

「ど、どうしたの?」


 変な笑い方をしたせいで、とてつもなく妙な目で見られてしまった。

「ん? ちゃんとしたリンクでスケートができるのが嬉しくて。ありがとう」

「役に立てたみたいでよかった。その……魔法を使うと、気味悪いと思われそうで不安だったんだ」

「なんで!? すごく便利じゃない」


 そうかな、とアリョーシャははにかんだ。


「ね、明日は一緒に滑ろうね」

「……あ、ああ」


 アリョーシャは少しぎこちない表情をした。もしかしてスケートじゃなくてスキーかスノボ派なのかしら。


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