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人生キャッチャー

作者: 八冷 拯

 人生キャッチャー


 白く、白く、真っ白な無限に続くかとも思える空間の一角に一台の使い古されたクレーンゲームかぽつんと置いてある。


 そこに、どこからともなく現れた腰を曲げたみすぼらしい姿をした老人が、おぼつかない足取りでよろよろとクレーンゲームに向かって歩いてくる。


 なんとかクレーンゲームにまでたどり着くと、老人は慣れた様子でガラスケースの正面からだけでなく側面からも景品である数字の書いた紙きれの入った、色とりどりのカプセルを目測で確認し、破れかけたポケットから取り出したベルトの千切れた革手帳にその位置を書き記す。


 全ての景品カプセルの位置を記し終えると老人はこんにゃくのようにぷるぷると震える足を折ってかがみ、これもまたポケットから取り出した金色のコインをコイン投入口に入れ、ゲームを始める。


 チャッチャラーという音とともに天井に付いている電飾が耳だけでなく目も楽しませてくれる。


 老人は右に進むボタンを押して、狙いの「五十六」と書かれた紙の入っている景品のカプセルをめがけてアームを移動させ、タイミングよく奥へと進むボタンを押してカプセルの真上にまでアームを移動させる。


 ゆっくりと開閉するアームは景品カプセルをまるで赤子を抱く揺りかごのようにしっかりと包み込み、来た道を戻ってカプセルをそっと景品排出口に落とす。


 しかし、老人の足元にある景品受け取り口からゴロンゴロンと出てくるはずのそれは一向に出てくる気配を見せなかった。


 老人もさもそれが当然かのようにまた次のコインをコイン投入口に入れ、淡々とゲームを始める。


 何の見返りがあるのかわからない不思議なこのゲームは続く。


 初めのうちの老人の腕はすごいもので、巧みにアームを操り寸分の狂いなく球状のカプセルを掴んでは次々と景品排出口へと落とし込む。


 でも、数時間が経つとクレーンゲーム職人級の腕を持つ老人にも疲れの色が見え始めて、途中でカプセルを落とすミスをし始めた。


 普通はクレーンゲームなんだから落としたカプセルはまたコインを入れて拾い直せばいいじゃないか、と思うが老人は二度と同じ景品カプセルに手をつけなかった。


 不思議なことに落ちた景品カプセルは落差の有無に関わらず一様に破れてしまっていたのだ。もちろん、中の景品の紙はズタズタになっていた。


 さらに不思議なことに老人がカプセルを落とすたびに普通のクレーンゲームなら残り回数が表示されるところに落としたカプセルに書かれていた数字が表示されるのだ。


 徐々に増えるミスも終盤になったときには七割もの確率でカプセルを落とすようになっていた。


 そのしわくちゃの手がぶるぶると震えて正確なボタンを押すタイミングを誤ってしまっているのだ。


 右に進みすぎて開くアームに弾き飛ばされるもの、奥に進みすぎてアームがかすりもしないものなど様々だった。


 その度にカプセルは砕けて、カウントは落としたカプセルの中に入っている紙に書いてある数だけ加算される。


 半日ほどの格闘のすえ、落として砕けたものを除けば全てのカプセルを回収して老人は曲がっていた腰を億劫そうに持ち上げクレーンゲームに背を向けて歩いて来た道を引き返す。


 その去り際に寡黙な職人気質の老人が珍しく愚痴をこぼした。


「やっぱりクレーンゲームを日本人の出生を決める道具として選んだのは間違いじゃったなぁ。わしが浮世で若くして死んでから抽選で第二十代の日本の神様に選ばれたのはよかったんじゃがなぁ。最近では手の震えのせいでうまく操作ができずに平均寿命が規定の六十歳から二十年も伸びてしまっとる」


 そう、この老人は日本人の出生を決める神様であり、先ほどのクレーンゲームはカプセルの中に入っている赤ん坊を現世に送り出すための装置だったのだ。


 カプセルの中に入っていた紙に書かれていた数字はその寿命である。


 え? 破れたカプセルはどうなるのかって? もちろん無駄にはしませんとも。無事に出産された赤ん坊たちのもともと持つ寿命に均等に割り振ることになっています。


 神様は僕の方を振り返ると今日は妙に口数が多く、僕に問いを投げかけてきた。


「お前さんが第二十一代の神になるときには、一体何を選定の道具にするのじゃ? 」と。


 僕は話しかけられたのが嬉しくって、よく考えずに今の神様のように遊びながら仕事ができればいいなと思ってこう答えた。


「二十一世紀に入ったら『パソコン』というなんでもできる機械が流行するらしいのでそれにしようかと思います。すごいんですよ、本当にこれさえあれば何から何までできるんですから」と。


 僕の自慢げな態度があまり気に入らなかったのか、神様はぶっきらぼうに「勝手にせい」と言い残して静かに床に着いてしまった。


 さて、二十一世紀にはどんな風に人口が、平均寿命が変化していくのでしょうか?


 もし僕が怠けたら平均寿命は長くなるだろうけど、その分たくさんの赤ん坊たちの命が失われて人口は減り続ける。


 もし僕が勤勉に働けば平均寿命は短くなるけど、その分たくさんの赤ん坊たちが産まれて人口は増えるだろう。


 僕がどちらの道を選ぶのか、これを決めるのは第二十一代の神に選ばれた僕の意思で決まる。


 そう、僕の答えは「ーーー」だ。


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