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赤い花  作者: 加護景
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八 ヒゲキ

 彼女は家にいた。


 自分の部屋で一人、机の前にいた。木製の椅子にゆったりと腰を下ろし、机の前の何もない空間をぼんやりと眺めながら、髪をくるくると弄っていた。


 彼女は気になるあの子について、今日集めた情報を整理していた。


 彼女の集めた情報によると、あの子は一人っ子であること、そして、あの子が彼と出会ったのは小学校の頃であることがわかった。しかし、その出会いの後、彼と”特別”何かがあった、という情報は残念ながら集めることができなかった。


 あの子が彼に対してどんな気持ちを抱いているのか、少し気になるところではあるが、今の彼女にはそんなことはどうでもよいことであった。


 それよりも、自分が好きな人についての情報が欠けていた、そのこと自体が彼女を不安にさせた。


 やはり、彼のすべてを知ることは難しい。……そんなことを考えるうちに、彼との約束の時間が近づいていた。


 シュシュで長い髪をまとめ、鏡の前で自分の服装をもう一度確認した。黒いワンピースの裾を少し手で持ち上げ、くるくると回り、おかしなところがないかチェックした。落ち度がないことを確認した後、必要な荷物を手にし、彼女は覚悟を決め、自分の家を後にした。




 彼女の視界は一面、赤で染まっていた。

 彼女の視界の中心には”彼”がいた。

 仰向けになって倒れている彼。

 腹部には何度も行われた刺突の後。

 何故か優しげに閉じる彼の瞳。

 彼女の視線は自然と彼の顔に向いていた。

 彼女は冷たくなった彼の顔に触れた。

 彼女の手は彼の血で赤く染まっていた。

 彼女の黒いワンピースもしっとりと彼の血で濡れていた。

 古びた神社の境内。

 無造作に散らばるナイフと学生手帳。

 夕暮れの太陽が辺りを橙色に染め上げていた。

 橙色に染められ、静かに横たわる彼。

 そんな彼を彼女はじっと見つめていた。

 彼女は悲しまない。

 彼女は彼のすべてを手にするのだから……

 彼女の愛に迷いはない。





 彼女は家の前に来ていた。


 辺りはすっかりと暗くなっており、街灯と家の灯りだけが周りを照らしていた。


 彼女は少し深呼吸をした。長い黒髪を上下に揺らしながら、これから自分の行うべきことを頭の中でイメージし、もう一度問題がないかを確認した。ゆっくりと辺りの様子を見渡す。


「大丈夫、抜かりはない」彼女は自分の想定している以上に落ち着いているようだった。


 彼女はチャイムを押した。チャイムが鳴り終わらないうちに、返事が帰ってきた。声色から女性であることがわかる。返事の速さから察するに、帰宅の遅さを心配していることがわかる。


 今日待ち合わせをしていたのですが、いつまでたっても現れないから心配になってきた、と伝えると、「ちょっと待っててね」と返事が帰ってきた。


 騒がしげな音から、急いで玄関へ向かっていることがわかる。


 彼女はすぐさま手に持ったスタンガンの出力を最大まで上げ、ゴム手袋をした両手を後ろに隠した。


 玄関のドアが開くと、素早く接近し、手首にスタンガンを打ち込んだ。バチッ、という音と同時に、女性は気を失い、その場に崩れ落ちた。


 彼女は急いで女性を家に運び込み、扉を締めた。


 玄関の靴の様子、外から見た明かりの様子から、女性の他には誰も居ないようである。


 彼女は女性を椅子に縛り付け、睡眠薬を溶かして作った手製の麻酔を注射器で打ち込んだ。これで当分は目が覚めることはないだろう、と考えながら、もう一人の帰りを待った。


 もう一人はヤカンの沸騰する音に注意を向けているうちに、背後からスタンガンを打ち込んで気絶させた。最初の女性と同様に、椅子に縛り付け、麻酔で眠らせた後、彼女は外に荷物を取りにいった。




 目が覚めると昼時であった。

 昨日は重労働だった。無理もないことだ。

 そう自分に言い聞かせると彼女は私服に着替え、テーブルに用意してあった昼食を頂いた。

 部屋の様子からすると、家族は全員出掛けているようだった。

 自分の部屋にある手紙を手に取り、彼女も外へ出掛ける準備をした。

 行き先はあの子の家である。


 今日は平日である。もちろん、授業も普段通りに行われている。

 通常なら、あの子も学校へ行っているはずである。

 しかし、彼女は知っている。あの子が学校へ行っていないことを。

 もちろん絶対に行っていないと断言できるわけではない。あくまで彼女の考えが正しければ、である。それも直接あの子の家へ赴けばわかることだ。

 そうやって思考を巡らせながら、彼女は自分の家を後にした。




 あの子の家の前に行くと、部屋の窓を確認した。


 窓は締め切られており、カーテンが掛かっている。


 しかし、定期的にカーテンが揺れ動くのを確認することができた。あの子が部屋にいるのだろうか。


 彼女は玄関にあるポストに手紙を挟んだ後、チャイムを鳴らし、そっと道角に隠れた。返事がないので母親がいるわけではないのだろう。


 しばらくすると、ポストから手紙が抜き取られた。間違いない、あの子は家の中にいる。


 ちゃんと手紙を呼んでくれるかな、彼女はそう思いながら自宅へ戻った。


 手紙にある約束の時間まではまだまだ余裕がある。それまでに準備を進めておかないと……


 彼女は来るべき時に備えた。






 彼女は暗闇に身を潜めていた。


 社の中は天幕で覆われており、身を潜めるには最適な場所であった。


 得物をしっかりと握りしめ、行うべき行動をイメージし、反復していた。


 昨日、大仕事をしたおかげもあり、緊張は全く無かった。


 彼女は待っていた。


 準備は……大丈夫。餌も見える場所にしっかり用意してある。


 しばらくすると、砂利を踏む音が聞こえてきた。


 待ち合わせ場所に選んだ神社は、老朽化のため立入禁止となっている。一般の人が入ってくることはまずない。つまり、あの子がやってきたということだ。


 影が少しずつ、少しずつ、近づいてくる。警戒しているのだろうか。


 やがて動きが止まった。


 おそらく、地面に書かれたメッセージを読んでいるはずだ。


 影はまた動き出した。


 メッセージ通り、素直に社の中に向かっているようだ。


 社の階段前まで来るとまた立ち止まった。


 ここまで来るとどのような仕草をしているのか大体わかる。


 どうやら、キョロキョロと辺りを見渡しているようだ。


 そして、一歩ずつ、一歩ずつゆっくりと階段に足を運んでいく。


 両手で何かを握っているようだ。この大きさからしてナイフだろうか。


 そろそろだろう、と彼女が用意しておいた紐を切ると、ガコン、と社の階段の後ろで何かが落ちた音がした。


 ビクッと身を震わせ、あの子が急いで後ろを振り向く。


 その隙をつき、彼女は持っていた得物を、あの子目掛けて勢い良く振り下ろした。


 虚を突かれ、蹲っているうちに、彼女は素早くスタンガンを打ち込んだ。


 すべての動作が終わる頃には、あの子は社の階段で崩れ落ちていた。


 その様子を彼女は静かに見下ろしていた。




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