17話 村へ出よう
朝食を食べ、再び料理に取り掛かる。まだ朝と言っていい時間帯なので、昼食には間に合うだろう。芋の皮を剥き、卵を茹で、マヨネーズを混ぜる。ピーラーがなく、包丁を使わなければいけないので皮剥きはなかなか苦戦する。
「厚めに剥いて、スープに入れればいいんだよ」
カーチャはそう言いながら、卵の殻を空いた皿に集めていく。後で何かに使うらしい。
料理ひとつとっても、ものすごい差があるもので。手際が全然違うなあ、と思ってしまう。私がもたもたして一つの事をする間に、カーチャは二つも三つもやってしまう。
「なに、あんたのスケートと一緒さ。あたしはこれを毎日やってるんだから。えーと、軽く1万回はやってるんじゃないか?最初の方なんて、本当に酷かったよ。息子には悪いことしたね」
そう言って、アハハ、と笑う。カーチャは本当によく笑うのだ。一緒にいると、心がほっこりする。
出来上がった卵フィリングと、ポテトサラダをパンに挟めば、サンドイッチの完成だ。清潔な布に包み、カゴに入れていく。余ったマヨネーズはビンに入れる。
新しい服に着替えて、家を出る。
「えっと、じゃあ、行ってきます」
「ああ。いってらっしゃい」
背中にカーチャの視線を感じながら、雪道を歩く。曇り空で、雪がちらちらと降っている。教会の屋根鐘を目印に進んでいると、ジェーニャが現れた。
「モニカ!」
「あ、ジェーニャ。元気だった?」
「それはモニカがいわれるほうだとおもうー」
確かに。倒れていたのは私の方だもんね。
「教会いくの〜?」
ジェーニャは私の背負っているカゴに触れる。
「新しい料理を作ったの。だから、精霊様にもお供えしようと思って」
「うむ。いいこころがけであーる。よき」
「それ精霊様の真似?」
「えへへ」
教会には、パーヴェルさんがいた。中に入ると、入り口まで走ってきて、出迎えてくれた。
「ああ、モニカ。元気になったのですね。今回は、その……ご愁傷さまと言うか何と言うか」
「とりあえず、前向きに生きていこうと思ってます」
「それはとても素晴らしい事だと思います。この地は貴女を歓迎しています。よろしくお願いしますね」
そう言って差し出された手は、とても暖かい。この人が酒乱だった事は忘れよう、と強く思う。
「ねー、お供え、みせて!」
ジェーニャが私とパーヴェルさんの手を、チョップで切り離す。
「お供えを?立ち直ってすぐにその様な行動を起こすのは、やっぱり氷娘の亜種なのでは……」
「違いますって。あの子、カーチャの親戚だって聞いたので」
「そうでしたね。でも、精霊の子でないならなぜ村に降りてこなかったのでしょう……」
「はずかしがりやさんなんじゃない?」
「確かにそんな感じではあったけどさ」
パーヴェルさんに手紙を代筆してもらう。ここで頑張る事、料理を作ったので食べて欲しい事、カーチャが心配している事、などをつらつら書き連ねてもらう。
棚にサンドイッチを仕舞い込む。ジェーニャは薪を一本持ってきていた様だ。
「精霊って、薪使うのかな?」
「だって、にんげんだもん。寒いからつかうよ」
「氷の城で、精霊様とあの青年が焚き火を囲む。想像すると、相当おかしな状況ですね」
パーヴェルさんはそっと扉を閉める。2人の祈りのポーズを見て、真似をする。
静謐な祈りの時間が流れる。パン、と手を叩く音が聞こえる。祈りが終了の合図だ。
「さて、私たちも新作料理の試食をさせていただけるんでしたよね?」
「たべるー」
私たちは教会の奥の部屋へ招かれる。隣の部屋には、小さなキッチンとテーブル、暖炉、があった。壁にはぎっしりと本がならべられている。ワンルーム マンション、って感じかな。
「お茶を入れますので、どうぞ」
ふたり並んで椅子に座る。飲み物を待つ間、サンドイッチをカゴから出す。ジェーニャは「あついのがにがてなのでつめたいのにしてください」と注文をつけている。
お茶の用意ができると、いよいよ試食会だ。
「えーと、サンドイッチ……の中身に何か秘密が?」
「そうです。まずは卵の方から」
2人は同時にサンドイッチにかぶりついた。もぐもぐもぐ。沈黙が流れる。もぐもぐもぐ。二つ目のポテサラサンドに手が伸びる。もぐもぐもぐ。
「あの、感想が欲しいんですけど」
食べてるって事は、まずい訳ではないだろう。でも、一応、一応ね?確認のためだ。
「これは……美味しいです。バターかと思いましたが、違いますよね。酸味がある」
「おいしい!もうなくなっちゃった!」
2人の肯定的な言葉を聞いて、ほっとする。
「私の国にある、マヨネーズってソースなの。作り方は簡単だから、村で広まったらまた違う使い方が発明されるかもしれないと思って」
「おいしいよ。おかあさんにも教えてあげたいな。精霊様もきっとよろこんでるよ」
ジェーニャが頬をさすりながら笑う。
「良いと思います。これからも、思い出した事があれば、どんどん私たちに伝えてください。貴女は氷娘ではないのかもしれませんが、きっとこの村に幸運をもたらしてくれると、私は信じていますので」
「2人とも、ありがとう。私、ほかの人にも試食してもらってくるね」
見送られながら、教会を出る。小走りで村の中心部へ向かう。まずは服屋だ。店番にはタチアナ婆さんがいて、オリガが奥の作業部屋にいた。覗いてみたけれど、集中していてこちらに気がついてくれなかったので、サンドイッチを二つ預けて店を出る。次に靴屋へ入る。店番にはドミトリと、彼のお母さんがいた。
「こんにちは」
「おう、モニカ!元気になったんだな。よかった」
「うん、もう大丈夫。この前は、私のせいでお祭りを台無しにしちゃってごめんね」
私の言葉に、親子は顔を見合わせて気まずそうな顔をした。
「あのね、モニカが倒れた後、私たち、普通にお祭りをして帰ったの」
「えっ」
「すっごいヤな言い方するけどよ、あの時悲しかったのってお前だけだから……」
まあ、たしかにそうか。村の人たちには私の事情なんて関係ないしね。
「本人は家に帰れなくて可哀想だけど、起きたら村人みんなでやさしくしてあげようねって話になって、そのあとは、まあ、皆酔っ払いだしね。まあそんな感じで」
「んで、最後は、精霊様が作った氷のソリで、全員びゅーっ!って滑り降りて帰ったんだ。だからお前は祭りを台無しになんてしていない。精霊と、俺たちを喜ばせただけ。むしろこっちが謝る方なんだよな」
「……」
「……」
「……まあ、お互い気にしなくていいって事ですよね」
「そ、そうね。心配してない訳じゃないのよ、普通に接した方がいいと思って。でも、家に靴があったでしょう?春になったら、あれを履くといいわ」
「あ、あの靴。ありがとうございます。作るの、時間かかりそうなのに」
そういえば、と私はサンドイッチの包みを出す。
「いえいえ。あの人、あれが好きだからいいのよ。ところでそれは何?」
「サンドイッチ……ですけど、新しい調味料を作ったので。お裾分けです」
私は包みを開く。と同時に、ドミトリの手がしゅっと伸びてくる。
「いただき!」
「こら、あんた、ちゃんと説明ぐらい聞きなさいな」
「うめえ!」
「話を聞きなさい!」
「すっげぇうめえ!」
「もう!……あら本当、おいしい!何かしら?酢?」
「マヨネーズって言います。ひと瓶持ってきたので、イワンさんとお姉さんにも作ってあげてください」
「あら、悪いわねぇ。これ、娘も飛びつくと思うわ」
そう、実はドミトリは一人っ子ではなく、上に三人お姉さんがいるのだ。上の二人はほかの村に嫁いでいて、彼のすぐ上のお姉さんはパン屋で働いている。父親に似て職人気質で、日々新しいパンの開発に心血を注いでいるらしい。ちらりと会った事はあるけれど、マジで父親の女の子版って感じだった。
「じゃあここにあるパンは俺が今喰ってもいいんだな」
ドミトリは最後に産まれた待望の男の子という事で、イワンさんにめちゃくちゃ可愛がられているらしい。見た事はないけど、奥さんが言うんだから本当だろう。
「また今度、感想を聞かせてね」
「おう」
靴屋を出る。もう包みは一つ、瓶も一つ。最後は宿屋に行って、ニコロに渡そうと思う。
昼食には遅い時間帯だが、ニコロは客席でヴァイオリンを弾いていた。
「よう、すっきりした顔してるな」
「まあね。はいこれ、試作品。マヨネーズって言うの」
「ん?食べ物か?ちょうど、飯にしようと思ってたんだよ。助かるぜ」
「後で感想聞かせてね」
「もちろんだ。今日は滑らないのか?」
「さすがにね。根を詰めすぎたから、今日明日ぐらいは休もうと思って」
明日は天気が良くないらしいし、スケート以外の出来ることを探そうと思っている。
「まあ、それもありだ。一日でも休むと、腕が鈍るんじゃないか、周りに置いていかれるんじゃないか。そういう気持ちが、休む事より悪影響なんだよな。今度、スケートしない日があれば他の音楽を教えてくれよ」
「休む気ゼロじゃん。まあいいけど」
他の音楽。その言葉が、何か引っかかる。他の……他の、なんだっけ。
「お、これ美味いな。服屋とか靴屋には食べさせたのか?」
服屋。靴屋。服……そう、服だ!私は衣装の上に、ジャージを着ていた!確か、その中に音楽プレーヤーが入っているはずだ!
「おい、どうした?大丈夫か?」
「後でうちまで来て!ヴァイオリン持ってね!私、確認することあるから、じゃあね!あ、瓶は宿のおかみさんに渡しといて!」
「おい待て、今日?今日でいいのか?おい!」
ニコロの叫びを無視して、私は走り出す。確認しなければ。
走って家に帰る。多分棚の中にあるはずだ。
「あった」
ジャージを持ち上げる。感触があった。震える手でポケットのチャックを開く。中には、私の青い音楽プレーヤーがあった。振り付けの確認用に、新しく買ってもらったやつだ。イヤホンもきちんとついている。
震える手で、ボタンを押す。電源がついた。微かに、イヤホンから音楽が漏れ出す。
「聴こえる……」
イヤホンを耳に近づける。確かに聴こえる。
「モニカ、大丈夫かい?」
カーチャが心配そうな顔でドアの隙間から顔を出す。
「うん、大丈夫。今日、ニコロを呼んでいい?」
「ニコロさん?いいけど。また音楽の相談かい?」
「うん、そんな感じ」
私はプレーヤーの電池マークを確認し、そっと電源をオフにした。




