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16話 復活のポテトサラダ

 目が覚めると、見慣れた木の天井が見えた。カーテンの隙間から外を覗く。朝日が眩しい。


 精霊の話を聞いた後の記憶がない。倒れた後、ここまで運ばれたのだろう。


「はあーあぁぁぁぁぁ……」


 冬の精霊には頼れなくて、やっぱりここは異世界で、私が元の世界に帰れなくなった事。いろいろな事実がこんがらがって、これからどうしたらいいのかがわからない。


 目覚めても、ずっと布団の中でゴロゴロしているだけ。本当は、すぐにでもカーチャに挨拶した方がいいのはわかってる。わたしはフィギュアスケートが平均よりうまいだけの女子高生だ。いきなり見知らぬ地で働くなんてできっこない。言葉は喋れるけど、読み書きもできないし。スケートを教えたり見せたりしても、とても継続してお金を稼げるとも思えない。


「ううう……これからどうしよう……」

 布団の中で芋虫みたいに丸まる。


 コンコンとドアがノックされ、カーチャが顔を出す。

「うう……」

「目が覚めたのかい?まあ、今回は二日でよかったよ。あんた、丸一日と半分眠っていたんだ」


 カーチャが心配そうに声をかけてくれる。カーチャはいつでも優しい。こんな、不審者のニートを文句の一つも言わず養ってくれるのだ。でも、彼女は私のお母さんではないし、ここは私の家でもない。無条件に、いつまでも優しくしてくれるわけではない。


「うえええええ。お母さん、お父さーん。助けて。帰りたいよ。かえりたい」

 わかっている。こんな駄々をこねたって、状況が良くならないことぐらい理解している。でも、感情が制御できない。


 カーチャは布団の上から、私を優しく撫でてくれる。

「ごめんよ、こんなおばあちゃんしかいなくてさ……私が精霊様ならあんたを家に返してくれるかも、って適当な事を言ったからあんなに頑張っていたんだよね。ごめんね。でも……」


「うう……ごめんなさい。働くから追い出さないで〜……」

 涙が溢れて止まらないけど、やっとちゃんとした事を言うことができた。


「そんな事気にしなくてもいいんだよ。ずっとここに居ていいからね。前も言ったろう、あたしは村長だし甲斐性もあるんだ」


 ポン、ポンと子供をあやす様な手の動きに、どうしようもなく優しさを感じる。


「ふえええええええええん」

 私はカーチャの胸に飛びつき、思いっきり泣いた。



 散々泣き喚いてすっきりしたら、今度はお腹が空いてきた。丸二日何も食べていないのだ。


 ぼさぼさの頭のままフラフラと居間へ向かうと、テーブルの上にいろんな雑貨が置かれていた。ぬいぐるみや、木の実。木の枝。ジャムの小瓶。ドライフルーツ、毛糸のコースター。


「あんたが落ち込んでいたから、みんなが心配して持って来たんだよ」

 カーチャが言うには、氷娘の伝承の一つに、恋に破れた氷娘が自分の涙で溶けて消えてしまう、と言うのがあるそうだ。


「恋はしてないから、溶けることはないけどさ……」


「ほれ。靴もあるよ」

 布の袋の紐を解くと、中から艶々の黒い革の編み上げブーツが出てきた。仕事が詰まっているだろうに、きっとわたしの靴を優先してくれたのだ。


「ほら、服もある。上着も。あたしの編んだ靴下も、帽子も、手袋もある。元気になったら、また踊ってくれればいいんだよ」


「ぶえ〜」

 沁みる。みんなの優しさが沁みすぎる。


「オリガが持ってきた服もある。ベルベットのワンピースさ。明日はこれを着て滑っておくれ。あたしもスピンってのをやってみたいからさ」


「うん」

 みんなに心配をかけてしまった。元の世界に帰る手立てがない以上、ここで頑張っていくしかない。出来ることなんてスケートしかないけれど、自分なりにやっていこう。


「さて、朝ご飯にするか、ってとこなんだけど、まだ芋しかふかしてないんだよ」

 たはは、とカーチャは頭をかきながら笑った。


「なら、わたしにも手伝わせて!」

 流石にこのままニート続行はヤバい。せめて家の手伝いぐらいはしよう。急いで汚れてもいい服に着替え、台所へ向かう。カーチャは今日のメニューをキャベツのスープ、パン、芋にしようとしていたらしい。芋、と聞いてわたしはある物を思い出す。


「ねえ、マヨネーズない?」

「まよねーず?」


 カーチャの反応でわたしは落胆した。この反応は、この世界にないやつだ。


「ないんだね……」

「あんたの国のソースかい?うちにあるもので作れないのかい」


 マヨネーズを作る?考えた事がなかった。確か、卵と、油と、塩こしょう?あと、酢?多分、この家にもあるはずだ。材料を揃えてもらい、うろ覚えでマヨネーズを作る。うまくいくのかものすごく不安だったけれど、思いのほか上手くできた。味見をしてみる。なんか違う感じもするけど、これは方向的にはマヨネーズだ。うん。


「どれ」

 カーチャがひとさじ味見をする。味見って割には一口が多かった気がするけど。


「ふむ」

 わたしはドキドキしながらカーチャの感想を待った。サワークリームとか、チーズがあるからマヨネーズもウケると思うんだけど、どうだろう。


 カーチャは神妙な顔をして、もうひとさじ口に入れた。目を閉じ、何事か考え込んでいたと思ったら、パッと笑顔になった。


「おいしいじゃないか!これは何にでも合いそうだ。材料も簡単だし、すぐ出来る。なんで今まで気がつかなかったんだろうね!?」


「そ、そうかな?」

 カーチャの反応はお世辞ではないみたいだ。


「そのままパンにつけて食べたり、魚とか、肉とかにも合うし。茹で卵と混ぜたり。でも一番は野菜かな。芋を細かく潰して、和えるの。他の野菜もあれば入れたりするけど」


「ふんふん。なるほどね。芋を潰して…ちょっとピクルスでも混ぜてみようか」

 ピクルスや、ハム、ゆで卵を細かく刻む。芋はカーチャが潰す。材料が揃ったら、マヨネーズと和える。見た目は立派なポテトサラダができた。その他、キャベツのスープと、黒パン。二人で向かい合って、食事をする。


「うまい!これはいける!今すぐ隣にお裾分けに行きたいぐらいだよ」

「え、そ、そうかなー?」


 カーチャが気に入ってくれたみたいで良かった。パンにポテトサラダを挟んで食べる。うん、美味しい。きっと他の村人にも受け入れられるだろう。服や靴もそうだけど、どうせなら日本の事をどんどん喋って、村が発展する様にすればいいのかな。友達が貸してくれたファンタジー小説も、確かそんな話だったし。


「このソース、すぐできるからさ、もう一回作って、皆にお裾分けしようじゃないか」

「うん。精霊様にも、捧げ物してみようかな。あの子にも、失礼な事しちゃったし」


 すっごい美形だけど、存在感の薄かったあの子。本当に人間なんだろうか?アリ……なんだっけ?カーチャは微妙な表情をしている。


「どうかしたの?」

「教会で、イリーナの話を聞いただろう?あの子の方がずっと綺麗だけど、確かにイリーナの面影があったな、と思ってさ」


 カーチャの年齢はわからないけど、昔から村に住んでいる人は知っていて当然だよね。



「イリーナはあたしの姪なんだ。兄の娘なのさ」



「え、じゃああの子、カーチャの親戚なの!?」


「多分ね。まあ、ずっと心の隅にはあったんだ。でも、息子が何度探しに行っても出てこなかったからさ、会いたくないんだろって言われちまって。そうなのか、ってずっと考えない様にしていたんだよ。イリーナも、何も話してくれなかったし。アレクセイって名前なのも、あの時初めて知ったんだ」


 悲しげに目を伏せたカーチャはいつもより二回りぐらい小さく見える。それにしても、衝撃の展開だった。カーチャとあの子じゃ、申し訳ないけどとても血縁関係がある様に見えない。


「そうなんだ……」

「そうなんだよ……」


「じゃあますます、マヨネーズを大量生産しなきゃね。精霊様がいるとは言え、山に1人でいて、カーチャのご飯が食べられないのはかわいそう。食べたら気に入って降りてくるかもしれないし」


「そうだね。よし、そうしようか」

 カーチャがにかっと笑ったので、私もつられて笑った。



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