お姫さまは知りたい
コーヒー飲みながら本読むとか、結構おしゃれな気がする。
「ん? どうして喫茶店やってるかって?」
私は頷く。
「どうしてだろうなぁー」
貫録のない若い相貌をもつ店主は、そう言って手を組み、うなった。
「まあ、長話になるから、とりあえず座れよ」
私は促されるまま、カウンターの席に着いた。店主は向かい側で手を動かしながら、私の方に振り向いた。
「つか、どうしてそんなことが知りたいんだ?」
私は言った。気になったから。
「へぇ。まあ、理由なんてどうでもいいか。とりあえず、飲むか?」
差し出されたのは、真っ黒な液体が入ったコップ。なんだか良い匂いがする。
「おっと、ミルクを入れ忘れたな」
そう言って店主は、ミルクをたっぷりとそそぐ。黒い世界が、白い世界に浸食されていき、やがて混ざり合った。
「嬢ちゃん、いや、お姫様には、コーヒーはちょっと早いな」
「ッ!?」
動揺が椅子に走り、思わず転びそうになる。
正体がバレていた。一体いつから? どこで? そう聞きたかったが、段々とどうでもよくなってきた。
この風味に、味に、そそられた興味の前ではどれもが無力へとかわっていく。
私は目の前のコップを、両手でそっとつかむ。少し熱い。
そして、コーヒーとミルクが混ざったそれを、やけどしないようにそっと口へ運んだ。
最初に感じたのは、香ばしさと甘みが溶け合った風味だった。次にミルクの甘味が口に広がり、段々と苦みが覆い返す。これは、幸せかもしれない。
「おいおい、こういうのは一気に飲むもんじゃないんだ。少しずつ味わえ」
店主にそういわれ、顔が紅潮していくのを感じながら、私はコップを置いた。
で、さっきの話の続きだが。
店主はそう言って前置きして、語りだした。
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俺が生まれた故郷は、この王都みたいに煌びやかなものじゃなくてもっと土臭いところだった。
飯が買えるわけじゃない、モンスターに襲われる危険性が無いわけでもない、まあともかく、凄く危険てことだな。
そんなとこに生まれちまったもんだから、農業や剣の使い方も習って生きてきたんだ。普段は野菜を育てて、たまに来るモンスターを倒してお肉は褒美みたいなもんだった。え? お腹を壊す? それは料理しだいってとこだ。後で欲しかったら作ってやるよ。
そうそう、その後なんだよ。パン屋を営む女性に出会ったのは。
その人は世界を回っているパン屋らしくてな。パンを作る原料を失った彼女に飯を一回おごってやったら、その見返りとして謎の種をくれたんだよ。
この黒い球みたいなやつな。これを土に植えて農業スキルをフルに使って育ててたら、このコーヒーというもんが出来たってわけだ。
あのパン屋が言った通り、香りの強くて苦い、深みのある味だった。いつか飲みたいなんて言ってたけど、今頃どこにいるんだかな。
え? 恋? 子供が何言ってんだか。 まあ、すごく魅力的だったのは覚えてるが。
ああ、確かに。言われてみれば、そういう気持ちに近いかもな。今思えば、俺がこのコーヒー店始めたのもそれが原因だったような気もする。
え? 顔が赤い? うるせえ、コーヒーが熱いんだよ。
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「てな訳で、俺は喫茶店を営んでいるわけよ」
とても面白かったです。私はそう答えながら、空になったコップを返した。
「そうか。俺なんかの話が、姫様の一興になったのなら、うれしい限りだ」
そう言って店主は微笑んだ。私はその笑顔に何か心地よくなるものを感じつつ、席を立った。
「もう戻るのか?」
ええ、父様と母様が心配してしまいますから。私は言った。
「そうか。気を付けておかえり」
私は店主に手を振りながら、店を出た。
街で仕事に励む人を眺めながら、私は一つ思い出した。何で正体がばれたのか。
街行く人は、私の正体に気づかない。まあ、フードを目深までかぶってるから、当然なんだけど。
そもそも、店主さんとは初対面のはずなんだけどな。
まあ、いっか。また今度、店主さんには、あの幸せとその理由をゆっくり語ってもらうとしよう。
異世界パン屋さんからのつながりで今回のお話を書かせていただいた覚えがあります。
料理系のものをまたかけたらなと思っております。ありがとうございました。