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21話 若い2人は重労働へ

 

 ドキドキして寝付けないのではと思ったけれどそれは全くの杞憂で、私は普通に爆睡し、いつも通りの時間に目が覚めた。


 なぜなら、一日にいろんな事がありすぎて疲れていたから。号泣して、マヨネーズを作って、外に出かけて、ニコロが来て、最終的にアレクセイが一緒に住むことになったのだ。展開が早くて頭がどうにかなりそうだ。


「おはよ〜」

 居間に行くと、すでに二人は台所にいた。アレクセイはどこから持ってきたのか、男物っぽいエプロンをつけている。


「わ、私もこれからもうちょっと早く起きた方がいい?」

 怠け者っぽい扱いになるのは嫌だ。それなら頑張って起きた方がずっといい。


「あたしは昔から早起きなんだ。その分早く寝る。別に今の時間でいいと思うよ」

 カーチャはボウルいっぱいのマヨネーズをかき回しながら笑う。ちょっとそれ、カロリーの暴力すぎやしないかな。


「これ、昨日配れなかった人にも味見してもらおうと思ってさ。調理法は、みんなで考えた方が色々見つかると思うし」


 カーチャ渾身のドヤ顔だ。アレクセイは無表情で目玉焼きを眺めている。


「あ、うん」

 それは一理ある。あるけども。


 パンにマヨネーズと目玉焼きを乗せたものを食べる。カーチャがマヨラーになってしまった以上、わたしも運動量を増やさないとヤバい。春になったらキノコ狩りとか薪割りをしてカロリーを消費しなくては。


 食事の後は、いよいよ雪かきだ。若くて健康な人間は、お年寄りの分も雪かきをしなければいけない。これが雪国でうまくやっていくコツだ。現実世界では雪かきバイトですら割に合わないのに、恐ろしいことに雪かきボランティアなるものまである。私は居候なので、真剣に作業に取り組むつもりだ。体は資本。て言うか体しかないんだけどね。


「さて、昔のセリョージャの服がまだあってよかったよ。これで防寒は十分だね」

「暖かいです」


 毛皮の帽子を被り、男性用のロングコートに身を包んだアレクセイは、完全に村の人だ。ちょっと顔が良すぎるけど。


「ねえ、アレクセイ。昨日言っていた、雪かきの件、できそう?」

「多分。家の前でやってみるよ」


 準備運動をして気合を入れる。


「モニカ……」

「何?」


 いざ廊下に向かおうとすると、名前を呼ばれて振り向く。アレクセイはすこしもじもじした後に、覚悟を決めた様に、こう言った。


「これからは、アリョーシャ、って呼んでくれないか?」

「ん?いいよ」


 本当のところアレクセイ、だと私の 大・大・大好きなフィギュアスケート選手と名前被ってるんだよね。アレクセイってよりアリョーシャ、の方がこの人に合っていると思う。


「行こう、アリョーシャ」

 そう声をかけると、彼はふわりと微笑んだ。最初からそんな顔をしていれば、精霊に間違われる事もなかっただろうに。


 大雪で、ドアが開かないんじゃないかと不安になったけど、ドアはギリギリ開いていた。雪が溶けてびしゃびしゃになっている。カーチャが何かしたのかな。隙間から這い出て、まっさらな雪の上に踏み出す。積雪は40センチぐらいだろうか。靴と服の間から雪が入って来ないよう、その隙間を覆うようにフェルトのカバーをつけているけれど、ずっとこの状態だと流石に滲みてくるだろう。


 建物の左に、工具などをしまっておく小屋がある。そこまで雪に埋まりながら歩く。一歩踏み出す度に、ずぼずぼと雪原に穴が空いていく。小さい頃を思い出す。もこもこのスキーウェアを着て、通学路を歩いていたっけ。あの頃は、雪かきの大変さなんて1ミリもわからなかったな、と苦笑する。


 小屋の窓から中に入り、雪かきの道具を出す。外側から雪をかいてもらい、ドアから出る。


「あー、やっと出れた。お疲れ様」

 手にスコップを持ったアリョーシャは、軽く頷く。


「ま、本来はシャベルを背負って、そこのはしごから屋根に登るんだけど。ちょっと例の話、試してみておくれ」


 雪国では、屋根に積もった雪を降ろさないと、重みで家が潰れてしまう。あと、そのままにしておくと、勝手に下に落ちるのだけれど、その時に人が下にいると、雪崩みたいに埋まってしまい、亡くなってしまう事もある。


「雪はどこに置けばいいですか?」

「家の敷地の後ろにしとくれ」



 アリョーシャが手を伸ばし、小さく何かを呟く。屋根の上に積もった雪が風もないのにさらさらと流れていき、後ろの雑木林に移動していく。


「わ、本当に動いてる」

「こりゃ便利だ」


 庭の雪もさらさらと流れ、どんどんかさが減っていく。歩きやすくなったので裏手に出てみると、たしかに家の裏にこんもりとした山ができていた。


「器用なもんだねえ。バラもそうだけど、魔力があってこういう繊細な事が出来る人はあまりいないよね」


「溶かすのはあまり得意ではないんですが、凍らせるのと、移動させるのなら。あと細工をしたりとか……」


「すごいじゃん!」

 素直に褒めると、頬に赤みがさす。


「まあ、あんまり頼りすぎるのも良くないんだろうけどね。村に馴染むためにはそれを使っちゃうのも手だね。という事で、挨拶ついでに、村を一周しておいで」


 カーチャの指示に従い、二人で家を出発する。道すがら、少しづつ雪をどけていく。もちろん、スコップも使うけれど。歩道は村の人たちにまかせ、屋根の雪下ろしをしている奥さんたちに声をかけ、一軒一軒回っていく。


「思ったよりも大変だ、これ……」

 アリョーシャはスコップを片手にため息をつく。多分だけど、魔法を使うのって疲れるのだろう。それと同時に、スコップで手作業をしている。プラスチックの大きくて軽い雪かき道具とは大違いだ。


「お互い、社会復帰の最初の仕事にはちょっと荷が重いよね」

 重い。そう、物理的に。


「君は、ここに来る前は何か仕事を?」

「学生だったよ。ほとんどスケートしかしてないけど」


「その学校を出て、踊り子を目指していたの?」

「ううん。習い事。スケートの先生になる、って選択肢もあるけど」


 コーチ業にもネームバリューは必要だ。有名なコーチなら、有名な選手が集まってくるのだ。私も一応、全日本選手権に出場経験のある、地元では一番有力なコーチに教わっていた。


「そうか……」

 アリョーシャはそれきり、黙ってしまった。悲しい話にしかならない事がわかったのだろう。


「あなたは、山で何をしてたの?」

「精霊様のために、雪とか氷で細工を作ったり、本を読んだり、後は一緒にこの辺りを巡回して、行き倒れになった人を助けたりとか」


「後は将来人に迷惑をかけないように、ひたすら魔力を調整する練習をしたり。体調が悪くなると、どうしても周りに影響が出るんだ」


 ヤバい。引きこもりかと思ったけど、結構普通に社会に適応しようと頑張ってたんだ。やっぱり私、この村で一番プータローかもしれない。


「そ、そっか、あはは〜。私、スケートしかしてないや」

「でも、新しい料理や音楽をもたらした。そういう事が、この村にとっては大事な事だと思う」


 そうかな……?私は唇を尖らせる。他愛もない会話をしながら、雪かきは進んでいく。やっと広場の手前まで来た。そこの家のおばあさんが温かいお茶と、出来立ての揚げパンをくれたので、広場に行き交う人々を眺めながら、パンにかじりつく。揚げ油か肉汁かわからない汁がジュワッと溢れ、唇がテカテカになったのを、お茶で洗い流す。


 お茶のカップを返す。中から、先ほどのおばあさんと、お嫁さんと、小さい赤ちゃんが出てきてお礼を言ってくれた。四世代同居ってやつだね。


「さて、行きますか」

 目指すは教会だが、まだ道のりの半分といったところだ。先は長い。アリョーシャは教会の鐘を見つめながら、力強く頷いた。


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