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12話 愛の挨拶

 

 翌日、ニコロを訪ねて酒場へ向かった。宿屋と併設されていて、一階が酒場だ。営業は夕方からだけど、朝と昼の食事時には食堂として営業しているらしい。


「来たよ〜」

「よう」


 ニコロはどう見ても大人の男性なんだけど、なんだか全く敬う気にはなれないのだ。何故だろう。雰囲気が軽いからかな。


「曲を決めるんだな。この前と同じでいいのか?」

「えーと、私が鼻歌を歌うから、それを再現してもらうってことはできる?私の国では有名な曲だから、もしかしてこっちにも存在するかもしれないけど……」


 チャルダーシュと同じ様に、そっくりな曲がこの世界にもあるなら話が早いんだけど。


 ニコロは腕を組み、笑った。

「いいぞ。まあ、お前さんの歌唱力にかかっちゃいるがな」

 むむっ。歌にはあまり自信がないけど、やってみせようじゃないの。


「ちゃーらら らららら ら〜ら〜ら〜♪」


 私は『愛の挨拶』のメロディーを口ずさむ。途中の転調するところを伝えるのが難しくて、ニコロが再現してくれた曲はちょっとだいぶ色々違ってはいたけれど、なんとかそれっぽくなった。


「この主旋律、すごくいいな。なんて曲なんだ?」

「『愛の挨拶』だよ」


「そうか。ロマンチックな曲だな。この祭りが終わった後も、俺の手持ちに入れていいか?」

「私が作ったわけじゃないから何ともだけど、いいんじゃない?」

 著作権も、異世界では無力だろう。多分。


 酒場で昼食をいただく。この世界で初めに食べた、真っ赤なスープだ。赤いカブの色らしい。

「なあ、祭りが終わったら、他の曲も教えてくれよ」

「時間があったらね」


 打ち合わせのため、二人でリンクに向かう。ニコロは指を温めるため、酒瓶にお湯を入れて持ち運んでいる。


「お前、すごいよな。滑る時、寒くないのか?」

「うーん。寒いっちゃ寒いけど、滑ってると寒くないんだよね」

「マジか……やっぱり腐っても氷娘なんだな」

「腐ってないし」


 超絶ピチピチですけど、何か?って感じだ。よくコーチは「あたしもそのぐらいの頃は永遠に老化しないと思ってたわ〜」と言っていた。私もそんな気持ちで今を生きている。


 リンク脇にグラウンド整備に使うトンボの様な棒を持ったドミトリが立っていた。他の子もいるが、皆普通の長靴を履いて外側にいる。なんだかわからないが、小さい仮設テントみたいなのもある。


「あ、来た!おーい!製氷しといたぜー!!」

 製氷。それはすなわち、氷をきれいに整える事である。現代のリンクには製氷車がいて、氷をあっという間に平らにしてくれるけれど、ヌヌガフ村ではそうもいかない。


「え、ほんと!?」

「おーよ。穴に雪を詰めて、細かい溝を埋めて、薄ーく水をかけただけなんだけどさ」


 柵の向こうから見るリンクは、昨日よりもずっときれいだ。


「みんな、ありがとう。大変だったでしょ?」

 なんて気が効く子供たちなんだろう。猿とかカピパラとか言ってごめん。しかも名前も覚え切れてない。


「祭りの練習は大事だからな。ほら、本番の日も氷を綺麗にした方がいいだろ?」

「ドミトリ、しっかりしてるね……」


「まさか、このテント俺の待機用か?」

 ニコロがテントの中に潜りこむ。


「そうだよー!おじさん、音楽してない時は寒いでしょ!?この中で手をあっためるの」

「おじ……さん。まあ、そうだよな。お前たち、ありがとうな」

 ニコロはめちゃくちゃ複雑そうな顔をしていた。多分お兄さんって言ってもいい年齢なんだと思うけど、笑うと目尻にしわができるのよね。そこが子供から見るとおじさんなんだと思う。


「あとまあ、着替えにも使えるだろうし。火鉢入ってるから、あったかいぜ」

 私が彼くらいの歳の頃、何を考えて生きていただろう。むしろ、今でもドミトリの方が賢いと思う。


 ありがたく、リンクに上がらせてもらう。昨日とは全然違う滑り心地だ。


「さいこー!!みんな、ありがとね〜〜」

 叫びながらトップスピードに乗り、ダブルアクセルを跳ぶ。もちろん、トリプルなんて到底無理なのでね。


「きゃー!モニカ、くるくるして〜」

 くるくるってなんだろう。スピンなのか、ジャンプなのか?とりあえずその場でツイズルをする。くるくると、オルゴールの上の人形みたいに回るこの技は、端的に言うと高速でターン、すなわち方向転換をしているのだ。


「それ、やりたい〜」

「やりたい〜」


 子供たちが木の柵をバンバン叩く。エレメンツの練習をするたびに、歓声……いや、嬌声が上がる。悪い気分じゃない。


「モニカー!滑ってるだけで可愛いよー!」

「なんか、とーとい、ってこんな気持ちかな!?」

 おいおいお二人さん、ちょっと年長さんなだけあって1人前のスケオタみたいな事を言うね。


「正直、本番はもっと大きめに滑りたいんだよね」

 テントから顔を出したニコロに話しかける。

「なるほどな。もう少しテンポを遅くする必要があるって事だな」

 このリンクは少し小さい。本番は湖のはずだから、もっと大きいはず。大体のイメージの大きさを伝えて、音楽のペースを調整する。


 細かい調整を続け、集中力が切れたところでやめる。この後はスケート教室だ。


 今日は後ろ向きに滑る練習をしてもらった。驚くべき事に、ドミトリは独自にジャンプもどきを跳び始めていた。才能のある子は数日とか、すごい時は初日でジャンプを跳んだりするらしい、って本当だったんだ。こわい。




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