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天眼の聖女 ~ウチのパーティー、俺以外皆Sランクなんスよ~短編版

作者: 編理大河


「はぁ~、いい天気だなあ」


 俺は庭で洗濯物を干しながら、真っ青な空を見上げて深く息を吸う。こんな日は意味もなく嬉しくなってしまう。最近は特に忙しく、ゆっくりと過ごす暇が持てなかった。何故だか大規模なスタンピード、いわゆるモンスターの大量発生が立て続けに発生し、ギルドから泣きつかれてしまったのだ。連戦に次ぐ連戦で皆疲れていることだろう。こんなゆったりとした日は、せめて美味しい料理を作ってその労を労ってやりたい。そのための食材も、美味しいお酒も買いに行ってもらっている。ほとんど見ているだけの自分だったので、せめてこういう部分でファミリーに貢献したい。皆は休めと口うるさく言うだろうが――


「ああーーーーーーーー」


 突如として響き渡る大声。その鈴のような凛とした可愛らしい声の持ち主に目をやり、俺は小さく首を振る。そこには見知った顔の少女がいた。女性としては長身の、出るとこは出たモデル体型のショートカットの美少女。お使いを頼んだ相手は、想像以上に早く帰ってきてしまったらしい。そしてこのリアクションは想定内のことであった。


「リコねえ、やっぱ働いてるぅ‼ 洗濯は後でナナがやるって言ってたじゃん‼」

「まあ、そうだけど、あの子も魔術師ギルドや宮廷魔術師の人に呼ばれたりして忙しそうでしょ。私は戦いではあんまり役に立てないから」

「だからぁ、そうじゃないって。リコねえは皆のトップなんだから、踏ん反り返っていんだって。リコ姉が働くんだったら、ノアが手伝っちゃうよ‼」

「いや、それは止めて」


 背中に大きな籠を背負った少女が地団太を踏む中、俺は冷や汗をかきながらそれを制止する。ノアは不器用を極めたような人間だ。もし、洗濯ものなど干したら、その衣類の七、八割方は廃棄せざるを得なくなるだろう。


「まあ、もうすぐ終わるからさ。あっ、そうだノア。昨日焼いたクッキーがあるんだけど食べる?」

「えっ、マジ⁉ 食べるぅ」


 一転、パアッと花の咲いたような笑顔を見せるノア。俺はそんなノアをじっと視線を集中させ【視る】ことにした。




【ノア】

種族 :人間

性別 :女性

年齢 :15歳

HP :650

MP :  0

力  :640

防御 :188

魔力 :  0

早さ :620

器用さ: 30

知力 : 25

魅力 :450




 うん、知力と器用さが出会ったときから伸びてない。


「はあ」

「ん? どったの、リコねえ」


 思わずため息をついた俺を不思議そうに見つめてくるノア。俺はそれに対してなんでもないように振る舞う。この、ステータスらしきものはこの世界ではたぶん俺だけが視えるもの。かつて俺たちに色々と教えてくれた人はこの目を魔眼の類であるといい、そして天眼という名をつけた。


「いや、なんでもないよ。それよりおやつの時間にしようか。もうすぐナナやエリスあたりは帰ってくるだろうし、私も一息入れたいしね」

「わぁーい、おやつー」


 万歳をしながら家へと駆けこむノアの後を追う。もう少ししたら皆帰ってくるだろう。そう、俺の家族たちが。ノアの背中を追いながら、玄関の前の鏡に俺の姿が映る。16歳というには少しばかり幼い体型。スラリと手足は長いが、起伏に乏しい肢体。肌は驚くほど白く、肩口まで伸びた髪はあちらの世界ではありえない完全な銀の色。そして鮮やかに咲くアメジストの華のような瞳。自分の容姿ながらも、まるで妖精のようだとつい見惚れてしまう。それと同時に今こうしてリコという少女として生きていることに不思議な感慨を覚えた。なぜなら、前世では俺は山田哲也という日本人だったからだ。




 この魔法なども存在する不思議な世界でリコという少女に転生するまで、俺は山田哲也という日本人だった。そこでも、なんの特徴もない平凡な日本人として生きていたのだ。もうすぐ40に手が届こうとするアラフォーで、薄給のプチブラックな職場に大学卒業から勤めながら実家暮らしをしていた。フツメンで若干コミュ障なため、当然恋愛は出来ず、一念発起して入会した結婚相談所でもただの一度も勝利はなく、生涯童貞として人生を終えてしまった。

 何故そうなったかというと、日中意味もなく一人で街をぶらついていた時、突如として通り魔と遭遇してしまったからだ。響き渡る悲鳴の中、赤く染まった包丁を握りしめたボサボサの髪をし血走った眼をした男。その男が、俺の目の前で立ちすくむ小さな女の子にその視線を定めたとき、俺の体は不思議と恐怖もなく、その進行上に立ちふさがっていた。

次に覚えているのは地面に倒れ伏している自分と、その目の前で複数の男性に取り押さえられている通り魔の姿だった。不思議と痛みは感じなかった自分に、必死に看病し声をかけてくれる無数の人たちの姿を見ながら暗闇の中へと落ちていく自分を感じた。何も残せず、この世を去ることに少しばかりの悔いと両親へのすまなさはあったが、幸い俺には出来のいい妹もおり、甥や姪もいた。無念はあるものの、通り魔から少女を救って、この苦い人生を終えられるという安堵を抱きながら俺は逝った筈であった。だが、次に目覚めると中世ヨーロッパのような薄汚れた街並みの中で、5歳のリコという少女として存在している自分がいた。

 自分にはリコとしての記憶も意識もある。貴族の妾として自分を生み、正妻にばれて全ての補助を打ち切られ追い出され、売春をしながらも必死に自分を育ててくれた母の記憶も。

いつも「ごめんね」と悲しい顔で謝る美しい女性は、性病と流行り病のダブルパンチであっけなく死んでしまった。泊まる場所もなく、路地裏で「ごめんね」といつもと変わらぬ謝罪を自分にしながら。もし、その頃に前世を思い出せていたら何かできたかもしれないと俺はその笑顔を思い出すたびに悔恨に襲われる。

 母を失った俺は、あてどなくスラムをさまよい、何も口にできぬまま疲れ果てて寝てしまった。風邪を引いてしまったのだろう。熱くうだる頭を抱え、寒い路上に蹲った俺は、そのとき前世の全てを思い出した。そのときリコという少女と山田哲也というアラフォーメタボおじさんの意識は統合された。その結果、アラフォー日本人としての知識と分別が、結果として、不衛生極まるスラムに住みリコという5歳の少女を救うこととなった。もし、それがなければ俺はあそこで野垂れ死んでいただろう。そしてリコとして生きていく中で、俺は多くの出会いを経て、前世では手に入れられなかった自分の家族というべき存在を手に入れることになったのだ。




「リコねえ、このクッキーおいしー」

「そう、よかった。私の自信作なんだ」


 ポリポリとクッキーを頬張るノアを見ながら、俺は微笑み昔を懐かしむ。正直生まれ変わったことを少し億劫に感じたこともあるが、目の前で無邪気にクッキーを貪る妹を見ているとそんな思いも吹き飛んでしまう。

 前世ではすこしばかり料理を趣味にしており、老親や甥姪に自信作を振る舞うのが好きだった俺は、この世界でも家族に料理を作るのを趣味にしている。この世界ではまだ料理技術などがあまり発展しておらず、似たような材料を使ってなんとか再現をしている。幸いにして評価は好調で、上流階級などにも俺の名前は知られているらしい。自身で探り当てた紅茶に似た飲み物を飲みながらのんびり過ごしていると、玄関から声がした


「ただいまなのです」


 少しばかり疲れた様子で入ってきた小さな幼い少女は、黒のローブに黒の三角帽子、そして黒い眼帯といった黒ずくめのいで立ちをしていた。服と同じ黒の色の髪を三つ編みにし、肩へと垂らしている。その顔立ちはとても愛らしく、日本であったならネットで騒然となるレベルの美少女だろう。この世界の顔面偏差値は高いが、その中でも俺の兄弟たちは皆とびっきりだ。


「あ、ナナ。おかえりー」

「ノアちゃん、ただいま。リコお姉ちゃん、ただいま戻りました」

「うん、お帰り。お疲れ様だったね。長引いちゃった?」

「そう、おじいちゃんたちの勧誘が凄くて困った……。あっ、クッキー美味しそう」

「食べなよっ、リコねえの自信作なんだよ」


 ナナのために椅子を引いてやりながら、満面の笑顔でノアがクッキーを勧める。椅子に腰かけ、ふうっと溜息をつくと、リスのようにクッキーを頬張り始めたナナ。俺は先ほどのようにナナを己の目で【視る】ことにする。




【ナナ】

種族 :人間

性別 :女性

年齢 :13歳

HP :250

MP :876

力  : 95

防御 :168

魔力 :872

早さ :120

器用さ:230

知力 :725

魅力 :422




 いかにも、魔法タイプといった能力バランスだ。ただ、ナナは特異体質らしく、出会った頃は己の魔力量の高さに死にかけスラムに捨てられていた。もし、俺に天眼の能力がなければ、ナナは命を落としていただろう。また、ナナは生まれながらの天才らしく、出会った頃から異様に知力が高かった。その名声は轟いており、常に国や大学などからのスカウトが絶えない。どのぐらいかというと、あっちの世界でいえば、ガウスやアインシュタインレベルの天才らしい。


「ふう、クッキー美味しい」

「リコねえのエキスたっぷりだからね!」

「そっか、だからこんなに美味しい」

「そんなもの入ってないよ⁉」


 俺成分で入ってるのは愛情だけだよ。大天才の筈のナナも、なぜだかノアの言葉を疑わずにクッキーを貪っている。その様子を微笑ましく眺めていると、再び玄関の開く音がした。


「ただいま戻りました」


 楽器のように美しいソプラノの響き。入ってきたのは一組の男女。男の方は190はあるだろう長身の美男子であり、女性の方も亜麻色の髪を腰にまで伸ばし純白のローブを着た美女であった。


「おかえり、アレク、エリス。一緒に帰ってきたんだ」

「はい、姉さん。エリスとは帰り道たまたま出会いました。王や騎士団長との話が長引き遅くなってしまいました」

「私も本当はもう少し早く帰って姉様を手伝いたかったんですけど、神官長様の勧誘が長くて」


 この二人は本当の兄妹で、一番最初に一緒に暮らし始めた相手でもある。義父の暴力から逃げスラムを彷徨っているところを俺が助ける形となったのだ。年齢は俺より一つ上なのだが、山田哲也というアラフォーの前世もあって年長風を吹かせまくった結果二人共俺を姉と慕うようになってしまった。俺はまずアレクの方を【視てみる】ことにする。




【アレク】

種族 :人間

性別 :男性

年齢 :17歳

HP :858

MP :250

力  :552

防御 :528

魔力 :167

早さ :298

器用さ:278

知力 :225

魅力 :682


加護:剣神の加護




 ウチの家族の最年長。俺たち家族が行っている冒険者稼業でのパーティー【ストレイキャッツ】の主戦力だ。その強さは他を寄せ付けることなく、この王国では最強と噂されている。ハリウッド俳優もかくやといったイケメンでもあり、上げた武勲も併せて、王や騎士団、貴族たちの勧誘や婚姻の誘いも絶えない。そのイケメンムーブに、女として生まれ変わってしまった俺も時折爆発しろとの思いを抑えきれなくなることがある。

 アレクを【視た】後は、隣のエリスを【視る】。




【エリス】

種族 :人間

性別 :女性

年齢 :17歳

HP :383

MP :641

力  :140

防御 :288

魔力 :380

早さ :281

器用さ:317

知力 :315

魅力 :714


加護:大地母神の加護




 エリスは、大地母神の加護を持ち、様々な奇跡を行使できるヒーラーだ。その奇跡は凄まじく、千人近くを同時に癒したり、死んだ直後であれば蘇生の奇跡まで行使できる。それは歴代でも数人しか行使できず、今行うことが出来るのはエリスだけだという。エリスはいわゆる巨乳というやつでボンキュッボンな美女だ。この前、一緒にお風呂に入った際、俺はおもわず「フジコちゅわん」と叫んでしまったほどである。大地母神はもっとも信仰されている神でもあるため、国教として据えている国の王族からは婚姻の誘いが絶えない。当然、末端の貴族や豪商などからもその誘いは多く、エリスは少しばかりうんざりしている様子だ。また、神殿もそんなエリスを聖女として認定したがっており、巷ではエリスは光の聖女とまで呼ばれているほどだ。


「エリスねえもこっち来なよー。リコねえエキスのたっぷり入ったクッキーだよ。女子会だよっ!」

「とても美味しい」


 だから入ってないって。


「まあ、今は少しダイエット中だったのだけれど。姉様のエキス入りであるならば食べないわけにはいきませんね」


 エリスはすこしばかり、己の胸に手を当てながらも、覚悟を決めた様子で椅子に座りクッキーを手に取る。少しばかり育ち過ぎた己の肢体にちょっとコンプレックスがあるのだ。だが、愛する妹のために俺は抜かりがなかった。


「エリス、大丈夫だよ。そのクッキー糖質を減らしてるから、普通より太り難いよ」

「まあ、素晴らしいですわ。なら安心して姉様のエキスを摂取できますわね」


 エリスも安心したようにクッキーを頬張り始める。元来甘いものに目がないエリスは、まるで童女のようにその瞳を輝かせる。


「トーシツがなんなのかわからないけど、流石リコねえ」

「お姉ちゃんは天才。相変わらずゼロからの発想が凄すぎる」


 ノアもナナも、遅れじとクッキーを口へと運ぶ。ナナの賛辞については前世の知識を利用しているだけなので、俺は何も答えずにただ曖昧に笑みを浮かべる。そんな中、皆を微笑まし気に見守っていたアレクと目があう。その涼やかな美貌に、ホモではない俺も思わずドキッとしてしまった。取り繕うように俺はアレクに話しかける。


「アレクも食べなよ。アレクにも合うように甘さもくどくないように出来てるよ」

「妹たちが食べ終わったら是非頂きたいと思います」

「うん、後はスタンが返ってくるのを待つだけだね。スタンにはお酒を買いに行ってもらったんだけど」

「呼んだ、姉貴?」


 唐突に声がしたため、俺は思わず声をする方へと勢いよく振り向いてしまう。そこには意地の悪い笑顔を張り付かせた中肉中背の少年が壁に背を預けながら立っていた。


「スタン⁉ いつの間に」

「つい、今しがただけど」

「気配を消すとは感心しないな。手練れにあったら誤解されるぞ」

「悪ぃな。癖になってんだ、音消して歩くの。でも姉貴以外は気付いてただろ」


 どうやら皆は気付いていたらしい。全く動揺する気配を見せていない。「スタンにい、お帰りー」とノホホンと手を上げているノアまでも気付いてたとすると少しばかり悔しい。そんな憮然とした俺に気付いたのか、スタンは両手を合わせて謝ってくる。


「いや、決して姉貴をからかおうとしたわけじゃないからさ」

「いや、絶対それが目的でしょ」


 頬を膨らませる俺にスタンはニヤニヤとしながら平謝りをしてくる。俺はそんなスタンを睨めつけながら、スタンを【視る】。




【スタン】

種族 :人間

性別 :男性

年齢 :16歳

HP :723

MP :152

力  :346

防御 :312

魔力 :142

早さ :881

器用さ:817

知力 :302

魅力 :314




 スピード重視タイプといったステータス。出会ったときはスリをして生計を立てていた少年だったが、説得もあってか今では全うに生きてくれている。とはいえ、遊び人気質であり、いつも酒や香水の匂いを漂わせているのは少し不安の種だ。とはいえ、根は善良な男であり、誰よりも家族思いな一面もある。内に秘めた思いは誰よりも強い男だと俺は思っている。


「オーダー通り、朝から駆けずり回って、おすすめの酒も手に入れてきたんだぜ。からかったのは悪いけど、機嫌直してくれよ」


 一見おちゃらけた態度のスタン。しかし、その言葉の響きの中に、本当に哀切な感情があるのを俺は感じ、ドキリとしてしまう。ここにいる皆は親に捨てられた者たちばかりだ。自分が曖昧な寂しさから作ったこの疑似家族的な環境を、時に命を懸けてまで守ろうとする姿勢に時折たじろいでしまうこともある。


「仕方ないなあ。その変わり美味しくなかったら承知しないよ」

「いや、マジでありがとう。これはホントにお勧めだから皆きっと気に入るって」


 俺の言葉にスタンがホッとした表情を浮かべる。


「じゃあ、皆揃ったし私も夕食の準備でも始めようかな。今日はごちそうにするからね。エリスとナナも手伝って」

「当然ですわ」

「僕、頑張るよ」


 エリスとナナも気合を入れて賛同してくれる。そんななか、クラッシャーの代名詞が声を上げてしまう。


「うー、ノアも手伝いたい」

「いや、ノアは別のことで貢献してほしいな。あっ、そうだ。夕食が出来るまで、スタンと特訓しててよ」

「ええっ⁉」


 突然、ノア係を振られたスタンが驚愕の声を上げる。くく、俺をからかった罰を受けてもらおうか。


「仕方ないなあ。適材適所って奴か。しょうがないから、スタンにい、行くよー」

「いや、ちょっと待てよ。俺も皆と一緒に手伝いを、って、手を引くなっ。くそっ、なんて怪力だ」


 引きずられるように、スタンはノアに引かれ庭へと連行されていく。


「では、俺はテーブルの用意などをしておきますね。それが終わったらスタンを助けにいきます。ノアは若干加減を知りませんから」

「うん、お願いね」


 常に大黒柱のように皆を支えてくれるアレクに、ノア係のバックアップをお願いする。庭からは早速、ノアの気合の声とスタンの悲鳴が聞こえてきている。俺は心の中で合掌しつつ、台所へと向かった。




「さあ、どうぞ召し上がれ」

「「「おぉ~」」」


 食卓にある様々な料理を見て、皆が歓声を上げる。そこには、肉じゃがやピザ、マーボー豆腐といった和洋中と多くのバリエーションを備えたものが置かれていた。全てあちらの世界のものだ。こちらの食材は、俺のいた世界のものと少しばかり違っているため、味を確かめながら、出来るだけ現実の世界のものへと近づけた。皆もとても美味しいと言って食べてくれているので研究には余念がない。


「わーい、御馳走だあ」

「腹がはち切れるまで食べる。今日だけはノアちゃんに負けない」


 ノアとナナが先鞭をつけるように、料理をかき込みだす。アレクやエリス、スタンは料理をつまみながら、ゆっくりとスタンの買ってきた果実酒を楽しんでいた。


「美味しい。それにスタンの買ってきてくれたお酒もいけますね」

「だろ、エリスの姉貴」

「普段、いけない遊びを多くしているスタンならではのチョイスだね。これなら王宮や貴族のパーティーで出るものに引けを取らないな」


 超一級の冒険者であるアレクはそのような場所に呼ばれることも多い。俺はそういう場所にいくとコミュ障の性か、過呼吸とかになってしまうので、仕方なくアレクに代表として行ってもらっている。


「まあ、なんにせよ皆が頑張ってくれてるおかげで、こんないい生活が出来てるからねー。皆には感謝してもしきれないよー」


 そんな食事の最中、何気なく言った一言。しかし、何故か皆がびっくりしたような表情を浮かべ、俺の方を凝視していた。あの食いしん坊のノアまでがこちらを目を見開いて視ている。


「えっ、私何かマズイこと言っちゃった?」


 思わずおどけながらお茶を濁す。それが功を奏したのか、皆もふっと気を緩めた様子で、互いに顔を見合わせながら苦笑していた。

 

「いえ、姉さんは何も悪いことはいってませんよ。ただ、少しばかりご自身の評価が低すぎるのが心配ですけど」

「そうです。姉様の謙遜は少し過ぎるところがあります。もし姉様と会え無ければ私たちはあのスラムで野垂れ死んでいたことでしょう」

「そうだぜ、姉貴。姉貴はすぐ俺たちにそう言うけど、まだ俺たちは全然返せてないと思ってるんだ。こうやって面倒見てくれてるのは凄ぇ嬉しいけど、俺は、俺たちはきっとそれを生涯かけても返せないぐらい大事なものと思ってるんだ」

「ノアはずっとリコねえと一緒だよ」

「そうです。お姉ちゃんが決めた場所が、僕たちの場所です」


 無償の愛情ともいえるべきものを、躊躇いなく向けてくる者たち。その眼差しに俺は心臓がキュッと締め上げられる。何も不自由なく生きてきた山田哲也。その人格を宿したリコという少女に、この世界の持たざる者たちの愛情は時に重く感じてしまう。だが、こちらを不安げな様子で窺う彼らにそのようなことは告げられない。本来ならこの世界で自由気ままに振る舞うことすら許され英傑たちの筈なのに。


「そうだねえ。でも、皆で頑張ってるからこその今なんだよ。これからも皆で一緒に頑張っていこうねー」


 俺のその軽い言葉に皆も安堵の表情を浮かべる。そのあとは和やかに夕餉は続いた。しかし、その最中、玄関をノックする音が響き渡る。


「はあ、せっかくの家族団欒でしたのに」


 エリスが立ち上がりながら、玄関へと向かう。転がり込んできたのは、ギルドの女性職員であった。


「み、皆さま夜分遅く申し訳ありません」

「おっ、リリーちゃんじゃん」


 それはギルドの受付嬢のリリーであった。名前を呼んだスタンは、嬉しそうに笑みを浮かべる。可愛さと美人さの半々といった、その優れた容姿からギルドでも人気の受付嬢として働いている女性だった。そんな中、ノアが不機嫌そうにリリーへと近づく。


「仕事の話ですかぁ?」

「は、はい~。お寛ぎのところ申し訳ないんですけど、この案件を迅速に解決できるのは【ストレイキャッツ】の皆様だけということになりまして~。実は~」


 リリーは平身低頭しながら、こちらへと要件を伝えてくる。聞いたところによると、なんでもモンスターが集団発生するスタンピードが王都のすぐ側で起き、かつレイドボスと分類される大型魔獣までそこに紛れ込んでしまっているらしい。


「そのパーティーの全員、いや、ほとんどがSランク冒険者のストレイキャッツにしかこの案件は解決できないとの結論に達しまして~」


 リリーが申し訳なさそうに俺を見ながら、そう話しを続ける。


「どうします、姉さん」

「そうだね。このままじゃ無辜の人たちも傷ついてしまうだろうし……」


 そのこともギルドは折込み済みで話を持ってきているのだろう。


「しかし、またスタンピードか。今年はちょっと異常だなあ」

「ええ、本当に。何らかのよくない前触れでないとよいのですが」


 俺の言葉に頷きつつ、アレクが険しい表情を浮かべる。スタンピードが起きると、それを鎮めるまでに多くの犠牲がでることが普通だ。しかし、ここ数年の被害はゼロに等しい。何故なら最強と呼ばれる冒険者パーティー【ストレイキャッツ】がいたからだ。


「姉様の指針に私たちは従います」

「おう。姉貴が決めてくれ」

「リコねえに従うだけだよー」

「まあ、お姉ちゃんは結局、皆を助けに行っちゃうんだろうけど」


 皆の信頼の視線。それを受けながら、俺はリリーに決断を告げた。




 数日後。

 眼前には大地を埋め尽くす魔物の群れがいた。かなりの割合で大型魔獣もおり、その討伐ランクもAランク相当のものが多い。並のクランやパーティー、それに国の騎士団なら壊滅してもおかしくないレベルだ。まあ、それでも【ストレイキャッツ】にとってはイージーだが。


「じゃあ、いくよ」


 ナナが高台から大量のモンスターを見下ろし、杖を掲げながら詠唱を始める。


「混沌に帰し、大いなる力よ。今、我の問いかけに応え、その真を顕現せよ。汝の名は焔。全てを焼き、無へと帰す物也」


 この世界には魔法がある。人ならばほぼ有しているマナを練り上げ、奇跡のように行使する技術。本来なら詠唱などはいらないのだが、俺が調子にのって教え込んだ結果、ナナは常に詠唱するようになってしまった。でも、最近ではナナの影響で詠唱をしだす若い魔術師も増えてきたという。なんでも若干の威力の向上がみられたとかなんとか。


「えいっ」


ナナの詠唱の下、空中より溢れ出す高密度の火球。それはスタンピード中の魔物の中心へと放たれ、爆音とともにその大半を屠っていく。あっというまに炭化していく魔物たち。それだけで、魔物の過半数が灰燼へと帰してしまう。


「あはは、あいかわらずナナの詠唱は意味はないけど格好いいねー」


 笑い声を上げながら、生き残った魔物に突き進んでいくノア。その後を追う、アレクとスタン。俺は魔法を唱え終わったナナを労うことにした。


「お疲れ、ナナ」

「ん、ありがと、お姉ちゃん。でもこれぐらいなら後、100発は打てるよー」


 満面の笑顔でそう答えるナナ。俺はスタンピード中の敵を見る。どう見ても、その半分以上が今の一撃で壊滅しているように見える。これ以上はオーバーキルだろう。


「ま、まあ、また必要になったらお願いしようかな」

「うん、わかった。じゃあ、準備しておくね」

「あとはあの三人に任せましょう」


 エリスが、今、まさに敵に迫ろうとする三人を見ながら呟く。戦闘が始まり、瞬く間に崩壊していく魔物たち。そんな中巻き上げられた岩石が俺たちへと迫る。しかし、それは俺の眼前で不可視の壁に阻まれた。


「プロテクションを掛けておいてよかったですね」

「ありがとう、エリス」


 礼を言いながら、俺は自身の能力について考える。この天眼は誰かの能力を測ったり、伸ばしたすることが出来るのだ。だが、自分の能力は鏡を使っても見ることはできなかった。そして、俺自身はどうみてもクソザコナメクジな能力だろう。多少の剣技と魔法が使えるにすぎないC級にもみたない実力。

悠然と敵を見降ろすエリスとナナ。瞬く間に敵を蹴散らアレク、スタン、ノア。それを見ながら俺はかつて解散式を申し出たことを思い出した。それは一流冒険者として歩みだせる五人を見て決めた決断だった。しかし、結果は惨憺たるものだった。英雄として謳われるに相応しい者たちが怯え、自分に哀願してきたのだ。どうか、捨てないでほしい、と。足手まといにならないようにとの判断だったが、結果として皆を悲しませてしまったのだ。


「そろそろ終わりそうだよ」

「そのようですわね」


 尋常でない力をもった三人は、瞬く間に敵を殲滅する。ノアの拳の前にモンスターはあっけなく爆ぜ、アレクの剣は無慈悲に相手を切り裂いていく。スタンはそんな二人をサポートしつつ、まるで瞬間移動しているかのような速さで相手の背後から急所を穿っていた。それを感心しつつ眺めていると、自分たちに近づいてくる者たちがいた。それはこの土地の領主だ。事前に情報を聞く際に顔を合わせていたため、一応面識はあった。


「これが噂の【ストレイキャッツ】ですか。いや、凄まじいものですな」


 数人の共を連れて悠長にこちらに歩いてくる。俺は何気なしにそんな領主を【視る】。




【ミゲル・シュナイザー】

種族 :人間

性別 :男性

年齢 :55歳

HP :223

MP : 52

力  :147

防御 :202

魔力 : 42

早さ :112

器用さ:127

知力 :105

魅力 :124




 事前に仕入れた情報ではシュナイザー卿は昔この国では最強と評される程の戦士だったらしい。老いもあるといえ、それでもこの程度のステータスである。もし、【ストレイキャッツ】の皆が本気で仕官を望むならあっというまに埋もれてしまう強さだろう。

 シュナイザー卿は俺たちを値踏みするように凝視し、そして眼前で繰り広げらえている圧倒的なこちらの戦いぶりをみて破顔する。


「成る程、これが天眼の聖女様、光の聖女様、根源の魔女殿というわけですな。いや、実際に見てみるとたいしたものだ。それに噂以上にお美しい。この戦い、まさしく国士無双というやつでありますな。実は私にもあなた方と同じぐらいの年齢の子供がいるのです。ウチは位こそ低いもののその歴史は」


 戦いは終わっていないというのに、シュナイザー卿は延々と子息の話をし始める。貴族にとって、優れた戦士は後継たる伴侶となりうるものだ。質が量を凌駕するこの世界で、能力は何ものにも変えがたい。一人の卓越した戦士が一つの軍隊を殲滅することすら可能だという。だから一流の冒険者の中には破格のオファーに飛びつき貴族となったり、結婚したりするものも多い。とはいえ、俺はそんなことに興味ない。中身は枯れ果てたおっさんである。どうせ紹介があっても相手が野郎では食指も動かない。エリスとナナも同様にただ、眼前の戦いを眺めている。やがて、戦いを終えた三人が再びこちらへと歩いてきた。


「いやあ、戦ったなあ」


 全身を血に染めながら意気揚々と引き上げてくるノア。その後ろから苦笑いをしながら付き従っているアレクとスタン。俺は何も言わず、ただ笑顔で3人を迎え入れる。ただ、領主のミゲルはそんな三人にも食指を動かし、早速勧誘を始める。


「おお、これが剣聖アレクに、閃光のスタン、拳王ノアですな。本当に素晴らしい」


 ミゲルは俺には一目もくれないが、他の兄弟たちには色目を使いまくる。アレクやスタンにも自身の娘や親族をこれ見よがしにアピってくる。しかし、こういった貴族の態度はどこも同じようなものなので、皆たいして気にしてはいない。ただ、こういうお決まりの勧誘を見るたびに貴族も大変なんだなあとは思わないでもなかった。


「では、シュナイダー卿。私たちは仕事も終わったことだし帰りますね」

「え、いやウチで皆さまの祝賀会を開こうと準備しておりましてな。おかげでウチの兵たちを消耗させずにすみました。是非、立ち寄っていただきたい」

「えー」


 そんな堅苦しい場所にいったら俺が過呼吸になる。とはいえ俺の一存で断るのもなんなので、皆にも聞いてみることにした。


「行く?」


 心底嫌そうな顔をしていたのだろう。皆も苦笑いをしながら、俺に同意してくれた。


「いえ、姉さんが行かないなら俺もいきません」

「当然です。姉様の決断が即ち、私たちの決断です」

「姉貴の好きにしなよ」

「うーん、御馳走は興味あるけど、リコねえが嫌ならノアも嫌。でも帰ったら美味しいご飯作ってね」

「僕もそれでいい」

「ん、ありがと。シュナイダー卿。皆もそういっておりますので、私たちはこれで」


 わが意を得たりとばかりに俺はシュナイザー卿にぺこりとお辞儀をしてお断りする。



「どうかご再考してくださいませんか。実はうちの娘は社交界では評判の」

「では」


 引き止められそうになったため、俺はそそくさと小走りに馬車のある場所へと逃げていく。「撤収~」と楽しそうにノアが後を追ってくる。なんとなく申し訳なく思ってしまった俺は振り返ることなく馬車へと逃げ込んだ。前世でもこういった人の誘いを断ると悶々としてしまうタイプだった。ガワが美少女となってもそれは変わらない。皆が乗ると、アレクが「では、行きます」とすぐさま馬車を走らせてくれた。




 馬車が揺れる。俺はエリスに膝枕をしてもらっていた。そして目には濡れタオルが置いてある。乗り物酔いというやつだ。これも前世から引き継いだバッドステータスだ。


「大丈夫ですか、姉様」


 エリスが優しく俺の髪を撫でてくれる。サラサラと銀の髪を愛おしむ様に指ですいてくれる。さらに隣ではノアのいびきが聞こえてくる。疲れて寝てしまったのだろう。


「うん。……ねえ、エリス」

「何ですか?」

「エリスはさ、何かなりたいこととかないの」

「どうしたんですか、急に?」

「いや、ただ何となくなんだけど」


 この子達の戦いを見るたびに、その中に自分がいることに時折違和感を覚える。世界でも最強を名乗れるだけの力があるのに、俺如きをリーダーにして付き従う必要はないのだ。望めば皆、最高の待遇を相手が諸手を上げて用意してくれるだろう。エリスだって、この国の絶世の美男子で優秀という第2王子が執心しているという噂だ。そういったことに興味はないのだろうか。


「そうですねー。私は今、皆といれるこの時間がずっと続けばいいと思ってますよ」

「それだけでいいの?」

「ええ、姉様が昔言ってくださったでしょ。私たち皆家族だって。あの酷いスラムでの生活も姉様が皆を守ってくれたから生き残ることが出来たんです。姉さまのいる場所が私たちの帰る場所なんです。アレク兄さんもスタンも、ノアもナナも、みーんなそう思ってますよ」


 確かに昔はそんなことをよく言った気がする。今は皆におんぶに抱っこな現状だが、確かにあのころは頑張った。日常的に強盗とか殺人が起きたあの場所でよく死ななかったものだ。


「姉様。姉さまは何か不満なことがおありですか」

「いや、特にないよ。皆よくやってくれてるし」


 不満があるとしたら自身の能力があまり伸びなかったことぐらいかな。後は性別か。こればかりはしょうがないことではあるけど。でも男として転生できてたら、こう何かイベントとか起きただろうか。エリスも、ノアも、ナナも皆ドがつくくらいの美少女なのだ。そんなことを考えていると、エリスが顔を近づけてくる。


「なら、姉様が嫌にならない限り、ずっと一緒にいてくれますか」

「うん、願ってもないことだよ」


 フフッと笑い声と共に甘い息を顔に感じる。そして頬に軽くエリスの唇を感じた。



「おやすみなさい、姉様」


 自分が微睡んでいるのに気づいたのだろう。エリスの言葉に応えようとするも、俺の意識はもはや睡魔に勝てなかった。そんな中感じる、馬車を御しているアレクとスタンの笑い声、ノアやナナの寝息、頭に感じるエリスの温かさ。それは前世での家族と同じ安らぎを感じさせてくれた。

拝啓、日本のお父さん、お母さん、妹の節子。俺は剣と魔法の世界に女として生まれ変わってしまいましたが、なんとかやっています。あっちでは童貞でしたが、こっちでは何と⁉ 家族ができました。皆、仲良くやってます。そちらはお元気ですか。

 そんなことを思いながら、俺は眠りへと落ちていった。




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― 新着の感想 ―
[良い点] 凄く楽しかった…もっと読みたいと思うほどに オッサン転生からの女性主人公になると何処か下品な感じがするか 百合祭するかんじなのに この作品は凄い ちゃんと家族愛 オッサンの母性愛?の…
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