22話 雪おろし
「あー、やっと着いた。広場終わってる。よかった……」
流石に、広場の辺りは大分雪かきが進んでいる。
「おいお前ら、こっちに来たって事は手前側は終わったのか?」
背後から見知らぬおじさんの声が聞こえたと思ったら、靴屋のイワンではないか。急に話しかけられてびっくりしてしまった。
「え、あ、はい」
「そうか。もしかしてお前らが屋根をやってくれてんのか?」
「そうです」
アリョーシャが普通な感じで答えた。さっきからそうなんだけど、みんな一瞬だけびっくりした後、普通の村の兄ちゃんみたいな扱いをしてくるんだよね。彼は彼で、そういう扱いを歓迎しているらしく、普通にそれを受け入れている。シャイなのか図太いのかよくわからない、と思ったけどここの人たち、私の扱いも大概だったな、と思い出す。
「助かるぜ。悪いが、屋根は手付かずなんだ。頼んでもいいか?」
「雪を集める場所は……」
「こっちの裏手の……」
すごい。元引きこもりのアリョーシャと、寡黙おじさんのイワンとの間で会話が成立している。靴の話ですら、こんなに喋った事ないのに、すごい。無口な男同士、何か通じるものがあるんだろうか。
去り際、イワンは私に「必要だから喋ってるだけで、別にお前の事が嫌いとかそう言う話じゃねえからな」というフォローをして去っていった。いかにもドミトリが言いそうな事なので、ちょっと笑ってしまった。
オリガの店の前では、オリガがちんたら雪かきをしていた。まるでやる気が感じられない動きだ。寝不足で力が出ないのかもしれないけど。
「あ」
こちらに気がついたオリガが、アリョーシャをビシッと指差した。
「こ、こんにちは……」
「……」
オリガは目を細めてアリョーシャを凝視している。確か、こんな顔のキツネをインターネットで見たなあ。普通の顔が、すっごい不機嫌に見えるやつ。なんだっけ、そうそう、チベットスナギツネ。
「こんにちは……」
「その服、あたしが作ったやつ」
そこかよ。私は膝から力が抜けるのを感じる。
「その節はありがとう……ございました……?」
アリョーシャも、なんとコメントしていいかわからないのだろう。困惑しているのが伝わってくる。
「うん。いいね。サイズがぴったりだね。うん、いいね。モニカ、あたしがあげた服、着た?」
「忙しかったからそんな暇ないよ」
「じゃあ明日着て滑って見せて」
わかったわかった、とオリガをなだめ、屋根に登る。
青空が気持ちいい。山も、村も真っ白だ。ちらほらと、赤や青の屋根が見えている。
「あっち側にも村がある。山からなら見えるんだけど」
アリョーシャが森のむこうを指差す。
「帝都はもっと先、馬車で丸二日ぐらいのところにあるらしい」
目をこらしたけれど、もやに包まれていて何も見えなかった。
「そっか」
アリョーシャのお父さんは、今もそこにいるのだろうか。彼の横顔を見ながら、ぼんやりと考える。
「お父さんの事、気にならない?」
「気にしていない、と言えば嘘になるけど。きっと、あまり嬉しくない話だろうから。それだったら、ここにずっといた方がいい」
風が吹き、屋根に積もった雪が少しづつ散っていく。ツルハシで氷を砕き、下に落とす。
「カーチャってとってもいい人だよね。私、あの人がいてくれて良かったと思ってる」
「そうだね。僕もそう思う」
「私たち、やっていけるよね」
「そのために頑張ろうと思ってるよ」
「そうだね」
なんだか変な感じだ。最初に会った時は、全く人間に見えなかったのに、今ではまったくそんな感じがしない。次の屋根に登る。宿屋の隣だ。
宿屋は4階建ての、この辺りじゃ教会の次に大きい建物だ。この位置から、魔法を使って雪を下ろしていく。私は自分周辺の雪を降ろしていく。
私たちと同じくらいの高さにある窓からニコロが顔を覗かせた。どう見ても寝起きだ。
「ちょっとニコロ、あんたも雪かきしたら?」
思わず非難めいた口調になってしまう。
「あー……ヴァイオリンの、あの演奏が、頭から離れなくて……朝まで眠れなかった」
ニコロはそう言いながらヴァイオリンを弾くポーズを取る。表情はうつろだ。完全に寝ぼけているな。あの一曲だけで、こんなメンヘラっぽくなってしまったんだから、他の曲を頭に詰め込んだらどうなるかわかったもんじゃない。しばらく封印しておこう。
「今の人、音楽家の?」
「うん。私の世界の音楽を聴かせたら、衝撃を受けすぎたみたいであんな感じになっちゃったの」
「芸術家って、そういう気質の人が多いらしいね」
「らしいね」
「あの人と、仲がいいの?」
「ていうか、仕事仲間的な」
「仕事仲間……か。大人だね」
「そうかなあ?」
私は首を傾げる。その時、地上から私たちを呼ぶ声が聞こえた。
「ありょーーーーーしゃぁーーーーーーーーーーーーもぉぉぉおにぃぃぃぃいいいかぁぁぁぁぁぁぁぁどーーーーこーーーーーおーーーーー」
聴き慣れた幼女の声。ジェーニャだ。
「ここだよー」
下を覗き込むと、幼女がぴょんぴょん跳ねていた。
「あーーーーーそーーーーーーぼーーーー」
「今日はちょっと、雪かきがまだあるから。村の人にアリョーシャを紹介しなきゃいけないし」
「えー」
足踏みをして、遺憾の意を表明されても困る。もこもこよちよちしていて可愛いけど。
「ジェーニャ、後で教会まで行くから、待っててくれ」
「わかった」
アリョーシャにそう言われると、彼女はあっさりと引き下がった。
「知り合いなの?」
「まあ、いつもお供えを持ってきてくれるから」
「あー、確かに。あんなに小さいのに、信心深いよね」
アリョーシャはまあそんな所かな、と曖昧な笑みを返した。
ストックが切れた&残り話数のめどがついたので、1日1回の更新を目指します。




