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アジサイ笑って、走って逃げた  作者: お休み中
第二章 ばらばらばらばらばら
8/40

 その館の名前は、(おう)(らん)(かん)というのだそうだ。

 館の前の道に、桜の木があるから、櫻蘭、なのだという。樫木はそう茶話矢から聞いた。

 二人の乗っているミニバンから、その櫻蘭館が見えた。だが、正確にいうと、一面の大きい塀だった。まるで、高速道路の防音対策の壁の様だ、と樫木は思った。コンクリートが、段ボールの切断面の様にギザギザしている。これも、防音効果だろうか? まるで蜂の巣の様だ。色は、やや黒に近い灰色。濁っている。高さは三メートル程だろうか? とにかく、永遠とも思えるぐらい、塀は続いていた。樫木の左手は、先程から、その、でこぼこの景色のみ、である。塀の手前に歩道。そして歩道の手前は、木が並んでいた。緑が青々と茂っている。おそらく、これが桜の木なのだろう。春はきっと荘厳な風景になるに違いない。

 しばらく走ると、門が見えてきた。黒い鉄格子だった。大体塀と同じぐらいの高さである。この時点では、樫木には、到底櫻蘭館の大きさは分からなかった。よく都心にこんな建ものがあるな、と少し頭が痛くなっただけだった。動物園より広いんじゃないですか、と、樫木は茶話矢に自分の感想を言ってみた。すると、茶話矢は、東京ドームなん個分かなあ、と、肩を竦めていた。

 門の横、右側の壁に、液晶画面つきのインターホンがあった。ミニバンは、門の前で止まる。

「私が行ってくるから、樫木くんは降りなくて大丈夫だよ」

 茶話矢は、運転席から降りると、回り込み、インターホンへと向かって行った。樫木の位置からでは、小さすぎて、液晶の画面が見えない。

 樫木は、車の窓に近づき、黒い鉄格子の中の景色を覗き込んだ。

 蛇の様にうねった道路が、一番手前に見える。奥に行けば行くほど小さくなる。坂なのだろうか? 途中で途切れている。その先に、櫻蘭館らしき建ものがあった。樫木は目が悪いのでうっすらとしか見えない。しかし、これではまるで、ゲームの中の城と、そこに行くまでの草原である。ゲームの中だったら、モンスターが現れるのだろう。ただ、もしここで、龍の怪物や、液体状の魔ものや、こん棒を盛った一つ目小僧が出て来ても、そんなに驚かない様な気がする。

「よし、じゃあ行こう」茶話矢は、ドアを閉め、ハンドルを握り、アクセルを踏んだ。

 黒い鉄格子が、内側に開く。ギギギという効果音が聞こえてきそうだ。

 ミニバンは、櫻蘭館へと進む道を、ゆっくり進んで行く。少し入っただけで、既に左右に花畑があった。まるで三色弁当、もしくは外国の国旗の様。四角い石に囲われていた。

 樫木は、窓に手をついてそれらを見る。まるで初めて新幹線に乗った子供だ。

「うっわー、凄いですね。お金かかってますねえ」樫木は、茶話矢に振り向く。

「君、そっちかね」茶話矢は笑いながら言う。「もっと綺麗とか、そういうのないの?」

「花は元々綺麗ですから」樫木は元の位置に戻る。

「そうとは限らないよ」茶話矢は前を見て言った。「人間の心と同じじゃない?」

 少し進むと、道は十字に分かれていた。ミニバンは左に進む。

 周りは、数多くの木があった。まるで森林公園だ。ここはジャングルだろうか? 一瞬錯覚してしまう。

 目の前が灰色の地面一色になる。白い白線が、粗い方眼紙の様に敷かれていた。他に車は九台しかなかった。いや、個人の駐車場では、九台というだけでも、既に異常値だろう。全部で五十台ぐらい止まれるんじゃないか、というぐらい広い駐車場だった。

「館まで、車で行けないのよ」茶話矢は言う。「で、車はここにしか止めちゃ行けないから、館まで行って、台車を借りに行きましょう」

「これ、一人だと、なん往復なんでしょう?」

「やばいぐらい」

 二人は、来た道を戻る。茶話矢が右、樫木が左に位置する。二人とも、歩くスピードは、ほとんど同じだった。

 しばらく歩くと、先程見た十字路が見えた。

「ここを右に行くと、さっきの玄関ね。で、左に行くと櫻蘭館。まっすぐ行くと、一番大きい花畑がある分け。いや、庭園かな。まあ、この敷地全部が庭園みたいなものかもしれないけど」

「一番大きい花畑、って、一体全部でなん個ぐらいあるんですか? 花畑」

「やばいぐらい」

「知らないんですね、茶話矢さん」樫木は可笑しそうに言う。

「もう樫木くん」茶話矢は頬を膨らます。「意地悪ねえ」

 二人は、左へと進んだ。

 いきなり、坂が下り坂になっている。しかし、しばらく歩くと、今度は上り坂になっていた。横から見ると、きっとVの字に違いない。

 坂を登り切ると、横一直線に、小さい川が流れていた。三メートル程の幅だろうか? なん匹か、魚の陰が見える。透明で、綺麗な川だった。その上に、丸太でできた橋が一つかかっている。橋はあまり大きくない。人二人がやっと通れるぐらいの大きさだった。

「これ、川ですよね?」樫木は呟く。「魚釣りでもするんでしょうか?」

「水浴びかも」

「水車があったりして」

「キャンプ場があるのかも。一泊三千円」

「はあ、世の中って残酷ですね」樫木は、また溜息をついた。この溜息は、一体なん回目だろうか?

 川を渡ると、また上り坂だった。

 二人は黙って坂を上る。

 十秒程だろうか? 先程よりも急な坂を二人は歩いた。分度器で、この坂を測る事が出来たなら、なん度になるのだろうか。

「す、すごい」樫木は顔をしかめた。「どんだけでかいんですか」

 樫木は、急に現れた目の前の光景に、思わず声が上ずってしまった。

 坂の上に、それは建っていた。まるで、下界を見下ろす神様の様だった。壁は一面オレンジ色の煉瓦。時々欠けている。ひびが入っていたりしている。だが、それが逆に建ものの歴史の長さを物語っていた。横幅はどれぐらいだろうか? 樫木には予想がつかない。今までこれくらい大きい建ものは、テーマパークの中でしか見た事がなかった。否、テーマパークの城そのものだった。目の前には、石段で出来た階段がある。その階段の上に、観音開きの古い木材の扉があった。櫻蘭館自体は、漢字の山の様な形をしていた。三つ塔が並んでいると表現すれば分かりやすいだろうか? それとも、チェスの駒が三つ並んでいると表した方がいいだろうか? 右と左の塔は、同じぐらいの高さだった。真ん中の塔が一番高い。それぞれの塔には、角みたいな、黒い尖った先端がついていた。なにかの飾りだろう。全て、壁は煉瓦でできていた。窓が、バランスよく、等間隔でつくられている。塔の高い位置にもつけられていた。真ん中の塔の下、つまりの観音扉の上に、バルコニーの様な、出っ張った、外を見下ろせる部分があった。

 館から五メートル程離れた周りは、気持が悪いぐらい、花だらけだった。低い塀の様。上から見たら、カタカナのコの字に近いかもしれない。今、樫木がいる場所が、コの字の、隙間の開いている箇所だ。花は、ほとんど足下程の高さにあり、背の高い花はなかった。色は、様々で、樫木は、夜テレビをつけると、カラフルな四角がいっぱい並んでいて、ピーッと音を出している、あの試験電波カラーバーを連想した。この花畑は、あれを、ねじりはちまきみたいに巻いている様に樫木は見えた。ヘリコプターから見れば、きっとそう見えるに違いない。二メートル感覚程ごとに、色が変わっていた。

「お化け屋敷みたいでしょ? ここ、地元の人じゃ有名なのよ。でも、ほとんどの人は見た事ないかも。あまりにも庭が広いし、塀が高いから、高層マンションとかからしか見えないのよ」

「あ、でも、僕知らなかったですね」樫木は、まだ館を見上げていた。

「さあ、入ろっか」茶話矢は、両腕を、スキー選手の様に前に寄せるポーズをした。「大仕事だからね、気合い入れなきゃ」

「あれ、あそこ」樫木は、左手にあった、木のテーブルと、木の机があるポイントを指さした。三十メートル程離れているだろうか? 館があまりにもだったので、先程は見逃していた。「お茶を飲むところですかね」

「よーし、樫木くん、気合い入れてね。これから、重労働だから。いっぱいお腹空かして、たくさん焼き肉食べましょう」

「誰かいますよ」

「へ? なんの話」茶話矢は樫木に振り向く。

「白いワンピース着てる」

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