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13話 冬の祭り 上

 毎日毎日練習をして、あっと言う間に準備期間は終わってしまった。


 当日、朝日と共に起床する。今日も晴天だ。いつものように柔軟運動をし、その場でジャンプして体の感覚を確かめる。コンディションは良好だ。


 屋外の、綺麗に製氷できないリンクで、生演奏に合わせて練習するのは大変だったけど、自分でも意外なほどこの環境に適応できたと思う。


 冬の精霊に会えたら、私がなぜここへきてしまったのかもわかるかもしれないし、元の世界へ返してもらえるだろう。期待に胸を膨らませ、居間へ向かった。


「おはよう。体調は良さそうだね」


 今日の朝食は、ミルク粥だった。何かの穀物が入っている。


「昼はいっぱい食べるからね。朝は軽いものにしときなよ。足りなけりゃ、パンも出すけど」


「ううん、大丈夫」


 この食べ慣れない感じのミルク粥も、今日で食べ納めかもしれない。そう思うと、ざらざらとした食感も名残惜しく感じる。


 衣装を着て、上に何重にも服を着込む。背中にスケート靴を背負い、ブーツを履く。カーチャも同じような服装だ。


「何か持つものある?」

「うちから持っていくのはこれで全部だから大丈夫さ。これから大事な役目があるんだから、無理はしない方がいいよ。精霊様が呼んでいるとは言え、山登りだからね」


 そもそも、私は山になんて数えるほどしか登ったことがない。雪山なんてもってのほかだ。目的地にきちんと辿り着けるのかさえ不透明と言ってもいい。まあ、村人たちがみんなやる気だから大丈夫なんだろうけど。


 山の麓には、村の人たちとトナカイがいた。いるんだ、トナカイ。


「ほら、お乗り」

「え、わたしだけトナカイに乗ったらズルじゃない!?」

 とんと背中を押される。流石にそれは気まずいんだけど。


「おいおい、お前が乗らないと喜んで乗った俺の立場がないじゃないか」

 ニコロはすでにトナカイに乗っていた。


「本日の主役なんだから、体力温存しておこうぜ」

「まあ、確かに一理はあるけどね」


 私がトナカイに乗ってぼーっとしていると、パーヴェルさんが走ってきた。

「モニカさん、すいません。村長がどちらにいるかご存知ですか?」

「え、わかりません」


 そういえば、村長さんって会ったことないけど。どこにいるんだろう。挨拶しないとまずいよね。そう思っていると、パーヴェルさんと入れ違いにカーチャが戻ってきた。


「ねえ、パーヴェルさんが村長さんを探してたんだけど。そういえば、私もまだ挨拶してないの。今してきた方がいいかな?」


 私の言葉に、ニコロは吹き出し、カーチャは目を見開いた。



「あれまあ、あんた、知らなかったのかい?ヌヌガフ村の村長はあたしだよ?」



「え?そうなの?」

「そうさ。まあ、村長なんてがらじゃないから、真面目な人しかそう呼ばないんだよ」


 知らなかった……カーチャが村長だったんだ。道理で家も立派だし、生活に余裕があるわけだわ。そう考えると、私があの家に引き取られていたのも納得できる。


「なんか、すごい、こう言うのをパズルのピースがはまったみたい、って言うんだろうな……」


 銅鑼の様な音が鳴り、トナカイがゆっくり動き出す。


「おお、歩きやすく整備されています。これも精霊様のお力ですね。予定より早くたどり着けそうですね」

 さくさくと雪を踏みながら、パーヴェルさんがにこやかに声をかけてくる。


「いつ頃到着の予定なんですか?」

「まあ、昼前には」


「え、山ってそんなに早く登れるものですか?」

「そもそもそんなに高くない山ですし、頂上に行くわけではないので」


 あ、そうなんだ。なんだか頂上まで行かなきゃいけないイメージだった。そうでもないのか。まあ、日が暮れる前に下山しなきゃだもんね。



 道中は何事もなく進み、やがて開けた場所に出る。ここが湖なのかな、と首を伸ばす。


「モニカ!おいで!」

 カーチャの声が聞こえる。トナカイが止まったのを見計らって地面に降り、小走りで隊列の前に向かう。


「このすぐ先が精霊の湖さ。ま、たいそうな名前だけど、冬以外は採取や釣りや水遊びをするところさね」


 カーチャが指差した先には、青空を映したような、澄み渡った湖があった。太陽の光を受けて、キラキラに輝いている。


「わあ……」

 こんなに綺麗な風景を、初めて見たかもしれない。思わず湖畔に駆け寄る。濃い青に、白いヒビやもやが入っていて、まるで青空の様になっている。触れると、表面は機械で製氷したかのように均一な氷だった。


「俺たち製氷部隊の出番はなさそうだな。ま、そっちのがいいよな」

 後ろからドミトリが声をかけてきた。


「心配してくれて、ありがとね。これも精霊様の力なのかな?」

「多分、そうじゃね?そうでなきゃ、こんなにぜーーんぶ綺麗にならないもんな」


 ドミトリは手を広げて深呼吸する。私もそれを真似した。目を開くと、対岸に崖があり、そこに小さい隙間があるのが見えた。あの奥に氷の城があるのかな、とぼんやり思う。


 私が絶景を楽しんでいる間に、村の皆さんは恐るべきスピードで祭り会場を設営していた。火が焚かれ、大鍋が用意され、食料がどんどん出てくる。


「モニカー!テント、どの辺がいい!?」

 えーと、あれは…ユーリャだっけ。うん、多分そうだわ。


「えーと、この辺」

 湖全体をリンクにするには逆に大きすぎる。陸上のトラックぐらいの大きさなのだ。私はスケート靴に履き替え、気がひけるけど氷に傷をつけて、線を引く。ここまで使う、と言う目印だ。


 まだ祭りは始まらないので、いったんテントに戻る。テントの周りには、これも精霊が作ったのか、氷のベンチやテーブルがある。そこに毛皮やロウを染み込ませたクロスを敷いて使っているみたいだ。


「緊張してるか?」

 ニコロが神妙な顔で問いかけてくる。あれ、意外と繊細な神経をしているんだ……とちょっと意外に思ってしまった。


「正直、あんまり……」

「そうなのか。俺は精霊の前で演奏するのかと思うと、今更ながらに緊張してきちまったよ」

 そう言って、ニコロは温めた酒を口に含んだ。本番前に飲酒して、この人大丈夫なのかな……?と思わないでもないが、この村の人はめちゃくちゃにお酒を飲むのだ。それこそお茶のように。昼間からお酒を飲むのは普通らしい。うちの両親はお酒を全く飲まないから、最初はびっくりした。


「お茶でございますわ」

 妙な言葉遣いで入ってきたのはマーシャだ。ユーリャと二人で、スケオタっぽい発言をする二人組だ。


「ありがとね」

「線の奥の方、使わないなら滑ってていいのかな?正直、準備に飽きちゃった子が結構いて」


 マーシャがちらりとテントの入り口に目を向ける。

「大人が良いって言えば滑っててもいいんじゃないかな?」

 こんなに気前のいい精霊が、子供がスケートして騒いだぐらいでぐだぐだ言うはずない。多分だけど。


 マーシャはそうする、と言ってテントから出て行った。次に入ってきたのはオリガだ。なんだか前より痩せた気がする。たったの数日だけど、そうとう根を詰めて作業しているらしい事は風のうわさで聞いた。


「あー、ちょっと寝ていいかな」

「え、寝るの?ここで?」


 寒くないのか?と思ったが、オリガは背負っていた毛皮にすっぽりくるまって横になった。

「毛皮からはみでなきゃ寒くないよ。ビロードで動きやすいドレスを作ろうと思ったんだけど、生地が柔らかいから縫うのが大変なんだよね〜……」


 そう言い終わるとすぐに、オリガは大人しくなった。よっぽど疲れているのだろう。遠くで子供たちの笑い声が聞こえる。


「……」

「……」


 ニコロは何も喋らない。さっきはプレッシャーを感じていないと言ったけど、わたしもそわそわしてきた。


「ニコロのせいで私まで緊張してきたわ」

「酒飲むか?」

「飲むわけないでしょ」


 体を動かしていないと落ち着かない。私はテントから顔を出す。そこにはジェーニャがいた。


「モニカ、おさんぽいこー」

「ごめん、また後でね」


「ちぇ」

 ジェーニャを見送ると、入れ違いにカーチャがやってきた。


「食事が出来上がりそうだけど、食べるかい?」

「うーん、終わってからにするね」


 わたしが滑走する時間は決まっていない。『その時』がくれば、自然にわかるとはパーヴェルさんの談。スケジュールが決まってないと言うのは厄介だ。微妙な緊張感がいつまでも続く。


「……」

「……」

「……」


 オリガは静かに眠っていて、ニコロは静かに座っている。やっぱり散歩に行けばよかったかな。


「俺飯食ってくるわ」

 くそっ、裏切り者め。ヴァイオリニストはグルグル回ったりしないから、別に食べてもいいのよね。うらめしそうな顔でニコロを見送り、深呼吸をする。


 誰もいなくなったので、テントの中で振り付けの確認をする。元々今季試合で使う予定のプログラムだったので、滑り込みができてちょうどよかった。この世界の人たちは優しいし、楽しくはあるけどやっぱり元の世界に帰りたい。わたしがここに来てから3週間は経ってるはずだけど、現実ではどうなってるんだろう。意識不明とか、もしかすると行方不明だったりするのかな……と、不安になる。東日本選手権には出られるのかな。今年も全日本ジュニアに出たい。そのためには、東日本選手権の出場は必須なのだ。この体の軽さや感覚の冴えを、戻った時も維持できれば今年はもっといい成績が取れるはず。


 わたしが獲らぬ狸のなんとやら、を考えていると、突然強い風が吹いた。

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