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10話 精霊への願い事

「音楽や踊りで精霊を楽しませると、願いをかなえてもらえる、という話はご存知ですよね」


「ああ」


 え、そうなんだ。知らなかった。なら、スケートを見せたら元の世界に戻してもらえたりするのかな。私はカーチャの言っていた事を思い出す。


「その昔、20年ほど前でしょうか。この村に、イリーナという娘が里帰りしてきたのです」


 パーヴェルさんは棚にある古い日誌を取りだし、私たちに見せてくれる。しかし、私はこの世界の文字が読めない。ニコロは真剣な顔で覗き込んでいるけれど、こっちにはちんぷんかんぷんだ。朗読してほしい。


「帝都でバレリーナになると言って出て行った娘が、戻ってきた。それだけなら、よくある話だよな」


「確かにそうですが、間の悪いことに、彼女の両親はすでに流行病で亡くなっていたのです。その年は他の地方で災害が多かったため、税金が上がり、生活が苦しい人が多かったんです。冬がくるのも大分早かったそうで」


「それで、イリーナはどうしたの?」


「彼女は帰ってくるなり、その足で山に登って行ったんです。精霊に頼み事がある、と言って。親戚や、村の人は止めましたが、彼女は何も言わずその場を去り、そして二度と戻ってくることはなかった。私は彼女に会っていませんが、真っ青な顔で、ひどくやつれていたそうです」


「……山で死んでしまったの?」

「おそらくは」

 パーヴェルさんは俯き、静かに目を閉じた。


「そして、春が来ました。村人はたちは採取と、イリーナの遺品を探すために山へ登りました。そこで、湖のほとりに世にも美しい赤子が眠っているのを見たのです」


「赤子……」


「村人たちは、当然、その赤子を保護しようとしましたが、赤子に触れようとしたとたん、猛吹雪が彼らを襲い、湖は凍りつきました。目撃者の証言にによると、湖のそばの洞窟の向こうに、氷でできた城が見えたそうです」


「イリーナが精霊に見染められ、子を産んだのだと言われています。面差しがイリーナによく似ていたそうです」


「イリーナ本人は死んだのか?」

「おそらくは。ほらここに、子供用の服とか、母乳が出る母親がいたら絞って凍らせたものを、とか書いてあるでしょう。ひんぱんに欲しいものの手紙が来る様になったり、氷娘の出現頻度が高くなったのはこのあたりからです」


「じゃあ、今も精霊は子供を育てているの?」

 イクメン……イク精?だめだ、なんか卑猥な響きだわ。何にせよ、ずいぶんフレンドリーな存在だ。


「普通に成長していれば、もう18、19ごろですから。最近は服とか靴をどうこう、とは言われなくなったので、成長しきったんじゃないでしょうか?多分生きてはいると思いますけど、村に降りてこないあたり、彼もまた我々とは違う存在なんでしょうね」


 そう答えて、パーヴェルさんは話を締めくくり、日誌を閉じた。


「しかし、イリーナの願いは何だったのかね?結局本人は命を落としているみたいだし、精霊様もいちいち物資の無心をするぐらいなら、人里に置いてくりゃいいのにな」


 ニコロが身もふたもない事を言う。しんみりした空気が台無しだ。


「パーヴェルさんは、精霊様が願い事を叶えてくれると本当に思っていますか?」

「はい。もちろん、精霊に選ばれた者だけですが。私は各地に伝わる伝承を信じていますよ。きっと、イリーナの願いは叶えられたのだと思っています。モニカ、貴女は何か願う事が?」


 パーヴェルさんの、くすんだ金髪の向こうのナッツ色の瞳が私をじっと見つめる。


 室内が静まり返る。屋根からどさりと雪が落ちる音がする。


「これから一週間は、晴れって言ってましたよね?」


「ええ」


「私、精霊に会いに行きます。そして願いを叶えてもらうの」


「本気ですか?」


「そうですよ。そのために、教会へ話を聞きにきたんですから」


「私は止めはしませんけれど……お会いできる保証はありません。何せ、我々の理解を超えたお方です」


 そう言って、パーヴェルさんは壁のステンドグラスを見つめる。


「俺も手伝うよ。音楽は必要だろ?こんなおもしろい話、見過ごすわけにはいかないもんな」

「ニコロって、そればっかね」


 私は真剣なんだけど。じとっと睨むと、軽くウィンクを返される。軽いヤツ。


「一応、手紙を書いておきましょうか。。ええと、モニカ……氷娘のモニカが、この一週間のうちに、湖上で踊りを見せたいとの申し出あり。白夜の月のような、儚げな黒髪黒目の乙女。氷の上を滑り、飛び回り、その姿は真冬に飛ぶ蝶、もしくは雪原のスイートピーのよう。ま、こんな感じでいいでしょう」


 ちょっと聞いてて恥ずかしくなるような褒め言葉が並んでいたけど、そんなハードル上げて大丈夫かな?そもそも、氷娘を騙って怒られないだろうか。さっき思いっきりドア開けちゃったし。


「俺のことも書いてくれよ」

「ええと、旅芸人のニコロによる音楽の伴奏あり、と」

 パーヴェルさんは紙の端っこに走り書きをして、棚に手紙を入れた。


「ちゃんと詩的な紹介文をつけてくれよ……」

 ニコロは大袈裟な動作で、椅子から滑り落ちた。


 わりあいすぐに、棚の中からカタンと音がする。今まで全く音がしなかったのに。


「返事が来ました!」

「このやりとり、意外と忙しないな。実は壁の裏とかにいんじゃねえの?」


 乙女のようなリアクションで喜んでいるパーヴェルさんを尻目に、ニコロは返信に目を通す。


「よし。非常によし。冬の迷い子、精霊は楽しみに待つ。民のざわめき、高揚、山の上に届くほど。五日後、休息日に、湖のほとりで待つ。祭りをすべし。村人たちよ、集え。歌え。踊れ。さすれば冬の祝福はヌヌガフ村に響くだろう」


「祭りをすべし……」

 祭りって、あのフェスティバル的なやつ?今から?五日後に?


「これは……祭りの神託です」

「マツリノシンタク?」


「聖霊が人間に対し、祭りをして自分を楽しませよ、ってお告げがある時があるんだよ。そうなったら、こっちは真冬だろうが真夏だろうが収穫期だろうが、祭りを始めなきゃなんねえ。それで不興を買うと、次の年は不作になる」


「えっ」

 不作って。なんか大変なイメージがある。もしかして、私がここでやらかしたら村八分にされちゃう可能性ある?


「こうしちゃいられない。礼拝なんて後回しだ」


 パーヴェルはローブのはしをつまみ上げて、奥の部屋へ走っていった。だんだんと階段を駆け上がる音が聞こえる。足音が止んだと思ったら、ガンガンガンと、せわしない鐘の音が響く。火事かよ。


「ニコロもそれ、信じてるの?」

「信じるも何も、本当のことだからな。あんたは随分不信心なところの出身みたいだな。ま、明日にでも、打ち合わせをしようぜ。じゃあな」


 ニコロはヒラヒラと手を振り、去っていった。後には私だけが残される。


「と、とりあえず、帰ろ」

 そう思って教会を出ると、ジェーニャが立っていた。あれ、他の子と合流したんじゃなかったのか。


「おまつりーーーー!?」

「おまつり……らしいよ?」


「踊るの?」

「うん。そんな、大々的に皆についてきてもらうつもりじゃなかったんだけど……」


「精霊様、モニカに興味がある。あの子もきっと、モニカのことが好きになる」

「はい?」


 突然、ジェーニャが意味深な事を言ったので、少し面食らってしまった。


「ふえ?」

 一瞬変な感じがしたが、普通のジェーニャだ。いや、知り合って二日目なんだけど。

 広場まで一緒に戻り、彼女のお母さんに引き渡してから、私は家に戻った。




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